第十三話 酒と幸せ
「彩ちゃーん、そろそろ泣き止んでくださいね?」
そう言った母親は、穏やかに泣き止まぬ我が子に微笑んでいる。
故に、これは夢であると。
少女は悲しく微笑みを返した。
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「んぅ……」
「あ、起きた?」
目を開けると、ぼんやりとした視界の中に紺瑠璃色が映り込んだ。徐々に視界が鮮明になっていくと、その瑠璃紺は私の顔を覗き込んだイセラさんの髪だと気が付いた。
「イセラさん……?」
「うん、おはよ。つっても今、午後四時だけどね」
「えっ!!? いや、私そんな寝てたんですか!?」
衝撃だ、イセラさんの絵を見にいったのが九時ぐらいだから七時間近く寝ていたらしい。
え……? イセラさんの絵を見にいって、その後、私………。
「わぁぁぁぁあああ!!!」
「え!? どうしたの!? また、フラッシュバック!?」
イセラさんに滅茶苦茶泣きついて……!?
「ごめんなさい! 忘れてください!! 虐待なんてされてません! 傷なんて無いですから、ほらっ!!」
「待って待って!? わかったから、服を脱がないでぇぇ! 俺はロリコンじゃないし、こんなとこピンポイントにイヴァンに見られたら──」
「(おぉイセラ! 狂偽起き、た──)」
「「「あ……」」」
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「(俺は人の性癖のどうこう言うタイプじゃあ無ェが、これだけは言っとく幼女強姦はやめと──)」
「(違ぇよバカ!!)」
「(やった奴ほどそう言うんだ。ゴミ屋敷の家主がこれはゴミじゃないってお決まりで言うみたいにな)」
「(俺はロリコンじゃないし、ゴミ屋敷にも住んでない!!)」
イセラさんは涙目でイヴァンさんの首元を掴んだ。恐らく先程の色々とアウトな状況でイヴァンさんに誤解をされ、「自分に幼女趣味はない!」と、訴えているのだろう。
上半身下着姿になった私にイセラさんは服を着せようとしていた。それがかえって、脱がせているという誤解を生み、今に至るわけだ。
私が泣き喚いて、服を脱いだばっかりに。
あ、この文面は駄目だな。まるで私が彼氏に振られそうになって、最後に抱いてとせがんだメンヘラ女みたいじゃないか。
まだロシア語を喋れない私は、イヴァンさんの服をチョンチョンと引っ張った。
「(ん? どした、狂偽)」
イヴァンさんは膝を曲げ、私と同じ目線になってそう言った。相も変わらず何を言っているのか全くもって分かり得ないが、こちらに注目してくれたのでよしだ。
イセラさんを指さしてふるふると首を振る。訳すと、【彼は無罪です】だ。君に届け、この思い。
「(ほら! 狂偽ちゃんもやってないって言ってるだろ!)」
「(そうか、無理矢理はやってないか……)」
「(根っからやってねぇよ!?)」
再び争う二人に私はもうほっとこうと思い、静かに後を去った。
☆★☆★☆★
「とまぁ、そんなイセラさんにとっても私にとっても大いなる黒歴史があったじゃないですか?」
「あぁ、あったね。なんかいい感じで締めてるけど、結局あの後、俺らの喧嘩は四時間も続いたんだからね。絶対放置しちゃ駄目だよ……」
「さーせん」
「ホントだよ。何年前だっけ? 今、狂偽ちゃんが10歳だから……」
「ほぼ五年前ですね」
「時が経つのは早いねぇ……」
そう、しみじみと言ったのは25歳になったイセラさんだ。そんなことを言っていいのは今年385歳のイヴァンさんだけと思う。
「というか、なんでそんな昔の話をわざわざしたの? 黒歴史を掘り返して、古傷に塩を塗りたくりたかったの?」
「いや……私そんな性格悪くないです。ただ……、なんであの時、私が虐待を受けてるとかわかったんですか?」
「それは……、──」
「──俺も、俺もそうだったからだよ」
「……え? それって─」
「ハハッ、なーんて、嘘だよ。君を預かる際に古井戸さんっていう女性も居てね、そこでサラッと話してなんとなく分かったって感じかな」
