第九十七話 魔王の娘と侵入者
どうもHekutoです。
修正等完了しましたので投稿させて頂きます。お暇や休憩など、ちょっと空いた時間にでも楽しんで頂ければ幸いです。
『魔王の娘と侵入者』
どこかのお化けの様に、ユウヒが夜遅く起きている少女の目の前に降り立ってしまってから数分、
「あー・・・悪い驚かすつもりはなかったんだが」
「まおうさまごめんなさいたべないでくださいまおうさまごめんなさいたべないでください」
彼の現状は悪化の一途をたどっていた。
なるべく優しく声をかけたつもりのユウヒであるが、少女にとっては自分を食べようとする悪い魔王にでも見えたのか、一瞬ユウヒに目を向けるもすぐに頭を抱えて俯き、より一層の恐怖により小刻みに震えだす。
「悪化してる!? 食べない! 食べないから大丈夫だから!」
「・・・たべない? ほんと?」
急激に症状が進行する少女の姿に慌てたユウヒは、へたり込む少女に目線を合わせる為に石畳の地面に膝を着くと、両手も地面につけながら首を横に振り食べないを連呼する。ここまで慌てる姿を見たら逆に怪しく見えそうであるが、少女は涙でぬれた顔を僅かに上げると、ユウヒの必死な瞳を見詰め小さな声で呟く。
「ほんとほんと、嘘つかないよ俺?」
「・・・・・・」
目の前の少女が少し心を開いたことに勝機を見出したユウヒは、その低姿勢のまま全力で頷くと引き攣った笑みを浮かべる。
「・・・(俺って見た目怖いのかな?)」
しかし、なぜか後ずさる少女の姿に、ユウヒは自分の容姿に自信を無くすのであった。
そんな少女が、なぜこれほど驚いたのか、それは魔族の中では有名なとある御伽話が関係していたりする。
「魔族のおとぎ話?」
「まぁ小話の様なものですね」
その御伽話については、同じころ丁度ハラリアの集会所の一室で話されていた。布団にすっぽり包まれた状態で、各々円になる様に顔を突き合わせる姿は、修学旅行やお泊り会で行う夜の語り合いの様相を呈している。
「夜に中々寝ない子に話す話しにゃ」
布団から顔だけ出したパフェが、不思議そうに首を傾げる姿を見て微笑むエルフの女性、パフェと同じ姿勢ですっぽりと布団に包まったネムは、彼女の言葉を引き継ぎどんな話なのか簡単に説明していた。
「あぁよくあるやつか・・・で、なんで俺までここに居るの? もう寝たいんだけど」
そんなネムの正面には、女性達に混ざってクマの姿があるのだが、その表情は不満に満ちており、その体は布団で簀巻きにされている。どうやら二人の異世界女性から苦笑を浮かべられるクマは、とある荒っぽい女性二人によって寝室から拉致されてきたようだ。
「仲間外れにしたら可哀そうだろ?」
そんな不平不満が顔から滲みだしてきそうなクマに、荒っぽい女性その壱であるパフェは当然と言った表情で首を傾げて見せる。
「あなたタチ女性、オレ男・・・どぅーゆーあんだすたん?」
「あんた発音悪いわね、駅前留学してきたら?」
パフェの言葉に上げていた顔をかくりと落としたクマは、再度顔を上げるとなぜか片言の言葉で一般的な考えについて理解を求めるが、その求めは荒っぽい女性その弐によるわざとらしい話題転換によって逸らされてしまう。
「駅前りゅぅ? て何ですか?」
「昔流行った英会話教室の事よぉ」
「ごふっ・・・」
しかしそんな彼女の嫌がらせは、悪気のない隣からの会話でブーメランのように自分に返ってくると、世代格差と言う越えられない壁となりリンゴを押しつぶし、心に深い衝撃を受けた彼女は血を吐くような声を洩らすと布団に沈む。
「華麗に自爆しやがって・・・」
目の前で流れる様に自爆する友人の姿を、からっからに乾ききった目で見詰めるクマは、小さく溜息を吐くと簀巻きを解除して布団から腕を出しながら楽な体勢を整える。
「で? どんな話なんだ?」
逃げることを諦め聞く姿勢を整えたクマに、ニコニコとした満足げな表情で頷いたパフェは、視線をネムに向けると話の先を促す。
「夜遅くまで起きてた少女が庭先で月を眺めていたら、突然空から現れた魔王に連れ去られてしまう御話にゃ」
「怖いのかそれは?」
地球でも、夜中遅くまで遊ぶ子供を注意する為の御伽話は世界各地に存在し、それはこの世界でも同じであるらしく、魔王領では夜遅くまで起きていると空から魔王が現れるのが定番であるようだ。子供の時分に親から聞かされたならば恐ろしいのかもしれないが、大人な上にいろいろと鈍いパフェは、今一つネムの説明からは恐怖を感じられ無いのか首を傾げる。
