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9.お夜食作ります

「旦那様―、おはようございまーす。」


「うぅ…。マジで早えじゃん…。」



 アイテムストレージを宿舎の自室にセットし終えたのだが、想像以上に魔素の消費が激しくて魔素胞がすっからかんになってしまったようだ。


 明日の…、いや、もう日付が変わってしまったので今日か。


 魔素切れの倦怠感が今日の遠征に響かないように、と21時ぐらいに床に就いたのだが、早朝というより、深夜とでも呼ぶべき時間帯にニアさんがやってきた。


 彼女は眠りこけている俺を揺り動かし、穏やかな夢の世界から強制的に引きずり出してきた。


 寝惚け眼でランプを点けたら火傷しそうなので、ニアさんにカバー付きのキャンドルホルダーで時計の文字盤を照らしてもらう。

 でも、よく考えたら俺の皮膚は飛竜の火を弾いた皮膚なんだよな…。


 短針は2の少し前を指している。

 集合時間の10時まで、実に8時間以上の待機時間が生まれてしまったようだ。



「てか、どうやって入ってきたの。」



 宿舎の門限時刻は午前0時、開門時刻は午前6時だ。


 宿舎の管理人に、門限から開門までの間は外部の訪問者が入場できないし、門限に間に合わなかった騎士は締め出されてしまうぞ、と口を酸っぱくして脅されたものである。


 要するに、合鍵があろうと、まず鍵のある部屋の前にまでやって来れないのである。


 本当に、いったいどうやって入ってきたんだろうか。



「コネです。」


「そっかー、コネかー……。」



 ラルポン師団長、姪っ子に甘すぎるのでは?


 というか、師団長もこんな時間に叩き起こされたんだろうか。


 そう考えたらあの人も被害者かもしれない。

 いや、そもそもこれもニアさんというよりもあの人の差し金なのかも……?



