新たなる魔法
ネルとフランの調理風景を眺めながら、 今までの戦いを振り返りゴーレムの動きにおかしな点はなかったか考える。例えば常にどこかをかばっているような不審な点はなかったか。再生するときに、核が怪しく光るようなことはなかったか。などなど。
だが、ゴーレムには無機質な印象しかなく、こちらの攻撃に対して忌避するような感覚はほとんどなかった。なんだったら、防御するという動きすら見えなかった。
いい匂いが漂ってきた。
ダンジョンでの食事はもっぱらスープとパンだ。
シエスの袋は時間経過があるため、食料を新鮮なまま保存することはできない。だから、ほとんどは干物や燻製肉、野菜も乾燥させたものが多く、そのままで食べるには歯ごたえが良すぎる。そのため、適当な大きさに切って鍋に掛ける。
スープ種は数種類あるので、毎食味付けはことなるけども大体同じになる。
火の魔石を使用して温められた鍋が蓋を押し上げてコトコトと音を立てていた。スープが温まり、煮立ったのだろう。乾燥していた具材が水分を吸って柔らかくなっているはずだ。
「あ」
その光景を見ていて、ふと思いついたことがあった。水は沸騰すれば気体になる。その時、体積はものすごく大きくなるはずだ。
「どうかした」
ネルの声が遠くに聞こえる。意識はいまの引っかかりをつかむことに集中している。密閉された空間で水を沸騰させたらどうなる。鍋なら蓋が押し上げられるだけだが、それを無理やりに抑え込めばどうだ。爆発が起こせるんじゃないだろうか。どれくらいの威力が出せるかはわからない。そもそも、そんなことができるのかもわからない。
「ネル。一つ試してほしいことがある」
俺はスープの注がれたお椀を受け取りながら、思いついたことを口にした。
「えっと、つまり土魔法で周りを固めて、氷魔法で内部に氷を作り出して、その氷を火の魔法で水蒸気に変えるってことですか」
「また、無茶苦茶な…」
考え込むネルと、呆れたような声を出すフラン。
俺も自分で言っていて無茶苦茶だとは思っている。だが、ソウが火薬以外の方法で爆発を起こしているのは間違いないのだ。それはつまり方法があることを示している。あいつが上級魔法を使っていたのならお手上げだけど、かなり初期にそこに至っていたからそんなに難しい方法はとってないと思いたい。
「できそうか」
「わかりませんが、紙を借りてもいいですか」
「ああ、いや、その前に食事をしよう」
「あんたがそれをいうか!!」
フランの鋭いツッコミが入った。このままだとネルが魔道回路構築に没頭しそうだったから言ったのだけど、そもそも俺が話をするタイミングが悪かったか。
俺はスープを飲んで、パンをかじる。ネルも食事に戻ったけど、時々ぶつぶつとつぶやいている。勉強熱心な彼女らしい。
魔法書を手に入れた後のネルを見ているようだ。
野営の度に焚火の明かりを頼りに、一心不乱に読んでいた。時折地面に魔道回路を描きながら、ぶつぶつと。そして、スマニーに来る途中もアースミサイルという魔法を完成させるために試行錯誤していた時と似ている。
そのアースミサイルも残念ながらゴーレムの強固な体を貫くことはできなかったが、まだまだ改良の余地はあるのだろう。
フランはそんな彼女を気遣いながら食事をして、シエスもようやく落ち着いてきたようで時々ゴーレムが結界を殴りつける音に驚きながらもゆっくりしていた。
どのくらいの時間が経っただろうか、結界を隔てたすぐ向こう側にゴーレムがいるという特殊な状況でありながら休息をとり十分に体力を回復させていた。
こういうのも慣れというものなのだろう。
休めるときに休むものだとことを理解しているのか、フランもシエスも静かにしている中、ネルのペンを走らせる音だけがカツカツと音を立てている。
一体何枚の紙を消費したのか、ネルはすごい勢いで魔術回路を構築してはああでもない、こうでもないと頭を抱えながら書き直している。
それでも素人目には先ほどから細部の修正に入っているようで、ほとんど同じような構成を描いた紙が何枚も何枚も乱造されている。
その様子を横で見ているとソウのことを思い出す。
王城内に研究所を与えられたアイツは、寝る間も惜しんで魔道回路の構築と、新兵器の開発に明け暮れていた。元の世界にいたときから創ることの好きだったアイツにとって、この世界も悪くはないのだろう。
まあ、俺も嫌いではない。
元の世界ではどれだけ腕を磨いたところで、まともに戦える相手はいなかったのだ。そういう意味では強敵に事欠かないという状況はうれしかったりする。
そんなことを口にすれば、何と言われるかわからないから絶対に言わないけども。
不意にネルの顔が上がり、俺と視線が交差した。
「でき……たと思います」
二人もその言葉に体を起こした。
「さすがネル。本当にできたんだ」
「すごいな」
自分で提案したとはいえこんなにすぐにできるとは思わなかった。
オリジナルで魔法を作るということの難しさのわからない俺にはすごいとしか言いようがない。でも、できたという割にはネルの顔は優れない。何か、奥歯にものが詰まったようなそんな顔をしている。
「でも、これでゴーレムを倒せるのかどうか……どのくらいの威力になるか想像が付かないんです」
「表面を覆う部分の大きさは?」