「最終的に少女が死んでしまうので、子供には恐ろしいのでしょう」
「実話ってところが余計に怖いのにゃ」
しかしこの御伽話が怖い所は、連れ去られる所ではなく結果的に連れ去られた少女が死んでしまうバッドエンドな内容と、それが魔王領で実際に起きた話を元にしているところなのだった。
「実話・・・」
それまで興味半分眠気半分と言った表情で聞いていたルカは、現代日本のマイルドな御伽話と違う異世界の御伽話に顔を僅かに顰め、さらには実話だと聞くと肩を震わせ、頭から被る布団を持つ手に思わず力が籠る。
「昔は連れ去りとかよくあったらしいにゃ」
「特に初代魔王の悪評は酷くて、多数の生娘が連れ去られて生贄にされたとか・・・まぁ、当時私は生まれてませんでしたから聞いた話ですけど」
ネムとエルフ女性によると昔の魔王領、特に初代魔王の治世において連れ去りは良く有った事実であるらしく、数えられないほどの生娘が生贄に捧げられたのだと言う。しかしそれも相当昔の話であるらしく、見た目で年齢の分からないエルフの女性はどこか懐かしむような表情を浮かべると、聞いた話で合って当時はまだ生れていなかったと語る。
「・・・(当時はまだ?ってことは当時を詳しく知る人物に・・・それでも相当、いやこれ以上は危険だな)」
「ルカちゃん大丈夫か?」
「あ、はい・・・今は大丈夫なんですか?」
懐かしむような表情を浮かべるエルフ女性を、地雷原に身を投げる様な質問を飲み込んだクマが見詰める中、青い顔で震えるルカはメロンに肩を抱かれ、肩を僅かに躍らせ苦笑いを浮かべると不安そうな声でネムに今は大丈夫なのか問いかけた。
「昔の話しにゃ・・・と言えないのがにゃぁ」
不安そうなルカの表情にネムは明るい声で応えようとするのだが、その表情はすぐに微妙なものに変わり、感情に合わせて萎れた耳を撫でつけながら困った様に笑うネム。
「少し前までは良かったんですが、今の魔王領は何かと荒れてるので」
ネムに向けていた視線をエルフ女性にも向けるルカに、彼女は困った様に微笑むと現状の魔王領は荒れていると呟き、細い指で自らの頬を軽く押さえると首を傾げる。
「お兄ちゃん・・・」
「ユウヒならだいじょうぶじゃないかにゃ? むしろ襲った側がどうなるか・・・」
「だな・・・」
兄が向かった魔王領についての話の延長線上で、その国が荒れていると知ってしまったルカは、心底不安そうな表情を浮かべ顔を俯かせてしまう。しかし彼女と違って、周囲の大人達やネムはあまり心配していないようで、むしろ襲った側の心配をする始末。
そんな周囲に不満気な表情を浮かべルカであったが、
「むしろユウヒが美少女襲ってたりしてねぇ」
『!?』
リンゴの茶化す様な言葉を耳にすると不満を零そうと開いた口を硬直させ目を見開き、また周囲の女性陣もそれぞれの表情で動きを止める。
「・・・・・・(いやいやユウヒに限ってそりゃ・・・いやでもフラグ建築は一級だからなぁ、別の可能性はあり得るのか? ・・・うん黙っておこう、今のこいつらには刺激が強すぎる)」
単純に心配な者や否定したくても否定できない者が動きを止める中、クマは心の中でその可能性を否定しつつ、しかし何かの拍子に妙なフラグは建てそうだと考えながら、しかしこの思考も地雷だろうなと一人無言で頷くと、言葉を飲み込み布団に包まるのであった。
一方、美少女を襲ってはいないが驚かせてしまったユウヒはと言うと、
「・・・あなたはなにも見てない」
「おう」
涙目で睨むように見上げてくる美少女の言葉に頷き、肯定の意を示し続けていた。
「私もびっくりなんてしてない」
「してないしてない」
ユウヒの声掛けにより何とか正気を取り戻した少女は、困った様に笑うユウヒの見たものを上書き消去するように彼と自分に言い聞かせ、その説明にユウヒは全力で空気を読み頷き続けているようだ。
「・・・うぅ」
「あぁ・・・ほんとすまない」
しかし、いくら暗示の如く言い聞かせても現実が変わると言う事は無く、先ほどまでの醜態を思い出した少女は、ユウヒの苦笑いを見上げる目に涙を滲ませると、何度目かになるユウヒの謝罪に目を擦って涙を無かったことにする。
「そ、それで? 貴方は何者ですか、このような禁裏の奥にまで入って来て」
