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第12話 勉強会決定

「勉強会!?」


 悠貴が、興味津々といった様子で身を乗り出す。計画にはなかった展開だが、これは……願ってもない流れだ。グループランチから、さらに一歩踏み込んだ関係性を築けるかもしれない。


「そうよ! 怜央は数学が得意でしょ? 澄香は英語と生物が得意だし、桜と私は古典とか社会系なら、なんとか。浅倉くんは?」


 沙織は、テキパキとメンバーの得意分野を整理していく。その手際の良さは、さすが生徒会長だ。


「俺? あー、化学ならまあまあ。物理は……この中で取ってるの俺だけか。じゃあ化学担当で」


 悠貴も、乗り気なようだ。


「それ、最高じゃん! いいね、勉強会!」


 百合川さんが、すっかり元気を取り戻している。


「お互いに教え合えば、効率もいいし、苦手も克服できるかも!」


「確かに。一人でやるより、捗りそうだな」


 俺も、賛同の意を示す。内心では、計画以上の展開に、ほくそ笑んでいた。天峰に、自分の得意分野で良いところを見せるチャンスだ。


「澄香はどう思う?」


 沙織が、天峰に優しく問いかける。全員の視線が、彼女に集まる。俺は、息を殺して、彼女の返事を待った。断らないでくれ、と心の中で念じる。


 天峰は、少しの間、逡巡するように視線をさまよわせた。けれど、やがて、意を決したように、顔を上げた。


「……うん、いいと思う。私も、数学の応用、教えてほしいし……。生物なら、少しは役に立てる、かな」


 彼女が、肯定の返事をしてくれた。その事実に、俺の心臓が、喜びで大きく跳ねた。よし……!


