1-2 避難所にて
アイは駐屯地の避難民が作っている探索グループに名乗りを上げた。高校生くらいの女の子が危険な場所に行くことは危ぶまれたが、二度三度と探索に行って戻ってくるにつれ、その言葉は小さくなっていった。
アイは昔から運動神経がよく、中学高校と剣道部に入っていた。木刀や鉄パイプなどで容赦なく感染者の頭をカチ割る頼もしい少女として、頼りにされ始めていた。
「今日は、ぼちぼちだったな……。もう近くのお店には食料になるようなものはほとんど亡くなった。大体あいつらが取りすぎなんだよ、何もしないくせに!」
両手に今日の戦利品を抱えて、自分のグループの生活スペースに戻りながらアイはブツブツと文句を言っていた。
「お疲れ様。今日も活躍したそうだね?」
避難民が集められている大部屋に入ると、孫の心優ちゃんと一緒に二宮が迎えてくれた。ニコニコと笑顔を向けられてそう言われれば、アイもそれ以上文句を口にしづらくなる。
「頑張らないとね!また人、増えたんでしょ?」
そう言うと、二宮の表情が少し曇る。
「そうだね……。避難民は増えるし、管理側の要求も増える。頭が痛いよ……」
そう言う二宮を心優が心配そうに見上げている。
みんなから頼りにされて、多くの避難民を取りまとめている二宮は、管理側との交渉や物資の管理、避難民からの相談と寝る間もないほどの働きをしている。
本人に言わせれば「私は感染者とは戦えない。足手まといだからね、安全な場所で働くことができてるんだ。やれるだけのことはやらないとね」と、言うが、代表をするようになって明らかに増えた白髪や、日に日にやつれていく様子を見ていると、その激務ぶりが伺えてしまう。
「二宮さんもちゃんと休んでね?みんな……頼りにしすぎなんだよね」
アイが少し気色ばみながら言うと、二宮は眉を下げて苦笑する。
「こんな世界になって、みんな自分のことで精一杯なんだよ。幸い私は勤めていた会社でも似たようなことをしてきたし、やれることはやらないと生きていけないからね?……君みたいな若い子が命を削っているんだ、私の疲れなどなんということはないよ」
そう言うと二宮は孫の心優の手を引いて、物資置き場にしている部屋の方に向かった。
さっき持ち帰った分の仕分けをするんだろう。
アイはドアの影から、広間の中を見た。避難民は少しずつ増えて今は五十人くらいいる。
この駐屯地は安全だと噂がたち、ここを目指して避難してくる人が増えている。
しかし、人が増えたからといって、楽になるわけではない。色々と理由をつけて探索に行きたがらない大人も多いし、なんなら管理側の方が立場が上に見えるから、なんとかして管理側に入ろうとする者もいる。
少しでも楽をしながら安全を享受して、あわよくばおいしい立場になろうとしている人が、戦えるはずの大人の半数を占めている。
外に出て危険と隣り合わせで帰ってきた人たちは、まだ体に傷が無いか、厳重なチェックを受けている。ほんの少しの傷が命取りになる、今はそんな危険な世界なのだ。
それを考えて、無性に腹が立ったアイは、部屋に入ると叩きつける勢いでドアを閉めた。
◆◆ ◆◆
「ご機嫌斜めだね」
アイが生活しているテントに戻ると、ゼンさんがそう言って出迎えてくれる。
アイは、むすっとしたまま二宮のことやさっき感じた事を話すと、ゼンさんは済まなそうな顔になる。
「ごめんな、アイちゃんみたいな若い女の子はほんとなら大人たちに守られて然るべきなのに……」
ゼンさんが言うと、アイは慌てて体の前で手を振った。
「そんな!ゼンさんは気にすることないよ!ゼンさんは物資補給以外で色々やってくれてるし……」
そう言ったアイの言葉にゼンさんは力無く笑った。
ゼンさんは、アイが言った戦えるはずの大人には入っていない。
「災厄」が起きた早い段階でゼンさんは片足を失っていたからだ。感染者に右脚のふくらはぎを噛みつかれたゼンさんはとっさの判断で右足の切断に踏み切った……。そのおかげか、感染することはなく、何とか人間として生活できている。
「お姉ちゃん!」
ゼンさんと話していると、避難民が生活する大広間に女の子の声が響いた。思わずそちらを見たアイは、中学生くらいの女の子が自衛隊の制服を着た男と向き合っているのが見えた。
自衛隊の制服を着ているのは管理側の人間……もしくは、ネメシスとかいう宗教団体だ。
よく見ると自衛隊員は肩に別の少女を抱えている。
お姉ちゃんと叫んだ少女は、その抱えられた少女に向かって叫んだようだ。
自衛隊員は、少女のことなど気にもしていない様子で、担いでいた少女をやや乱雑におろすとさっさと広間を出て行った。
