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ワールズダスト ~現世に現れし黒き森~  作者: Hekuto
エピローグ

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第三百五十三話 用法容量を間違った人々

修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。



『用法容量を間違った人々』



 石木が明華とユウヒの今後について話した翌日、とある国家公務員二人が休憩室でタバコをふかしていた。


「先輩切られましたね……」


 疲れた表情の男性は、先輩が切られたと言って口から煙を重々しく吐き出すと、目の前で新しいタバコに火をつける愚痴の多そうな男性を見上げる。


「言っただろ? 切られるのはこっちだって」


「そっすね」


 力なくパイプ椅子に座りタバコの煙を吐き出す後輩を見下ろす男性は、切られたと言う人物の顔を思い出し肩を竦めると、言った通りだろとタバコを振って見せ、その言動に後輩男性はまた肩を落としてタバコの煙を吸い込む。


「大体だな異世界専門家ってのは英雄様だ、そんな人間を顎で使ってしっぺ返しが来ない方がおかしいんだよ」


「英雄ですか、やっぱ本当なんですね」


 後輩男性の先輩であり愚痴の多そうな男性の同僚である男性は、無理なスケジュールによりユウヒを怒らせた結果左遷されたらしく、その事で後輩は落ち込んでいるようだがそれも当然だと話し始める男性。世界を救った英雄に真面な休みも与えず扱き使えば起きて然るべき結果であり、その事に対していくら不満を述べたところで非がある側は変わらない。


「信じざるを得んだろ? 地球どころか宇宙全体、その外の世界まで救ったなんて信用できないかもしれんが、みんな一緒に神の声を聞いたんだ。俺なんて色々怖くなって休みの日に田舎の墓を磨きに行ったぜ」


 様々な疑惑の目で見られる神の声と言われる現象によって広まったユウヒの名前とその実績、集団幻覚や日本の音響兵器だといった意見も出る中、大半の人間はその声に畏れを感じており、愚痴の多い男性も身近に超常の存在を感じた影響からしばらく行っていない墓参りを行ったようだ。


「あ、わかります! 俺も近所の神社にお参りしに行ったっす! そしたら良い事あったんですよ」


「マジか、その話を詳しく」


 また後輩男性に至ってはそれほど信心深いわけでもなかったようだが、畏れと気紛れから神社を訪れ参拝してすぐに幸運を掴んだらしく、何も無いなら別だが良い事があるとわかれば率先して行動したくなるのが人間と言うもの、愚痴の多い男性は興味深そうに目を細めると詳しい話を後輩に問い質すのであった。





 ユウヒの行動が政府の役人の首を切り、その人事に小さくない影響を与える一方で、異世界出身者たちにも強い影響を与えていた。


「こんなことになるとは……」


「精霊様は何と?」


「旅立ちの日が近いからと、怒ってはいないそうです」


 ユウヒが急遽異世界難民たちとの面会を全て断った事は関係者から一気に広まり、何が起きたのか分からない彼ら異世界からの難民たちはその究明方法を精霊との対話に求め、希少な術や供物や人材に頼り知ることとなった内容に、集まった各部族の代表は顔を顰める。


「我らの星見も怒りは感じないと、ただ疲れている様だと」


 彼らの力だけで集めた情報だとユウヒが怒って去ったと言う話があり、思う所のあった難民全体に不安が広がっていたようだが、精霊のお告げによってその怒りの矛先が自分たちではないとわかり安心するとともに、恩人を疲弊させたと言う事実を伝えられ表情を暗くする様々な種族の者達。


「救ってもらっておいて疲弊させるだけとは、早く自立する必要があると言う事か」


「例の話をもう一歩前進させましょう。猶予は無いと思って行動せねば」


 ユウヒを困らせる為に彼との面会を求めていたわけではない異世界の者達。魔法や精霊、また各種族の特徴や性質などを金色の目で見通し、そこから最良の選択を伝え時に精霊に協力を要請できるユウヒの問題解決能力を前に日本政府では足元にも及ばない。それ故に彼ら異世界の者達も日本政府同様に頼り過ぎたのである。


