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二人だけの秘密  作者: 佐屋 理由


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4/4

 結局。

 多少の怪我人はあったものの、一人の死人も出さないままその日の事件は落着した。


 夜会はその場で解散となった。

 会場を出る前に、皆さんは私の能力についての記憶を削除されることになる。それは私がこうなって以降、団長が必死になって使用可能にしてくれた魔術だった。そのおかげで、私の血の件を知るのはほんのわずかな人に限られている。感謝してもし足りない。


 まあ、そうした事実もあって、私が魔法騎士団にいるのは私が隊長に一目惚れして押しかけて来たからだ、という話が広まっているのだけどほぼ事実だからどうでもいい。


 その後、到着した魔法騎士団と公爵様、隊長と私だけが残って事後処理をした。

 その日は夜中過ぎまで仕事をして、さすがに翌日は休みとなった。



 翌々日、私はいつも通り魔法騎士団に出勤する。

 隊長室に入れば、隊長は既にそこにいた。

 この人ちゃんと家に帰ってるのかな? 時々ここに住みついてるのじゃないかと疑うことがある。


「おはようございます。一日ぶりですね」

「あの迷惑女。一年間の自宅軟禁と罰が決まったぞ」


 私の挨拶には答えず、隊長は何やら書類を見ながら言った。

 あの女。……ああ!


「アイラ様ですね。これから新しいお相手を探さなければならないのでしょうに、大変ですねえ」


 さすがにトラビスとの仲を継続することはないだろう。

 私がうんうん頷いていると、隊長がこちらに目を向けた。


「お前は復縁しないのか」

「冗談ではないです! せっかく縁が切れたんですからこのまま一生顔も見ないで終わりたいです」


 あの夜会の夜。帰り際、へにょへにょになったままのトラビスは非常に未練がましい目でこちらを見ていたけれど、私は完全に無視してやった。

 婚約という一番大きな約束を平気で破るような相手と、共に人生を歩んでいく気持ちにはなれないのだ。


 私の答えに隊長はさほど興味なさげに「そうか」と返すとそのまま書類確認に戻る。


 さて。では私も仕事をしよう。

 あの夜会の日の報告書と私の血の使用説明と後は求婚の怪異の絵姿の清書。最後のは記憶が新しい内に家で下書きをしてきてある。


 私用の机に座って、ペンを手に考えをまとめる内に、ふと気が付いた。


「そう言えば隊長。今更な疑問なんですけど。……どうして隊長は、あの時、現れたのが求婚の怪異だってわかったんですか?」


 それぞれの怪異はその外見によって区別される。

 だから。単に怪異が現れたという気配だけでは対処の方法はわからない筈なのだ。それは法則の魔術師と呼ばれる隊長だって同じことだ。


 私の質問に一瞬手を止めていた隊長は、すぐに何事もなかった顔で動き出す。


「勘だ」

「かん」


 私は一瞬ぽかんとする。

 ……いやいやいやいくら隊長でもそれはない。

 何かをごまかされている気持ち悪さに隊長を見つめ続けていた私は、そこで、ふと、部屋に入った時から感じていた違和感の正体を発見した。


 この何の飾り気もない隊長室で。唯一の装飾品として棚の中に並んでいた隊長の私物が、なくなっている。


「……隊長」

「何だ」

「そこにあった世界樹の枝とクロノスの羽とウロボロスの鱗はどうしたんですか?」


 返事がない。

 それらの品は。隊長がご家族を救う為、時戻りの魔術を展開するのに必要な素材で、隊長自身が年月をかけて必死の思いで揃えた物だと聞いている。結局使い道がなくなってただの置物になっていたのだけど……


 あれ?

