31 「オルフェの教え」
洋館を出発して、大体三時間位は経っただろうか。
リュート、アギト、オルフェ、そしてドルチェ。この4人はとりあえず予定時間の半分まで来たので、休憩を取っているところである。
「あ〜、しんどっ!! ただ黙々と歩くだけがこんなにしんどいとは思わなかった!!」
アギトは自分の世界から持ってきたスポーツドリンクをがぶがぶ飲みながら、早速グチった。
「でも結局魔物とはまだ一度も遭遇していないし、予定通りに進んでるから順調で良かったじゃない。この分ならあと三時間頑張れば、目的地のジャックさんの家に到着できるんだから」
そう言ってリュートは、オルフェがメイドに言って手配してもらった弁当を食べながら励ました。
「それはそれで不満!! だってオレ達、まだ一回きりしか魔物と戦ってねぇんだぞ!? しかもマトモな武器で戦ったことは一度もねぇんだ! これって選ばれし戦士としてはどうよ!? って感じじゃね? せっかくミラからもらった剣を、思いきり振り回してぇじゃねぇか!!」
そう言って、腰に下げた剣をしゃっと抜いて、両手で構えて見せた。
最初は初めて見る本物の武器に多少はビビっていたが、ずっと腰に下げて歩いていたせいか。
どうやらすっかり慣れたらしい。
そんな欲求不満なアギトを見て、オルフェはサンドイッチを一口かじりながら笑顔で言った。
「振り回すだけならタダですから、どうぞ思う存分振り回してくれて結構ですよ。ただし、私達のいない所でお願いしますね? 暑苦しいですから」
「お前はいちいち一言多いんだよ」
そう言ったアギトに、オルフェが笑顔で人差し指を口元に当てて何かをぶつぶつ呟いたかと思ったら、ふわっと何かが光った。
「どわぁっ!!」
突然のアギトの悲鳴に、リュートはアギトが魔物に襲われたかと思って瞬時に立ち上がり、腰に備え付けていたナイフに手をかけた。
すると、アギトのズボンの裾から黒い煙が上がっていた。
「あちちちちぃっ!!」
ぱんぱんと両手で慌ててズボンを叩いて、火を消す仕草をしていた。
「な、なにっ!? どうしたのっ?」
何が起こったのかいまいち把握できていないリュートに、オルフェがいつものオートスマイルで答えた。
「敬うべき師匠に向かって暴言を吐いたので、お仕置きです」
そう言って、オルフェは手の平を上にして何かを転がすような仕草をしたかと思ったら、ぽっぽっと炎がちらついた。
「まさか……」
そう、そのまさかだった。
オルフェが放った炎の魔法が、アギトのズボンの裾を燃やしたのだった。
「あっ、危ねぇだろっ!! 殺す気かっ!?」
アギトがすぐさま、オルフェの元に駆け寄って抗議した。
「殺す気ならば、とっくに消し炭にしているんですがね。それよりも……」
そう言って、オルフェはいつもの口調とは少し違ったトーンの低いものに変わって、すっとアギトの前に立ち塞がった。
突然の迫力にアギトは思わず身が縮み、後ずさりした。
「なっ、なんだよっ!?」
ただならぬオルフェの雰囲気に、少なからず恐怖感を感じたアギトはそれ以上言葉が出なかった。
メガネのブリッジに指を当てて、オルフェは威嚇するような静かな口調でアギトに注意を促した。
「君は師匠に対する敬意の払い方を知らないようだ、と言っているんですよ。仮にも君は私の元へ弟子入りした、それを拒否することなく現状維持を保っているということは、君もそれを認めたということになる。違いますか?」
「……っ」
怒っているのか、アギトは完全に気迫負けして反論できずにいた。
リュートも今までと明らかに違うオルフェの態度に、アギトを見守ることしか出来ない。
「君の師匠は、一体誰ですか?」
腕を後ろに組んで、オルフェはアギトに確認させる。
「……あんただよ」
大きな溜め息をついて、オルフェは飲み込みの悪い子供は嫌いだという表情で、肩を竦めた。
「私は『あんた』という名前ではありません。さっきも言ったでしょう? 同じことを何度も言わせないでもらいたいんですがね」
そう言って、再びアギトからの回答を待った。
アギトはごくんとツバを飲んで、流れ出る汗を拭うことも忘れ、身構えた姿勢のまま答えた。
「……オルフェ」
小さい、聞き取りづらい小さな声でアギトはオルフェの名前を口にした。
オルフェは何も言わない。
その沈黙に腹が立ったのか、アギトはようやく意見した。
「な、なんだよっ!! 師匠になったからって、偉そうに! 何か? 『オルフェ様』とか『オルフェ師匠』って呼べって言いたいのかよっ!?」
「そこまで君に求めるつもりはありませんよ、気持ち悪いですから」
さらっと言い放つオルフェに、アギトはもう我慢ならないのか。
恐ろしくても、竦む体を押して精一杯反撃した。
「なんだよさっきから!! 何が気にいらねぇんだよ、師匠を敬う礼儀とか何とか言って! そっちだって弟子だからって見下してんじゃねぇぞ!! オレはオルフェの弟子になったけど、奴隷になったわけじゃねぇからなっ!!」
精一杯の反撃、しかしその足は少しだけ震えていた。
それだけオルフェの放つ威圧感、とでもいうのだろうか。
例え味方であっても、その恐ろしさはリュートにまで伝わってきた。
しかしリュートもアギトと同じ気持ちだ。
一体突然どうしたというのだろうか?
