対ゴーレム
部屋を出た俺たちの前に現れたのは、またしてもゴーレムだった。落下前の階層と違い、周囲の壁がレンガ風になっているからか、ゴーレムもレンガを積み上げたような姿をしている。さしずめブリックゴーレムといったところか。
倒せないことがわかっているので、俺たちは攻撃を仕掛けつつ元の広場に戻ってきた。
「で、どうするの?」
魔刃を飛ばしつつブリックゴーレムを牽制するフランが叫ぶ。ブリックゴーレムの素早さはネルを超えるが、俺たち三人には及ばない。ネルをフォローしつつ立ち回れば、攻撃を受ける心配はそれほどない。
「今考えてる」
問題は核だ。核がどこにあるのか分かればいい。さっきの戦闘も含めて考えれば、手足を切り飛ばしたところで、ゴーレムは再生した。ちなみに頭部を破壊しても無駄だった。
つまり胴体のどこかに核はあるのだろう。だが、4メートル近い巨体の胴体を攻撃するのは容易くない。それでも、どうにか人間でいうところの心臓の位置や、体の中心部を狙ったのだがそれらは空振りに終わった。せめて、核の場所は固定されていると思いたい。
「ネル、爆発系の魔法ってできないのか」
「無理ですよ。エクスプロージョンの魔法が上位魔法にあるそうですが、私には使えません」
無理か。
無理なのか。
本当に?
ああ、くそっ、こういう時、ソウならすぐに思いつくんだろうけどなあ。
爆発ってのはどうすれば起きる。
この世界に火薬があるかはわからないけど、ソウは弾を飛ばすのに火薬以外の方法を使っていた。密閉させた空間で外に広がろうとする力と内側に留める力が拮抗するすることで威力が大きくなるとかどうとか。
うん、さっぱりわからねえ。
そんなことを思いながら、ブリックゴーレムの剛腕を掻い潜り、打撃を叩きこむ。硬さはストーンゴーレムと変わらない。見た目が違うだけで、やっぱり同じ種類の魔物なのだろう。俺の普通の打撃ではほとんどダメージは通らない。奥義を使えば砕けるといった程度。フランの斬撃もきれいに入れば手足を切断することはできる。ただし、胴体部分は位置が高いうえに、分厚いため魔刃を使ってもほとんど有効打には遠い。ネルの魔法なら切り裂けるが、魔力の消費を考えると無駄に攻撃させるわけにはいかない。
シエスは有効な攻撃ができないため、離れたところで様子をうかがっている。
いや、彼女にしかできないことがあるじゃないか。
「シエス、斬り飛ばしたこいつの手足を袋に収納できるか?」
「やってみるです」
「なるほどね」
俺の言葉の意図を読み取り、ネルがすぐさま魔道回路の構成に入る。フランと二人でブリックゴーレムの動きを牽制する。こいつの体はただの石ころだ。体内の核が持つ不思議な力で石をまるで手足のように動かしているにすぎないのだ。
だったら、切り落とした手足はただの石ころである。
「ウインドカッター」
俺とフランが飛びのき、ネルの放った風の刃がブリックゴーレムの手を切り落とす。地面に落下した大きな手にシエスが一瞬で駆けつける。だが、持ちあがらない。
それはそうだろう。
落ちたブリックゴーレムの拳はそれ一つでシエスの体重と同じくらいの重さがあるはずだ。袋に重量制限はないようだが、シエスが持ち上げられないものは必然的に収納はできない。
魔法都市ドニーの外でワイバーンを丸ごと収納していたようなマジックバッグとは根本的に異なるのだろう。
俺は一瞬でシエスのそばまで来ると、ブリックゴーレムの手をサッカーボールの様に蹴り飛ばした。壁に激突して細かいパーツに分解されるそれをシエスが手早く袋に収納する。
ブリックゴーレムも無くした手を取り戻そうと腕を伸ばすと、シエスの手を逃れた小石が集まり手の半分は元に戻った。
うまくはいった。しかし、
「効率が悪いな」
「でも、ほかに方法はないでしょ。それに、シエスが持てるくらいであれば私でも切り飛ばせる」
フランがブリックゴーレムに挑みかかり、角を切り飛ばす。狙い済ませた一点を切り落とすとは、フランの剣術の成長もすさまじい。落下した部位は素早くシエスが拾い集める。
