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10.ポテチ(?)

 ベッドから起き上がったニアさんがランプに灯りをともした。

 すると、真っ暗な部屋が、薄暗い部屋へと模様替えされる。


 買い込んだ食料や道具が床の上に置かれているので、注意して歩かなければ蹴躓くこと間違いなしである。


 壊れて困るようなものはちゃんと仕舞っているのだが、転んで頭でもぶつければ大怪我を負うかもしれない。


 そそっかしいニアさんならあり得る話だ。



「えーっと、こうか?」



 アイテムストレージのついでに覚えた、初歩の光魔法を使ってみる。


 これはフラッシュライトとかシャイニングとか呼ばれている魔法で、読んで字の如く光で周囲を照らし出すという効果だ。


 明るさは術者が随意に強めたり弱めたりできるのだが、いかんせん熱ロスが激しくて魔素変換効率の悪い魔法なのである。

 普通は、騎士や自警団などの武力組織が、信号弾やフラッシュバンの代わりに瞬間的に使うものなのだそうだ。


 今回は、そんな効率の悪い光魔法を照明として使っていく。


 なに。


 必要な食材や道具を取り出すときに使ったり、荷物のある場所をニアさんが歩く時だけしか使わないのだ。

 魔素不足が遠征に響くこともないだろう。


「わ、明るくなりましたね。てっきり朝を通り越して昼がやって来たのかと思いました。」


 ランプ片手にジャガイモに似た芋を鍋に放り込んでいたニアさんが目を瞑ってそう言った。


 なるほど、目に痛くないぐらいに明るくしていったつもりだったが、電灯のないこの世界の住人にとっては眩しすぎたようだ。


 明るさを下げて、光をいい感じのホテルのランプぐらいの強さにしておく。

 オレンジ色のあの暖かい光の感じだ。



「それで、旦那様。ぽてとちっぷす?に使うおいもの皮は剥くものなのですか?」


「えーっと、どうなんだろう……?」



 薄いポテトチップスの側面なんて気にした事が無かった。


 皮、どうだっただろうか。


 ポテトチップス全体があの特有な薄黄色だったような気もするし、かといって茶色くて香ばしいものもあったような気もするし。


 ピンキリなのではないだろうか。



「ふむ……。ひとまず、今回は皮を付けたままで揚げてみます。生ゴミは少ない方がいいでしょう? それに私、フライドポテトは皮付き派なので。」



 調理過程はよくわからないので、プロにお任せしておこう。

 ニアさんの舌は肥えているようだし、彼女の感性に任せておけば大丈夫そうな気がする。


 流し台に大きめの芋を置いたニアさんは、手慣れた手つきで丸々としたジャガイモもどきを洗い始めた。


 手伝おうかと提案したが、狭い台所でうろちょろされると落ち着かないと怒られてしまった。

 まあ、実際狭いもんなぁ…。



「あれ。それは何してるんすか?」



 芋を洗い終えたニアさんは、何故か待ち針のような尖った道具で芋の表面を突き始めた。



「おいもの芽には毒があるのです。皮つきでお料理に使う時には、こうやって針でくり抜くと見た目が綺麗なままで取り除けるのです。包丁のアゴを使っても良いのですが、ちょっと水っぽくなってしまうので。」