確かにアギトの態度は親友であるリュートから見ても、決して褒められるようなものではなかった。
今までだって年配の人間に対する礼儀というのだろうか、言葉遣いとか。
そういったものはなっていなかったのかもしれない。
しかし、それならばもっと早くに注意されているはずだ。
なぜ今になってここまで。
「えぇそうですね、私は君の師匠であって主人ではない。ただ君の態度があまりにも礼節を欠いた有様だったもので、見るに堪えなくなってしまったのですよ。最初は、君との距離が縮まるなんてことこの先一生有り得ないと思っていたものですから、放置プレイしていたんです。しかし結果的に師弟関係になってしまって、どうしたものかと。正直困っているんですよ。戦闘技術や魔法技術を教え込むだけならば、いくらでも教えて差し上げますよ。しかし、それ以上に人として大切なことも教育しようと思ったんですが。君にはまだ早かった、いや……、遅かったようでしたね」
メガネの位置を直して、オルフェはアギトに背中を向けた。
「オレが人として、最低だって言いたいのかよ」
アギトのその言葉には、自分は決して「良く出来た人柄」だというわけではないと認めていた。
「いいえ、それはそれで君の特徴だと。個性だと思うようにしていますよ? しかし度を超えると危険だと言っているんです。度を超えた発言、度を超えた態度、それらはいつしか自分に返ってくるものです」
いつものオルフェの言葉ではなかった、リュートはそう感じた。
いつもならオルフェは、自分の本心は冗談というオブラートに包みこんで、相手に悟られないようにしていた。
少なくともリュートにはそんな風に聞こえていた。
しかし今の言葉は、まっすぐな本心のように聞こえる。
まるで自分の体験を語っているような、そんな口調に聞こえたのだ。
だからこそ、言葉に重みがあった。
それはアギトも同じように感じ取ったのか。
構えた姿勢をほどいて、うつむき加減に落ち込んだ表情になっていた。
「じゃあ、どうしたらいいんだよ!! オレはずっとこんなだったんだ。加減なんてもんがわかんねぇ、全部オレの性格だし。全部まっすぐなオレなんだ」
背中を向けたまま、オルフェが溜め息をついたのがわかった。
「だから困っていると言っているんです。私はこの通り、まっすぐな人間ではなく曲がりに曲がったひねくれ者ですからね。まっすぐな君の矯正の仕方なんて、わからないんですよ。今まで様々な書物を読み漁りましたが、子供の教育の仕方という本だけは全く手をつけなかったものですから。ただこれだけは聞いておきたいんですが、アギト。君は今まで親から、どんな教育を受けましたか?」
ズキン、とした。
どうしてこんな場面で、親の話題になるのか。
アギトは言葉に迷っていた。
ちらりと、リュートの方に自然に目がいってしまう。
リュートが、ドルチェが聞いている。
なんて答えたらいい?
話したくない、話したくない……っ!!
