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二人だけの秘密  作者: 佐屋 理由


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1/4

「サニア・タイラー! 私はお前との婚約を破棄することにした!」

「ええ! どうして!」


 婚約者・トラビスからのいきなりの宣言に、驚いた私は体をのけぞらせた。


 ここは国内でも有数貴族の一人であるハッシン公爵家のお屋敷の中にある一室。

 私たちは今夜ここで開かれる夜会に招待された一招待客で、この場所はそんな招待客が自由に利用していい控室の一つだ。

 私とトラビスはお互い中堅どころの伯爵家の人間である。ハッシン公爵様とは縁もゆかりもない。そして私たちの婚約は双方の親に寄って六年も前に決められており、ぼちぼち嫁入りの支度を始めるかなという時期に差し掛かっていた。


 なので。

 何故この場所で、何故今この機会に、彼がそのようなことを言い出したのか。さっぱりわからないけれど、とにかく、何故かトラビスは得意満面な顔で胸を張って見せた。


「どうしても何も。胸に手を当てて考えてみろ。私はな、自分以外の男にうつつを抜かす婚約者などこれ以上我慢ならなくなった。それだけの話だ」

「そんな! 恋愛ごとは理性の外、誰にも止められはしないから、結婚するまでお互い心は自由であろうと約束し合ったではないですか!」

「男と女は違うのだ!」


 言い切って、清々したわと高らかに笑うトラビスである。

 私は呆然とした。


 ひどすぎる。いくら私の魂が他の誰かに捧げられていようと、けして過ちだけは犯さぬようそこはきっちり線引きをしていたと言うのに。

 と言うかこっちを責めるならそっちはどうなんだ。

 私と違って心どころか体まで他に向きまくりで、病気の予防薬と子の出来ない薬を発注してくる大得意だと、魔法薬剤局の知り合いからちゃんと聞かされているんだからね!


 そもそもだ。婚約者同士の話し合いの場で、貴方の隣に座るその女性は何。


 今日の夜会に私はトラビスにエスコートされて参加した。

 しかしトラビスはお屋敷に入るなり何故だか会場を素通りしてこの控室まで私を連れて来た。すると何故だか部屋には先に一人の女性が待機していたのである。

 トラビスは当たり前の顔でその人の隣に腰を下ろし、必然的には私は向かいの一人椅子に座る状況になってしまった。訳がわからない。


 私の視線に気付いたのか、トラビスはその女性の肩を抱き寄せる。


「こちらはカイカ伯爵令嬢アイラ殿だ。お前との件が片付き次第、私はアイラ殿と婚約することにした」


 私は急いで脳内のページをめくる。


「カイカ伯爵令嬢アイラ様は……確かビース公爵令息と婚約されていたのでは?」

「ああ。その者は、先日出奔したそうだ」

「しゅっぽん」

「近い内に病死と発表されるだろう。愚かな男だ。だがそのおかげで私は素晴らしいアイラ殿という方を手に入れる機会を得たのだがな!」


 トラビスに多少乱暴に揺さぶられながら、アイラ様は目を伏せながら無言で微笑んでいる。

 その二人の様子を見て私は考えた。


 これは、おそらく。

 私の心が他にあるから、というのはただの言い掛かりに過ぎないと見た。

 カイカ伯爵家は同じ伯爵でも我が家よりわずかに家格が上だし、裕福な家だと噂も聞いている。アイラ様が身に付けている品々を見ても噂は事実と思われる。

 そしてアイラ様ご本人。濃い顔系の美女で、グラマラスな体型。さっぱり顔でいつまで経っても子供体型の私とは大違いだ。かつて私に「胸を豊かにする魔法薬はないのか。あれば結婚までに飲んでおけ」と本気で言ってきた男なので、元々そういうのが好みなのだろう。


 要は。トラビスは、私よりアイラ様の方がよくなった。単にそう言う話なのだ。


 アイラ様の方のお気持ちはよくわからない。突然嫁ぎ先を失って、とりあえず、ある程度の身分で一番婚約者のガードのゆるそうな相手を奪い取ってみた、という所じゃないだろうか。


 この二人の互いの利益が一致したのだ。だったらもう、こちらとしてはどうにも出来ないじゃないか。


 私は一度大きくため息をついた。


「わかりました。我が家に何のペナルティもないという条件で、破棄でなく解消という形でしたらその話をお受けしましょう」

「おお、そうか。お前のそういう物分かりのいい点だけは気に入っていたな」


 そう言ってトラビスは控えていた使用人から一枚の紙を受け取った。


「既に互いの家には了承を得ている。タイラー伯爵は、お前が納得してサインをすればそれでよしと言ってくれたぞ」


 お父様!

