プロローグ
戦後70年と言われる年、雑誌のライターをしている私に、知人の編集者、吉田から一本のCDが届いた。
「これ、文字起こし頼むわ。夏に戦争特集やるから」
CDには「戦争体験、2001年6月2〜9日、鈴木千代子さん」とラベルが貼ってあった。
彼女は私より十歳ほど年長だったが、何かにつけて気にかけてくれ、プライベートでも親しく付き合っている。
「ずいぶん前のですね」
「私が若い頃インタビューしたんだけど、結局お蔵入りになってたの。今度の企画で資料探してたら掘り起こした。今じゃご本人も亡くなったんだけどね、ご遺族に連絡したら、好きに使ってくださいと言われたから」
私には戦争を経験した家族はいない。大正生まれの父方の祖父母も、戦前生まれと思われる母方の祖父母も既に鬼籍に入っている。
久しぶりに母に連絡を入れてみた。
「今度戦争の話の仕事することになってさ」
「そういえば戦争の話って、お祖父ちゃんからもお祖母ちゃんからもあんまり聞いたことないなと思って。お母さん、何か知ってる?」
祖父母とは別居していたし、父も母も戦後生まれで、太平洋戦争の話が家族の話題に上ることはほとんどなかった。
「私もあんまり覚えてないわ。あの時代の人って戦争のこと思い出すの嫌だったんじゃないかしらね」
「そう、思い出すのも嫌だったんだ」
私は机上の携帯プレイヤーにCDをセットすると、イヤホンを耳に刺した。
年配の女性のしゃがれた声が聞こえてくる。
「日本が平和になり豊かになって戦争が遠い過去のように感じるこの頃、私は戦争のことを後世に伝えなければならないと思うようになりました。戦争体験と言っても、あくまでも私の個人的な体験談ですが、記憶のあるうちに、体験者として戦争の悲惨さを伝えようと思いました」
私は音量を上げた。