アギトの頭の中は、一心にその言葉だけを繰り返していた。
するとオルフェはアギトの方へと振り向いた。
その顔は、いつもの笑顔に戻っていた。
「さて、もうだいぶ休憩を取りましたし。そろそろ出発しましょうか」
全員の目が点になった。
「え? あ……?」
口をパクパクさせながら、アギトはきょとんとした顔のまま戸惑っている。
いつものひょうひょうとした態度のオルフェに突然戻っていて、全員が拍子抜けしていた。
オルフェは荷物を持ってすでに歩きだしていたので、とりあえずついて行くしかない。
ついて行きながらアギトは「一体何だったんだ」とでも言うように、まだ頭を傾げていた。
それはリュートも同じだ。
突然怒り出したかと思ったら、すぐにまたいつもの笑顔に戻るものだから戸惑うのも無理はない。
とにかくリュートは小声でアギトに耳打ちする。
「アギト、とにかくもう大佐に対してあまり滅多なことは口走らない方がいいかも」
その言葉を聞いて、異論はなかった。
「あぁ、マジ怖ぇ。何が怖ぇって、あれって多重人格とかじゃねぇかってことだよ」
アギトは本気で疑っていた。
と、突然前を歩いていたオルフェが立ち止まる。
急に立ち止まるから、今度は一体なんだと訝しげに見ていたら「止まれ」という仕草をして、回りを警戒していた。
がさっ。
アギト達も確かに聞いた。
ここに自分達以外に誰かが、いる。
4人は円を描くように互いの背中を合わせて、四方に注意を払った。
耳を澄まして、目線は草陰とか、木の蔭などに走らせて、隣にいる者の息使いがハッキリと聞こえる位に集中する。
小声でアギトが訊ねた。
「なんだ、魔物か?」
「恐らくは。しかしすぐに襲ってこないところを見ると、知性のある魔物のようですね」と、オルフェ。
「僕達の様子をうかがってるってことだよね?」と、リュートが腰のナイフに手をかけて、抜かずに待機した。
「この森に生息する魔物はレベル1〜10までのものしかいない。でも不意を突かれたら危険」と、ドルチェが注意を促す。
がささっ!
全員が瞬時にその音を聞き逃さず、音がした方へと向かって武器を構えた。
草の蔭から何かが光る。
すかさずオルフェが何らかの術でロングソードを光と共に出現させて、それを音がした方向へと投げつけた。
ずさっと地面に突き刺さる音がして、何かがそれに驚いたのか再びがさささっと今度は気配を消すこともせずに、慌ててその場から走り去ろうとしていた。
「逃がすかよぉっ!!」
アギトは腰の剣を鞘から抜いて、大きく振りかぶって剣を上から振り下ろした。
草陰で何も見えなかったが、ずしゃっと鈍い音がした。
剣先がかすった程度だったが何か固いような柔らかいような物体を斬りつけた感触が、剣からリアルに伝わった。
がさがさと、草陰の中を這いずり回って必死で逃げようとしている。
アギトは剣を戻して、剣の先の方を見つめた。
紫色の液体が切っ先に付いていて、それがぽたりと地面に滴り落ちる。
明らかに何かの生き物を斬りつけた後だった。
よかった、魔物だ。
アギトは一瞬そう思った。
姿の見えない敵に斬りつける時には何も考えられなくて、振り下ろして初めて考えた。
人間だったらどうしよう、と。
しかし紫色の液体だったら、それは人間の血なんかじゃない。
そう思って、再び剣を構えて円陣に戻った。
がさっと、何かが草むらから飛び出してきた。
それはオオカミの姿をした、ウルフの子供だった。
「カァァァッ!!」
ウルフの子供が威嚇する。
その脇腹には、さっきアギトに付けられた傷痕があった。
「あ……っ」
その傷跡から、紫色の血を流していた。
「まだ、子供だ……」
リュートが囁く。
二人は、武器を持つ手から力が抜けた。
その反応にいち早く気付いたオルフェが注意した。
「二人とも、武器を構えなさい!! まだ子供とはいえ、相手は魔物! ウルフは肉食で、特に子供は人間の肉を好みます。姿に惑わされてはいけません!!」
オルフェの言葉は正しい。
そう、いつも正しい。……けど。
「だけどっ!! まだ子供だ、怪我だってしてるし! 追いかけてはこないって!!」
アギトはそう言った。
その言葉にオルフェの顔から今まで見たことのない氷のように、冷たく恐ろしい顔が現れた。
「全ての生命の源よ、燃え盛りし赤き炎、我に仇なす敵を焼き尽くさん!! イラプション!!」
オルフェの紡ぐ言葉に合わせて、周囲から赤く小さなホタルのような光がゆらめいていく。
一気にオルフェの右手に収束したかと思ったら、その小さな光は瞬く間に大きな火炎へと燃え盛り……そして。
それが勢いよくウルフの子供めがけて飛んで行き、周囲を炎が包み込んだ。
直径十メートル程の巨大な爆炎が着弾し、轟音と爆風でリュートとアギトは吹き飛ばされそうになった。
身を屈めて必死でその場に居残ろうと、地面に手を付けて四つん這いに近い状態になる寸前で爆風がおさまった。
しゅおぉっと、焦げ臭い匂いと熱風が肌をチリチリと刺激する。
両手で顔を塞いでいて、そしてゆっくりと爆炎が起こった場所へと視線を戻す。
そこには爆炎とほぼ同じ大きさの円形をした穴ぼこ、その中心には黒く焦げた炭のような影しか残っていなかった。
ウルフの子供は?