困った様に頭を掻くユウヒに、少女は姿勢を正すと威厳を感じる声で誰何を口にし、その姿勢と声により目にも覇気が戻り始め、背筋を伸ばしユウヒに問いかける立ち居振る舞いからは、彼女が見た目通りの精神年齢では無い事を感じさせた。
「きんり? その辺はよくわからないけど、世界樹を目指して森から来ましたユウヒと言います」
彼女の訝しむような不満の声が今一理解できなかったユウヒであるが、頭を掻きながら背筋を伸ばすと、自己紹介と共に柔らかな笑みで頭を小さく下げる。
「世界樹を? 森から?」
禁裏と言うのは、みだりに立ち入ってはいけない場所を差す言葉である。そんな場所に佇んでいた只者ではないであろう少女は、世界樹を目指して来たと話すユウヒが、さらに森から来たと言う事に驚き思わず目を見開く。
「ええっと、たぶん偉い人なんでしょうけどそちらは?」
「あ・・・私は、マニリオーネ・デル・デュロセリニア。前魔王の娘でこの城の主よ」
自分の用件を話そうとするユウヒであったが、驚いた表情でじっと見上げてくる少女が何者か分からない不安に眉を寄せると、申し訳なさそうに何者なのか問いかける。そんなユウヒの様子に慌てて表情を戻した少女は、一歩下がると右手でスカート摘まみ少しだけ上げると名を告げた。
「おお、予想以上にお偉いさんだった・・・」
彼女の名前は、マニリオーネ・デル・デュロセリニアと言い、魔王不在の現在では魔王領で最も身分の高い女性である。彼女の身分について詳しくわからないユウヒであっても、その名乗りを聞けば偉い人であることは分かるらしく、笑みを引き攣らせると自分の行動を心底後悔するのであった。
「・・・別に偉くなんてないわよ。それで? 王族しか入れない世界樹の最奥に入って来た理由を聞かせてもらえるのかしら?」
ユウヒの言葉にどこか影のある顔で呟いたマニリオーネは、すぐに顔を上げると気の強そうな表情を浮かべ、王族しか入れない場所だと言うこの場に現れた理由を問い質す。
「まぁ、出来れば平和的にここまで来たかったわけだし、それは話すけど・・・」
後悔が胃を責めたてている様な気がするユウヒは、きつい視線で睨まれ引き攣った笑みを浮かべると、心配そうに周囲を漂う精霊達を気にしつつも、背後に猛る子熊の様なオーラを背負ったマニリオーネから視線を外さない様気を付けながら口を開く。
「・・・平和的? とても平和的な考えをする者には・・・見えない事もないかしら?」
「なにそれ?」
平和と言う言葉を口にするユウヒに対して、視線をより鋭く細め睨んだマニリオーネは、とてもそんな言葉が口から出てくる様な人間には見えない。そう言いたかったのだが、ユウヒをじっと見つめた彼女は、険のあった顔から困った様に力を抜くと、否定できないと首を傾げ、思わず身構えていたユウヒはその言葉に肩を落としホッとしながらも、困惑した表情を浮かべる。
「そんなに精霊から守られてる奴なんて見たことないもの・・・変なことしたら叫んで助けを呼ぼうと思ったけど、なんだか毒気が抜かれたわ」
「勘弁してください、社会的に死んでしまいます」
何故なら、悲鳴を上げて人を呼ぼうと思っていたと言う彼女の言葉に震え上がるユウヒの周囲には、世界樹の広場のあちこちから集まって来た綿毛のような樹の精霊が寄り添っており、まるでマニリオーネからユウヒを守るように彼女との間に頼りない壁を作っていたのだ。
「なんだか自分が情けなくなってくるわ・・・」
険の無くなった目で見詰められるユウヒは困った様に苦笑を浮かべると、自分を守ってくれていた精霊達に手を差し述べながらお礼を口にする。その姿には彼女が恐怖するような何かは無く、覇気や脅威を全く感じないユウヒの姿に肩を落としたマニリオーネは、疲れた様に小さく呟く。
「ん?」
「何でもない、それで何しに来たの?」
静かな場所故に彼女の呟く声はユウヒの耳にも届き、しかし内容までわからなかった彼は、小さな精霊を侍らせたまま首を傾げる。そんなユウヒに軽く頭を振ったマニリオーネは、背筋を伸ばすと本題に戻り何しに来たのかと、先ほどとは違う落ち着いた声で問いかけた。
「あっとそうだったな。実は、森に居る世界樹の精霊の母樹から頼まれて、世界最古の世界樹の様子を見に来たんだけど」
「様子・・・」
いつもに輪をかけて気の抜けていたユウヒは、問いかけに背筋を伸ばすとここに来た理由を話し始める。しかしその言葉を聞いた瞬間、彼女の視線は自然と目の前の世界樹へと移り、その顔は悲しげな表情で歪められた。
