6-3 突入
「ゆずちゃん大丈夫?」
そう言うヒナタの息はすでに乱れている。普段は舞うように動いて敵を圧倒するが、片手しか使えないことで明らかにその動きには精彩を欠いている。
そもそもリーチの短い武器なのに、片方しか使えないことで相手の攻撃を捌くのに精一杯でなかなか攻撃できないのだ。
二人で動くようになってからは、ヒナタが敵を圧倒してその間隙をゆずが突いていく、そんなコンビネーションになっていたこともあって、ヒナタが動けない分ゆずの負担が多くなってしまって、普段よりもかなり体力を消耗している。
「ん。まだだいじょぶ。でも、思ってたよりつらい」
あっさりと弱音を口にしてしまうくらいにはゆずも消耗しているようだ。
そもそもゆずの本領は狙撃にある。しかし、十一番隊にいた頃使っていたヘカートは手元にないし、ゆずも隊を抜けてからはハンドガンと短めの支給刀を両手に持って戦うやり方に変えていた。
一対一の戦いでは強いが、対多数の敵が相手だと手数ばかり増えて殲滅力に欠いている。
「……少し平和ボケしてたかもしれない。ふっ!」
角から姿を見せた白づくめの腕を浅く斬って、左手のfive sevenで足を撃って再び刀で首を峰打ち、意識を奪った。
今も一人の意識を奪うまでに三手使っている。
「やっぱり無理だよ。まだ間に合うから撤退を……いや、無理だね」
撤退しようと言いながら後ろを振り返ったヒナタが、即座にその言葉を撤回した。
つられてゆずも後ろを見たが、すでに後ろにも数人の白づくめが回ってきていて、じわじわと距離を詰めてきていた。
今の戦い方に変えて、ゆずも前衛をやれるようになってはいるが、付け焼き刃的なところもある。ヒナタが十全に動けないのも大きい。
「あれ、ちょーっとやばくない?」
ヒナタが背中を合わせながそう言った。認めたくはないが、自分たちは少し慢心していたみたいだ。それをゆずも認めないわけにはいかなかった。
出てくる白づくめたちも戦いに慣れているものが多い。
近接戦に強い二人に、無闇に近づいて攻撃してこないで、射程の長い得物を使いながらじわじわと距離を詰めるやり方をしてきている。
銃器を使ってこないことだけが救いと言える。
「……佐久間の話を聞いて冷静さを欠いていた。ごめん」
ゆずらしくない言葉に、思わず振り返るとどこか思い詰めた顔をしている。
「ヒナタだけは何としても逃すから……」
そう言いながら、まだ弾の残っているfive sevenのマガジンを新しいものに換えている。
「ゆずちゃん……。何を考えてるの?」
「……だいじょぶ。血路は開くから……。ヒナタは振り向かずに走り抜けてくれればいい」
そう言い残し、退路側の白づくめの方に向かって行こうとするゆずの肩をヒナタが掴んだ。
「怒るよ。そんなことして、もしゆずちゃんが助からなかったら、撤退できたとしても私が平気な顔して生きていくと思ってるの?」
やや強めの口調でそう言うヒナタに目を合わせないまま、ゆずはグッと歯を食いしばる。
「でも……」
「私は逃げないよ。いつものゆずちゃんらしくない。ゆずちゃんなら「死中にこそ活はある」とか言って前進するんじゃないの?」
そう言うが早いか、ヒナタは吊っていた左手の三角巾を外してしまった。
そして左手を動かしている。
「ぐっ……ううん、やれる」
そう言うと左手で腰の短刀を抜いた。
「ヒナタ!」
それを見て何か言おうとしたゆずをヒナタは止めた。
「だいじょぶだよ。激しい動きじゃなかったらいける。使いようだよ……それに」
そこまで言うと、痛みに顔をしかめながも笑みを作ってゆずを見る。
「私もハルカちゃんにお説教しないといけないからね!」
そう言うと、退路の方ではなくさらに奥に進む方向にいる白づくめたちの方を見た。
それを見た白づくめたちが何事か話し合って頷くと、少しずつ後退を始めた。
「この状況で退く?……何か企んでるかもしれない。気をつけて行こう」
ゆずと顔を見合わせながらヒナタは言うと、慎重に廊下を奥に進み出す。
その廊下は建物の外側に面しているのか、左手は窓があり、そこから見える植え込みの隙間から駐車場らしきものが見える。