その言葉の心理は彼の顔を見ただけじゃ分からない。こんなことは彼と喋ってきたイヴァンさんが1番知ってる。流石は詐欺師と言ったところか、彼は誤魔化すときに人のいい笑みをする。すると、鍵をつけられた箱のように彼の意思は読めない。
だが、話しの意味からは見えることはある。彼がそうだったか、古井戸さんから私の今の母親の話を聞いたからのどちらか。もしくは、どちらも。
まぁ、どちらにせよ私はそれで救われたことに変わりは無いのだが。
あの時に気付いてくれたこと。
「辛かったね」と言ってくれたこと。
頭を撫でてくれたこと。
その全てに私は救われた。
その事実は彼が本心からしていなかったとしても裏で欺されたとしていても、きっと変わらない。変わるはずがない。
「しんみりした空気は矢っ張りあんまり好きじゃないね。話を変えようか」
「はい」
「もしね、君がこの先にこんな犯罪者共でもいいって言うなら……、大人になったらまたここへおいで」
思わず、ポカンとしてしまう。
「あ、でも、勿論嫌だったらいいんだよ! ここじゃ君の本家位の贅沢は出来ないし、若く結婚するのもいいと思う。だけど、君ぐらいの名家だったら海外に行くことも簡単なんだ。例えば、俺らが日本に行くのには何年か準備やらが必要だけど、君だったら1週間程で行ける。だから、考えとして頭に入れておい──」
「行きます!! 大人になったら絶対にここに来ます!!」
「食い気味だなぁ……まぁ、嬉しいよ。いつでも帰っておいで。イヴァンも喜ぶよ」
そう言うと、イセラさんは満足げに笑って私の頭を撫でた。
今の私は10歳。あと一年ほどで契約期間は満了。13歳から始まる学校も控えている。正直言うとそれで二度と会えなくなることが怖かった。だが、会えるならば、またここで暮らせるならば。
「えっ、狂偽ちゃん泣いてるっ!?」
「あぁ、目から海水が……」
「そんなに感動してもらえて嬉しいけど、顔拭きな。マジブッサイク」
「歴史的美少女に何言うんですか!」
「自尊心の塊みたいになっちゃて」
「事実として私の顔はかわいいです」
「うんうんそうだねぇ、そう言うふうに俺が育てたね」
なんてったってこの狂偽ちゃんだ。アニメでの作画は主人公の月華ちゃんよりも綺麗だった。作画監督が狂偽ちゃん推しだからという差別行為をしたほどである。私ってば罪な女だ。鼻をかみながら、そう自慢げに思う。
「そういえば異能は?」
「安定の火力です!」
そうそう、私は3年前、つまりは7歳の時に満を持して異能力が発現した。発現とは、異能力の開花であると同時に生まれてから今まで溜まっていた異能の力をいっぺんに吐き出すようなものでもある。私のような攻撃タイプの異能は洒落にならないほどやらかす。
時は遡り、3年前のある日のことだ。手のひらに熱が篭もり、一日中手首を回してたのかなっていう酷い筋肉痛みたいな痛みに襲われた。朝起きると突然そうなっていて、痛みを紛らわすために手首を振っていたのだ。そして、それは突然起きた。なんかビームみたいなものが横から出たのである。それはイヴァンさんが読んでいた車の写真集に貫通し、家の壁に馬鹿デカい穴を開けてしまった。その様を見ていた私を含めイヴァンさんも騒然となった。
後にこれが異能の発現である(多分)と、イヴァンさんは無惨大きな穴の空いた写真集に顔を埋めながら「(発現おめでとう)」と震えた声で言った。私はヤベぇ高そうなのやっちゃったと、ボールで近所の怖い爺さんの盆栽を割っちゃった並みに蒼白をしていた。因みにその写真集は限定特典のようなもので二十八万の価値があると後で言われた。
だが、その後すぐイセラさんが来て頭を撫でて褒めてくれたので私の罪悪感は全て消えたのである。
確か、ゲームの狂偽ちゃんは呪文みたいなのを唱える演出をしていた。あれはやはり演出だったのだろうか、この異能はそんな事をしなくても発動する。
だとすれば、狂偽ちゃんは相当やばい子じゃないか……!?
