第7章 3 協定会議
九尾の晩餐のメンバーは、鳴らした鈴を手に取ると、
その身体を灰へと変え、静かに消えていく。
「このアイテムは、遺跡探索で入手できるものです。
導きの鈴――本来は遺跡から拠点へ帰還するための道具です」
兎面の人物は淡々と説明する。
「さあ、行きましょう」
意を決し、迅は空間の歪みに手を触れた。
景色が捻じれ、再構築されていく。
瞬きをした時、そこはすでに
歪みの向こうに見えていた建物の前だった。
振り返ると、元の景色が歪みの中に映っている。
そこから、美咲、紗良、そして兎面の人物が続けて現れた。
「ここが、九尾の晩餐の本館でございます。
どうぞ、ついてきてください」
巨大な扉の前に立つ兎面の人物たち。
腕輪をかざすと、低く鈍い音を立てながら
重厚な扉がゆっくりと開いていく。
入口には、大きな獅子の石像が据えられていた。
今にも吠え、動き出しそうなほどの躍動感を宿したまま、
石となってそこに鎮座している。
正面には本館。
しかし、そこへ至る道とは別に、
枝分かれした石畳と砂利道が奥へと続いていた。
進んだ先に広がるのは、大きな池。
水面には蓮が浮かび、
澄んだ水の底は深く、底までは見通せない。
その青の中を、鮮やかな青色の魚が静かに泳いでいる。
「こちらが庭園でございます。
中央へお進みください」
兎面の人物が示した先には、
池の中央へと続く朱色の橋が架かっていた。
橋の先、池の中央には席が設えられている。
朱色の橋を渡り、中央へ向かうと、
すでに九尾の晩餐の幹部たちは席に着いていた。
――六人。
威閻の姿がないのは当然としても、
全員が揃っているわけではないらしい。
その中で、葵時雨と視線が交わる。
言葉は交わさない。
互いの目を見つめ、覚悟だけを確かめ合う。
奪還戦の時から、その決意に揺らぎはない。
「どうぞ、こちらへお掛けください」
兎面の人物に促され、
迅たちは九尾の晩餐と向かい合う席へと案内される。
席に着いた瞬間、
向かいに座る幹部たちから放たれる
異様な威圧感と緊張感が肌を刺した。
――招かれざる客。
それは、誰の目にも明らかだった。
「お越しいただき、感謝します」
白澤が、場の緊張をほぐすかのように朗らかに語りかける。
だが、その柔らかさが逆に異質だった。
その視線が、さらに奥へ向く。
「どうやら、残りの方々も到着したようだ」
白澤の視線の先には、
ワトソン、ローゼ、ミハイル、そしてアーサーの姿があった。
ワトソンの顔を認めた瞬間、
向かいに座っていた大男が勢いよく立ち上がる。
「待ちわびたぞ!
アメリカの錬金術師!!」
「闘るか!? 今すぐ!!」
怒号が響き、机が震える。
「……やらないよ。面倒だな」
ワトソンは露骨に嫌な顔をし、
溜息をつきながら、そそくさと端の席へ腰を下ろした。
「お戯れをー、酒龍殿。
会議が終わるまでは控えてください」
隣に座る、老師のような雰囲気のプレイヤーが静かに諌める。
舌打ちを一つ残し、
酒龍と呼ばれた男は無骨に席へ戻った。
「……こわ。
あの人が、序列一位の人みたいだね」
紗良が小声で耳打ちしてくる。
中央の火鉢に、青い炎が灯る。
場を支配する静寂。
自然と、全員の視線が白澤へと集まった。
「改めまして――
お集まりいただき、感謝いたします」
白澤は穏やかに告げる。
「それでは、これより
協定会議を始めましょう」
白澤の隣に座るプレイヤーが、ゆっくりと立ち上がった。
同時にウインドウが展開され、
今回の議題の中心人物が映し出される。
――序列七位 威閻。
「私は、序列二位。
名を孔岳と申します」
低く、通る声で名乗る。
「本日の協定会議において、
司会進行を務めさせていただきます」
孔岳は一度場を見渡し、続けた。
「まず、威閻について」
ウインドウに映る威閻の静止画が切り替わる。
「威閻は先日、
違法薬物の使用が疑われ、
それを理由として本会議が開かれました」
「威閻はその後、
救急搬送され――
結果として、一命は取り留めております」
「現在は、現実世界にて
警察の捜査を受けている段階です」
そこで一度言葉を切り、
孔岳は迅のほうへ視線を向けた。
「まずは九尾の晩餐として、
迅速な判断と手配を行った
紫電殿に、礼を述べさせていただく」
孔岳は深々と頭を下げる。
それに続き、
李・酒龍を除いた幹部たちも一斉に頭を下げた。
孔岳の視線が、酒龍へと流れる。
それを察したかのように、
酒龍はわざとらしく、ニヤリと笑った。
孔岳は気にも留めず、話を続ける。
「しかしながら――」
声音が、わずかに強くなる。
「違法薬物の使用は、
威閻個人の独断によるものであり」
「九尾の晩餐としての意思決定とは、
明確に懸け離れた行為です」
「第三者から非難される謂れは、ありません」
断定。
孔岳は強く、
九尾の晩餐の関与を否定した。
その言葉を待っていたかのように、
ワトソンが静かに立ち上がる。
ウインドウが展開され、
奪還戦以降のデータが次々と映し出された。
違法薬物が出回り始めた時期。
それに呼応するように跳ね上がる、
九尾の晩餐の戦闘結果と勝率。
「威閻一人なら、
言い逃れできると思ったんだろうけど」
ワトソンは淡々と告げる。
「この規模は、どう見ても一人じゃない」
「関与してるでしょ。
それも、組織単位で」
「――言いがかりだ!!」
孔岳が机を強く叩く。
「我々が使用したという証拠が、
一体どこにある!!」
声が庭園に響く。
両者の主張は噛み合わない。
話は完全に平行線となった。
――ここまでは、予想通りだ。
迅が、静かに手を挙げた。
「俺は、今回――
九尾の晩餐に損害を与えるために
ここへ来たわけじゃない」
「どういう対処をするつもりなのか、
それを見定めに来た」
「威閻は、この先どうなる」
その問いは、
孔岳ではなく――白澤に向けられていた。
答えようとした孔岳を、
白澤が軽く手で制する。
そして、白澤は静かに口を開いた。
「もちろん、
使用者を我々は赦しません」
「威閻だけではありません」
「違法薬物を使用した
すべてのプレイヤーに対し」
「例外なく――
威閻と同等の処罰を下します」
白澤の声には、
一切の感情が混じらない。
「兎鳴」
その一言で、
朱色の橋の方から足音が響く。
白装束の集団を従え、
一人の幹部が姿を現した。
――序列八位。
匿名隊 兎鳴。