 私の頭に何かが引っかかる。


 ……最初から怪異の正体を知っていた隊長。無くなってしまった時戻りの魔術の素材。

 その二つを繋げるものとは。


 私はゆっくりと首を傾げた。


「隊長。もしかして……使いました?」


 隊長の指がぴくりと揺れる。

 それだけで確信した私は隊長の机の前に立ちふさがった。


「使ったんですね! 何があったんです。私にだけは教えて下さい、絶対に秘密にしますから!」

「知らん、勝手に決めつけるな!」

「いいんですか、教えてくれなきゃスミス団長に相談しにいきますよ!」


 スミス団長は隊長が唯一苦手とする人だ。

 あの人は穏やかに見える風貌とは裏腹に、目的に対して一切容赦がない人でもある。私がこれを伝えれば、嫌でも真相は解明されてしまうだろう。


 しばらく固まっていた隊長は。やがて、ああクソ、と机の上で頭を抱える。


「……あの日の夜会に! 俺は遅れていったんだ!」


 そう言って隊長は説明してくれた。


 あの日、隊長は本当は夜会など出る気はなかった。

 それでも公爵様からのお迎えまで来てしまい、渋々と支度をして出発したそうだ。

 そして。

 隊長が会場に着いた時には、既に全てが終わった後だったと言う。


 消滅していた怪異の痕跡。

 会場の中央で、喉笛を噛み切られて絶命していた……私。


「公爵から話を聞いた。怪異が現れた時、誰も対処がわからなかった。最初の一人が求婚され、そのまま捕らえられたのを見たお前は、自分の腕にフォークを突き立て、そのフォークで怪異の肌に触れようとした。だが、仕損じた。そして最初の奴の代わりとなってお前が噛みつかれた。お前は死んだが怪異も消滅。そういうことだった」


 私は自分の喉に手を当てた。


「世界を二十年逆行するには何千万の犠牲が必要だが、限定した場をほんの数時間戻すだけならあの会場にいた人数で充分だ」


 そう言って、隊長が歪んだ笑いをこちらに向けた。


 ……ああ。そうか。そうやって、隊長は時戻りの魔術を展開してくれたのか。


 その場所で、何があったのか。事実がじわりと頭と心に沁み込んでいく。


「……つまり隊長は、私一人を生き返らせる為にそんなことを……?」

「ああそうだよ、お前は一生恩に着ろ、俺を崇め讃えろ!」


 それを聞いた私は思わず私は飛び上がった。


「隊長、私のこと好きだったんですか⁉」

「なんでそうなる!」

「いえいえいえ。ここまでしてくれて、『なんとも思ってない』は通じませんよ」

「た、ただの責任感かもしれねーだろうが」

「そういう風に言っちゃうって時点で、そうではないってことですよ隊長」


 机にドンと手を付いて、私は隊長に詰め寄った。


 だって隊長。私は知ってます。

 一度会ったきりの女の子の人生を守ろうと自分が防壁になってしまうような人が。

 恋愛と言う狂気以外に、そのような凶行を完遂できるでしょうか。


 震えてくる体は気合で抑えつけた。

 私に顔を近づけられ、隊長は、再びクソと言って顔を背ける。

 これは自白ととっていいのだろう。

 

「隊長! そうならそうとどうしてもっと早く言ってくれなかったんですか! 私の好意は伝わってましたよね⁉」

「うるせえ! 俺は真面目な平民上がりなんだ、爛れた貴族連中と違って、婚約者のいる相手とどうこうなるつもりはない!」


 いやそれは確かに私だって両想いと知ったからって先に進める気はなかったけど。

 でも。今となっては。


 気付いた私は急にもじもじしてしまった。


「そう言えば……契約結婚の解除がまだだったんですけど……あれ、そのままにしておきます?」


 出来る限りかわいこぶって、首を傾げて尋ねてみれば、隊長は厳しい顔で首を振った。


「いや。それは解除するぞ」

「えーなんでですか!」

「馬鹿野郎。誰にも言わずに結婚しちまう奴があるか。何事もな、きちんと正しい作法を取ればうまいこと行くもんなんだ。まずは書面で正式にお前の家に縁談を申し込む、お前は先に家族に根回ししていろ、いいか、家内の実力者を一番に落とせ!」

「! 了解しました!」


 私は騎士団員の敬礼をした。


 ……あの夜、隊長がどんな思いで私の亡骸を見つけたのか。

 どんな思いで時間を戻す覚悟を決めて、どんな思いで魔術を完成させてくれたのか。

 公爵様やトラビスやアイラ様たちを、どのような気持ちでその手にかけたのか。


 いつか本人に聞く機会があったとしても、それは二人だけの秘密にしていこうと思う。


 隊長、と私は目の前の最愛の人に呼び掛けた。


「私を、この素晴らしい世界に連れ戻してくれてありがとうございます」

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