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ピュール

今回はピュールの話になります。

本当に久しぶりの投稿になりすみません!

また少しずつ投稿していきたいと思っています。

俺の両親は、きっと世間で言う暴君というやつだったんだろう。そしてそれは、俺にはまだ理解できていなかったのだと思う。我ながら、自分は“お坊っちゃま”だったのだと痛感する。両親が王家の側近で、自分は王宮でのうのうと暮らしていて。恵まれていた、と言うべきなのだろうが、寧ろ恵まれていなかったのではないかと、俺は思う。こんな環境で捻じ曲がった性格を正される事もなく生きてきた俺にとって、疎まれる事はもはや仕方のないことですらあったと思う。国民は俺達にとって使い捨ての駒でしかなく、国王の機嫌をとるための道具だった。王の命であれば、搾り取るように税を集め、兵として使っていた。おそらく国王達はさほど悪い人たちではなかったと思う。彼らは自分たちの着ている上等な衣服がどのように買われているのかなど知りもしなかったし、外国産の高級肉がどんなに多くの人々の汗を元に入手されているのかも、全く知らなかった。俺たち家族は知っていてなお己の地位と利益の為にそれを止めようとはしなかった。そんな環境で育った俺は、それが当たり前の事なのだと思っていた。


「ピュール、今日は街の役場へ税の徴収に行くから貴方もついてきなさい。」

母上にそう言われ、俺は時々税を集める母上について行くようになった。そこで目にしたのは、貧富の差だった。もちろん税を集めに行って快く渡してくれる豊かな人々もいた。それがほとんどだった。でも、森に近い王宮から離れたところに住む人々は、貧しく生活が苦しい上、容赦なくのし掛かる税に怒りや不満を覚えていた。俺は母上が強引に金を奪い取る姿を横目に見ながら、空をゆったりと流れる雲を眺めていた。

つまらない。毎日裕福に不自由なく暮らしている。でも俺は、心を揺さぶられるような感覚を、もうとうの昔に忘れてしまった。あの、全身を電流が駆け巡るような、胸が張り裂けるほど鼓動が早まるような、震えるような感覚を。楽しいことがあったとしても、それは俺の心を震わせはしない。幸せとは、幸福とはなんだろうか。きっと農民から見れば、俺は幸せ者の部類に入るのだろう。だが少なくとも俺には、毎日新しい発見をしていろいろな知恵を生み出して、綺麗な景色を素直に綺麗だと思える彼らの方が、余程幸せそうだと思った。幸せは目に見える物ではなく、心に感じる物だから。だからきっと、どんなに周りが物で溢れていても、俺の心が潤うことは無いのだろう。

俺はもう随分、幸せという感覚を持てずにいる。

「ピュール、用事は済みました。帰りますよ。」

表情の無い母上の顔はとても冷たく感じた。それでも俺は素直に頷いた。

「はい、母上。」

俺はいつまでこの人達の言いなりになればいいのだろう。俺は幼い頃からずっと両親に従うふりをしている。いや、従ってはいる。だが、俺が両親に尊敬とか、感謝とか、そういった感情を抱くことはなかった。

「いつもお仕事ご苦労様です。母上。」

そんな言葉は上辺だけ。内心俺は、この人達になんの感情も抱いていなかった。日が暮れ、夕陽が世界を赤く染めても、俺は何も感じない。美しいとも、素晴らしいとも、寂しいとも。それはきっと、俺の心が限界まで絞ったスポンジだからだろう。カラカラに乾いて水すら弾く、そんなスポンジ。

あぁ、新しいことを始めたい。生死を彷徨うぐらいギリギリのサバイバル生活とか、芸術の才能に目覚めるとか、なんでもいい。とにかく俺は、刺激が欲しい。俺が俺でいられなくなるくらい、強い強い衝動を、求めていた。

「ピュール、今日の夕食はイタリアンのコース料理でいいですね?」

そんな会話も日常茶飯事で。でも俺はどんなに腕の立つ料理人の作った美味しい料理よりも、普通の人達が少しでも美味しくなるよう工夫を凝らした粗末な味付きパンの方が余程魅力的に感じた。ただ美味しいだけのものより、もっと驚くような、意外性のあるものの方が良い。俺は別にこの生活が嫌なわけじゃ無い。だけど、満足できない。俺の心を満たしてくれるような生活じゃ無いし、面白みの無い人生だ。

