今世の目標
夫が妹とキスをしているところを見た瞬間に気が付いた。
私は2週目の人生を生きている。
ヴェルダリア王国の王であるカルドス様と結婚して、この国の聖女となった私は1週目でも役割を全うしようと懸命に努力していた。
聖女の務めは、フロスティア大陸の極寒の気候とその寒さの中でしか生息できない氷獣から民を守る魔晶石にマナを注ぐこと。
1週目で最期を迎えたその瞬間も、私は魔晶石と繋がるパイプ役を担うカルドス様と手を繋いでマナを注ぐための祈りを捧げていた。
「っ……、カルドス様、これ以上は無理です……!」
「甘えたことを。以前はもっとマナを放出できていたはずだ」
鼻で笑ったカルドス様が、繋いでいる手に爪を立てる。
痛いはずなのに、それも感じられないほど私は憔悴していた。
聖女は幸福であればあるほど、その身にマナを蓄えられる。
だけど、私はこの数ヶ月前に衝撃の光景を見たことで心が折れかかっていた。
城の庭にある薔薇の木陰で、カルドス様が私の妹のアイリスとキスをして仲睦まじく話している光景を。
カルドス様が私からマナを奪い、繋いだ手とは反対の手を魔晶石にかざして注いでいく。
聖女にとってマナは命の源。
それを容赦なく奪われて、私は巨大な魔晶石が祀られた神殿の中心で胸を押さえて膝を突いた。
「カルドス様、うっ、死んで、しまいます……」
「俺がなぜおまえのようなつまらない女と結婚したと思っているんだ。聖女として優秀であること以外におまえに価値はない。死ぬなら死んでしまえ」
もう握られているだけの手の先を辿ってカルドス様を見上げる。
魔晶石の輝きに照らされた銀の髪と青い瞳が美しい涼やかな横顔はこちらを見もしない。
ああ、好きだったのは私だけなんだ。
そんなことはわかっていた。
だけど、このときに突き落とされるような絶望と共に、その事実を実感した。
「ううっ……ぐぅっ……!」
マナの量が残り少ない。
呼吸が苦しくてうずくまった私の視界を、桃色の長い髪がカーテンのように遮る。
カルドス様が長い髪が好きらしいと聞いて伸ばした髪であることが、命の危機に瀕しているというのに虚しかった。
「はぁっ、カルドス様、たすけ、っ……」
私がどれだけ体勢を崩してもカルドス様はまっすぐ立ったまま、鎖で繋いでいるかのように手を握って離さない。
視界が霞み、荒かった呼吸が細く弱くしかできなくなった頃に、ようやくその手は離された。
放るように離された手がぱたりと落ちる。
「死ぬのか? リリィ」
視界が真っ暗になる。
溺れているように呼吸が苦しい。
「まあいい。次の聖女はアイリスに務めさせる。好きに死ね」
足音が遠ざかっていき、すぐになにも聞こえなくなった。
死の間際、目の縁から涙がこぼれ落ちたのを思い出して、ハッとする。
今、廊下の窓から見下ろした先ではカルドス様とアイリスが楽しげに話をしながら時折キスを交わしている。
1週目でも絶望した光景だったが、これが2週目だと気付いた私はもう一段階深い絶望を味わっていた。
「このままじゃ、過労死する……!」
カルドス様は私に聖女としての務めだけでなく、多くの王妃としての務めも求めた。
大量の事務仕事や領地の運営、社交などなど。
その中には王であるカルドス様がやるべき仕事もたくさん混ざっている。
今までは大好きな夫のお願いだからと、従順に仕事をこなしてきたけど、冷静に考えて無理な仕事量だ。
マナを失うと多くの体力を消耗する。
それに加えて王妃としての業務に忙殺されるなんて過労死まっしぐらでしかない。
血の気が引く思いで、窓に映った自分の姿を確認する。
幸福であればあるほど力を発揮する聖女なのだからと、国民や周囲を安心させるために美貌には気を遣ってきた。
その甲斐あって、桃色の長い髪にはきちんと手入れを施された美しさがある。
だけど、疲れの滲む緑の瞳と、化粧では隠しきれない肌の青白さ、さらに目の下に浮き出る隈が、ハッキリと私が疲弊していることを表していた。
毎朝決まった時刻に計測して記録している体重が、ここ最近ずっと下降の一途であることも思い出して恐怖に身がすくむ。
「気付いてなかった。もうとっくに私は限界だわ……」
一週目ではこの不倫現場を目撃した数ヶ月後に、カルドス様にマナを奪われすぎてこの世を去った。
あんな寂しくて悲しい最期をもう一度迎えるなんてゾッとする。
愕然とした気持ちをぶんぶん頭を振って追い払う。
窓に映る自分に手を突いて励ました。
「落ち着いて、リリィ。まだ時間はある。今回は絶対過労死なんて回避するわ!」
ずっと好きだったカルドス様に裏切られた心の傷は痛む。
だけど、こんなことで挫けない。
最悪の未来を回避して生きることができるのなら、今回の人生こそはゆっくり穏やかに楽しく過ごしたい。
忙しすぎて朝から晩まで仕事をして、気絶するように眠る生活なんかとはさよならする!
「絶対に叶えてみせる。完璧な幸せぐーたら生活を!」
ぐっと拳を握った私は、次の瞬間腕を組んで眉を寄せた。
「……なにが私にとって幸せなぐーたらかを定義する必要があるわね。まずはそこを検討して計画を詰めなくちゃ」
ぶつぶつと呟きながら、私はとりあえず抱えている仕事を放棄するわけにもいかないので再び廊下を歩きだした。