アギトは一歩、また一歩と。その爆炎の跡へと歩み寄る。
穴ぼこの近くまで来て、それ以上は歩が進まなかった。
生き物が燃えた焦げ臭い匂いが、再び鼻をつく。
さぁっとほのかに風が吹いて、焦げた地面から炭のような粉が、風に吹かれて舞い散った。
「あぁ……っ」
それ以上言葉がつながらなかった。
殺した……。
まだほんの小さな動物の赤ちゃんを……っ!!
震えが止まらない。
まだじっと見つめ続けるアギトに、リュートは声をかけられなかった。
自分もアギトと同じ位にショックが大きかったからだ。
そんな二人のことには全く介せず、オルフェは冷たく言い放った。
「いつまでそんな所で呆けているんです。早く先を急ぎますよ」
その言葉にアギトはブチッとキレた。
ダダダダッと走って行って、アギトはオルフェの腹部分の服を掴んで力いっぱいねじり上げた!!
「テメーーッ!!」
腹の底から叫んだアギトは、オルフェの顔を見上げる。
その顔はさっきと同じようなとても恐ろしく、冷たい表情しかなかった。
しかしアギトもまた引かなかった、動じなかった。
「まだ子供だったんだぞっ!? 何もあそこまですることなかったんじゃねぇのかっ!!」
「アギトっ!!」
リュートはどうしたらいいのかわからなかった。
アギトの怒りももっともだったし、気持ちは痛い位にわかっている。
しかし恐ろしさで、震えがおさまらなくて、その場から動けない。
オルフェはあえてアギトの掴んだ手を振り払おうとはせずに、冷たい口調で答えた。
「同じことを何度も言わせるなと言ったはずですよ。子供は人間の肉を好む、手負いの獣は更に凶暴性を増して追いかけてくる。やがて子供は私達の存在を他の仲間や、親に知らせてーー今度は数で襲って来る。そうなる前に、後から来た仲間に匂いを嗅ぎつけられ、私達の存在を知られないように消し炭にした。……それだけですよ」
きっと、全部正しいのだろう。
ウルフの生態なんて知らない。
あの時、見逃そうとしたあの時は、そんな後のことまで考えていなかった。
ただ可哀相だったから、まだ子供だったから、殺したくなかったから……。
自分が間違っているのか?
命を大切に思う気持ちは、間違っているのか?
わからない、……わからないっ!!
迷いがアギトの掴んだ手を、緩ませた。
オルフェはアギトの緩んだ手を優しく掴んで、そして反対側の拳で思いきり殴りつけた!!
ずざざざぁーっと、アギトは殴り飛ばされる!
「アギトっ!!」
頬が痛い。
アギトは殴られた衝撃で頭がくらくらして、めまいを起こしているのを直すために頭を左右に振った。
尻もちをついた状態のまま、アギトは頬を押さえて錆び臭いツバをぺっと吐いたら、殴られた時に唇を噛んでいたせいか。赤黒い血が地面についていた。
キッとオルフェの方を睨みつけたら、オルフェはずかずかとアギトの方へ真っ直ぐに歩いて来ていて、すぐ目の前に立っていた。
オルフェの顔は、冷たかった。
怒りも、憎しみも、悲しみも、……何もない。
ただ冷たい表情でアギトを見下ろしていた。
アギトは歯を食いしばって、懸命に認めたくない気持ちでずっと睨み続けた。
「まっすぐな個性も度を過ぎれば、自分に返ると忠告したはずですよ? もう忘れたのですか」
大人の理屈なんか関係ない。
自分は間違ったとは思わない。
命を大切に思う気持ちが間違ってるなんて、認めてやるものか!