あぁいっそ、いっそ誰かが俺をこの人生のレールから。

「引っ張り出してくれたら良いのに。」

俺は山の向こうへと落ちていく、真っ赤に染まった太陽を見つめながら、ため息混じりに呟いた。言葉と一緒に放たれた重い息は、春の穏やかな風に流されて行った。

「何か言いましたか?」

母上に不思議そうな顔をされ、俺は静かに微笑んだ。

「なんでもありませんよ、母上。」

俺はきっと贅沢に幸せすら感じない、世界一の極悪人だ。自分の幸せに気づいていない訳じゃない。それでもより大きな幸せを望む強欲の塊。俺は皮肉にふんと鼻を鳴らして、日暮れと夜が混ざり合った空を見上げた。

もうすぐ、梅雨が来る。

「ピュール。最近こいつの仕事に付いて行っているそうじゃないか。どうだ?この家を継ぐものとしてやっていけそうか?」

夕食をとりながら、父上がそう聞いた。やっていけそうかと聞きながらも、やっていく以外の選択肢が用意されていない事くらい分かりきったことだ。俺が良い子を演じるようになったのは、それに気づいた頃からだった。

「はい、父上。母上のように信頼がない故、すんなり税を納めてくれる国民は少ないかもしれませんが、頑張っていくつもりです。」

俺が正しい答えをすれば、両親は大きな丸をくれる。父上は満足げに頷いた。

「そうか、それは期待しているぞ。お前ならしっかり勤めていけるだろう。」

父上は細く鋭い目をさらに細くし、俺を見つめた。俺も応えるように目を細めた。

「ありがとうございます。」

くだらない。両親にとって俺は、家業を継ぐ為の後継ぎという名の道具でしか無い。貧しい国民と同じ、王族に気に入られる為だけの存在。食事を終え、俺は素早く自室に籠もった。真っ暗な部屋の中でため息をひとつ零し、ベッドに倒れ込む。しとしとと降り注ぐ雨の音が、俺を徐々に包んでいった。


何かが割れるような不愉快な音が家中に響き、目が覚めた。

「なんだ…?」

カーテンを少しだけ手で退け、外の様子を伺うと、家の周り一面にオレンジ色の絨毯が広がっていた。手に火のついたランプを持った人達が、家をぐるっと囲んでいる。ゆらゆらと揺らめく灯が、俺の目に映り、再び揺れ動く。何故だか、全てが分かった気がした。この灯に込められた想いや、なぜ人々がここに集まるのか。そんな事が俺にはごく自然に理解できた。自分はここで死ぬのだろうか。両親は今どこにいるのだろうか。驚くほど冷静な頭で、俺は思った。

これは罰だ。俺達家族の犯した罪の代償だ。無駄に重い税で民を苦しめ、手を差し伸べることも労わることもせず、ただただ冷たく見放してきた罰なのだ。税に苦しむ人々を横目に、退屈だと欠伸を繰り返してきた自分への。おれは揺らめく灯りをしばらく眺めていた。それこそぼんやりと、時を忘れるほどに。そんな俺の耳に勢いよく扉を開ける音が飛び込んできた。警戒するようにびくりと肩を揺らし、勢いよく振り返ると、今まで背を向けていた部屋の扉は開け放たれ、そこには1人の少年が立っていた。目を見張るほど美しいエメラルドグリーンの瞳を持った彼は、白いコートの腰に剣を備えている。しかしそれを抜くそぶりも見せずに俺をじっと見つめ、すぐに小さく頭を下げてその場を去った。その足音が聞こえなくなると、俺は思わず呟いた。

「殺さ、ないのか…?」

殺されるかと思った。その事実を口にした途端、全身が震えるのを感じた。カチカチと歯が鳴り、今にも崩れてしまいそうなほど足がガクガクと震えている。不意に全身から力が抜け、その場に崩れ落ちた。自らの震える肩を、自らで抱きしめる。その時外で歓声が上がるのが聞こえた。俺は広い部屋に1人、体育座りの様な姿勢で小さく蹲っていた。恐らく自分の肩を抱いてくれる人は、自分しかいなくなってしまったのだという事を、俺は静かに悟った。