「お姉ちゃん!大丈夫……」
少女は床に倒れたままの姉に縋り付くようにして泣き出している。その頭を姉らしき少女は撫でているので、死んでいるわけではないことだけがわかる。
「……彼女たちは最近この駐屯地にやってきた子でね。すでに両親を亡くしているみたいで、ここに来た時には姉妹二人っきりだった。よくここまでたどり着いたと褒めてやるべきなんだろうが……」
ゼンさんは悔しそうな顔をして、その姉妹の事を話してくれた。
「保護者みたいな存在もいない二人は、何かネメシスと取引をしたらしく、ああして姉が時折ネメシスに連れて行かれる。そして戻って来た時はいつもあんなにぐったりとしているんだ……。二宮さんや、私も声をかけてみたんだが、彼女たちもここに来るまでに色々と経験しているみたいで、誰も信用しようとしないんだ」
ふと気づくと、倉庫に続いている通路の所で二宮さんも悲しそうな目を姉妹に向けている。今の世の中は分かりやすい。力を持っている者が正義で、持たないものの主張は通らない……。
危険なのは感染者だけではなく、生きている人もまた危険な世界だ。ここに来るまでにつらい目に遭ってきたんだろう。自分達以外は誰も信用できなくなるくらい……。
気付くとアイは歩き出していた。まだ起き上がることもできない姉に縋り付く少女。二人に向かって。
当然その他に少女達に手を貸してやろうとする者はいない。誰も自分達の事で精一杯なのはわかるが、今この広間にいる大半の大人は物資補給の役目から逃げている人たちばかりだ。何もしないで安全な所に身を隠して、アイたちが命がけで集めてきた物資を分けてもらっているだけのくせに。
アイは少女達を離れた所から見ている大人たちを一瞥すると、少女達に駆け寄る。
「大丈夫?歩けないの?……あいつらに何かされたの?」
アイが話しかけると妹の方はビクッと体をこわばらせていたが、アイが自分達とそう変わらない女の子だったからか、少しだけ警戒心を緩めてくれたように見えた。床に寝転んでいた少女はアイの言葉を聞いて、何とか上半身を起こそうとしている。
「ちょ、無理しないで……。あなた達のテントは?」
アイが妹の方にそう聞いたが、妹は目を伏せて小さく首を振った。ここに避難している人たちはグループごとに、プライバシーを確保できるようにテントが渡される。家族で使えるような大きいテントはともかく、女の子二人が使えるような小さいテントはまだもう少しあるって二宮さんから聞いている。この二人も受け取っているはずだ。それとも何かの手違いで?
「ここに来た時にテントを貰ったでしょ?もしかして貰ってない?それなら……」
アイが最後まで言い切らないうちに、姉の方が口を開いた。
「……貰い、ました。隅っこの方に建てようとしてたら、知らない大人の人が来て……まだ足りてない人がいるんだからお前たちは我慢しろって言われて……」
「何よそれ……」
思わず周りを見回す。誰もがスッと視線を逸らす。誰もが関わり合いになりたくないという思いがにじみ出ている。そのせいで誰がこの二人からテントを奪ったのかも分からない。
「……テントと一緒に、生活物資ももらったでしょ?それは?」
嫌な予感しかしないが、一応尋ねた。その問いには、悲し気に目を伏せる姉妹の様子が答えとなって帰ってきた。
「ひどい……。どうしてそんな事ができるの?」
そんな声が聞こえ、振り返るといつの間にか二宮さんの孫の心優ちゃんがそばまで来ていた。アイの隣でさっきの話を聞いていたらしき心優ちゃんは口を押さえて涙をぽろぽろとこぼしている。
「……掴まって。とりあえず私たちが使ってるテントに行きましょ?」
そう言って、床に寝ている姉の方に手を伸ばすが、姉は目を伏せるばかりで、妹の方は姉を連れて行かせまいとしがみつく始末だ。
「私はアイ。あなた達から何も奪うつもりはないわ。この女の子は二宮心優ちゃん。あなた達も話した事あるでしょ?避難民の代表としてみんなをまとめている人はこの子のおじいちゃんよ。大丈夫よ、きっと悪いことにはならないから……」
そう言って微笑むと、ようやく姉はためらいながら手を伸ばしてきた。妹の方はまだ不審に思っている様子を隠そうともしていないが、姉のする事には従うのか、反対はしなかった。
私は姉の方の少女に肩を貸して立ち上がらせると、自分のテントの方に歩き出した。後ろを見ると心優ちゃんが妹の方の手を握ってついてきていた。アイはそんな心優ちゃんに微笑み返してから、遠巻きに様子を見ている大人たちをひとにらみして、歩き出した……。




