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~四縁~



 日の当たる暖かい濡れ縁。一匹の子猫が香箱座りをしてまどろんでいた。

 猫の他には誰もいない、何もない。

 子猫は大きな欠伸をすると、ぽてぽてと尻尾を揺らした。そよりと少し冷たい風が過ぎるが、寒く感じることはなかった。

 時折ぴくぴくと耳を動かし、子猫は一つ、小さく鳴いた。



『みぃー……』





 私ははっと目を覚ました。

 私は日の当たる暖かい濡れ縁にいて、横になりながら読書の最中だったらしい。うたた寝をしてしまっていたらしく、本に栞を挟まなかったようだ。はて、何処まで読んだやら。

 大体の目星をつけてぱらぱらとページをめくって読んでいたところを探していると、庭先から気配がした。何だろうかと庭に顔を向けると、小さく頼りない声が聞こえた。恐らく子猫だろう。

 何処からか迷い込んだのだろうが、姿が見えない。早く母猫の所へ帰してやろうと庭へ出て声の聞こえる場所を探した。

 声を辿っていくと、庭の隅にある畑の角に、軽く土を盛った小山があり、その陰から聞こえるようだった。

 陰を除くと、そこには獣の物と思われる目がぎらりと光っていた。そこに居たのかと抱き上げるつもりで手を伸ばした途端、陰から何かが踊り出た。

 それは茶色と白の大きな猫で、私はあっという間にその猫に押し倒されてしまった。猫はぐるぐると唸りながら私を心底憎い、といった風に睨みつけ、今にも噛み付きそうであった。

 ここまできて、私はこれは夢なのだと思い至った。これは、このところ毎晩見ている夢なのだと、今にきてそう思った。そして次の瞬間、私に跨がっている大きな猫に噛み付かれ、





 目が覚めた。いつもと同じではないが、私の心臓は若干早鐘を打っている。いつものように携帯が鳴っている。恐らく部下からだろう。起き上がらないまま電話に出る。発信元が非通知だということに、何の疑問も抱かなかった。

 目も頭も冴えていたが、敢えて電話に叩き起こされて不機嫌だ、という演出をしながらもしもし、と言うと



『みぃー……』



 猫が鳴いた。か細く頼りない、子猫の鳴き声だった。

 私は布団から跳ね起き、昨日貰った店の電話番号の書かれた紙を探す。見付からなかった。昨日着ていた上着のポケットにも、財布の中にもなかった。

 そこでふと思い出し、家の固定電話に駆けていく。薬包紙折りにされた紙はそこにあった。

 何度かボタンを押し間違えながらも何とか電話をかける。その間にも周りに目を配って猫が襲って来ないかと警戒する。外は土砂降りだった。

 ツーコールで出てくれた八朔日さんに簡単に事情を説明すると、直ぐに来てくれるそうだ。場所が分かるのか、と聞いたら案内してもらう、とのことだった。

 何処で落ち合うか、と言うと貴方は外に出てはいけないと言われた。では、どうやって案内するのかと問えば、



「貴方が、自分は此処に居る、と心の中で呟いていれば自ずと辿り着けます。いいですか、私達が行くまでずっとですよ? 怖ければ声に出しても構いません。必ず行きますからね」



 八朔日さんは優しい声でそう言うと、電話を切った。

 私は床の間に戻ることは出来ず、かといって居間に行くことも憚られたので、玄関にうずくまって八朔日さん達を待っていた。


 やがて、どのくらい時間が経ったのかは分からないが、玄関の前に人影が二つ立った。傘を畳む仕草をしながら私の名前を呼ぶ。

 私は居ても立ってもいられなくなったので、勢いに任せて玄関を開けると、驚いて目を見開いた八朔日さんとぽかんとしている因幡くんがいた。因幡くんの肩には木菟(みみずく)がいた。どうやら木菟に案内してもらったらしい。



「おはようございます、堺さん。お邪魔してもよろしいですか?」



 直ぐに優しい笑顔で挨拶をした八朔日さんは、申し訳なさそうにそう申し出た。私は木菟を見つめたままだったことに気付き、慌てて二人を招き入れた。

 八朔日さんがお邪魔します、と上がり私の出したスリッパに履き換えている頃、因幡くんは木菟を空へ放つと私に会釈をしてはようございます、お邪魔します、と言いながら上がった。

 八朔日さんは何か言いたげだったが、結局諦めて私に向き直った。



「あの子は上を飛んで警戒しています。それよりも、床の間を見せて頂いてよろしいですか?」



 あの子、とはさっき放たれた木菟のことだろう。私は頷くと怖々と床の間に案内した。

 恥ずかしながら床の間には布団は敷っぱなし、加えて私は寝巻のままだが仕方がない。先程放り投げた携帯の画面は真っ暗で、通話は終わっているようだった。

 八朔日さんは携帯を拾い上げると畳んで私に手渡した。私が受け取るのを渋っていると、八朔日さんは小さく笑って私の手を取り、握らせてくれた。



「大丈夫、もうかかってきませんよ。あ、でも最期にもう一度、かかってくるかもしれませんね」



 途端に眉を潜めた私をくすくすと笑いながら箱の前に座る八朔日さんに、どうしていいか分からず、因幡くんに視線を向けようとしたが、居なかった。少し首を巡らせると、濡れ縁から庭を眺めている因幡くんを見つけた。

 因幡くんは、私の視線に気付くと軽く会釈をしてぽつりと呟いた。



「あれっすよね、庭の隅の畑」


「え、ええ」


「んで、あの土盛ってあんのが小山」


「はい、そうです」


「ふーん……」


「……」


「堺さん」


「は、はいっ」


「お話、しませんか」



 因幡くんとの会話が終わってしまったところに、急に八朔日さんに声をかけられ、あたふたしてしまった。八朔日さんはそんな私を何も言わずに流してくれた。

 私は二人を居間に案内して座ってもらった。残念ながら家は摩訶不思議にお茶は登場しないので、私が入れているのだが。

 お茶とお茶請けを出し、二人の対面に座った私に、八朔日さんは容赦なく言葉を発した。



「堺さん、貴方は二週間前まで、茶白の子猫を飼っていましたね」



 それは、質問でもなく確認でもなかった。私には、『はい』という返事以外に返す言葉がない。



「そしてその子猫は、火葬にして今は床の間の壷の中。それから――」



「あの小山の中にもいますね」



 私は返事も頷きも、否定もしなかった。しかし八朔日さんにはそれで十分だったらしく、小さく微笑んだ。



「この家には、その子猫が憑いています」







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