「おーい? 狂偽ちゃーん!」
そう、悶々と考えている私を現実に引き戻すように、イセラさんが声を掛けてくれた。
「……っ、はい! 起きてます!!」
「いや、起きてはいるだろうけどさ……。まぁ、ともかく狂偽ちゃんがいつかこっち来てくれるって言ってくれたし。今日はワインでも飲もうかな?」
「またイヴァンさんからドロップキック食らいますよ?」
祝い事の如くそう言うイセラさんは自分の金で酒を買ったことがない。いつもイヴァンさんの高いワインやらシャンパンやらを【勝手】に呑む。先月はそれが原因で怒り狂ったイヴァンさんがイセラさんの腰にドロップキックを決め、室内でプロレスが始まったことがあった。成人男性が全力で殺し合いを始めたことで、リビングは半壊し、壁に包丁が刺さり、テレビに穴が空き、私が録画していた番組を見れなくなりブチ切れたのを覚えている。
イセラさんもそのことを思い出したのか、苦い顔をして「後で自分で買ってくるよ」と言った。イヴァンさんに「スーパー行ってくる」みたいなことをロシア語で伝え、財布をチェスターコートのポケットに突っ込むと、外に行ってしまった。
こうして、私とイヴァンさんの二人きりの空間が完成してしまった。
別段、気まずいという訳でもないが、言語の隔たりもあり筆談が基本的な私たちの会話だ。挨拶や書くぶんにはいいのだが、まだ発音などは完璧に出来ていない。
しかし、そういえば、イヴァンさんに訊きたいことがあるんだった。紙とペンを持って隣に座ると、彼もまたペンを持った。
『(イヴァンさんとイセラさんはケンカップルなんですか?)』
『(シリアスな顔して何聞くんだと思った俺が馬鹿だった。
あと、違うからな。そーゆー目で俺らを見るんじゃねェよ)』
『(ほお、イセラさんは俺のものだから性的な目で見るんじゃねェと? そういうことですね)』
『(全くもって違ェよ。ロシア語の勉強が足りてねェようだな?)』
そう書くとイヴァンさんはジトッと私のことを見た。
『(そんなに怒らないで下さい。今日、イセラさんに自分でお酒を買うように言ったのは私ですよ。私が言わなければ、またあなたの大好きなヴィンテージの葡萄酒が知らぬ間に消えていたんですよ)』
『(あの野郎また盗み飲みしようとしてたのかよ)』
『(まぁ、そんな雑談もさておいて)』
『(お前言葉遣いがちょっとイセラに似てきたぞ)』
『(どういうことですか、このやろー)』
『(ホント、似てきちまったな悲しいぜ……)』
イヴァンさん、私は貴方に訊きたいことがあるのだ。脱線させないで欲しい。私はイセラさんが大好きだが、あのウザさを真似したいほど重症では無い。
そして、本当に訊きたいことって言うのは。
『(どうして、お二人は一緒に暮らしているんですか?)』
『(あ~、その質問ね。今までなんで訊いて来ねェんだろって思ってた)』
『(地雷かと思ってたんですよ)』
『(まぁ……、イセラにはとってはそうかもな)』
『(やっぱり、イヴァンさんがイセラさんを誘拐したんですか……。そりゃ、トラウマでしょうね)』
『(おい待て、勝手に誘拐犯にするんじゃねぇ……?)』
『(で、なんで暮らしているんですか?)』
話を根本に戻すと、イヴァンさんは「(話を戻しやがった)」と不機嫌そうにぼそっと愚痴った。ため息をつきながらも、もう一度ペンを持ったところ、イセラさんと暮らしている理由を書いてくれるらしい。
『(ちょいと前の話だ。そうそう、仕事が終わって一服してたとき。)』
随分と、洒落た前置きだ。イセラさんとイヴァンさんの格好いい出会い編が聞けるのを期待しよう。
『(その日殺したのは二人、だが足元に転がってた肉共は3つだった)』
怪談話を聞きたかった訳じゃないですが。何故、期待の斜め上を行く。つか、なんだその状況。足元に既に死体がある前提で話すなよ。と、ツッコミながらも殺しの仕事だったんだろうなとすんなり理解する自分に少し苦笑いを浮かべた。
『(血だらけだから死んでんのか、こいつって思ってたんだがな、息はしてたんで持ち帰った)』
やっぱり、誘拐じゃねぇか。何お持ち帰りしてんだ。