「やったー! 決まりだね!」


 百合川さんが、満面の笑みで叫ぶ。


「二宮くんの数学講座! 超楽しみ!」


 その期待の眼差しに、少し気恥ずかしさを感じながらも、同時に、強い責任感と、そして、天峰に「すごい」と思われたいという欲求が湧き上がってくる。


「それで、いつやるの?」


 悠貴が、現実的な質問を投げかける。


「中間テストの二週間くらい前から始めるのがいいんじゃないかしら? 週に二回くらいで」


 沙織が提案する。


「場所は……図書室だと話せないし……」


「あ、会議室、借りられるんじゃない? 生徒会権限で」


 沙織が、さらりと凄いことを言う。


「会議室!? え、そんなの使っていいの?」


 百合川さんが驚く。


「大丈夫よ。空いてる時間なら、申請すれば使えるはず。あそこなら広いし、ホワイトボードもあるし、勉強するには最適だと思うけど」


「それはいいな。人目も気にしなくていいし、集中できそうだ」


 俺も賛成する。会議室なら、気兼ねなく質問したり、議論したりできる。最高の環境だ。


「じゃあ、日程だけど……来週の火曜と木曜、再来週の火曜と木曜の放課後、計四回っていうのはどうかしら?」


 沙織が、具体的な日程を提示する。四回……。それだけの時間を、天峰と、そしてこのメンバーで共有できる。静かな興奮が、胸の奥から込み上げてくる。


「各回で教科を決めて、担当者が教える形式にすれば、効率的ね」


「それなら、自分の苦手な科目に集中できるな」


 俺も頷きながら、頭の中で具体的な学習計画を練り始める。どの順番で、何を教えるか……。天峰の苦手な分野も、事前に把握しておきたい。


「じゃあ、二宮くんは数学、よろしくね!」


 百合川さんが、キラキラした目で俺を見る。


「ああ、任せろ。基礎から応用まで、しっかり理解できるように教える」


 責任は重いが、やりがいもある。何より、天峰に頼りにされることが嬉しい。


「私は、英語と生物なら……」


 天峰が、少し自信なさげに、けれどはっきりと申し出る。彼女の得意分野を教えてもらえるのも、また楽しみだ。


「じゃあ、来週火曜日、第一回決定ね! みんな、必要な参考書とか問題集とか、忘れずに持ってくるように!」


 沙織が、テキパキと話をまとめる。


「うわー! なんか、やる気出てきた! みんなで頑張れば、テスト乗り切れそう!」


 百合川さんが、すっかり前向きになっている。


「確かに。一人で抱え込むより、ずっといいな」


 悠貴も頷く。この予想外の展開は、明らかにプラスだ。計画以上の成果と言える。


「楽しみだな、勉強会」


「楽しみだね」


 俺と天峰の声が、偶然にも重なった。瞬間、空気が、ほんの少しだけ、甘く、そして気まずいものに変わる。目が合い、お互いに、はっとしたように視線を逸らす。


 その様子を見ていた沙織が、くすくすと、意地悪く笑った。


「ふふ。なんだか、澄香と怜央って、やっぱり似てるわよね」


「え? どこが?」


 天峰が、驚いたように聞き返す。


「うーん、二人ともすごく努力家で、目標に向かって一直線なところとか? でも、そういう頑張りを、あんまり人に見せたがらないところも。それに、ほら、医者志望っていうのも同じだし、スポーツ経験者っていうのも」


 沙織の言葉に、俺は再び天峰を見てしまう。彼女も、同じように俺を見ていた。また、目が合う。今度は、どちらからともなく、ふいっと視線を逸らした。


「あー、確かに! 言われてみれば!」


 悠貴が、大げさに手を叩く。


「怜央も天峰さんもさ、普段、涼しい顔して何でもできちゃうように見えるから、『天才』とか言われがちだけど、影ではめちゃくちゃ努力してるもんな!」


「……そんなことない」


 天峰が、慌てて否定する。その反応が、また可愛らしい。


「いや、俺はそう思う」


 俺は、真剣な声色で言った。これは、お世辞ではない。本心だ。


「天峰が、どれだけ努力してるか、俺は見てるつもりだ。図書室で、いつも最後まで残って勉強してる。一年の頃から、ずっとだろ?」


 言いながら、少し熱が入りすぎたかと、内心で反省する。だが、彼女の努力を、俺は確かに知っているのだ。


「……ありがとう」


 天峰が、俯きながら、小さな声で呟いた。その耳が、ほんのりと赤く染まっているように見えた。


「うわーーー! 何これ! めっちゃいい雰囲気じゃん!」


 突然、百合川さんが、空気を読まずに、あるいは、読んだ上で叫んだ。その声に、俺も天峰も、はっと我に返る。顔が、熱い。


「桜。静かに」


 天峰が、慌てて百合川さんを制止しようとする。


「だってー! お互いの努力を認め合って、しかも将来の夢も同じで、スポーツ経験まで共通って! これ、もう運命じゃん!」


 百合川さんは、興奮冷めやらぬ様子だ。沙織は、隣で肩を震わせて笑いを堪えている。悠貴も、面白そうにニヤニヤしている。……完全に、遊ばれている。


「えっと、それじゃあ、勉強会の具体的な内容だけど……」


 沙織が、咳払いをして、無理やり話題を軌道修正する。


「事前に、苦手な範囲とか、質問したいことをまとめておくと、効率がいいと思うわ。そうだ、せっかくだから、この5人でLINEグループ、作らない?」


「あ、それいいね! 便利!」


 百合川さんが、すぐに賛同する。


「そこで、連絡事項とか、質問とか、共有できるし!」


「確かに、それが一番スムーズだな」


 沙織の提案に、俺も頷く。……LINEグループ。それはつまり、天峰と、個人的な連絡先を交換する、ということになるのか。これもまた、想定外の、しかし望外の展開だ。


 それぞれがスマホを取り出し、QRコードを交換する。画面に、天峰のアカウント名が表示され、「友達」として追加される。たったそれだけのことなのに、心臓が、また大きく跳ねた。これで、いつでも、彼女に連絡を取ることができる。……もちろん、節度は守らなければならないが。


