第3章 4 そして世界へー。
店を後にし、迅はランク戦エリアへと向かった。
先ほど出会ったプレイヤーのことが頭をよぎるが、考え込む間もなく、10分ほどで目的地に到着する。
新調したパーツのおかげで、身体が軽い。
動かした分だけ、反応が一拍早く返ってくる感覚があった。
ランク戦エリアは、巨大なコロッセオのような造りをしている。
外にいても、戦っているアバターの姿や金属音、そして歓声がはっきりと聞こえてきた。
受付エリアでは、途切れることなくプレイヤーが登録を行っている。
足元から、張りつめた空気が伝わってくる。
ピリピリと、電気が走るような感覚。
(……さすがランク戦)
見渡す限り、どのプレイヤーも一筋縄ではいかなそうだ。
「おい、あいつ……」
「意外と弱そー。俺でも余裕じゃね?」
そんな囁きが、耳に届く。
だが迅は気にも留めず、淡々とランク戦登録を済ませた。
――マッチング検索中。
ウインドウに表示される文字を眺める。
このゲームでは、登録するだけでシステムが自動的に対戦相手を選出してくれる。
――マッチング成功。
表示が切り替わり、淡い光が紫電を包み込んだ。
『戦闘エリアへ移動します』
『5……4……3……2……1……0』
視界が反転する。
次の瞬間、立っていたのはコロッセオの内部だった。
壁際には松明が灯り、二階席の観客エリアには無数のアバターが立っている。
見下ろすような視線が、一斉に紫電へと集まった。
「おー! ケルン防衛戦の!」
「大阪の陣の大将やん!」
「へぇ、ランク戦やってんだ」
ざわめきの中、対戦相手が前へと歩み出る。
相手のアバターは、戦鎚使いだった。
巨大な戦鎚の先端には噴射口が取り付けられている。
磨き上げられた鎧は重厚で、軽い攻撃など弾き返しそうだ。
だがその分、重量に引っ張られ、動きは鈍そうにも見える。
(……悪くない)
『対戦カードはこちら!』
『飛龍の座――紫電!』
『地竜の座――麻婆茄子美!』
『それでは、バトル開始!』
「……なんだ、その名前は」
一瞬、意識が逸れた。
その刹那を逃さず、相手が踏み込んでくる。
「まずは一撃!!」
戦鎚の噴射口から火柱が噴き上がる。
振りの威力と速度を増幅するパーツらしい。
地面を砕く一撃。
爆音とともに、土煙が舞い上がった。
「おーっと! 麻婆茄子美選手、凄まじい一撃だ!」
「ああっと紫電選手、あんなに遠くにいる!」
「どうやって躱したんだぁ!?」
司会のコールが、会場をさらに煽る。
紫電は、相手の横をすり抜け、数メートル先へと退避していた。
(……これなら)
跳躍。
先の戦いで見た、ゴクウの動き。
跳躍と走りを組み合わせた、あの軌道。
同じ動きとまではいかない。
だが――撹乱するには十分だ。
紫電は一気に距離を詰め、相手の足元へと飛び込む。
慌てた相手が、反射的に攻撃を繰り出した。
――単調。
(見えた)
最適なタイミングで、カウンターを合わせる。
衝撃。
相手のアバターが、宙に浮いた。
「もう一発――!」
踏み込み、渾身の右ストレート。
拳が胸部に突き刺さり、そのまま壁へと叩きつけられる。
『KILL』
会場モニターに、決着の文字が表示された。
迅は、静かに息を吐く。
観客席がざわめいた。
「おい、あいつ……」
「……例の……」
だが、その視線は紫電だけに向けられたものではなかった。
二階席の一角。
暁月とスクリームが、並んで紫電を見下ろしている。
三人は言葉を交わすこともなく、
ただ静かに――互いを見つめ合っていた。
---
受付エリアへ戻ると、二人はそこに立っていた。
「……何か用ですか?」
迅は丁寧な口調を保ちながらも、無意識に警戒を滲ませて問いかける。
「君、紫電さんでしょ?