「しかし、新たな地の開拓に小さき者達が付いてこれるか……」


「そこをガイコウカンと交渉するのでしょう」


「ワシは所詮ただの村長ぞ?」


 誰かに頼らないで自立する事、それは言うに易く行うに難しい。しかし事ここに至っては甘い事を言っているわけにも行かず、この場で交渉担当となっている老人に視線が集まるも彼は歳が一番上と言うだけの村長であった。とても国との交渉で知恵が回るとは言えない。


「協力が大事ですね……巫女職の多い部族と王族の居る部族に協力してもらわねばありませんね」


「それがいいな」


 異世界難民が日本に集まる中、自然といくつかの派閥が形成され、それは状況や規模、種族や社会的地位などで自然と別れ集まって行った。そんな中で彼らは小さな部族や村の出身たちで集まった者達であり、難民となる前から社会の下位に属していた為、交渉と言うもの事態が苦手のようである。





 社会的地位が低い者達が決意を新たに動き出す一方で、より詳細な情報を精霊から教えてもらえるシャーマンや巫女などと言った者達は、精霊の言葉に耳を傾けその顔色を他より悪くしていた。


「ユウヒの旅立ちが近い……もうしばらく会えなくなる」


「なんと、いったい何処に?」


 その理由はユウヒの旅立ち、それによりしばらくの間一切の音信が不通となると言う事を少し機嫌の悪い精霊から聴かされたからだ。


「遠い異世界の様で、精霊様も寂しがっているが止める気もないようだ」


「何故です? かなり気に入られていると思ったのですが、もう夫にされるくらいには」


 機嫌の悪い精霊との交信は巫女たちにとって負担となり最悪気を失いかねない、それでもユウヒにロシアの地から助け出されたジュオ族の姫巫女が気を失わなかったのは、精霊が寂しがっているだけで荒ぶっていなかったからだ。どうやら精霊もユウヒの旅立ちには理解を示している様で、寧ろ姫巫女の付き人である老ジュオ族男性の方が信じられない様子であった。


「無理よ、精霊では怒ったユウヒに勝てないもの」


「……そんな馬鹿な」


 姫巫女の住んでいた世界では時折精霊に気に入られた者がその伴侶となることがあったようで、お付きのジュオ族男性にとっては未だそうなっていない事の方が不思議な様子で、その理由を聞かされた彼はあまりの驚きに狭まった喉から絞り出す様に声を漏らす。


「精霊様がそう言ってる。あとなんだかずっと『ショス』と言っていたけど、何かやることがあるんだと思う」


「うむむ、我々では計り知れない何かがあるのですな……」


 精霊自信がユウヒに勝てないと言っている事に姫巫女も男性も、また周囲で待機する侍女たちも驚き様々な表情を浮かべる中、精霊達はユウヒの旅立ちにエールを送り悲しみ、そして何やら不穏な計画を立てていそうである。





 日本へと集中した異世界の難民がユウヒの行動に戦々恐々とし、それぞれに対応の為動きを見せている一方で、情報が遅れに遅れたアメリカのトップは、予想を上回る事態の悪化に思わず手紙を片手に立ち上がり、勝手に震えだす手を力でねじ伏せようと体を強張らせていた。


「……何という事だ」


「何が書かれていたのですか?」


 普通の手段ではない明らかに異常な方法で窓から飛び込んできた手紙。某白い家の警備体制について上に下への大騒ぎになる中、楽しそうな表情で分厚い手紙の封を切った大統領は最後まで静かに呼んだものの結果今の様な状態に至り、補佐の人間の言葉に周囲は息を飲む。