 気づけば、昼休みは終わりを告げようとしていた。


「あー、もうこんな時間! 早かったなぁ」


 悠貴が、名残惜しそうに伸びをする。同感だ。今日の昼休みは、本当にあっという間だった。


「また次回ね! 楽しみにしてる!」


 百合川さんが、元気いっぱいに弁当箱を片付けながら言う。


 俺も、コンビニの袋をまとめながら立ち上がる。天峰も、静かに弁当箱を鞄にしまっていた。その横顔には、穏やかな、そしてどこか満たされたような笑みが浮かんでいるように見えた。


 生徒会室を出る間際、沙織が、俺の肩を軽く叩いた。


「……良かったじゃない、怜央。順調そうね」


 小さな声で、囁くように言う。


「……ああ。ありがとう、沙織」


 俺も、小声で返す。その言葉には、計画の成功への手応えと、彼女への心からの感謝が込められていた。


 廊下に出ると、自然な流れで、天峰が俺の隣を歩いていた。最初の、あの重苦しい空気は、もうどこにもない。


「来週の勉強会、楽しみだけど……ちゃんと教えられるか、ちょっと不安だな」


 天峰が、ぽつりと呟いた。真面目な彼女らしい悩みだ。


「大丈夫だろ。天峰なら、きっとうまくやれる。それに、俺もいる。数学でわからないことがあれば、いつでも聞いてくれて構わない」


 それは、下心がないとは言えない。けれど、彼女の力になりたいという気持ちも、嘘ではなかった。


「……うん。ありがとう。あなたも、何かあったら……私でよければ、だけど」


 その言葉が、嬉しかった。


 会話をしながら歩いているうちに、教室へと続く階段が見えてきた。ここで、別々の方向へ行くことになる。もう少し、話していたい。そんな名残惜しさが、胸をよぎる。


「じゃあ、また教室で」


 階段の前で、天峰は友人に呼ばれ、そちらへ向かっていく。その背中を、俺は少しの間、見送っていた。今日は、想像以上の収穫があった。LINEの交換、勉強会の約束、そして何より、彼女との間に生まれた、この自然な空気感。


 背後から、悠貴が近づいてきて、俺の肩を叩いた。


「おい、怜央。ニヤけてるぞ」


「……別に、ニヤけてない」


 素っ気なく返す。だが、口元が緩んでいるのは、自分でもわかっていた。


「いやいや、ニヤけてたって。天峰さんとの会話、いい感じだったじゃん。医者志望の話、振って正解だったろ?」


「……まあな。結果的には、感謝する」


 悠貴の、ある意味強引なアシストが、功を奏した形だ。


「だろ? これからも、ガンガン攻めていけよ!」


「いや、焦りは禁物だ。あくまで、計画通りに、慎重に進める」


 最初に決めた方針は変えない。彼女のペースを尊重し、友達としての信頼関係を、まずはしっかりと築く。今日の昼休みで得た手応えは、そのための大きな一歩だ。




 午後の授業開始を告げる予鈴が鳴る。教室に戻り、自分の席に着く。少し遅れて、天峰も戻ってきた。彼女の横顔を、そっと盗み見る。なぜだろう、ただ隣にいるだけで、心が満たされるような感覚がある。


「天峰」


 衝動的に、小さな声で呼びかけていた。


「……なに?」


 彼女が、少し驚いたように、こちらを見る。


「……今日の昼休み、楽しかった」


 飾らない、素直な気持ち。それを伝えたかった。


 彼女は、一瞬、目を丸くしたが、すぐに、ふわりと、花が咲くように、柔らかく微笑んだ。その笑顔が、俺の心を、静かに、だが確かに、捉えて離さない。


「……うん。私も、楽しかった」


 その一言だけで、十分すぎるほどだった。


 授業開始のチャイムが鳴り、教室が静寂に包まれる。俺はノートを開きながら、思考を巡らせる。今日の分析、そして次の金曜日のランチ、来週からの勉強会……計画は、着実に進行している。隣では、天峰が真剣な表情で、教師の話に耳を傾けている。その横顔を、もう一度、そっと見る。


(……よし)


 心の中で、静かに、だが力強く、呟いた。一歩ずつ、着実に。計画的に、そして誠実に。彼女の心との距離を、縮めていこう。この、初めての恋を、必ず成就させるために。

評価やブクマをしていただけますと大変嬉しいです。

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