俺の打撃も含めて少しずつ、確かに少しずつだが、ブリックゴーレムの体は小さくなっていく。
だが、一回りほど削り取ったところで、ブリックゴーレムは小部屋の壁に張り付くと、壁と一体となりブリックゴーレムの体は完全に修復されてしまった。
「うそでしょ」
「そう来たか」
「ダメですか」
壁はあくまでもダンジョンの一部じゃないのかよ。
そう思ったが、ここに出現する魔物もまたダンジョンの一部ということか。
「ああ、もう!!」
フランが叫び剣を揮う。
ダメと分かっていてもそれしかないのだ。俺たちにできるのはブリックゴーレムが復活する間を与えずに攻撃をし続けること。もっと、細かく素早く砕き、壁に逃げそうになったらそれを防ぐ。
徐々に疲労が蓄積される。
一騎当千とはいうが、本当に一人で千人を倒すのは無理だ。戦いに慣れれば、効率よく動けるようになる。それで戦闘継続能力は上がるだろう。だが、所詮は人だ。
戦いは短距離走であって、長距離走ではないのだ。いくらステータスが上がろうとも、何時間も戦い続けることができるはずもない。
シエスは子供で、戦いの場に出る様になってまだ日も浅い。
圧倒的に体力が不足していた。
「もう、だめです」
荒く呼吸するシエスが倒れた。
攻撃を受けたわけではないが、これ以上の戦闘は無理だ。ネルと二人、後ろに下がる。こうなっては俺とフランがどれだけブリックゴーレムの体を削ろうと意味をなさない。
「フランも下がって休め」
「アンタ一人でどうするつもりよ」
「とりあえず時間を稼ぐ」
ああ、くそったれが!!
「それなら私が結界を張ります」
ネルが宣言する。
確かに休憩するにはそれが最適だろう。
不幸中の幸いなのは、ここは中級の魔物のはびこるダンジョンで俺たちは中級の魔物を倒して手に入れた魔石がある。同じ結界でも、ダルウィンでオークキングと戦った時の結界とは維持能力が異なる。
「ガーディアンズ’ガーデン」
結界の光が俺たちを包み込み、ブリックゴーレムを弾く。
「助かった」
「何も解決してないけどね」
「まあな」
だけど、何か手はあるはずだ。
俺たち以外の冒険者はゴーレムを倒して、先に進んでいるのだ。そもそも、ここはまだどちらかといえば上層の方で、冒険者の適正レベルとしては30以上40弱。十分対応できる力はあるはずなのだ。核のある場所を見抜く方法や、そのほか倒すための手段がきっとある。
「シエス、大丈夫か」
「ごめんなさいです」
「謝ることじゃないから」
俺はシエスの頭に手を置いた。まだ息は荒いけど、少しずつ落ち着いてきている。彼女の袋から水を出してもらって全員水を口にする。長く潜るつもりはなかったから、持ち込んだ水と食料は5日分。まだ余裕はあるが、現状ここの階層の広さも不明であることを思えば、楽観はできないかもしれない。
「ネル。魔力はどのくらいある」
「たぶん、半分くらいです」
結界はゴーレムの攻撃をしっかり防いでいる。しばらくはこのままで大丈夫だろう。いざとなればマジックポーションも2つあるけど、それは温存しておきたい。
「アンタのいつもの理不尽な強さはどこに行ったのよ」
「フラン!」
「だってさ。エレファントタートルの甲羅すら砕けるのよ」
「砕くのは問題ないんだよ。でも再生されるんじゃどうしようもないんだよ」
「核の位置ですよね」
「轟流で核の位置は探れないの」
「なかなかの無茶ぶりだな。そりゃ敵の気配とかそういうのはわかるけど、それ以上は無理だって」
「そっか。まあ、そうだよね」
ぐうの音も出ないな。
轟流奥義弐ノ型『椿』で全身を隈なく破砕すればいけるかもしれないとは思っている。しかし、奥義は奥義なのだ。一撃必殺の攻撃なので乱発できるものでもない。構えや精神統一をなくして発動はしない。
「今のうちに少しお腹に入れておきましょうか」
ネルがそう言って、シエスが袋から携帯食料を取り出す。