「ヒーローがもうすぐ長期休暇に入るようだ。しかもこの世界から一時的に居なくなる……要は帰って来るまで何の依頼も出せない !!!?」


 分厚い封筒の中には複数の人物からの手紙が同封されており、それによると大統領がヒーローと呼んで憚らないユウヒが長期休暇に入り、同時に一切の連絡が付かなくなると言う事であった。詳しい内容も書かれていたがそれについて触れないアメリカのトップは、心の中で無能と蔑み、しかし自国の事を考えると笑えないと自傷気味な笑みを浮かべる。


「では、今頼んでいた件も?」


「無理だろうと言う事だ」


 魔力障害が緩和されているアメリカは、魔力の有効活用を目指しユウヒに対していくつもの依頼を送っていた。どれも期限を決めず出来る時で良いと言った内容であり、そのあたりからもアメリカがユウヒに気を使っている事が伺えるのだが、その依頼達成が全く予想できなくなってしまう事態は流石に問題であった。


「……」


「が!」


「え?」


 室内の空気が一気に重くなるがしかし、最後の手紙を手にした大統領は男臭く大きく顔の筋肉を動かす様な笑みを浮かべると大きな声で周囲の注目を集める。周囲から視線が注がれる場所には大柄な体で胸を張る大統領が嬉しそうに一枚の手紙を掲げて見せていた。


「例の無理難題については試作品を送ってくれるそうだ。どうやら彼はマッドサイエンティストの気質がある様だな、まさか試作とは言え作ってもらえるとは思っていなかったよ……」


「……まさか、対核防御装置の件ですか!? 不可能だと思っていたのですが」


 そこにはアメリカがユウヒに依頼を送った中でも特に無理難題と思われる装置の試作品が完成した旨と、その試作品だけは居なくなる前に送ると言う内容が書かれていた。大統領の鶴の一声によって送られた依頼であり、誰が聞いても絶対に無理だと言わしめた装置試作成功の報に対して最初に反応したのは大統領の近くのソファーに座っていた男性、大統領の前に副が付く立場にある彼の驚愕は周囲に伝播し驚きの声がざわめく様に広がる。


「ただ、まぁ……今後はあまり無茶な注文は入れるなと言われたそうだ」


「言われた? 本人からですか?」


 嬉しそうな笑みを輝かせていた大統領は、机の上に置かれた手紙を手にすると少し困った様に眉を寄せて鼻から溜息を洩らしながら残念そうに呟く。その呟きに引っかかった男性は不思議そうに問いかけ、大統領は代筆であろう英文で書かれたユウヒからの手紙に目を向ける。


「とある外交官の胸ポケットにいつの間にか日本語の手紙が入っていたらしい」


「手紙?」


 明らかに正式な手紙と違う封筒、そこに入れられた複数の手紙は誰かの手によって纏められ、ユウヒの依頼を受けた精霊の手によって大統領の下に届けられていた。その一連の流れについても手紙の中には書かれており、その事が笑みを浮かべる大統領の心臓を冷たく冷やす。


「中には、あまり周りを嗅ぎまわるなともな……忠告文だろうがなにか覚えはあるか?」


「……少し」


 代筆で書かれたユウヒからの手紙、そして外交官の胸ポケットに入れられていたと言う手紙に共通するのは赤い狐のマーク。知る人が見れば誰からのメッセージかすぐにわかるそれを送られた人間は、大統領と同じような気持ちになるであろうし、その手紙が誰にも気付かれずに突然直接後頭部に叩きつけられた彼の心情はどれだけ震えているであろうか。


「すぐに引き上げろ、彼とのラインを切りたくないし敵対など以ての外だ。ああ言うタイプはほどほどの距離で付き合うのが一番だよ、距離感を見誤れば我々が気を付けるより前に切られてしまう」


 それまでの上機嫌な表情が嘘のように消え、冷たく鋭い表情を浮かべた大統領は副大統領に向けて鋭く命令する。適度な距離で良好な関係を継続しようと考えていた大統領の思惑を無視する様な行為が行われていた。その結果が今目の前に示された危険な知らせである。


