第3章 5 そして世界へー。
「あームカつく!」
受付エリアへ戻るなり、スクリームが苛立たしげに吐き捨てた。
「おかしいなー!
この前見たときは、行ける気がしたんだけどなぁ!」
暁月が、静かに歩み寄る。
「相手を侮るからだ」
淡々とした声だった。
「相手の気合に呑まれ、慌てて対処する。
――結果は、見ての通りだ」
スクリームは舌打ちをする。
「……で?」
迅が口を開いた。
「アンタもやるのか?」
冷静な声音。
だがその奥で、まだ戦いの余熱が弾けているのを、迅自身が感じていた。
――もっと戦いたい。
――もっと、強い相手と。
その高揚に気づき、迅は自分を戒めるように表情を消す。
「いや、断る」
暁月は首を横に振った。
「私に、獣狩りの趣味はない。
……だが、貴殿も相当、勝負に狂う質のようだな」
静かに言葉を継ぐ。
「我々は次のイベントで、必ずボス討伐を行う。
ランク戦は、あくまで肩慣らしだ」
一歩、距離を取る。
「次に会うときは――
ボスエリアでないことを、祈ろう」
そう言い残し、暁月は静かに立ち去った。
スクリームも、あっかんべーをしながら後を追う。
その顔には、悔しさと同時に――紫電を認めた色が、確かに浮かんでいた。
少し歩いたところで、スクリームが呟く。
「なぁ暁月。
あいつ、お前とどっちが強いと思う?」
「さあな」
暁月は即答せず、わずかに間を置いて答えた。
「だが……最後の一撃。
あれは、私にも見切れなかった」
腰に差した二振りの刀に、指をかける。
「もっとも――
出す前に、首を落とすがな」
風に外套をなびかせながら、暁月は歩き去った。
それはまるで、血に飢える獣を撫で、宥めるような仕草だった。
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その後、迅はしばらくランク戦に身を投じた。
マッチング。
勝利。
新しいパーツを身体に馴染ませながら、あらゆる動きを試す。
速度、間合い、反応――
すべてが、少しずつ噛み合っていく。
もう一度対戦登録をしようとした、その時。
「迅!」
振り返ると、紗良が手を振っていた。
「見て見て!
私も装備、新調したの!」
ひらりと衣装を翻し、得意げに見せる。
焔の刺繍が施された衣装は、龍焔のアバターによく映えている。
「これ、すごいんだよ!
着てるだけで、焔のエンチャントがかかるの!」
演舞するように一回転。
掌から、焔の軌跡が描かれた。
「迅も、新しいパーツ買えたんだね」
迅は短く答え、装備を見せる。
その表情に滲む小さな満足を見て、紗良は笑った。
「で?
成績はどんな感じ?」
「……まさか、負けてないよね?」
「私と戦うまでは、負けないでよ〜?」
「今のところ、全勝だ」
迅は淡々と、成績ウィンドウを表示する。
「……っ!」
「真顔で言われると、それはそれで腹立つんだけど!!」
紗良は拳を握りしめた。
「あたしもランク戦やる!
今日中に、あんたのランク抜くから!」
「見てなさいよ!」
「……それは良かった」
淡々と返す迅。
紗良の怒りゲージが、目に見えて上がる。
「その顔やめなさいよ!!」
(……次の対戦相手、可哀想だな)
迅は心の中で、そっと同情した。
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ランク戦。
紗良も、順調に勝ち進んでいた。
まだランク帯が低いこともあり、
対戦相手は一人ひとり、確実に仕留めていく。
読む。
崩す。
仕留める。
その一連の流れに、迷いはない。
「……よし、最後に一戦」
軽く伸びをし、紗良はランク戦のマッチングをかけた。
今日は調子がいい。
連勝を重ねた結果、ランク帯は迅と同じ――
上から四番目の**惑星級**まで上がっていた。
ランク帯の呼称は、上から順に
**銀河系、超巨星、巨星、惑星、小惑星、衛星**。
惑星級は、
“実力者”と呼ばれるプレイヤーが、はっきりと分かれ始める境界線だ。
マッチングするたび、
相手の練度が一段ずつ上がっていくのが分かる。
次の対戦相手は、紗良と同じ――格闘タイプのアバターだった。
(……あの時の!?)
