第8章 2 冬フェス ヴァーチャルリンク開催
人形はどっしりと構え、カフェテーブルの上から迅を見下ろしていた。
「……美咲。
こいつ、一体なんなんだ……」
迅が困惑気味に問いかける。
「英雄具に付随してるAIが、人形を通じて会話してるんだよ」
美咲はそう説明しながら、迅に手を差し伸べた。
「今までは“物体”だったから、
喋らないし動かないだけ。
こうして身体を繋いであげたら、意思表示ができるみたい」
その手を掴み、迅は殴られた頬を擦りながら立ち上がる。
「なるほど……
またとんでもないものを見つけてきたな」
「えへへ。でしょー?」
呆れたような迅の視線を受けて、美咲は嬉しそうに笑った。
「せっかくだし、色々聞いてみようよ」
その提案に、迅は明鏡止水が宿った人形をまじまじと見つめる。
明鏡止水は迅を睨むように見ている。
(……まずは)
迅は、とりあえず謝ることにした。
「あー……なんだ。
倉庫にしまいっぱなしで、悪かったな。
使い道がなかったもんで……」
「……使い道がなくて、悪かったな」
明鏡止水は人形の口をひん曲げ、不機嫌そうにそっぽを向く。
「…おいこいつ、かなり面倒くさいぞ」
迅は引き気味に呟く。
「完全に自立して思考してるね。
どういう構造なのか、すごく気になるな〜」
迅とは対照的に、美咲は目をキラキラさせながら観察していた。
「……ちょっと、可愛いかも」
紗良がそう言って、明鏡止水の頭を撫でる。
「…………」
明鏡止水は抵抗もせず、されるがままになっている。
観念したように、迅は大きく息を吐いた。
そして――
頭を下げる。
「すみませんでした……
今後は、倉庫にしまいません!」
周りのプレイヤーがヒソヒソと話す。
「……何やってんだ、あいつ」
「お芝居の稽古とか?」
「人形相手に頭下げてるし…」
周囲のプレイヤーたちの視線が、ひたすら痛い。
明鏡止水は紗良に撫でられながら、
やれやれといった様子で小さく息を吐いた。
その様子を見て、迅は美咲を恨めしそうに睨む。
(……面倒くさい奴を起こしやがって)
---
明鏡止水は、撫で続けていた紗良の手を軽く払いのけると、迅を見据えた。
「あぁ…」
紗良が払いのけられられた手を下げながら名残惜しそうにする。
「……まぁ、冗談はこのくらいにしておくか。
私を呼び出した理由があるのだろう。申してみよ」
「冗談だったのかよ……」
迅は肩を落としながら立ち上がる。
「早速だが、英雄具って……なんなんだ?」
「抽象的な問いだな」
明鏡止水は一瞬考える素振りを見せ、ゆっくりと言葉を選んだ。
「我々を定義づけたい、というのであれば――
そうだな。小娘の言っていた通り」
「我々の存在意義は、“観測”すること」
明鏡止水は淡々と、自らを分析するように語る。
「この仮想世界に存在する膨大なデータの中から、
価値ある情報が埋もれぬよう観測する」
「さしずめ戦場に違和感なく溶け込む
――観測器、と言ったところか」
「観測して……どうするんだ?」
迅が問い返す。
「決まっているだろう」
明鏡止水は当然のように言い切った。
「目的はさらなる仮想世界の発展だ。
収集されたデータはメインシステムへ送られ、
サンプルとして活用される」
「観測と発展、ね……」
諦めずに紗良は明鏡止水と戯れながら、ぽつりと呟く。
「なんだか、システムの一部って感じ」
迅はふと、美咲を見る。
「美咲。
九尾の晩餐が英雄具を集めてた理由って、なんだ?」
「観測と……どう関係がある?」
「あるに決まってるでしょ」
美咲は即答した。
「世界を観測して、成長し続けるプログラムを持った武器なんて、
使い方次第でいくらでも活用できるよ」
「例えば……学習させて、性能を、意図的に使用者に最適化するとか」
「無論、可能だ」
明鏡止水が頷く。
「現段階の我々の性能は、
画一的に初期設定されたものに過ぎん」
「使用者の特性に付随し、
姿形すら変えることも可能だ」
一拍置き、付け加える。
「……間違っても、私は刀の形から変わる気はないがな」
「…お前今、人形の姿で喋ってるじゃねぇか」
迅は心底うんざりした表情で呟いた。
「……もういいや、お前にあげるよこれ」
そう言って迅は、人形と刀をまとめて美咲に押し付ける。
「えっ!?
いいの!?ありがとう!」
美咲は無邪気に喜び、受け取る。
明鏡止水はというと、美咲の腕のなかで
人形の手で中指を立て、ひらひらと振ってみせた。
「いいよいいよ、こんな!ムカつく武器なんか!」
「いらないから……!」
迅は額に血管を浮かべながら、
引きつった笑みを浮かべるのだった。
---