彼女がジェスチャーで示すのはバレーボールくらいの大きさ。その大きさの水を爆発させて、どのくらいの規模になるのか。ソウならその辺もぬかりないのだろう。
この世界で初めて作った銃の試作品の実験に立ち会ったけど、アイツは初めから完ぺきだった。思い出すだけ腹の立つくらいに。
「やってみるしかないだろう。ただ、問題は威力があり過ぎた場合だな」
「そんなことってあるの」
俺以上に化学的な知識の乏しいフランは半信半疑だ。
シエスに至っては、そもそも理解していない。威力は予想はできない。だからこそ、できるだけの安全を取ることにする。作戦を伝えて行動に移る。
ネルが下書きを終えた紙を見ながら、空中に魔道回路を構成する。さすがのネルも初めての魔法の構築に至ってはゆっくり丁寧に仕上げていく。
完成したところで、周囲に展開している結界を打ち消した。
突然のことに驚くブリックゴーレムにフランが攻撃を仕掛ける。シエスも攻撃が効かないとわかっていながら周囲を走り回り、敵の注意を引き付ける。
俺はといえば、結界魔法の構築を始めていた。
フランかシエスに結界の解除ができればいいのだけど、魔法の使えない二人ではできない。そのため、俺が解除して、結界を張りなおすという手間を取らざるを得なかった。
二人に頼んだのは俺が魔道回路を構築する15秒の時間稼ぎ。
適度に距離を取りながら、ブリックゴーレムの外側からフランが魔刃を飛ばす。シエスは時にゴーレムの体によじ登り、ちょこまかと攻撃を繰り返す。ダメージがなくてもシエスの動きは、頭の周りを飛び回るハエの様に忌々しいことだろう。
15秒という時間は短いようで長い。
それも命のやり取りをしている場合は特に。
フランもシエスも決定打を与えることができない反面、一撃でも貰えば無事では済まないのだ。二人の動きを見れば、神経を研ぎ澄ませて一挙手一投足に集中しているのがわかる。拳が振り下ろされ、二人の攻撃を無視して超重量の蹴りが襲い来る。
「戻れ」
短く指示を飛ばして、二人の帰還と同時にネルにうなずく。
「水 蒸 気爆発」
彼女の魔法の発動に合わせて、俺は結界を展開する。バレーボールほどの大きさの塊がブリックゴーレムの体に触れる。その瞬間、内部で高温に曝された水が体積を増やし、表面の石の外殻を突き破る。
ドグァン――。
激しい爆発の音とともに、爆発で砕かれた外殻の破片が結界に阻まれる。
だが、発生した衝撃波が結界をすり抜けて俺たちを襲う。
反射的に三人の体に覆いかぶさり、衝撃から身を守る。
俺は失念していた。
いや、結界への理解が足りなかったのかもしれない。
結界は魔は防ぐ。
外殻の破片はもともと魔力で構築したものであるから、結界で防ぐことができた。しかし、爆発が引き起こす音も衝撃波も二次的に発生したものに過ぎないのだ。
背中に巨大な鉄球を叩きこまれたような衝撃を受け、何とか踏みとどまり囲い込んだ三人にダメージが行き渡らないようにするだけで精いっぱいだった。
「お兄ちゃん」
俺の顔を見て心配そうに見上げてくるシエスに、どうにか笑顔を返す。
「大丈夫だ。それよりネルは?」
ネルは魔力切れを起こしかけて、ふらつくのをフランが支えていた。「大丈夫です」 そういってフランの手をそっと外す。その瞬間、またふらりとよろめいた。
「無理するな」
「そうだよ。ネル」
「ごめんなさい」
みんなの無事を確かめて、結界の向こう側、爆発が巻き起こした土埃が晴れて、その先にがれきの山となったブリックゴーレムが倒れていた。
あれを喰らって無事とかだったら、もはや打つ手がないところだったのでほっと息を吐く。結界を抜けて、がれきの中から核らしきものを見つけた。
魔石とは違ってエメラルドでよく見るような四角形にカットされた紫色の石にひびが入っていた。ここまでバラバラになると、もともとどこの位置についていたのかがわからなかった。
「ネルお姉ちゃん、すごいです」
「ほんとだよ。イチロウも滅茶苦茶だけど、ネルもどんどん私の手の届かないところに行くわね」
「そんなことないよ。本当にすごい魔法使いだったら、もっと魔力効率上げられると思うから」
ネルが言っているのは、いま魔力切れを起こしていることを言っているのだろう。だけど、初めて作ったオリジナルの魔法でそこまで求めるのは酷だろう。ミスなく発動できただけでも大したものだと思うし、それこそ敵を倒せたのだから、これ以上はない。
「はは、そういうこと言えるからすごいんだって」
「そうそう、それに俺じゃあどうにもできなかった魔物倒せたんだから、俺以上ってことだろ」
「それは言い過ぎですよ」
ハニカミながらも嬉しそうに微笑むネル。
ほっと息を付きたいところだが、ダンジョンというのは人間にやさしくはないようだ。爆発の音を聞きつけたゴーレムが3体。部屋の入り口から顔を出した。
「マジかよ」
「まあ、そうなるわよね」
「シエスちゃん、マジックポーションをお願い」
「はいです」
「いや、マジックポーションは温存しよう」
先の見えない今、たった二つしかないマジックポーションを使うのは早計だと思う。
今の俺たちは結界の中にいる。だから、すぐにどうこうというのはないだろう。倒す手段も見えてきた。だが、安心するのはまだまだ先らしい。