今になって降り出した雨の音が、自分を責め立てているかのように思えた。


瞼を開けると、昨夜と変わらない状態で、俺は窓辺に座っていた。毛布もかけずに眠ったため、体は冷え切っていた。意識は朦朧としていて、自分が生きているのか死んでいるのかもよくわからなかった。外はまだ薄暗く、俺はぼーっとした頭で一階のリビングへと向かった。そこに以前とは似ても似つかない、粗末に投げ出された両親の姿があった。俺は静かに目を反らして、散らかった部屋を眺めた。無駄に静かで広々とした空間が、俺に孤独を思わせた。どれぐらいの時間が経っただろうか、暫くして護衛が扉をノックして入ってきた。立ち尽くす俺と二つの死体に小さな悲鳴を上げ、慌ただしく部屋を後にした。それから大勢の人が部屋を出入りした。俺は1人置き去りにされ、もうすっかり明るくなった空をぼーっと眺めた。雲は変わらずゆっくりと流れた。両親の遺体が回収され、すぐに棺が埋められた。まるでその存在さえも早くこの世から無かったことにしてしまいたいようだった。その間ずっと、雨が降っていた。俺はずっと、独りだった。体はどんどん冷えていき、その肩は誰にも抱き寄せられなかった。形式だけ行われた葬儀はすぐに終わった。

「寒い…。」

そんな俺の声が、暫く振りに空気を震わせた時、とっくに人々はいなくなっていて、俺は変わらず独りだった。でも、降る雨が俺の方を濡らしていないことに、俺は今更気がついた。隣を見ると自分より少し背の高い少年が、その体に見合わない重そうなコートを着て、黒い傘をさしていた。傘は俺の方へ傾き、少年の肩を濡らしていた。

「なにしてんの。」

少年は溶けそうなエメラルドグリーンの瞳をこちらへ向けて、小さく微笑んだ。

「あなたはこれからどうするのですか?」

どうする…。どうするのだろうか。俺はこれから一人で生きていけるのだろうか。こんなぬるま湯のような人生を生きてきて、これから外の世界に放り出され、生き抜けるのだろうか。きっと、弱肉強食の世界で俺はただの肉片にすぎないだろう。すぐに食われて死ぬに違いない。

「ははっ、どうするかな。どうせ、1人じゃ生きていけないんだろうし…。」

エメラルドグリーンはまっすぐに俺を見つめる。

「あなたは…。」

さらりと細い金髪が揺れた。その瞬間俺の中で何かが爆発した。

「笑えよ!!どうせ馬鹿な勘違い野郎が成敗されてせいせいしてるんだろ!?欲にまみれた下劣な奴らだって見下してるんだろ!?だったらさっさとこの場から消え去ればいいじゃねぇか!!」

はぁ、はぁと息を切らして睨みつける俺に、なぜかそいつは優しく微笑んだ。

「本気でそう思ってはいないでしょう?」

俺はびくりと方を揺らした。

「あなたの両親は確かに民衆にとっては暴君だったかもしれない。でもあなたにとっては、自慢の優しい両親だったのではないですか?」

その言葉でこれまでの楽しかった思い出、幸せだった日々がフラッシュバックする。どんな時も優しく、笑顔が絶えない家だった。幸せで、幸せで、本当に毎日が幸せで。両親だって心のどこかできっと気づいていた。こんな生活は間違っている、誰かの不幸の上に成り立つ幸せなんて本物じゃないと。それでも、この形以外の幸せを知らない俺たちは、幸せが壊れることを拒んだ。ただ、幸せでありたかった。

「うわああああああ!!!うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」

俺は崩れるように泣き始め、その間少年はずっと俺の肩を抱いて背中をさすっていた。

「本当に悪い人なんて、きっと存在しないのです。ただ誰もが、幸せを望む。それが、すれ違ってしまう。きっと、それだけのことなのです。」

少年の澄んだ声は、なぜか少し、震えていた。でもその手は確かに、暖かかった。

「私はオネット。行くところがないのなら、私の家へ来ませんか?」

オネットはそう言って、笑って手を差し出した。俺は迷いと裏切られるのではないかという恐れを覚えながら、下がるようにその手を取った。

「私もちょうど、独りは寂しいと思っていたのです。」

その時オネットが零した小さな呟きを、俺は聞き逃さなかった。でも、追求はしなかった。きっとオネットはそれを望んでいないと思ったから。

「知ってると思うが、俺はピュール。行くところがないんだ、できることはなんでもする。だからどうか…。」

空は雨が上がり、少しずつ雲間から光が射し始めていた。

「俺を連れて行ってくれ!」

オネットは黒い傘を閉じ、代わりにとびっきりの笑顔を向けた。

「どうぞよろしくお願いします!」

言葉遣いこそ丁寧なままだったが、その笑顔は明らかにさっきまでの浅い微笑みとは違い、確かな喜びがこもったものだった。

空には少しずつ青空がのぞいていた。

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