「ほら、旦那様。起きて下さい。早く、早く。」



 ニアさんはキャンドルホルダーをベッド脇のデスクに置くと、横になっている俺の左腕を掴んでぐいぐいと引っ張ってくる。


 しかし、筋力があまりにも足りていないようで、成人男性の体重を動かすには至っていない。



「く、ぬぬぬ…!お、重い…!!」



 躍起になっているのか彼女は、掴んでいた俺の左腕を自身の両腕で抱くようにして力を込めてきた。


 ちなみにニアさんは、以前にも記したとおりで、身長に見合わぬ非常に豊満なたわわをお持ちである。


 そんなふうに腕を抱え込まれると、当然のことながら。


 むにゅり。



「うおわあああああ!? ごめんなさいおはようございます!!!!」


 慌てて飛び起き、包み込まれている左腕を奪い返す。


 なんというか……。


 とてもやわらかかった。


 深夜にもかかわらず思わず大声を発してしまったが、壁に吸音材もどきを貼っておいたために壁ドンされるまでには至らなかった。


 そう、この宿舎、めちゃくちゃ壁が薄いのである。


 右隣の部屋の人が剣を研いでいる音が聞こえてきたり、左隣の部屋の人が鼻歌を歌っているのが聞こえてきたり。


 この前なんか、上階の彼女持ちさんが部屋に彼女を連れ込んで()()()している音が丸聞こえだったぐらいだ。


 公序良俗に厳格な騎士宿舎は風紀を大切にしているため、彼はこれが理由で宿舎から追い出される羽目になったらしいのだが。


 …そう考えると、実は俺も周りから睨まれているのかもしれない。


 師団長の後ろ盾があるから誰も文句を言ってこないだけで、内心ではメイドを部屋に連れ込む不届き者と思われていたりして。

 被害妄想であればいいのだが、果たしてどうなんだろうね。


 今のソフトタッチもワンチャン危なかったかもしれないし。タッチの感触はソフトだったけど、タッチ自体は全然ソフトじゃなかったし。



「はい、おはようございます。」



 ニアさんがまったく気にしていなさそうなのがせめてもの救いか。


 ろうそくのオレンジ色の光に照らし出された彼女の表情はケロッとしている。

 むしろ、何かを成し遂げたかのようにふんすっと鼻息を荒くしているようだ。


 なんというかもうちょっとだけ自身の凶悪性を認識してほしいものだ。

 無自覚、おそろしいね。


 とりあえず身体を起こして壁を触りながら電灯のスイッチを探す。いや、この世界にそんな便利なものはないんだった。


 ついつい癖で、この世界の人達から見れば意味不明な動きをしてしまったが、どうやらニアさんは俺が寝惚けているのだと解釈してくれたらしい。


 ちょっとヒヤッとしたがそれを表情に出さないように努めつつ、ベッド脇のランプに火を灯す。

 部屋が少し明るくなったが、部屋全体を照らすほどの灯りではない。


 ちなみに、このランプと同じ原理の“ガス灯”ならぬ“魔石灯”なる街灯が町中に設置されているのだが、その明るさはLEDの電灯どころか白熱球にすら到底及ばないのである。


 そのためにこの世界の夜は暗く、善人は夜更かししないし、悪人はますます夜に動きやすいのである。


 視界が確保できたのでニアさんの方に向き直る。



「それで一体どうしたの?なんか急ぎの用事でも?」



 こんな夜中に叩き起こしに来たのだから、まさかなんの用事もないということはないだろう。



「……旦那様、忘れ物はございませんか?チェックいたしましょうよ。」



 俺の質問を聞いたニアさんは、少し目を泳がせるとそう答えたのだった。



「いや、でもアイテムストレージあるし…。」



 アイテムストレージの魔法をセットする時に彼女も同席していたし、この魔法の意味や使い道も説明しているのだから、理解してもらっているはずだ。


 忘れ物をして困ることがないようにこの魔法を習得したのだから、忘れ物チェックなどやっても意味が無いと思う。



「そ、そういえばそうでした。では、今日の予定を確認いたしませんか?」


「別にいいっすけど、ニアさんとは別行動だよ?」



 ニアさんは第4師団の先輩方の使用人たちと一緒に聖剣の村に直行することになっている。


 一方、俺、第4師団の先輩方3人、第3師団の3騎士は、アンピプテラ平原までグラバーを護送してから、第4師団と第3師団に分かれて行動することになる。


 しかも、騎士たちは平原に着くまでに一度野宿を挟むことになるため、第4師団が村に到着するのは使用人たちよりも1日遅くなってしまう。



「えーっと…。そ、そうでございましたね。じゃあ、えっと、えーっと…。」



 頭に両手を当てて話題を捻出しようとするニアさん。

 なるほど、もしやそういうことなのか。



「ニアさんはアレか。遠足の前日に楽しみすぎて眠れなくなっちゃうタイプだ。」


「べ、別に楽しみなんかじゃ…!」



 顔を真っ赤にして反論する様は、きっと図星と捉えるべきなのだろう。


 思い返してみれば、遠征に同行するかどうかと尋ねてみた時にもソワソワしていた。

 遠出するのが好きなのだろうか。



「楽しみなのは良いことだと思うけど、ちゃんと寝ないと明日に響くんじゃないかな。睡眠不足になると車酔いしやすくなるって聞くし。」


「そ、そうなのですか?」



 俺は乗り物酔いしにくい体質なので経験がないのだが、どこかでそんな話を聞いたことがある気がする。


 そうでなくても、馬車があるとはいえ長旅になるのだからしっかりと体力を蓄えておいてほしいものだ。



「ですがそのう…。真っ暗で家に帰れなくてですね。」


「あぁ…。」



 確かに、抗う力のない彼女がこの夜道を1人で帰っていく姿は、悪党どもの格好の餌食だろう。


 かと言って、俺が送って行くわけにもいかない。

 門限問題があるし、あの管理人は融通が利かなさそうだから今度は俺が部屋に帰れなくなりそうだ。



「じゃあ、ベッド使っていいっすよ。俺は床で寝るんで。」



 気は進まないが帰れないのであれば場所を提供するしかあるまい。

 というか師団長、まさかこの状況を狙っていたのでは?



