第10話 悪役令嬢の、お昼ごはん
結婚式の料理を、自分で作りたいと言ったら、三人に止められた。
ミラさんと、ドーラさんと、ノアに。
「花嫁が、朝から窯の前に立つ必要はない」
「でも、慣れています」
「今日は、慣れていない方をやってくれ。俺と結婚する方だ」
私は、何も言えなくなった。
ドーラさんが、机を叩いて笑った。
ハンナさんが、料理を引き受けてくれた。
うちの店の窯も使うが、私には入らせないと言った。
トマさんは、配膳の人数を数えていた。
ミラさんは、私の服を直していた。
誰かのために動く人たちが、今日は私のために動いている。
白い服を着た。
胸元には、母の形見。
銀の匙は、台所の引き出しに置いたまま。
売らずに済んだし、今も、時々使っている。
父とエドガー様は、呼ばなかった。
招待した人の中に、あの舞踏会の令嬢はいた。
後日、改めて謝り、私がしたことと、形見を持ち出されたことを別々に話した相手だ。
「あの時は、私も、返してくれと言われて驚いてしまって」
彼女は、以前、そう言った。
エドガー様から、新しく買った品だと聞いていたのだという。
すぐ仲良しになったわけではない。
でも、店の菓子を買いに来るようになり、少しずつ、互いの話をするようになった。
今日は、小さな花を持ってきてくれた。
私は、ありがとうと言った。
悪役と、それに虐げられる令嬢。
そんな二つの役に、ずっと収まっている必要はなかった。
式の後、庭で食事をした。
最初の日の、肉と白豆の包み焼き。
ハンナさんの、美しい肉料理。
ミラさんのパンと、ドーラさんの焼き菓子。
トマさんの娘が、赤い根菜を少し残した。
フィンが、彼女の前で言った。
「俺も、昔は苦手だった」
私は、聞かなかったふりをした。
今も、少し残していることは。
ノアが、私の隣に座る。
今日は、真っ白な皿の上に、料理がきれいに並んでいた。
「自分の分は」
彼が訊く。
私は、皿を見せた。
「取りました」
彼はうなずいた。
このやり取りが、好きだった。
誰かのためだけにある私ではないと、毎回思い出せる。
店は、これからも続く。
私が暮らすのは、ノアの家になったけれど、朝、仕事へ行く。
雨の日には、二人で傘を持つ。
忙しい日は、少し遅く帰る。
騎士団からの注文は、補給係を通して、ほかの店と同じように受ける。
夫の肩書きを、店の看板へ足すつもりはなかった。
窯の前で汗をかく私も、白い服を着て隣へ座る私も、同じ人だ。
ノアは、そのどちらにも、名前を呼んでくれる。
*
結婚して最初の休日、私は寝坊した。
朝の光が、枕に落ちている。
台所の方から、皿の音がした。
私は、起き上がった。
窯の火は、使っていない。
ノアが、教わった通りに、小さな鍋を見ていた。
机の上には、卵をのせたパン。
二つとも、同じ厚さ。
「上達しましたね」
言うと、彼は振り向いた。
「何度も作った」
「私が、見ていないところで?」
「驚いてほしかった」
私は、椅子へ座った。
彼が、皿を置く。
「いただきます」
その言葉を、この家でも言う。
彼も、少し遅れて真似した。
私は一口食べた。
卵が、やわらかい。
塩も、ちょうどいい。
彼は、私の顔を見ていた。
「うまいか」
「とても」
彼が、安心した顔をする。
私は、ふと、訊いてみたくなった。
「最初の日、本当に、お弁当だけを買いに来たのですか」
ノアは、パンを置いた。
「お前が、あのまま食べずに帰りそうだったから、最後の一個を買った」
私は、彼を見た。
「残っている一個を、自分で食べるかもしれなかったのに」
「そうしたら、店が続かないと困ると思った。最後の一個まで売れた方が、明日も作ると思った」
その通りだった。
最後まで売れたから、私は、翌日の豆を買えた。
自分の分を取ることも、覚えた。
「ずいぶん、考えたのですね」
「ただ、分ける大きさは、間違えた」
私は、笑った。
ノアも、笑った。
今日のパンは、もう半分にしなくていい。
一人に一枚。
二つの皿。
私は、温かい茶碗を持った。
前世の大きな鍋も、今の小さな台所も、好きだ。
誰かの明日を、全部変えられるわけではない。
でも、今日、お腹が空いた人に、ごはんは出せる。
私が空いた時には、こうして作ってくれる人もいる。
「明日も、店へ来ますか」
私が訊くと、彼はうなずいた。
「行く」
「予約ですか」
彼は、私の指輪へ触れた。
「それはもう、済んだだろう」
私は笑いながら、明日の献立を考えた。
そこに自分の分も、ちゃんと入れた。
完