「へー……?」



 この世界の芋には毒があるのか。

 今ここで聞いておいてよかったかもしれない。ジャガイモのノリで食べていたら死んでいたかもしれない。



「あ、毒とは言ってもお腹が痛くなったり吐き気がするぐらいですよ。」


「へー、そうなんだ。勉強になります。」



 俺の返事を聞いたニアさんは、こくりと頷くと、あっという間に芋の芽を取り除いてしまった。


 次に、彼女は芋をまな板の上に置くとこちらに目を向けてきた。



「旦那様、芋の厚みはどれぐらいにいたしますか?」


「えー……? わ、わかんないです……。」



 だから、作ったことないんだって。薄いとしか言いようがない。


 揚げれば水分が抜けて薄くなるのだろうが、それを加味した厚さなんてわからないし。


 厚切りを売りにしている商品もあるけど、アレはアレでオーソドックスなやつと同じ調理過程なのかわからない。



「お話を聞くに、芯にもホクホク感が残らないほうが良いのでしょうね。そうすると、このぐらいでしょうか…。」



 サクサク、トントン。


 そんな小気味よい音を立てながら丁寧に芋がスライスされていく。

 指を切りそうな危なっかしさもないし、彼女は本当に料理だけは得意なのだろう。



「…薄切りの工程が面倒ですね。あまり大量には作りたくない類の料理です。」



 手際が良いとはいえ、慎重に切って行かなければ刃が斜めになってしまったり、厚さにバラつきが出てしまうようだ。


 気を張り疲れたのか、ニアさんはそんなことを言いながら肩をぐるりと回した。


 なるほど、この世界にはスライサーが存在していないようだ。

 スライサーをパク…開発すれば一儲けできるのではないだろうか。

 新商品のポテチのレシピと共にセットで売り出せばかなり売れるのではないかと思う。


 そんなことを企んでいる内に、ニアさんは全ての芋をスライスし終えたようだ。


 彼女はスライスした芋を水にさらすと、その一枚一枚を丁寧に擦り始めた。

 黒く塗られた鍋肌を透過していた水が、それにつれてどんどんと白く濁っていく。



「これは、汚れを落としてるの?」


「汚れというよりはぬめり落としですね。このぬめりというのは、おいものデンプンらしいのですが、これが無くなることによって揚げた時の食感が良くなるのです。アクも水に溶けていくので、味も良くなるはずです。本当ならば塩水に付けておきたいところですが、塩も貴重ですので…。」


「へえー…。ニアさん、さすがだね。」



 科学的に深く掘って行けば、もっと詳しいメカニズムがわかるのだろう。

 だが、彼女はそんな細かい原理など判らずとも、料理経験から使えるところを抽出してきて様々な料理に生かすことができるのだ。


 彼女の努力、そして才能に脱帽である。


 ニアさんは水の濁りがなくなるまで、洗っては水を零し、洗っては水を零しを繰り返した。


 そして、水が透明になったのを確認すると、水を切ったジャガイモもどきの1枚1枚を重ならないようにキッチンペーパーの敷かれたタッパーの上に並べ始めた。


 全ての芋が整然と並びたてられたところで、彼女は納得したように頷くと俺の傍に歩み寄ってきた。



「旦那様、眠くなってきました。」


「ええ……?」



 完成前に眠気がやって来たらしい。


 本来の目的を考えるとそれでいいのかもしれないが、放置されるジャガイモもどきたちの気持ちにもなってやってほしい。


 というか、単純に俺が完成を楽しみにしていたのだ。



「旦那様がそうおっしゃるのでしたら、よろしいれひょう……ふあぁ。失礼しました。完成させてから眠らせていただくことにいたします。」


「ご、ごめんね。」



 ついに揚げのフェイズらしい。


 浅い鍋の中にたっぷりの油を張ったニアさんは、それを焚火台の上の網に置いた。



「旦那様、出番ですよ。」



 やっと人間ガスコンロの出番らしい。


 小さな火を焚火台の下に灯し、それを基準としてだんだんと火力を強めていく。


 この火力の調節がなかなか難しいのだが、我らがコックさんは事細かに温度が低すぎるだの、ちゃんと火力を維持しろだのと注文を付けて来る。


 ああでもない、こうでもないと言われながら火を調節し、やっと満足の行く火勢になったようである。



「この部屋の窓は嵌め殺しではないのですね。換気をいたしますので窓を開けますが、かまいませんか?」


「うん、大丈夫だと思う。」



 窓を開けたからといって、大声を出さなければ近所迷惑にはならないと思いたい。


 いや、芋の揚がる香ばしい匂いである意味迷惑になってしまうのだろうか?