 机の上に広げられた手紙の束に含められた、何時でもお前を殺せるぞと言う意思に嫌な汗を流す大統領。彼の言葉に震えない人間はこの場にいない、その日からアメリカの上層部はよりユウヒとその周辺に気を使い、また新しく変わった世界への対応を加速させていくのであった。





 突然の警告に白い家の中で戦慄が走っている一方、その手紙を送った家ではユウヒの部屋の窓が勢いよく開け放たれていた。


「ただいま!」


「送って来たよ!」


「ほめてほめて!」


 一年で一番寒い時期に差し掛かったユウヒの部屋の窓は、夏と違いしっかりと締め切ってあったが精霊にはそんなこと関係なく、クレセント錠を外から外した精霊達は達成感に満ちた声で部屋に突入してくる。さらに言ってしまえば、精霊は窓を開けることなく部屋に入ってこれるのだが、たぶん彼女たちに聞いても気分と言う奔放な返答が返ってくるだけであろう。


「ん? おかえり、すごく早かったな?」


 そんな精霊の来訪に目を丸くしたユウヒは、落ち着いた声で労いながら彼女達のあまりに早い依頼遂行に心底驚いた声で呟く。


「風の精霊だからね!」


 何せ彼が彼女たち風の精霊に手紙の配達をお願いしたのは小一時間前、電子メールなら一瞬であろうが手紙にこだわった明華の指示によって送られることとなった手紙が送り届けられるにはあまりに早い。往復で小一時間、そんな速度で届く紙の手紙など人類にとっては前代未聞であろう。


「えらいえらい……ところで、悪戯してないよね?」


「スゥー…………」


「シ、シテナイヨー」


 そんな驚きに目を見開きながらも、いつもの様にじゃれついてくる精霊の頭を撫でるユウヒは、彼女達の輝かんばかりの笑みに何か黒いものを一瞬だけ感じ、そっとその頭を掴むと小首を傾げながら問いかける。悪戯はしなかったかと……。


「……はぁ、そんな気はしてた。怪我とかさせてないよな?」


 返ってくるのは明らかにバツの悪そうな表情と誤魔化す為に無理に出して震える声、どうやら大統領を筆頭に白い家の人々を震わせた後頭部への一撃は、本来なら予定になかった事態であるらしく、一抹の不安をため息とともに吐き出すユウヒは、精霊の頭から手を離すとジト目で問いかける。


「それは大丈夫!」


 口元に笑みを浮かべて問いかけるユウヒに元気よく大丈夫だと答える風の精霊、偽りなき眼に見せかけるキラキラ光る単色の瞳は、ユウヒの不安定な笑みを前に不安で揺れ出す。


「大丈夫だよ! ちょっと後頭部に衝撃が入るぐらいだから!」


「あ!? ばか!」


「ほう?」


 今にも泣きそうな仲間を守るために横から現れた精霊は大きな声を上げるも、明らかにその言葉は選択ミスである。知らせるつもりのなかった情報を洩らしてしまった風の精霊は思わず自分の口を押え、彼女の頭を叩いた風の精霊はユウヒの呟く声に身を震わせた。


 その後、窓の外から色とりどりな精霊が震えながら室内の様子を窺う中、風の精霊達はテーブルの上で正座したまま小一時間ほどユウヒから説教をくらう事になるのであった。ただ、その後はいつもの調子に戻ったユウヒに甘やかされ、その緩急は精霊達のさらなる依存に繋がるのだが、それはまた別の話である



 いかがでしたでしょうか?


 日本に住む異世界人が大騒ぎになり政府で大きな人事の動きが発生し、アメリカでは大統領の頭が襲撃を受ける。彼の判断一つでここまで揺れる世界は果たしてどんな変化を起こすのか、それはまた先の話……。


読了ブクマ評価感想に感謝しつつ求めつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー

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