「あとは出来る限り手を尽くしてほしいと言う事なので、封印の解除と出来うる限りの治療をほどこそうかなぁと・・・」
説明を続けるユウヒであったが、今にも泣きだしそうな悲しみに満ちた表情を浮かべ、枯れた世界樹を見つめ続けるマニリオーネの姿にいたたまれない気持ちになったのか、ここに来た目的を告げる彼の言葉は先細り、説明を終えた後も顔は困った様な笑みを張り付けたままになってしまう。
「・・・無理よ」
説明を終えたユウヒの周りを精霊達が舞う静寂の時間が僅かに続き、無言に耐えられなくなってきたユウヒの耳に、うつむきがちになっていた視線をユウヒに戻したマニリオーネの小さな呟きが届く。
「無理?」
それは先ほどの呟き声と違い不思議とユウヒの耳によく聞こえ、その諦めの様な感情で言い聞かせるように呟かれた言葉を聞いたユウヒは、僅かに目を細めると問い返す様に呟いた。
「今まで何人もの術者が封印の解除に試みたけど、大半が死んでしまったわ」
「死んで・・・」
ユウヒの問い返すような声に、彼を見詰め返したマニリオーネは感情を押し殺したような声で話し出す。その言葉の無機質さと、対照的に様々な感情がごちゃ混ぜになった彼女の瞳に、ユウヒはその美しい見た目に似つかわしくない空気を漂わせる少女を只々見詰め返す。
「勇者が刺した聖剣とやらを触っただけで死んだ。灰になった者もいるわ・・・もう無理なのよ」
手を伸ばせば届くような目の前で、小さな体に様々な感情を押し込め無理やり平静を装う少女の姿に、ユウヒは胸を締め付けられる様な感覚を覚え、死を口にする度に揺れる彼女の瞳を見詰める彼の目には、いつもとは違う真剣な色が宿る。
「せいけん・・・」
話すうちに俯いて行くマニリオーネの言葉に目を細めたユウヒは、訝し気に呟くと彼女に背を向け世界樹、より正確には世界樹の幹に深く突き刺さった両刃の剣に向かって歩き出す。
「・・・ちょっと、話聞いてたの!? 死ぬのよ!?」
歩き出したユウヒに気が付いたマニリオーネは顔を上げると、聖剣に向かって歩く後ろ姿に目を見開き慌ててユウヒを呼び止める。その声はユウヒを本気で心配してのものであり、また目の前で何度となく繰り返された死を見ることに対する恐怖も混ざっていた。
「んー、でも貴方は世界樹に復活してほしいのでしょ?」
「それは・・・そうだけど、でも」
しかしそんな彼女に振り返ったユウヒの顔には一切の恐怖は無く、彼の言葉を耳にしたマニリオーネは苦しそうな表情を浮かべると、世界樹復活の為に散っていった犠牲者を思い出したのか自然と俯いてしまう。
「母樹にも頼まれたし、この世界の復興は俺の目的でもあるわけで・・・さらに君みたいな美少女の願いでもあると言うのならば。今更尻込みする必要は、ないだろ? なーんてねぇ」
「・・・何言ってんのよ、そんな風に笑って」
後ろを少し振り向いたまま立ち止まったユウヒは、少しおどけた様な声と笑みで母樹に頼まれ、個人的な目的の為にも世界樹の復活は決定事項であると話し、その上現状が目の前の美少女を困らせているのであれば尚更だと言って首を傾げると、自分のセリフの臭さに苦笑を漏らす。
「と言うわけで、ちょっと見させてもらうわ」
「・・・もし、これで世界樹が救われたら、私が救われたら。まるで御伽噺の勇者みたいじゃない・・・」
悲しみに暮れ一人落ち込んでいたお姫様の前に突然現れ、彼女の心を救う言って臆する事無く死に向かって歩く。まるで御伽噺の勇者の様なユウヒの姿、そしてその勇気や自信に溢れた優し気な笑みを見送ったマニリオーネは、その場に立ち尽くしか細い声で呟いた。
彼女に一声かけたユウヒは、片手を上げて周囲の精霊達に離れている様に語り掛けると、魔法の光を周囲に浮かべながら聖剣と呼ばれる剣に自然な足取りで歩み寄るのであった。
どうやらユウヒは美少女を襲うことは無かったが、クマが予想した通り順当にフラグを建ててはいる様だ。ユウヒと付き合いの長い友人たちは揃ってこう語る、普段は覇気の無い顔をしているくせに、不意に見せるやる気に満ちた笑みは無駄にかっこいいのだと。
いかがでしたでしょうか?
少女を驚かし泣かれ、さらに妙なフラグを建てたユウヒ、彼は無事目的を達成できるのか? それとも立てたフラグを回収するのか? それはまた次回をお楽しみに。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