 でもここまで来たら完成させたいよなぁ…。


 スライスの時に出た欠片を投入して油の温度を確認してみると、丁度フライドポテトに適した温度になっていたらしい。ピチピチと泡を立てて油がはじけている。



「油が跳ねると思いますので、ご注意ください。」



 そう注意喚起したニアさんは、熱された油の中に薄切り芋を一枚一枚丁寧に滑り込ませた。


 一気に大量に入れると油の温度が下がったり、芋同士がくっついたりして上手くいかない恐れがあるらしい。少しずつ入れるのがコツのようだ。


 少し芋がしんなりとしてきた頃、ニアさんは徐にすべての芋を取り出し始めた。



「え、もう完成?」


「いえ、二度揚げいたしますので。旦那様、20度ほど油の温度を上げてください。」


「いやわからんて…。」



 再び指示に従いながら火の勢いを調節していく。

 だいぶ慣れてきたもので、今度はすぐに適正温度まで調節することが出来たようだ。


 火を調節している間に、丁度いいぐらいに芋が冷めたらしい。


 粗熱の取れた芋を、再び油の中に滑り込ませていく。



「温度調節、ばっちりですね。一家に一人、旦那様がいればいいのですが…。」


「誰が便利な調理器具やねん。」



 もしや、『旦那様』としての上位互換が現れて型落ちしたら、捨てられるという暗喩なのだろうか?