観客席から見ていた迅は、思わず息を呑む。
市場で声をかけてきた、あの外国人アバターだ。
ランク戦に参加していたのか。
戦闘エリアに現れた相手は、
紗良の視線に気づくと、軽く会釈するように――
にこりと、穏やかに微笑んだ。
その態度に、紗良は小さく眉をひそめる。
深く姿勢を落とし、本気の構え。
相手のアバターもまた、揺るぎない姿勢で立つ。
どこにも隙はない。
どこからでも対処できる、研ぎ澄まされた気配。
『対戦カードはこちら!』
『飛龍の座――龍焔!』
『地竜の座――葵・時雨!』
『それでは、バトル開始!』
開始の合図と同時に、紗良が踏み込んだ。
先の戦いで見せた、
宙と地を蹴る《龍蛇の印》。
龍焔の通った軌跡に、
炎の大蛇が舞うような残光が描かれる。
下からのアッパー。
――だが。
相手は、水面に浮かぶ木の葉のように、
その拳をそっと手のひらに乗せ、勢いを殺した。
(止まらない――!)
紗良は即座に体勢を切り替える。
横の宙を蹴り、横へ跳躍。そして上へ飛翔ー。
さらに真上の宙を蹴り、燕が宙返りするように加速。
真上から、連打の構え。
だが、葵・時雨は視線を切らさない。
龍焔を、終始捉え続けている。
龍焔の拳から、炎が吹き出した。
新衣装に付与されたエンチャント。
散弾銃を叩きつけたかのような、火炎と拳の連打。
――それでも。
葵・時雨は、そのすべてを受け止めた。
柔らかなクッションが包み込むように。
衝撃は、吸い込まれるように消えていく。
(……何、これ)
紗良の背筋を、戦慄が走る。
拳を打つ感触が、
まるで霧を殴っているかのようだった。
すべてを受け切った、その瞬間。
葵・時雨は、
身体を半身にずらす。
同時に――腕を掴み、拳の威力を利用し内側へ引き込んだ。
宙から無理矢理引き寄せられた龍焔の腹部に、
拳が突き刺さる。
鈍い音。
葵・時雨の掌に、蒼い炎が絡みついた。
次の瞬間――炸裂。
榴弾が爆発したかのような一撃。
衝撃に弾かれ、
龍焔のアバターは後方へ吹き飛ばされる。
「おおっと!?」
「まるで爆発のような一撃だ!」
「スタジアムに、蒼い花火が上がりました!」
実況の声とともに、観客席が一気に沸き立つ。
「紗良!」
迅は思わず、身を乗り出していた。
蒼い炎の残り火に焼かれ、
龍焔のアバターは、見るも無残な状態だ。
一撃で、すべてを返された――
そう言っていいほどの、圧倒的な反撃。
残り火による継続ダメージが、
最後の体力を削り切る。
『KILL』
モニターに、決着が表示された。
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受付エリアに戻ると、
紗良は無言のまま床に座り込み、俯いていた。
まるで――
最初から相手になっていなかった。
そう感じさせるほどの、完敗だった。
相手は、おそらく最上位の**銀河系級**、
もしくはその次の**超巨星級**。
惑星級という枠に、収まる実力ではない。
先ほど戦ったスクリームよりも、さらに数段上。
洗練され、無駄がなく、隙のない達人――。
そのとき、一人のアバターが二人のもとへ駆け寄ってきた。
――**葵・時雨**。
「コニチハ!
対戦、ありがと~ございました!」
両手を合わせ、満面の笑みを浮かべる。
そのアバター名の横に表示されたギルド名に、
迅は思わず目を留めた。
**九尾の晩餐。**
中国最大級の、大手ギルド。
「いや~、おネイサン強くてビックリしたよ!」
身振り手振りを交え、興奮した様子で話し続ける。
「あの技ね、ウチのギルドじゃ禁止されてるのに、
思わず使っちゃった!」
まるで、良い試合を見終えた後の感想を語るような口ぶりだった。
「アナタが、もっとゲームに慣れてたら、
もっと面白かったネ!」
「ナレタラ、また対戦したいな!」
その言葉に、紗良は思わず顔を上げる。
迅も、わずかに目を見開いた。
(……初心者だと、見抜いた?)
あの短い戦いだけで。
これまで出会ったどのプレイヤーも、
紗良を初心者だと気づいた者はいなかった。
「オニイサンも、まだまだこれから」
今度は、迅の方を見る。
「ゲームはね、反射神経と技術だけじゃ、チガウ」
笑顔のまま、言葉を続ける。
「先を読む戦い、ヨ」
柔らかな表情。
だが、その奥に――
虎のような気配が、はっきりと覗いた。
背筋が、凍る。
今、このランク戦エリアで。
**間違いなく、こいつが一番強い。**
葵・時雨は、無理やり二人の手を取ると、
「ハイタッチ!」
ぱん、と軽い音を立てて叩き、
そのまま何事もなかったかのように去っていった。
残された二人は、しばらく言葉を失っていた。
ランク戦エリア――
まるで魔鏡のようなこの場所で、
自分たちの弱さを、
静かに、しかし確かに突きつけられた気がしていた。