右手には壁にところどころドアがあるのだが、どこも施錠してあるし、人の気配もない。
真っ直ぐ進むしかない状況に、歩くたびに嫌な予感が募っていく。
「進路を誘導されているみたいで気に食わない」
付近を見回しながらゆずが吐き捨てるように言った。先ほど白づくめと交戦した廊下に出るまでは、少なくとも自分たちが進路を決めて進んでいたのに、あれ以来見えるドアは全て施錠してあって真っ直ぐに廊下を進むしか選択肢がないのが、罠に向かって進んでいるような、なんとも言えない嫌な予感がするのだ。
「ヒナタ、一旦戻った方が……」
立ち止まってゆずがそう言おうとした時、廊下の先でドアの一つが激しく開いた。
「ひぃぃい!来るなぁ!」
そう言いながら転がるように開いたドアから、叫びながら男が飛び出してきた。
Tシャツにジーンズと普通の格好をしている男は特に武器を持っている様子はなく、転がるように廊下を横切ると壁にぶつかるようにしながら後ろを見ている。
肩で息をしながら、反対側の壁に縋り付くように背中をつけた男は、慌ただしく周りを見てヒナタとゆずに目を止めた。
「……嫌な予感がする。撃っていい?」
ガチャッと音を立てて銃を持ち上げるゆずに、ヒナタが苦笑いで応える。
「あの人を撃っちゃだめだよ。でも、あの慌てようだと……」
それ以上言わなくともゆずにも想像できたのか、渋い顔をしながら、ゆずは男を助けるか退くか迷っている様子だ。
そうしているうちにも、ヒナタ達を見ていた男はためらっていたが、自分を害する存在ではないと思ったのか、走り寄ってきた。
「た、助けて!あいつら……俺を化け物に襲わせて……」
そう言いながら走って来た男を冷静な顔で見ていたゆずは、男が自分の間合いに入った瞬間動いた。
滑るように動いたと思うと、ぬるりと男の背中に回り支給刀の鞘を使って男の首を締め上げた。
「がっ、何を……俺はただの……」
そこまで言うとがくりと弛緩した男を床に座らせて壁に預けると、迷惑そうな顔でゆずは言った。
「うるさい」
「あはは……。やっぱりか、来たよゆずちゃん」
そう言ってヒナタが男から顔を上げる。その視線の先では、男が開け放ったドアからボロボロの服を着た人影が出てくるところだった。フラフラと定まらない歩調で、先を争うようにドアから出てくる。
「なるほど。わかりやすい捨て駒……。騒ぐと逆効果なのも分かってなさそうだったし、一般人?」
自分がオトシた男を見下ろしながらゆずはそれだけ言うと、男がやって来た方に数歩進む。
「どっちにしても、感染者をけしかけてまで近寄らせたくないのはよく分かった。ヒナタ、無理はしないで。私の援護してくれればいいから」
最後は不安そうにゆずが言うと、ヒナタはニコッと笑う。おとなしくはしてくれなそうな態度にゆずは小さく息を吐くと、二人で肩を並べて廊下を進んでいく。
そのヒナタ達に気づいた感染者が手を伸ばしながら近づいてくる。感染してからそれなりの時間が経っているのに、感染者は一定以上朽ちない。
目の前の感染者も、肉体が傷んで崩れる寸前の状態といったところだ。服装はボロボロになって布切れが身体に引っかかっているという状況を見ると、感染してから長い時間が経っているように見える。
獲物を見つけ、唸り声をあげながら近づく感染者に向かって、冷静な顔をしたまま距離を詰めたヒナタとゆずがそれぞれの武器を振るった。
「うぅうああぁ……」
首を半分ほど切り裂かれ、おそらく感染して長い時間を過ごしていたであろう感染者は、電池が切れたおもちゃのように力が抜けて崩れ落ちた。
しかし、その後ろからは男の声に反応して感染者が廊下を埋めていた。
左手には逆手に持った短刀、右手に持った短刀をクルクルと回したヒナタが呟く。
「行くよ」
右手に支給刀と左手に拳銃、カナタの形見であるfive sevenを持ったゆずは鋭い目で後に続いて来ている感染者を睨む。
二人は廊下の端と端に移動してから、一度だけ目線を交わすと、同時に向かってくる感染者に踊りかかった。