そういう思いで、アギトはオルフェを睨んだ。
睨み続けるアギトに、オルフェはもう一発殴った。
「ぐぁ……っ!!」
地面に倒れこんで、また頭が真っ白になる。
「アギト、君は自分が正しいと思いこんでいるに過ぎない。だから、君のさっきの判断は間違っている。もし君の言葉に従い、あの場でウルフの子供を見逃したとしましょう。一時間後には、今度は私達の骨が道端に転がっていたことでしょうね。ジャックの家に辿り着くこともなく」
「……っ!!」
認めたくないっ、聞きたくない……っ!!
オルフェが倒れ伏したアギトに向かって片膝をつき、よく聞こえるように顔を近づけて話し続ける。
「君はウルフの命を救おうとしたのではなく、仲間の命を危険にさらしただけなんですよ。君達の世界では、肉食獣を見逃しても生き延びられる世界に生きているのかもしれませんが、ここは違います。ここでは情けをかけるということは、自分の命を相手に差し出すようなものなんですよ。殺さなければ殺される、そんな世界に今、君達は立ってるんです」
「……」
何も言葉を返さないアギトに、オルフェはなおも言葉を浴びせた。
「君は私にこう言いましたね? 剣はカッコイイ武器だと。その武器はね、相手の命を奪う凶器なんですよ? ちゃんと分かっているのですか?」
「うっ……」
オルフェの言葉がアギトの胸に突き刺さる。
抉るように、なぶるように。
アギトの全てを否定する。
「相手の命を奪う感触を直に感じる、残酷な凶器なんです。武器は全て相手の命を奪う凶器ですがね。それでも君は相手の肉体を残酷に斬りつける凶器を選んだのです。その武器の重みを知りなさい。そして摘み取った命の重みを知るといい」
そう言ってオルフェはアギトの服の襟を掴んで、まるで子猫の首を掴んで持ち上げるように地面に立たせた。
まだ足元はふらついている。
危なっかしく、それでも何とか自分の力で立った。
オルフェと立って向き合って、オルフェの顔をマトモに見上げられなかった。
口の中が不味い。
顔がズキズキと痛くてたまらない。
胸も見えない剣で斬りつけられたみたいに痛かった。
オルフェは顔を上げようとしないアギトに向かって、一言だけ囁いた。
「魔物と戦うということは、そういうことなんですよ? 君はそれを、受け止めることができますか?」
さっきとは打って変わって、どこか悲しげに、優しげに聞こえたのは気のせいだろうか?
「この世界では、戦争とは……。まっすぐな人間にはとても生きにくい世界なんですよ」
そう一言だけ言って、オルフェは踵を返して歩き出した。
腕を後ろに組んで、すれ違いざまドルチェにささやく。
「ドルチェ、アギトの傷の回復を」
「はい」
ドルチェがアギトに駆け寄った時、オルフェは歩めを止めて事が済むのを待っていた。
ドルチェはねこのぬいぐるみを掲げて、ぶつぶつと回復魔法を唱えた。
みるみるアギトの頬の痛みが引いて行くのがわかる。
しかし胸の痛みだけは全く引いてくれなかった。
アギトは立ちすくんだまま、一歩も動けずにいる。
まだ口をへの字に曲げたまま、両拳を握り締めて、地面をじっと眺めていた。
リュートは困惑しながらアギトの側に駆け寄って「行こう」と、小さく囁いて促す。
アギトはうつむいたままだったが、なんとか一歩一歩前へと足を踏み出した。
体中が重い。
剣が重い……。
紫色の血がついたままのこの剣は……。
ミラから受け取った時よりも、ずっと重く感じられた。
書籍化の夢を叶えるため、ご協力お願いします。
ブクマ登録ってのがあってですね。
それ読者様には変なこと起きないので、安心してくれていいのよ?
あ、ここまで読んでくれてありがとうございます。




