プロローグ
かつて人と人とが争っていた時代。武力とは血と鉄で構成されており、それはただ果てなき争いのためにのみ用いられていた。
そして、争いは時に領土を巡って、時に宗教を巡って、時に権威を巡って巻き起こった。
その致命的なまでに暴力を伴った対立は人類史において度々起こり、それをして歴史は紡がれてきた。――繰り返しにはなるが、まだ人が人と争っていた時代のことだ。
さて、”それ”は突如として人類史に災禍の如く舞い降りた。
誰かが気づき息を呑むようなこともなく。ある日、人知れずとして。
最初に確認されたのはとある戦場跡で、痛ましく抉り取られた地形のいずこかからかだろうか。
まるで死者を悼むように霧が立ち込め、痛みを知った大地を慰める疎ら雨のようだと、人々は思っていた、はずだ。
だがしかしその霧を生む現象は、そんな生ぬるいものでは断じてなかった。断じてなかったのだ。
霧は霧でもただの霧ではなく、夜更けに滲む夜闇よりさらに深い黒色で、湖面を覆う気嵐より深い霧だ。
不自然なほどに突発的で、瞬く間に広がりゆく不穏な領域。呑み込まれた村落も、大地も、そこに住まう人や動植物たちも、どうなってしまったのか霧の外からでは窺い知ることも叶わない。
ひと月、ふた月。あるいは暦が一周し、それが幾たびか繰り返し。気づけばそこは黒い霧が立ち込め、晴れることのない【暗黒地帯】と呼ばれていた。
不思議に思った”霧の外の世界”の住人たちは、何度もその深淵を覗き込もうと試みた。
そして、その度に思い知った。
「嗚呼、我らが知るかつての人々はそこにもういないのだ。そこに故国はもう存在しない。
そこにあるのは変容してしまった人の住むべからざる不毛の地と、異形と化した動植物と、おそらくかつて隣人だった骸だけだ」
権力と、利権と、理念により人から人へと向けられていた武力は、今や得体の知れない【暗黒地帯】へと向けられていた。
――さあさあ、ものみなこぞりて思い馳せたもう。
未知なる現象、未知なる生命、未知なる力へと立ち向かい、それらを屈服さしめんとする者たち――冒険者と。古臭さが一周回って新しいとまで評される彼らの血と鉄に彩られた冒険譚を。
やがて来る未来、吟遊詩人が爪弾くリュートの軽やかな音色に乗せて、ささやくように口遊むことだろう。