強いって聞いたけど――大したことなさそうだね」
「おい、失礼だぞ」
嘲るように言うスクリームを、暁月が手で制した。
「すまない。この前の戦いだが……
俺たちは、ボス討伐を目的に参加していた」
暁月は静かに続ける。
「思ったより君たちが早く着いてしまってな。
コイツは獲物を取られて、少し機嫌が悪い」
「私は早い者勝ちだと思うが…」
「いやー、納得いかないっしょ?」
スクリームが肩を揺らして笑う。
「あんだけ御大層に宣伝しといて、
ボス掻っ攫っちゃうんだからさ」
「俺らだけでも、ヨユーだったし」
「……まぁな」
二人の言葉には、揺るぎない自信が滲んでいた。
「てことでさ」
スクリームが一歩踏み出す。
「ボス討伐した八雲って人、ここに連れてきてよ。
実力差、ハッキリさせてあげるからさ!」
マスクをカタカタと揺らしながら嗤う。
「いや、連れてこない」
迅は即答した。
「八雲は忙しいからな」
「あれー? 逃げちゃうの?」
迅は一歩、前に出る。
「俺も、今は強いやつと戦いたい。
――俺と、サシでやろう」
呼応するように、紫電の身体から電気が迸った。
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転送。
コロッセオ内部。
スクリームと紫電が、向かい合う。
互いに距離を詰める。
スクリームは武器を持っていない。
両手は素手。だが、ロングコートの内側に“何か”を隠している気配がある。
近づくほど、脈が早くなる。
心臓の音が、耳元で鳴っているかのようだった。
――先に仕掛けたのは迅。
内側に締めた、最短距離のフック。
速度を最優先した一撃。
「アハッ! 早漏ヤロー!」
スクリームは跳躍し、紫電の腕を踏み台にしてさらに跳ぶ。
真上。
同時に、マスクを外した。
「――バウッ!!」
鉛のような圧が、空気ごと叩きつけられる。
紫電は即座に後方へ加速し、ギリギリで回避する。
だが、雷鳴のような衝撃が先に届き、装甲が軋んだ。
「そんなの、見てから避けても無駄無駄!
どんどん行くぜオラ!」
「バウ! バウ! バウ!!」
着地と同時に、スクリームは四足獣のような姿勢で突進してくる。
(――速い)
紫電は意識し、脱力。
姿勢を落とし、加速へと繋げる。
コロッセオに、雷の軌跡が走った。
「それ、さっき見たー!
早いねぇ!」
並走。
紫電は音の一撃を一つ一つ、正確に躱していく。
壁を蹴り、再加速。
渾身のアッパー。
「はぁー……単純すぎ!」
ロングコートの内側から、2本のナイフが閃いた。
「ザシュッ!」
右腕を、2本の刃が両側から挟み込む。
「まず1本!」
ナイフを引き抜こうとするスクリーム。
だが――迅は逃げない。
むしろ、距離を詰めた。
刹那。
肘打ち。
スクリームの体勢が崩れる。
「おいそれ!
ボクシングじゃ反則だろー?」
「……これは、ボクシングじゃない」
迅は冷静に言い返す。
解放された右手に、力を込める。
「じゃあさ……潰れなよ?」
音波攻撃。
正面から、紫電は踏み込んだ。
音の一撃を浴びる。
だが、それは“予備動作”。
耐えながら、拳に力を溜め続ける。
次の瞬間、空気の塊が吐き出された。
「……は?」
スクリームは、なお突っ込んでくる紫電を見つめる。
(――今だ)
カウンター。
空気の塊を砕き、右ストレートを叩き込む。
そしてスクリームの顔面へ命中。
「ぐはっ!?」
さらに加速。
左フック、右ジャブ、右フック。
相手の動きを完全にトレース。
攻撃も回避も、全て潰す――カウンターの連打。
紫電のゲージが、最大まで跳ね上がる。
「馬鹿が! 喰らえ!!」
「――バンッ!!」
スクリームの口から、弾丸のような空気の塊が放たれる。
不意打ち。
だが紫電は――すでに見ていた。
予測。
既に後方へ退き、打つ体勢に入っている。
「あっ……やめ――」
「紫電一閃――!」
閃光。
背中を捉えた一撃が、スクリームを貫いた。
力なく、崩れ落ちる。
極限まで無駄を削ぎ落とした一撃が、
正確に――心臓部を撃ち抜いていた。
『KILL』
会場モニターに、決着が表示された。




