33 「オルフェの秘密」
改稿作業にて。
「アギト達」を「リュート達」に書き換えてます。
二人共主人公ですが、実質的にはリュートが主人公だからです。
もし「アギト達」を発見したら、誤字脱字報告よろしくお願いします。
リュート達はようやくジャックの家へと辿り着いて、成り行きとはいえ夕食に招かれていた。
ジャックに案内されて、手作りの大きなテーブルに全員座り、食事を待っている間に自己紹介をする。
「ジャック、ここへ一緒に来たこの二人は光の戦士と、そして闇の戦士です」
そうオルフェに促されて、二人は自己紹介をした。
「えっと、オレはアギト。光の戦士の方で、オルフェの弟子とかやってます」
さっきの斧事件でまだ少しビビっているのか、アギトは緊張しながら名乗った。
「こいつが先生だってぇ〜!? はぁ……、時代の流れというものは恐ろしいな。色々苦労するとは思うが、まぁ頑張れよ?」
ジャックの意味深な励ましに、どこかで聞いたことがあるようなセリフだと思いながらアギトは苦笑する。
「えっと、リュートです。闇のマナを持っていて、闇の戦士みたいです。よ、よろしくお願いします」
ものすごく緊張した口調で、リュートがギクシャクと挨拶した。
ジャックがじぃ〜っとリュートを見つめる。
その食い入るような視線に、リュートは戸惑って不自然に視線を逸らした。
「この子が?」
どういう意味だろうと思いながら、リュートはちらちらとジャックの様子を窺った。
「はい、間違いなく彼は闇のマナを持っていて、戦士としての資質も備えています。正直なところ、アギトよりもリュートの方が強力なマナを秘めています」
オルフェの言葉に「え……?」と、二人は驚いた。
そんなこと初めて聞いたからだ。
アギトは嘘だろ、というような表情でリュートの方を見る。
リュートも愕然としながらアギトに目をやった。
すると、ジャックが大きな溜め息をついて両手を後ろ頭に組んで、思いきりイスにもたれかかりながら、反り返った。
「はぁ〜、そういうことか。そうだよなぁ、オレ達の結婚式にも顔を出さなかった奴が突然ウチにやって来て、ただの挨拶に来るなんておかしいと思ったんだ」
グチっぽくそう呟きながら、ジャックは困ったような態度をあらわにした。
リュートはそれを見て、かなりがっくりと落ち込んでしまう。
ものすごく弱そうな自分が闇の戦士で、がっかりさせてしまったのだろうか? と思ったからだ。
そして恐らくジャックはすでに、同じ闇のマナを持つ自分がこの弱そうな戦士の師匠をさせられると、それをイヤがっているのだろうか?
マイナスイメージばかりが、リュートを襲う。
そんなリュートを尻目に、オルフェ達は話を進めていた。
「すみません、私も一応軍人で忙しい身でしてね。そんなことより、時間もあまり残されていないので本題に入りたいのですが、構わないですか?」
オルフェの言葉に乗り気じゃないのか。
キッチンの方に目をやって、まだ食事が運ばれて来ないのを確認して、ジャックは姿勢を元に戻した。
そして隣に座っている小さな女の子の鼻水を、手元に置いてあったハンカチで綺麗に拭ってやった。
「オレは、もう軍人はやめたんだよ」
「知っています。退役手続きも、その後の生活環境も。全て私が手配しましたから」
別に恩着せがましく言っているわけではない。
親友として当然のことをしたまでだと、そういう口調だった。
ジャックの瞳は、娘を見つめるその眼差しは……。寂しそうな、ツライ体験を思い出しているような。
そんな表情だった。
「前線に立てとまでは、今は言いません。ただ一人前になるまでは、この子に修行をつけてやってほしいだけです。この子は初めてこのレムグランドに来た際、闇のマナを暴走させてビッグバン現象を引き起こしかけた。せめてマナのコントロールの仕方だけでも身につけさせてやらなければ、この先も同じようなことになりかねません」
真剣な面持ちで、オルフェは説得を続ける。
ジャックはその言葉を聞いてからコーヒーを一口飲んで、苦笑しながら答える。
「お前も変わらず人が悪いな。その言葉から察するに、まだこの子達に自分のことを話していないんだな?」
二人はジャックの言葉に注目した。
反射的に二人はオルフェの方を見つめて「どういうことだ?」という風に、視線を浴びせた。
オルフェはメガネの位置を直すフリをして、瞳を隠した。
その曖昧な態度に、アギトが割って入る。
「なんだよ、ジャックの言うこと本当なのかよ!? オレ達に何か隠し事でもしてるってのか!? ちゃんと話せよ!!」
アギトの言葉に、オルフェは覚悟を決めたのか。
溜め息をついてから、ゆっくりと答えた。
「仕方ありませんね。ジャックが余計なことを言ってしまったからには、話すしかなさそうです。どこから話しましょうか。私が君達に師事システムを話した時に、師弟関係になるにはマナ属性が関係するというのを説明したのは覚えていますか?」
そう言われて、二人は大きく首を縦に振った。
