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メルベイユー

今回はメルベイユーの話です。

順番バラバラですみません。

生まれ育った国は、貧富の差が激しく、治安の悪い場所だった。貴族は優雅で贅沢な暮らしをし、貧乏な平民たちは貴族に奴隷のように働かされた。生活のために働くしかないとはいえ、歯向かうこともできない不平等な関係に平民は皆苛立っていた。俺もその1人だったと思う。しかし11になったばかりの子供に何ができるわけでもなく、一日中働いてヘトヘトになって。そんな毎日を送ったとしても、給料として支払われるのは一月分の安いパンとミルクが買える程度のもの。だからと言って反発することもできない。反発すれば職を失い、パンとミルクすら手に入らなくなってしまうからだ。だから俺たちは、黙ってボロボロの服を着て、働くしかなかった。

ある日、いつものように畑の手入れと水汲みを命じられ、最初に畑で水やりと収穫を行っていた時。俺はふと、畑の脇の道を馬に乗って貴族や王の住む街へと向かう集団を見つけた。豪華な馬車を取り囲むように、白いコートの男たちが馬を走らせている。その華やかな様子が気に入らなくて、俺はキッと集団を睨んだ。すると、広い畑の真ん中から道まではかなり距離があるにもかかわらず、1人の男がこちらを向いた。俺は思わず眼を疑ってしまった。その男は、俺と変わらないくらいの年頃だったからだ。そして他の奴らとは違うエメラルド色の瞳で、馬を走らせながらこちらを見つめていた。しかし俺のところを通り過ぎると、前へ向き直り、街へと真っ直ぐ向かっていった。俺は気に入らないというようにふんと鼻を鳴らすと、仕事を再開した。

畑仕事を終え、水を汲みに街の噴水を目指した。この国には川がほとんどなく、水を得ることができる唯一と言っていいくらいの場所が、街の広場の中心にある巨大な噴水だった。木造の桶を2つと、長くて丈夫な木の棒を1本もって、噴水にたどり着いた。そこでは多くの平民が水を汲んでいたが、仕事中は基本的に私語禁止だ。無言のまま噴水から水を汲み、桶の八分目まで汲んだところで、取っ手のロープに木の棒を通す。これを肩に乗せるようにして運ぶと、重いものも少しは楽に運べるのだ。溢さないよう注意しながら街の中を歩く俺は、立ち止まった。目の前の家の陰に、あの少年がいた。俺が気づいたと分かると、唇に人差し指を当て、静かにと言った。そして俺を手招きした。俺は言われた通り静かに少年のいる裏路地に入った。

「お仕事中申し訳ありません。少し時間をいただいてもよろしいですか?」

人目につかない奥まで歩いていくと、少年は急にそう言った。その、あまりにも丁寧な口調に戸惑いながらも、俺は話があるならと桶をいったん地面に置いた。

「…大丈夫。」

少年はにこりと微笑んで、再び口を開いた。

「お伺いしたいことが幾つかあります。まず1つ目、貴方にご家族はいらっしゃいますか?そして2つ目、貴方に恋人、もしくは大切に思っている相手はいらっしゃいますか?」

少年からつらつらとそんな質問をされた。それから少し間を空けて、少年は笑顔を消して真剣な表情で言った。

「それから最後に、貴方は今の生活に満足していますか?不満はありませんか?」

最後の質問を聞いた途端、俺の鼓動がドクンと大きく鳴った。血液が猛スピードで全身を駆け巡っているような、そんな感覚に襲われた。頭が真っ白になりながら、俺はなんとか声を絞り出した。

「家族も、大切なやつも、ここにはいない。それに、こんな生活はもううんざりだ。」

それを聞いてその少年は嬉しそうに微笑んで、ついでにもう1つと言った。

「貴方の名前を教えていただいてもよろしいですか?」

俺はもう何年も呼ばれることもなく、ましてや名乗ることもなかった名を、久々に口にした。

「…メルベイユー。」

少年は頷き、自らの名を名乗った。

「私はオネット。遠い国で騎士をしています。貴方に提案があります。私と共に私の国で暮らしませんか?」

はじめは何を言っているのかわからなかったし、頭が混乱していた。なんで?という思いと、本当に?という思いが頭の中で渦巻いていた。

「無理にとは言いません。ですが、私には貴方のような方がこのようなところにいるのは勿体無いと思うのです。」

俺はその言葉に耳を疑った。まるでそれが、自分には価値があると言っているように聞こえたからだ。平民に生まれ、目立った特技もなく、ただただ平凡に今日まで暮らしてきただけの自分に、こいつは一体何を言っているんだ?と。