『(だが、起きたらそいつ殺してくれって泣き喚いて、お前くらいのガキがよこの世の地獄を全て見きったような顔をしてやがったからな、ムカついて生きさせることにした)』
イセラさんは虐待を受けてたかもしれないのだから、家から逃げ出してきたのかもしれない。血塗れなのは、親からの虐待の怪我だろう。
この世の地獄を全て見きったような顔。それは恐らく、昔の私もしてきた表情だ。だから、こんな私の面倒を見てくれているんだろうか、あの人は。
『(そんなわけですくすく図体だけ成長しやがってあのクソガキになった……)』
『(イセラさんは大人ですよ。25歳ですし)』
『(因みに俺は今385歳だ)』
『(聞いてないんですが)』
『(誕生日は六月の十日だ)』
『(興味も無いんですが)』
「(お前らが祝ってくれるのを期待して言ってるんだよ! 大体お前はイセラの誕生日はプレゼントは毎年買ってんのに、俺には誕生日すら聞きもしねェ!! イセラの誕プレを一緒に買いに行った俺の惨めさを考えろ、ばーーーか!!!)」
うっわ、なんか叫んでるし、泣いちゃったよ、面倒くさ。
成人男性どころか、人外もいいところのおじいちゃんがギャン泣きしてて恥ずかしくないのかな。というか、シリアスな雰囲気をぶち壊さないで欲しい。
『(つーかなぁ、俺にとっちャお前もイセラも大して変わんねェんだよ。酒の飲めるガキと飲めねェガキ、そんだけだ)』
『(やっぱ、歳老うと身長187センチのイケメンと身長146センチの美少女の違いも分からないんですね)』
『(お前、怖いくらいは自信家だよな)』
そんな茶番を延々と続けていると、ようやくイセラさんが帰ってきた。酒を飲めるということもあり上機嫌そうだ。
「ただいまー狂偽ちゃん、お酒買ってきたから接待してー!」
「七万円になりまーす」
「あはは、結構取るんだね……」
彼の過去が昏かろうと、態度を変えることは無い。
元からなんとなくは気づいていたんだ。
お互い寂しいもの同士、細々といつまでもやっていければいい。
「ん? なんだよぉ、一丁前に寂しく笑っちゃってぇ~」
酔っ払ったイセラさんは、辛うじて回る呂律でそう言った。
笑いかけてくれる人がいる。それは心から幸せなことと言えるのだろう。
いつの間にか時間は過ぎて、私は寝てしまっていた。
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「(おいおい、お前の晩酌係が寝ちまったぞ)」
「(それ俺が買ってきた酒なんだけど?)」
「(お前が前、俺のを飲んだのをもう忘れたか? これでお相子だ)」
「(……)」
ワイングラスを回しながら、男は笑う。
「(狂偽ちゃんに、俺のこと言っただろ?)」
「(あぁ。血塗れのクソガキ拾ったってな)」
「(余計な事をベラベラと……! まぁ、でも──)」
「(──その血は俺のじゃなくて、俺が殺した母親の血ってことは言ってないだろ)」
「(あぁ、言ってねェ)」
「(言ったら、俺のこと怖がるかな?)」
自分の肩に寄りかかり、小さな吐息を立てる少女はまだなんの罪も犯していない。俺はこの子を果たして、救済出来ただろうか?
「(バカ言え、俺が人殺してるっつっても動じないんだぞ、コイツは)」
「(言い方が悪いだけでお前のやり方は殺しじゃ──)」
「(つかお前さァ、さっきベロンベロンに酔ってたろ? なんだアレ? 演技か?)」
「(いや? ただ、幸せなだなってそう思えただけだ)」
酒も幸せも一緒だよ。
目の前にあるもんや、しがらみを忘れて酔ってられる。
まぁ、いつかはその酔いも覚めるんだけど。
ブクマ、ポイント評価、ありがとうございます!!
1ミクロンでも面白いなと思ってくださった方はブクマなどその他諸々お願いします!m(__)m
あと、誤字脱字報告よろしくおねがいします!!
読まなくても大丈夫な作者の話です。
「いや、あのさ……」
「何?」
「文字数ブレ過ぎじゃね?」
「あ、うん、そだね」
「前回何文字だった?」
「さ、3000文字位……」
「今回は?」
「6000文字位……、です」
「倍なってんじゃねぇか!!」
「さーせん!!」