 全く聞いていなかったし、気配すらも感じていなかった。

 思い返せば、今夜に限って何故だか両親が二人揃って見送りに出てくれていたっけ。つまりこういうことだったのか。


 気付いてしまえばなんだか私はがっくりした。


 別に。トラビスの嫁の地位に何の未練もない。でもせっかく両親が良かれと思ってお膳立てしてくれた将来を駄目にしてしまったのはなんだか申し訳ないなー。という気持ちである。

 こんな奴でも一応結婚後は真面目になるって承諾してたしね。結婚前はそれなりにそれぞれの青春を謳歌してたらしいうちの両親も、その可能性に賭けてたんだろうし。


 もうちょっと何かを努力を……胸に詰め物をするとかしていたら、こんな結果にはならなかったかな。

 でもまあこうなってしまったものは仕方がない。


 と、言う訳で、私は差し出された紙をよく読んで、自分の名前を書き入れた。

 婚約解消があっさり成立し、喜びでいちゃつき始めた二人を後にして、私は一人で夜会の会場に戻ることにする。


 はあ。参った。まさか今夜こんな事態が待ってるなんて思ってもみなかった。

 後はもうせいぜいおいしい物でも食べて帰るしかないな。なにしろ美食で有名な公爵家のお料理だし!

 そうだ、せめて今だけは、今後の不安も考えないでおこう!


 そう決めた私は会場を横切るようにして料理のテーブルに向かいかけた。


 と、そこで。

 ふと目を向けた壁際に、一人の人物が佇んでいるのに気が付く。


 その相手を見た途端、私の胸がトクン、と高鳴った。


 ああ。今日もあの人は素敵です。


 そこにいるのは黒髪黒目、高身長の美形男性。マナー違反にならない程度の服装は、式典用の仕事着だろう。どんなに「俺に構うな」感を出していようとも、その姿はただそこに存在しているだけで人々の視線を引き付けてしまう。素晴らしく絵になる立ち姿だ。


 そしてそんな彼こそが。魔法騎士団中央隊隊長、法則の魔術師ことニオ・ダルハン男爵。

 魔法騎士団所属の私の直属の上司。

 この世界でただ一人、私が真実の心を捧げた片恋の相手である。


「隊長、来てたんですね!」

「おう」


 こちらに気付いた隊長は片手を上げてくれる。私はするっと隣に並んだ。


「珍しいですね、隊長がこういう所に顔を出すなんて」

「たまには義理を果たさんとな」


 そうだった。ハッサン公爵は平民出身の隊長の後ろ盾となって下さっている方なのだ。

 私は少しどきどきしながら隊長の周囲を見回してみた。


「お連れの方はどちらに? やはりハッサン様の関係者ですか?」

「連れはいない。メンドクセーのはごめんだからな」

「!」


 思わず飛び上がってしまう。


「うわあ! 奇遇ですね、ちょうど私もついさっき一人になったばかりなんですよ! よかったら二人で一曲くらい踊って行きません?」

「断る」


 瞬殺である。残念。

 ……こんな状況は滅多にないから思い出作りにでもなればと思ったんだけどな。でもそういう硬派な所も好きだ。


 平民上がりの一代限り男爵である隊長は、貴族のあれこれに煩わされるのが嫌で女性を寄せ付けないようにしているらしい。おかげでこちらも安心して? 好意を示せるのだ。


「そう言えば隊長、私のおめかし姿を見るのは初めてですよね? どうです? あんまり綺麗でびっくりしましたか? ちょっとくらい褒めてくれてもいいんですよ?」


 ライムグリーンのドレスの裾を翻し、隊長の前でくるくる回ってみせた。

 隊長は、眉間に皺を寄せて息を吐く。


「回るな」

「はい」


 私は動きを止める。そんなこちらを見下ろして来る。


「……それで。『さっき一人になった』とはどういう意味なんだ?」


 ああ、そこが気になっちゃうか。

 私は努めて明るく答えた。


「それが聞いて下さいよ。隊長に会う直前、そこの控室で婚約者に婚約解消されてしまいまして。びっくりですよね、まさか自分の身にそんなお芝居みたいな出来事が起こるとは思ってもみませんでした」

「婚約解消……」


 隊長は私の言葉を理解しようとしてくれているらしい。

 そして何故か突然しゃがみ込んだ。

 そんなことになっていたのか、と唸っている。


 まあ、確かに。わざわざ隊長に婚約者の愚痴なんて話したことはないから、こちらが順調に交際を続けていると思ってたんだろうな。貴族の噂話なんかも興味ないだろうし。

 そうか、もしかしたら私の結婚時期に合わせた人事補充とかを考えてたのかもしれない。それならなんかすみませんね。


「ええと。隊長?」


 上から覗き込めば、片手で自分の髪をくしゃくしゃにした隊長が見上げて来る。

 普段はあまりない距離感に少しどきりとした。


「サニア、お前な、」


 顔を顰めた隊長が、何かを言おうとした時だった。


 突然、ズシリ、と空気が重くなり、会場内の様子が変わった。


 照明そのものに変化はないのに、一瞬前より室内全体が薄暗く感じられる。

 それまでは外に流れていた物音が、内側に留められて跳ね返ってくるように聞こえて来る。

 肌に触れる空気が一気に冷たくなった。


 そう感じたのは私たちだけではないのだろう。

 会場にいる全ての人が、ある人たちはダンスを止め、ある人たちは身を寄せ合ってあちこちを見回している。


 私が声を上げるより先に、隊長がその場で立ち上がった。

 そして会場に響き渡る声で告げる。


「全員、そのまま! 俺は魔法騎士団中央隊隊長ニオ・ダルハンだ。たった今この場に怪異の出現を確認した。魔法騎士団法により、これよりこの場の者全て、俺の指示に従ってもらう!」




