第9話:街の小さなアイドル? お散歩とドタバタ日常
「ドシン……ドシン……ドシン……」
快晴の交易都市アーデルハイド。
地鳴りのような重厚な足音とともに、いつもの「巨大な影」が街の大通りをゆっくりと練り歩いていた。
全高四メートル超級。全長八メートルオーバー。
漆黒の甲殻に包まれた凶暴なビジュアルと、背中にズラリと並ぶ凶悪な背鰭。怪獣映画なら防衛隊の戦車隊が出動し、人々が悲鳴を上げて逃げ惑う惨劇の構図である。
……が、現在のアーデルハイドの風景は、それとは180度違っていた。
「あ! ラグナちゃんだーっ!」
「おーい! ラグナちゃん、こっち向いてー!」
路地裏から飛び出してきたのは、手作りの木剣を手にした街の子供たちだった。
子供たちは恐れるどころか、目をキラキラと輝かせながらラグナの足元に群がり、その丸太のように太い前脚や尻尾にわらわらと群がり始めた。
「ガウ〜♪」
ラグナは黄金色の瞳を細め、嬉しそうに重低音の鼻鳴らしを響かせた。
巨大な頭をすーっと地面まで下げると、子供たちが競い合うようにしてその大きな鼻頭や顎の下を撫でまわす。
「見て見て! ラグナちゃん、なでるとウロコがひんやりして気持ちいいんだよ!」
「俺なんて昨日、尻尾の上に乗せてもらったんだぞ! すごいんだから!」
「こらー! お前たち、ラグナの尻尾に無理やり乗るんじゃない! 事故ったらどうするんだ!」
ラグナの頭の上にちょこんと乗ったツヨシが、上から冷や汗混じりに声を張り上げた。
ツヨシの心配をよそに、ラグナは子供たちに顔を舐め回そうとして(※舌が一枚で子供一人分の大きさがあるため、ツヨシが必死に制止した)、大はしゃぎである。
そう、数前まで「恐怖の巨大モンスター」として関所を騒がせたラグナは、ここ数日の圧倒的な活躍と、そのギャップ萌えすぎる愛嬌によって、いつの間にか「街の小さな(?)アイドル」として市民に大ブームを巻き起こしていたのだ。
◇
「おいツヨシ! ラグナちゃんにこれ食わせてやってくれ!」
八百屋の頑固オヤジが、店先から巨大なカボチャを三つほど抱えて走ってきた。
「オヤジさん、いいんですか? これ売り物でしょう?」
「いいんだよ! 昨日、うちの店に突っ込んできそうになった暴走馬車を、ラグナちゃんが尻尾で優しく受け止めてくれたろ? おかげで店も売り物も無事だったんだ! ほら、ラグナちゃん、お食べ!」
オヤジがカボチャを放り投げると、ラグナは「キュイッ♪」と歓喜の声をあげ、空中でパクッとキャッチ。
ボコッ、ボコッ、ゴクン。
「ガウッ!(美味い!)」
あっという間に丸呑みである。周りの市民から「おおーっ!」「相変わらずいい食いっぷりだねぇ!」と盛大な拍手が巻き起こった。
続いて肉屋の店主が、特大の牛モモ肉(骨付き)を抱えてやってくる。
「ツヨシ! こっちも持って行きな! 街の害獣駆除のお礼だ!」
「酒場のお通し用に焼いた巨大トカゲの串焼きも食うかい!?」
「ラグナちゃん! こっちの果物も食べてー!」
「ちょっと待って! 一度に投げないで! ラグナ、拾い食いするな!」
ツヨシの制止も虚しく、次々と投げ込まれる差し入れ(という名の大盛りご飯)を、ラグナは「パクッ! ゴクン! ガウ♪」と素晴らしいテンポで平らげていく。
元々は「大食いすぎて破産する!」と頭を抱えていたツヨシだったが、いまや街を散歩するだけでラグナの食費の半分が市民からの「差し入れ」で賄えてしまうという、謎のサイクルが完成しつつあった。
「……たく、いつの間にこんな『街の守り神』みたいになってんだよ……」