 ともかく、鍋の中を覗きこんでみると、しなっとしていた芋から水分が抜けていき、白っぽかった断面がどんどんと美味そうなきつね色に変わっていく様子が見える。


 揚げムラが出来ないように、と混ぜるたび、彩りが均一になっていく。完成の近付きを感じさせてくれる。


 揚がり具合によって油の音が変わるのだそうだが、俺にはよくわからなかった。


 油臭いばかりだった部屋の中の空気にも、デンプンが焦げる甘い匂いが混じり始め、それにつれて食欲が刺激されてくる。


 後は揚げたてに塩をかけてカリッと頬張り、ビールをぐいっと……。

 まあ、下戸なのでノンアルが前提だが。


 油の中で踊る芋をフライ返し片手に眺めていたニアさんが生唾を呑んだ音が聞こえた。



「ちょ、ちょっと味見を。」



 アツアツの芋を油から一枚取り出したニアさんは、ふうふうと息を吹きかけてそれを冷ますと、一気に口の中に放り込んだ。



「あっふぁいぃ!!?!?!?」



 そして、涙目になって悶絶し始めた。


 そりゃまあ、揚げたてだもんなぁ。

 薄いポテトチップスとはいえども、生半可な冷まし方ではそう簡単に冷めるものではない。



「はい、水。」



 こうなるだろうと予想してコップに水を汲んでおいたのだ。


 コップを手渡されたニアさんは、勢いよく水を飲み干すと、今度は咳き込み始めた。

 慌てすぎて気管に水が入ったのだろう。


 調理シーンはかっこよかったのに、こういう所を見るとやっぱりニアさんだなぁと感じてしまう。


 トントンと背中を叩いてやるうちに、なんとか収まったようだ。



「ありがとうございます。死ぬかと思いました……。完成でいいと思います。」


「やったー!」



 魔法を止め、火を消す。


 からりと揚がった香ばしいポテトチップスが、キッチンペーパーの敷かれた皿の上に盛られていく。

 皿にぶつかったポテトチップスが、カサカサ、カラカラという軽いようでしっかりとした音を立て、その軽やかな歯ごたえを予想させてくる。


 ちなみに、どうして下に紙を敷くのかと聞いてみると、余分な油を吸い取る必要があるからなのだそうだ。



「あとは、これに私特製のハーブソルトを掛けて……。」



 薄茶色で黒い粒の入った、香り高い粉状の調味料がパラパラと振りかけられる。


 素朴な芋と油の匂いも十分に美味そうだったが、この調味料が掛けられたことで一気に華やかで芳醇な香りが広がる。

 甘い芋の匂いも、かき消されることなくそれに絡み合って、絶妙なハーモニー、いやむしろシンフォニーを奏でている。


 絶対うまいやつやん。



「さあ旦那様、召し上がれ。」


「い、いただきます……!」



 調味料が少しかかりすぎているぐらいの一枚を、人差し指と親指で摘まみ上げる。


 まだ温かいそれは、市販品のよく買って食べていた物と比べて黄色が濃く、その一方でまるで琥珀のように透き通っていた。

 芋のレンズの向こう側で、ランプの光が揺らめいているのが見えるほどだ。


 これに関しては、芋の種類が違うせいというよりも、完璧で丁寧な揚げ方によって仕上げられたからこそなのではないかと思う。



「旦那様、お料理は眺めるものではありませんよ。」



 あんまりじっくりと眺めていたからか、ニアさんから急かすような言葉が飛んでくる。

 さっさと味の感想をよこせということなのだろう。



「わ、わかってるよ。」



 いつまでも手に取って眺めていたいところだが、美味そうなのもまた事実。


 ごくりと口に溜まった生唾を飲み込んで、意を決して口を開く。


 カリッ。


 擬音にしてそれが一番だろう。


 二度揚げされることによって堅揚げになったポテトチップスは、歯に小気味よい衝撃を与えて口の中で砕けた。

 あんまり硬いポテトチップスは歯茎に刺さるので好きじゃないのだが、この絶妙な揚げ加減は一体どういう事なのか。


 シェフを呼べ!シェフは目の前のメイドさんだ!


 …何言ってんだろう。


 感嘆の溜息を吐こうと息を吸うと、香り高いハーブソルトの香りが鼻腔を突き抜ける。

 おそらく何種類ものハーブが調合されているのであろうが、それぞれのハーブの香りが喧嘩することなく、それぞれがそれぞれの良い所を高め合って見事な相乗効果を生み出しているようだ。


 ハーブソルトの味もまたすごい。


 シンプルな塩ではないのだろうと思っていたが、何かの出汁というか、ブイヨンを煮詰めたようなコクのある味わいが脳の奥底にまで届く。


 そこに香ばしく凝縮された芋の風味や味わい、油の旨みが加わり、完成するのである。

 やばい、鳥肌立ってきた。


 これはポテトチップスなんて範疇に収めて良いものではないのではなかろうか。もっと別の……。



「お、美味しい…!」



 羹に懲りてポテトチップスを吹いているニアさんも、自身の料理の完成度に目を真ん丸にしている。

 そう、いつも面倒くさそうに目を細めている彼女が、目を真ん丸にしているのである。



「だ、旦那様…!」



 目を潤ませながらこちらを見つめてくるニアさん。


 俺は、彼女の目をしっかりと見据えて、深く頷いた。



「うん、これは売れる…!!」



 この味ならば、ジャンクフードというよりも、高級な酒肴の一種として国王陛下に出しても恥ずかしくない。


 味にうるさい貴族連中も、高い金を払ってでも買いに来るだろう。


 さすがに俺たち2人で量産することは不可能なので、どこかの工場に製造権を与えて、こちらは知的財産権でガッポガッポ……。



「…え、売るんですか?」


「あ、違った?」



 そんな妄想をしていたら、ニアさんに悲しそうな目で見られてしまった。


 その後は、2人であっという間にポテトチップスを平らげてしまった。


 かなりの量があったように思えるのだが、美味すぎるし軽すぎたので、簡単に胃袋の中に納まってしまったのだった。


 保存食なんてなかった。


 満腹中枢を刺激されたことにより、冴えかけていた目もすぐに重たくなってきて、今度こそはしっかりと寝付くことが出来たのであった。

サクラダはジャガイモが無毒だと思っていたようですが、ジャガイモもジャガイモもどきと同様に芽に毒を有しています。

ソラニンというアルカロイド系の毒で、腹痛や嘔吐を引き起こします。

ジャガイモの芽は取り除くことをお勧めしておきます。

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