「そ、そういうわけにもいかないでしょう?!それなら私が床で寝ますから!マットレスと毛布さえお貸し頂ければ、私はそれで十分ですので!!」


「俺にベッドフレームの上で寝ろと…?」



 身体が頑丈になったっつっても寝違えたりはするんだってば。

 あんまり硬い所で寝ると体がバッキバキになって明日が大変である。


 とまあ、それからしばらく言い合っていたら、何故か一緒のベッドで寝ることになってしまったのである。


 妥協点がどうしてそこになってしまったのか。さっぱりわからない。



「じゃ、じゃあ電気…じゃなくて灯り消しますよ?」


「は、はい…。」



 初夜のような気まずさだが、何も起こらない。


 いや、何も起こしてはいけない。


 少なくとも、俺の精神は風のない森奥の湖面の如しである。

 そうだ。だから湖の底に沈めよ邪念。



「おやすみなさい。」


「お、おやすみなさいませ……。」



 背中側からはぎこちない挨拶が返ってくる。

 お互いに距離を取りながら背中合わせで横になっているのだが、ベッドがそれほど広くないためにニアさんもやはり気まずいようだ。


 ちなみに、幸運にも俺は寝付きがめちゃくちゃ良いのだ。


 ストリーマーをやっていた頃にエナジードリンクをがぶ飲みしていたのも、午後10時になるとすぐに眠たくなってしまって夜更かしが出来なくなるからであった。


 その所為で命を落とすこととなったのだから笑い話も良い所ではあるが、ともかく余程のことが無い限りは入眠までがあっという間なのである。


 この状況でもきっとすぐ眠くなるはずだ。


 この状況をそれほど苦も無く乗り越えることができるはずだ。


 なんなら試しに羊でも数えてみせようか。


 羊が一匹、羊が二匹。

 そら、もう眠くなってきた。


 羊が三匹、羊がよんひき、ひつじがごひき…、ひつ、じ……



「……旦那様、旦那様。」


「……んー……?」



 羊を数え始めてすぐのタイミングでニアさんが話しかけてくる。

 せっかく6匹集まりかけていた子羊さんたちがどこかに散って行ってしまった。



「その、やっぱり眠れません。ご迷惑でなければ、眠たくなるまでお話しませんか?」


「こんな時間に叩き起こしておいて、迷惑もクソもないと思うけどな。……先に寝ちゃったらごめん。」



 気付いたのだが、ニアさんは積極的に迫ってくるけど、その割には迫り慣れていないというか、覚悟がないというか、そんな感じがする。


 今回の照れっぷりもそうだが、距離をおかしいぐらい詰めて来るわりに自分が照れてしまったり。


 話を聞く限り、箱入り娘として育てられてきたようだし、男性と会話するのに慣れていないのかもしれない。

 下ネタ方面での暴走もきっとそれゆえの事なのだろう。


 そのことに気を遣うというわけではないのだが、こちらの方が夜更かしに慣れているわけだし、ちょっとぐらいなら話に付き合ってあげることにしよう。



「じゃあ、しりとりでもします?」


「……いいえ、そういうことではなくてですね。旦那様ご自身のお話を聞かせていただけたらと。」


「師団長に偵察してこいって言われたとか?」


「…………そういうことにしておいてください。」




 ▽ ▽ ▽




 ベッドに入って約1時間。


 ニアさんが全然寝付いてくれない。


 記憶がないことになっているのを念頭に置きつつボロを出さないように色々な事を語っていたのだが、好きな食べ物の話をした途端に気色が変わったことが背中越しにもよくわかった。