ツヨシは苦笑しながら、ラグナの頭のウロコを優しく叩いた。
最初は恐れられていた。だが、街の子供がドブ川に落としたボールを鼻先で拾ってあげたり、高い木の上の子猫を背中に乗せて助けてあげたり、火事の現場で「口から水(※熱線ではなく、ただのうがい用の水)」を吹きかけて消火を手伝ったりしていくうちに、市民たちの認識は「凶暴な魔獣」から「めちゃくちゃ大きくて頼りになる、街の守り神」へと急速に変化していったのだ。
◇
そんな和やかなお散歩タイムの途中――。
「きゃあああぁぁぁっ! 泥棒よーっ!!」
大通りの向こうから、悲鳴が響き渡った。
見れば、貴族風の男の金品を奪ったコソ泥が、人混みを押し分けて猛スピードでこちらへ走ってくる。手には鋭いナイフが握られていた。
「どけーっ! 邪魔する奴は刺すぞ!!」
市民たちがパニックになり、逃げ惑う。コソ泥は前方に見えるツヨシとラグナに気づいたが、すでにテンパりすぎて止まれない。
「ひっ……な、なんだこのデカいトカゲはーっ!? どけぇぇぇっ!」
コソ泥は半狂乱になりながら、ラグナの足元へと突っ込んできた。
ツヨシはラグナの頭の上でため息をついた。
「ラグナ。……いつもの『やつ』だ。怪獣映画のお約束、怪獣の足元に飛び込んできた愚かな人間への対応だ」
「ガウ?」
ツヨシは指を鳴らし、静かに命じた。
「――『足踏み(寸止め)』。」
「グオオン!」
ラグナは、走ってくるコソ泥の目の前で、丸太のような太い前脚を空中高く振り上げた。
ドォォォォォンッ!!!!
コソ泥の目と鼻の先、距離にしてわずか数十センチの地面に、ラグナの前脚が叩きつけられた!
ズズズ……と石畳に深々と亀裂が入り、凄まじい衝撃波と風圧がコソ泥を直撃する。
「ひ、ひぎゃああぁぁぁぁっ!???」
コソ泥は攻撃を喰らってもいないのに、目の前で巻き起こった「巨大怪獣の足踏み」という圧倒的恐怖と風圧だけで、目がハートマークになって泡を吹き、その場に崩れ落ちて気絶した。完璧なノックアウトである。
「「「「お見事ーっ!!! 守り神様ーっ!!!」」」」
街中から万雷の拍手と歓声が沸き起こった。子供たちが「ラグナちゃんすごい!」「かっこいいー!」と跳ね回る。
気絶したコソ泥は駆けつけた警備兵たちに引き渡され、街の治安は再び保たれたのだった。
◇
夕暮れ時。
夕日に赤く染まる交易都市の広場で、ラグナはドシンと腰を下ろし、満足そうに「ふしゅー」と息を吐いていた。
ツヨシはラグナの背中に寄りかかり、のんびりと空を見上げた。
「……平和だなぁ。異世界に来た時は、荒野で野宿して絶望してたのにな」
「ガウ……」
ラグナはツヨシの方へ大きな頭を寄せ、頬をすりすりと寄せてきた。相変わらず重いしザラザラしているが、最高の相棒だ。
「街の人たちも、お前のこと大好きみたいだしさ。ここが俺たちの『ホーム』になるといいな、ラグナ」
「きゅい~ん♪」
幸せそうに鼻を鳴らすラグナ。
しかし、夕闇が街を包み込む中、遠くの建物の屋根の上から、二人をじっと見つめる不穏な影が存在していた。
黒いローブを纏った男が、怪しく光る水晶玉を手に、低く呟く。
「……間違いない。あの圧倒的な質量、そして魔力の波長……古代の壁画に描かれし『原初怪獣』の幼体だ。ふふふ……素晴らしい。我ら『蛇の教団』の悲願、あの大怪獣の力を手に入れる時が来たのだ……」
闇に消えていく怪しい人影。
穏やかな日常の裏側で、ツヨシとラグナを巻き込む「大きな陰謀の嵐」が、静かに、しかし確実に迫りつつあったのだった。