「レム属性なら同じレム属性の人間が。私の基本属性がレムだから、アギトの師には私が。リュートの基本属性がアビスだから、師にはジャックが適格だと判断しました。ここからは君達には話していないことですが、先に断っておきます。この事実を知る人間はかなり限られています。これを知る人間はジャックの他に、中尉しかこの事実を知りません。ですから、ここで今聞いたことは他言無用にお願いします、いいですか?」
オルフェのいつになく周到な言葉に、一体どんな秘密があるのかと二人は少し怖くなった。
緊張した表情で、二人は返事した。
ジャックもコーヒーを飲んで、娘の様子を気にしながら話を聞いていた。
「普通の人間が持つ属性は一種類だけ。そして戦士と神子は二種類の属性を持って生まれてきます。私も普通の人間なので、基本属性は火の属性。この一種類だけ持って生まれてきました。昔、私が師と仰ぐ人物は神子としての資質を持っていたので、二種類もの属性を持っていた師のことをとても尊敬していましたし、羨ましくも思っていました。その頃の私は探究心や好奇心に溢れていて、自分がすることは何でも正しいと過信していました」
そのオルフェの言葉に、アギトはどきんとした。
今の言葉には、聞き覚えがあったからだ。
『自分のすることが正しいと思いこみ過ぎている。度を過ぎたら、いつしか自分に返りますよ』
その言葉が、深くアギトの胸に刻まれていた。
アギトがうつむいて表情が曇ったことに、当然オルフェは気づいている。
それでもなお、オルフェはしっかり聞くように……とでも言いたかったのか。構わず話を続けた。
「そしていつしか、自分も複数の属性を操れるようになりたいと、そう思うのにたいして時間はかかりませんでした。様々な書物を読み漁り、色々な実験を繰り返して、私はいくつか新術を開発することに成功したのです。その時、確か九歳位だったと思います」
オルフェの当時の年齢を聞いて、二人は驚きを隠せなかった。
そんな幼い頃に、そんなことを考えて、そんなものすごいことをしていたなんて信じられない。
ジャックも昔を懐かしむように、感慨深いとでも言うような表情を浮かべて、ぼそりと呟いた。
「その頃からお前、回りから天才だって言われてたもんなぁ」
オルフェは自嘲気味に微笑むと、話を続けた。
「多少脱線したような新術も生まれたりしましたが、基本的には複数のマナを自らの体内に取り込むという実験を中心に開発しようとしてました。動物実験を繰り返し、その成功例は殆どありません。更に研究を続けて、理論的に正しいという確証はありましたが実際に実験してみると、体内のマナが暴発。プラスとマイナスが反発し合って、小さなビッグバン現象を引き起こし、実験に使用した動物は全て失敗に終わりました。そんな時、私は自分の理論が正しいのだとまっすぐに信じ込んでいて、遂には神子の資質を持つ師の細胞を密かに採取してそれを研究しました。そこで自分の理論に欠けていた部分を発見して、私はこれによって絶対的な確信を持ち、決行しました。自らを人体実験の被験者にしたのです」
しぃんと、静まり返る。
聞こえてくるのは、ジャックの奥さんがキッチンで料理をする音だけだった。
リュート達はオルフェの言葉に、ただただ信じられないとでもいうような面持ちで、受け身になって聞いていた。
それまでどんなに実験を繰り返しても、実験に使った動物はみんな死んでいったというのに。
最終的には自分で実験するなんて。
とても九歳の子供がするようなことではない、と。
まるで物語を聞いているような、現実的に捉えるには内容が過激過ぎた。
オルフェもコーヒーを一口飲んで少し間を置いてから、それから続きを話した。
その表情には、いつもの笑顔もなければ、冗談すらなかった。
ただ真実だけを語っていた。
「人体実験を行ない、私の体は最初は拒絶反応を起こし、しばらく生死の境を彷徨いました。全身が焼けるような痛みに襲われ、マナをうまく体内に抑え込むことが出来ず、四十度以上の高熱、肉体は細胞破壊が進み、臓器もひとつひとつ、自らの火のマナによってじわじわと焼かれていきました。そんな時、師が必死になって私の体に治癒の魔法をかけ続けてくれていました。その時の私は意識がなく、それは後にジャックと中尉から聞いた話なのですが。何時間も何日も何週間も、回復の見込みなどゼロに等しかった愚かな弟子に、ずっと希望を捨てずに回復魔法をかけ続けてくれたのです。ようやく意識を取り戻した私は、私の側で疲労しきった師の悲しそうな顔が目に入りました。私が意識を取り戻したことに気付いた師は、私を優しく抱き締め、名前を呼ぶその声は涙に震えて泣いていました。どれ位意識を失っていたのかはわかっていませんでしたが、私は……私を抱き締める師の温もりを感じた時。自分が生まれ変わったような不思議な感覚にとらわれていたのです。数日して、自分の力で動けるようにまでなった時に私は実験の最終段階を始めていました。人間の体内にあるマナのレイライン部分、つまり五体のことですが。その部分に魔法陣を描いて、マナの抑制に成功したのです。半年後、完全に回復した私は魔術の詠唱をし、そこで初めて風のマナを発動させることに成功しました」
