不倫会議
ラグニス様がヴェルダリアを訪れた理由は、結婚記念パーティーに出席するためだけではない。
1週間後にある私の19歳の誕生日を祝う夜会にも出席予定で、ラグニス様は城にそれまで滞在することが決まっていた。
隣国の王子であるラグニス様をもてなすのは王妃の仕事。
それを理由に私は早速ラグニス様をお茶会に招待した。
場所を庭の奥に佇む温室にしたのは理由がある。
メイドに人払いをお願いすれば、温室はガラス張りの密室だ。
人妻である私が独身のラグニス様と密談をするのにこれ以上に都合のいい場所はない。
温室で待っていると、ラグニス様が今日は約束通りの時刻にやって来た。
「お招きいただき、ありがとうございます」
「ようこそお越しくださいました。昨夜はよく眠られましたか?」
「はい。疲れていたのでぐっすり」
「まあ、そうなのですか?」
「人混みがあまり得意でなくて」
ラグニス様は口調も動きもゆったりとしている。
その余裕のある素振りが色気を感じさせるのに、苦笑いする表情はかわいらしい。
20歳のラグニス様は、年上でも母性をくすぐる何かがあった。
これほど不倫相手にふさわしい相手はいない。
期待に高鳴る胸を押さえて一緒にティーテーブルについた私達の前で、メイドがカップに紅茶を注ぐ。
豊かな香りに緊張がほぐれた。
「りんごのにおいですね」
「ヴェルダリア産のりんごを使った茶葉です。苦手ではありませんか?」
「果物は好きです。食べるのが楽なので」
好きな理由が独特。
ほわっと笑うラグニス様に調子が崩されそうで、私は早急にメイドに人払いをお願いしてから改まってラグニス様に向き直った。
「ラグニス様。突然ですが、折り入ってお願いがあるのです」
「……なんでしょう?」
きょとんとしているラグニス様に、私はこほんと咳払いをした。
「私を略奪していただきたいのです」
「りゃくだつ……。あ、略奪か。どうしてですか?」
一瞬理解できなかったらしいラグニス様は、ぽやぽやしつつも驚いているらしい。
瞬きの回数が増えているラグニス様相手に、私は隠し持っていた計画書をテーブルに広げた。
「これ、リリィ様が作られたんですか?」
「ええ、徹夜で」
「え、すごい」
「ここでのお話はすべてご内密に。計画の概要と共に万が一ラグニス様にご迷惑がかかった場合に検討している対応案なども記載しています。確認後、燃やして処分してください」
「ほんとにすごい」
「計画の目的は、私とカルドス様の円滑な離婚です」
「……理由は?」
「カルドス様は私の妹であるアイリスと不倫をしています」
「なるほどぉ」
眉を下げたラグニス様が哀れんだ表情を見せる。
こういう共感力の高さも、きっと彼がモテる理由のひとつなのだろう。
「ですが、カルドス様に離婚を突きつけても素直に受け入れてはもらえないはず。そこで考えたのが、『一方的不倫計画』です。具体的には、私がラグニス様に一方的に熱烈な恋をする女を演じます。そうすれば、カルドス様は気の毒な夫として私を円滑に捨てることができます」
「いくつか質問いいでしょうか?」
ラグニス様が生徒のように手を挙げる。
「どうぞ」
教師のように質問を促した。
「どうして一方的不倫なんですか?」
「できるだけラグニス様のご迷惑にならないようにです。隣国の聖女を略奪したなんて外聞が悪いでしょう」
「そもそも僕を相手に選んだ理由は?」
「ラグニス様は魅力的な方なので、私が好きになっても違和感がないかなと」
「僕が放蕩王子だからですね」
のほほんとしているが、ラグニス様は自分への評価を正しく理解しているらしい。
気まずい思いでうなずくと、ラグニス様はふっと笑った。
「気にしなくていいのに。最後にもうひとつ」
「なんでしょう?」
「ヴェルダリアはあなたがいなくなって大丈夫ですか? あなたの背中に羽が生えていることはゼフィーリアでも有名です」
女の子の中には『女神の口づけ』と呼ばれる痣を生まれ持つ子がいる。
その子が聖女候補だ。
女神の口づけは手や足に受ける者が多く、その模様が大きく複雑であるほどマナを蓄えられる量が増える。
そんな中で、背中全体に天使が羽を広げたような痣を持つ私は、規格外の聖女として伯爵令嬢でありながら生まれてすぐにカルドス様と婚約した。
だけど、その役割はアイリスにもできる。
「アイリスは手首から肘にかけてリボンの形をした女神の口づけを受けて生まれました。私が規格外なだけで、あの子も十分優秀な聖女候補です。カルドス様は私を捨てても、アイリスと再婚して聖女にすればいいだけ。困ることはなにもありません」
淡々と話した私に、ラグニス様はなるほどと自分が傷つけられたような表情をする。
我ながらこんな突飛な計画を真剣に聞いてもらえるとは思っていなかった。
まず自分が本気であることをラグニス様に伝えるところからはじまると思っていた交渉は、思いの外スムーズに進んでいる。
あとはラグニス様が了承してくれればいいだけ。
もう一押し!
「計画では来週の私の誕生日を祝う夜会でラグニス様への好意を訴える予定です。公衆の面前で堂々と告白する非常識な人妻になることが狙いですので、その場で容赦なくフってください。そうすれば、ラグニス様へのご迷惑は最小限で済みます」
「離婚できたら、あなたはどうされるんですか?」
「実家は受け入れてくれないでしょうから、どこかに旅立ちます。私の心配は不要です」
ラグニス様はあごに手を当てて悩んでいる。
私の今後を心配してくれる優しさはありがたいけど、そこで踏みとどまられては困る。
縋る思いで、私は身を乗り出した。
「お願いします、ラグニス様。どうか、私の計画遂行をお許しくださいませんか?」
「……放蕩王子である僕が、この計画の相手として一番適任ってことですよね?」
「っ……はい」
ずっと失礼なことを言っているのはわかっている。
だけど、私は引き下がらなかった。
「助けてくださいっ……、ラグニス様。私にはあなたしかいないんです!」
過労死を避けるためには、もうこの道しか考えつかない。
目を見開いたラグニス様がティーカップに添えていた手を止める。
それから必死な私の目をじっと見つめて、静かにうなずいた。
「わかりました。全力で僕を好きな演技をしてください」
「あ、ありがとうございます!」
「その代わり、ひとつだけお願いがあります」
「なんでしょう? 私にできることならなんでも叶えます」
「計画がうまくいったらお伝えしますね」
そっとティーカップを口に運んだラグニス様が微笑む。
妖艶な笑みは、本気で好きになる気はなくてもゾクッとするものだった。
「楽しみにしてます。リリィ様の熱烈に恋する演技」
次の瞬間には妖艶な笑みをあどけない笑みに変えたラグニス様は、やっぱり罪な男だ。
色気とかわいさのギャップに心底感心した。