「俺にそんなに価値があるとは思えない。今まで誰かにそんなことを言われたことは無いし、人違いじゃ無いのか?」

するとオネットは少し怒ったような顔になって言った。

「貴方が自身の価値を認めなくてどうするんですか。人の価値は他人が決めることができるようなものじゃありません。それでも貴方が、価値は誰かに決められるものだと思うのなら、私は貴方のその涙になんの価値も無いとは思いませんよ。」

オネットは細くて長い指で、俺の頬をそっと触った。見ればその指に雫が乗っている。いつの間にか、泣いていたようだ。俺がオネットの指から顔を上げ、もう一度オネットの顔を見つめると、美しいエメラルドの瞳が細められた。

「一緒に、つまらない人生を変えてみませんか?」

そう言って差し出されたオネットの手を、俺は静かに握り返した。そこからオネットと一緒に馬に乗り、オネットの国へと向かった。しばらくすると自然に囲まれた王都が見えてきて、あぁ、幸せそうな国だと俺は思った。そしてオネットの住む寮へ着いて、既にいる3人の子供と、家でのオネットの変わり様に驚愕することになった。自己紹介をさせられ、オネットと一緒にまだ幼い子供たちの世話をしながら、俺をなぜ連れてきたのかとオネットに聞いてみた。

「あの国には視察で行ったんだけど、行きにメルベイユーを見かけたときに強い意思がこもった瞳っていうか、そういうのが感じられてさ〜。この人はここにいるべきじゃ無いって思ったんだ。なんていうか、直感?」

そう言ってあどけなく笑うオネットの笑顔を見て、俺はずっとこの人について行こうと思った。

そして次の日、朝早くにオネットが俺を起こしにきた。

「今日は俺休みの日だから、散髪に行くぞ〜!」

部屋のカーテンを全開に開け、突然オネットは宣言した。外の世界の明るさに思わず顔を顰め、なんの話だと思いつつも、しぶしぶ服を着替えて出かける支度をする。今は服はオネットのものを使わせてもらっている。とはいえオネットは長身のため、俺には少し大きいのだが。

「やっぱりさ、こんなに長いと邪魔じゃ無いかなってずっと思ってたんだよ。」

玄関で靴を履く俺の後ろで束ねた髪を、オネットが撫でる。

「まぁ確かに邪魔かもしれない。今までは全然気にしてなかったけど。」

なるほど、俺の散髪なのか。そこで初めて理解した。休みだから、と言ったが、オネットは着ている騎士服の上に玄関脇にかけてあった騎士の白いコートを羽織る。そうなればもうオネットは騎士へと姿を変える。スイッチの切り替えが見事だと、最初のうちは思っていた。だけど最近気づいたのは、オネットは家でしか本当の自分を出せないんじゃないかってことだ。オネットは騎士の中でも格別に若い。何しろまだ12歳だ。周りと対等になりたくて、努力して。必死に背伸びをしてしまった分だけ、大きく見られてしまって。だから外では背伸びをし続けなければならなくて。そんな中でオネットは1人溺れているんじゃないか、息ができずにいるんじゃないか。俺にはその辛さは分からないけれど、白いコートを羽織るだけで言葉遣いだけでなく、表情まで騎士のそれへと変化するオネットを見ていると、オネットにとってそれがどれだけ自分を維持するのに大切なことなのかが分かる。分かったからといって、俺には何か気の利いた言葉をかけることもできない。だから、せめて今はオネットと同じ歩幅で、何も言わずに隣を歩こう。そう決心した俺は、すっかり騎士へと化けたオネットと共に、近くの散髪屋へ行った。

「では、私は雑誌でも読んでいますので、ぜひごゆっくり。」

オネットは待機用のソファに腰掛け、姿勢良く雑誌を読み始めた。俺は店員に案内されて椅子に座る。

「今日はどの様になさいますか?」

店員の質問に、俺は迷いなくソファーで雑誌を読むオネットを指差して言った。

「あれと同じ髪型にしてくれ。ただ、前髪は目が全部見えない様に長さを調節してくれ。」

俺は目つきが悪いのを自分でもわかっている。目が前髪で隠れなくなったら、子供たちが怖がると思ったのだ。店員は微笑んで、かしこまりましたと言った。そして俺の束ねられた髪を解き、そこにハサミを入れた。

ジョキ

切られて床へと落ちていく髪と共に、あの国での束縛が俺から切り離されていくのを感じ、俺はとても清々しかった。

オネットが髪を切ろうといった本当の理由が、少しだけわかった様な気がした。

次回はピュールかスピトゥピット辺りにしようかなと思ってます。

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