そこまで話して、二人は息を飲みながらオルフェとジャックが何を言いたかったのか、ようやく理解した。
「つ、つまり……オルフェって……」
アギトが最後まで言うこともなく、オルフェがこともなげに続きを引き継いだ。
「えぇ、君達の想像通りです。私は自分が開発した新術により、レム属性だけでなくアビス属性も……。簡単に言えば、全ての属性を行使できるようになったんですよ」
リュート達にとって、この世界の常識にあまり馴染みがないせいか。
それがどれだけものすごいことなのか、今ひとつ実感することができなかった。
しかしさっきのオルフェの説明にもあったように、普通の人間は属性を一種類しか持って生まれることしか出来ない。
それを踏まえて考えると、オルフェは全部で八種類も操ることが出来るということだ。
それがどれだけものすごいことなのか。
いや、もしかしたら普通の人間にはそんなこと不可能に違いない。
オルフェだからこそ成し得たに違いない。
そしてオルフェの師の力がなければ、成し遂げることは出来なかっただろう。
そしてアギトはジャックの言いたかったこと、今までオルフェが誰にも言わずに隠し続けていた秘密を話させた理由がわかった気がした。
「それじゃオルフェは闇のマナをコントロールする方法を、知ってたってことだよな?」
オルフェは両目を閉じて、すぐに返事をしなかった。
「知ってるのに、ジャックさんに戦場に戻るようにここまで来たってことなんですか? 本当ならジャックさんは、僕の師匠になる必要なんて全くないのに」
リュートがオルフェに返答を求めた。
それこそ自分をダシに使って、ジャックを呼び戻そうとしたことになる。
自分のことを利用されたようで、悔しかった。
しかし、オルフェはそれだけは否定した。
「いいえ、君を利用したつもりはありませんよ。そもそも私が闇のマナのコントロールの仕方を知っていても、知らなくても。リュートにとって最適な師と成り得る人物は、やはりこの世界のどこを探してもジャックの他にはいないと、断言できます。ジャックに戦場に戻ってほしいという願いがあるのは事実ですが、だからといって無理強いさせるつもりもありません。どうしてもイヤだというなら、これからリュートがこのレムグランドを訪れる際にはジャックの家まで修行する為に通わせましょう。そうすればジャックは戦場に立たなくても良くなるわけですし、リュートの修行もはかどります。一石二鳥というわけです」
両手を組んで顎に当て、提案した。
オルフェの真剣な表情に、ジャックはオルフェの器を計るような視線で見つめていた。
アギト達は、ジャックの返事を待つ。
オルフェがここまで言うのだから、本当にリュートの師匠にはこのジャックが一番なのだろう。
どれだけの実力があるのか二人には全くわからない。
そんな時だった。
「はぁ〜い、お待たせしましたぁ〜!! たくさん作ったから、たくさん食べてくださいねぇ〜!!」
ジャックの奥さんが突然の来客に対応して、美味しそうな料理を大量に作ってテーブル一杯に並べていた。
来客が来ることが滅多にないのか。
奥さんはものすごく張り切っていて、ナイフとフォークをテキパキと並べたり、オルフェとジャックに赤ワインを、そしてアギトとリュートにはオレンジジュースをコップに注いでくれた。
「今日は男の子がたくさんいるから、あたし頑張っちゃった!! おかわりはたくさんあるから、遠慮しないでどんどん食べてくれていいのよ!」
そう言われて、アギトがふとキッチンの方に目をやると大きなナベにはたっぷりとカレーが作られていて、テーブルに乗りきらない料理が、まだ向こうの方に待機していた。
「これ、全部食べていいの?(てゆうか、全部食えと?)」
アギトは苦笑いをして、さっきまでの緊張感が一気に消し飛んでしまっていたことに、呆然としていた。
そしてその緊張感の中心ともいえるオルフェの方に目をやると、オルフェはさっきまでの真剣な表情が影も形も残っておらず、いつもの全自動微笑、オートスマイル全開でジャックの奥さんにノンキにお礼なんぞを抜かしていた。
「あはは、この展開の変わり身の早さは一体何なんだよ」
そう言ってアギトはチキンの唐揚げを一口食べると、そのあまりの美味しさに自分も緊張感が吹き飛んでがつがつと料理にがっついた。
リュートもそんなアギトを見て、この状況で真剣に取り合うのがなんだかバカらしく思えてきて、リュートもペコペコのお腹にたくさん詰め込んだ。
やがて全員が、奥さんがいる間はさっきの話題をぶり返さないようにしているせいか。
いつの間にかただの世間話に突入していた。
リュート達ははしゃぎながら、大笑いしながら。
久々に一家団欒のような夕食を、心の底から満喫していた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。