 この世には、怪異が出現する。

 それはこの世界に住む私たちが生きていく為に真っ先に知らなければならない脅威だった。


 怪異と言うのは「人ならざるもの」で、出会った人間の命を刈り取っていく存在だ。

 誰かが言った「野良魔術」という言葉が私の中では一番しっくり来る。

 遠い昔に人が魔法として作り上げたものの何らかの理由で行き場を失って、世界を彷徨う内に様々な力を取り込み、さらはに生き物のような形を持ってしまったもの、らしい。


 これをただの災害と捉えて多少の犠牲を払ってでも全力で排除にかかる国もあれば、我が国のように、彼らを強制排除してしまえばどこかに歪みが生じると考えて回避を最優先にする所もある。


 怪異には独自の規則があって、人間側が正しく回避の作法を辿れば、彼らは何もせずに元いた場所に帰ってくれる。

 私たち魔法騎士団は、その怪異の対応が主な仕事だ。

 魔法騎士団に入団した者は、まずは全員その作法を頭に叩き込むことから始まる。


 だけど怪異によっては作法が知られていなかったり、作法そのものが実現不可能だことだったりして、そういう場合はやむを得ず武力で消滅させることもある。もちろん、排除は簡単ではないけれど。



 そうして。

 なんと、うちの隊長は。

 数百年に一人生まれるかどうかと言う、「魔術においてこれを成すには何をどのようにすればよいのか」を瞬時に理解してしまうという能力を持った、法則の魔術師なのだ。



 いつだったか。普段はあまりそういう話をしない隊長が、珍しく場の流れで自分の過去を話してくれたことがある。


「俺が自分の力に気付いたのは、故郷の村に怪異が現れた時だった」


 その時、村に訪れたのは旅人の怪異。誰かが一晩怪異をもてなしてやれば満足して去って行く。

 怪異を一目見た隊長はそう理解したけれど、大人たちはただ恐れて騒ぐだけだった。


 どうしてあれをもてなさないんだろう。

 隊長は大人たちに尋ねてみた。でも、誰もそれが正しい回避の方法だと気付いてくれなかった。村の子らは隊長ごと一纏めにされて隠れ場に押し込まれてしまう。


 結局。村の大人たちは死に絶えた。

 子供たちが怪異に見つかって引きずり出された時、隊長は友人たちと一緒に作法を整え、怪異を追い払ったのだそうだ。


 一晩経って、ようやく駆けつけた魔法騎士団に隊長たちは保護された。事情を聞いた彼らは隊長の能力を確認して、すぐに騎士団に迎え入れたのだ。


「俺は、親父と同じ猟師になるのが夢だったんだ」


 隊長は、魔術師という仕事に全く興味はなかったと言う。

 それでも隊長は騎士団に入団した。理由は一つ。死んだ家族を助ける為の魔法を完成させるには、そこにいた方が都合がいいと考えたからだそうだ。

 家族の死を知った直後から、隊長は彼らを助ける為の法則を確認していた。どのような魔術を構築するのか。その為に何を揃え、何をすればいいのか。


「……だがな。何年も経って、やっとの思いで条件を整えた時には遅かった」


 時間がかかり過ぎたのだそうだ。遠い昔に亡くなった隊長の家族を救うには、最後の材料として、魔法構築の時間内に何千万の人の犠牲が必要だとわかってしまった。さすがの隊長でもそれは無理だと思って諦めたのだそうだ。


 その後目的を失った隊長は多少やさぐれた時期もあったけど、魔法騎士団の仕事で人々に感謝されたり頼られたり、『かわいい!』部下たちに慕われたりしている内に、こんな現状も悪くないと思えるようになってくれたらしい。


 隊長が騎士団を辞めないでいてくれて本当によかった。

 そして挫折経験のある男性、素敵です隊長。




「そこ! 逃げるな! 既にこの屋敷の者は全て怪異の獲物として補足されている、勝手に帰れば後で一人で怪異と対峙するはめになるぞ、それでもいいのか!」


 出口に殺到しかけていた人たちが、隊長の言葉でぴたりと足を止める。


 怪異の恐ろしさと人々の無理解を誰よりも知っているからこそ、厳しい態度にもなってしまう。

 そんな隊長の横顔に、私は思わず見惚れてしまうのだった。

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