 料理が得意と豪語していただけあって、聞き慣れない料理の知識に対しては意欲的な様子である。


 今回は口を滑らせてポテトチップスの話をしてしまったのだが、食いつき方がものすごかった。


 なんとこの世界には、フライドポテトが存在しているのにポテトチップスが存在していないのだという。


 ヤタラさん、いやぷネキ。相変わらず脇が甘いぜ。


 ともかく、慌てて今この瞬間に俺が思いついた創作料理ということにしたのだが、それが彼女の創作意欲に油を注いでしまったらしい。


 そういうことならば再現してみよう、とやる気を出させてしまったようだ。



「薄く切って揚げただけで味が変わるものなのでしょうか?むしろ、油が浸透しやすくなってお芋の味がわからなくなってしまいそうですが。」


「さ、さあ?でも、サクサクしそうっすよね。食べやすそう。」



 今も、完全に目が冴えた様子で質問攻めにしてくる。


 あまり具体的に食味をレポートしてはなんとなく怪しまれてしまいそうだと思ったので、ある程度(ぼか)しながら応答していく必要がある。それに料理なんてわからんし……。


 ある程度質問に答えていったところで、ニアさんが俺の方に向き直った。


 そして、彼女は真剣な顔で口を開いた。



「……旦那様、お腹、空きませんか?」


「……マジで?」



 まさかこやつ、この時間帯に揚げ物をするつもりなのか。


 この部屋には風呂はないのだが、流し台と火を扱う簡易的な台所スペースは備えられているのである。


 しかも運が良いのか悪いのか、遠征に備えて生鮮食品を買い揃えてある。


 この国において、“芋”は調理の簡単な主食として重要視されている。必須といっても過言ではない。

 それに、食用油は調理にもよく使うし、剣の手入れにも使えるので、多めに買ってある。


 鍋や包丁といった調理器具は無いと言ったら、ニアさんの荷物の中に入っているので大丈夫だという。


 確かによく部屋の中を見渡せば、見慣れない褐色の革トランクに金属製の鍋が吊るされている。



「というわけで、お夜食を作ります。」


「そ、そっか。」



 ポテチを作るのにどれぐらいの時間が掛かるのかはわからないが、さすがに揚げ物をしたら疲れるだろう。


 それに、お腹が膨れると眠たくなるタイプの人かもしれない。


 彼女の満腹中枢を満たす一手だと考えれば悪くないのかもしれないが、深夜に食った食事は駄肉になりやすいと聞くし、心配だが…。



「大丈夫です。お夜食は全ておっぱいに行きますので。旦那様も男性なら……。おっぱい、お好きでしょう?」


「やめろ。」



 両腕で寄せるな。えらいことになってるぞ。


 まあポテチならば容器次第で2~3日間は保存が効くだろうし、すぐにつまめる保存食として作っておいてもらうのはありなのかもしれない。


 いや、ほんと違うから。そんなんじゃないから。



「では旦那様、お台所をお借りします。火を出していただけますか?」


「あ、はい。」



 火を使う場所があってもコンロがあるわけではない。


 この世界にガスコンロは存在していないが、魔石コンロなる炎魔法を用いたコンロは存在している。ただ、高価なので各部屋に置いているなんて贅沢はないのだが。


 そこで、キャンプ動画でよく見る焚火台の上で、炭などを使って調理をするのである。


 当然のことだが火力の調整は難しいし、簡単な物しか作れない。


 だが、それでいいのだ。

 せっかく美味くて安い食事を出す食堂が宿舎に隣接しているのだから。


 そう考えると、たぶんポテチはこの部屋で出来るギリギリの調理なのだろう。


 油の跳ねが怖いところだが、それ以外の工程はそんなに大変じゃなさそうだし。いや、作ったことないんだけどさ。


 そうそう。


 俺は料理をしないので、料理に使うための炭なんて用意していない。


 それゆえ、炎魔法が使える俺自身がガスコンロになる必要があるのである。

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