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世界を創った神ですが、悩める客にラーメンを出していたら世界を救うことになりました。  作者: 霜月 羽流


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16/20

16杯目 座敷わらしは恩を返したい


路地裏に秋風が吹いていた。

木々は少しずつ色づき始め、提灯の明かりもどこか柔らかく見える。

屋台では、店主が一人でスープをかき混ぜていた。

ぐつぐつと煮える鍋。立ち上る湯気。

その湯気をぼんやり眺めながら、店主は小さく笑う。

「秋か……。」

その時だった。

「おにーちゃーーん!!」

元気いっぱいの声が路地裏いっぱいに響く。

店主は苦笑する。

「その呼び方するのは一人しかいねぇな。」

暖簾を勢いよくくぐってきたのは、小さな少女だった。

黒髪のおかっぱ頭、赤い着物、胸には小さな鈴。

第一話で店主に助けられた座敷童だった。

「久しぶり!」

少女は勢いよく飛びつく。

店主は慣れた様子で受け止めた。

「危ねぇ危ねぇ。」

「へへ。」

「元気だったか?」

「もちろん!」

少女は満面の笑みを浮かべる。

「お兄ちゃんは?」

「見ての通り。」

「元気そう!」

店主は笑って頷く。

「まあな。」

しかし、その返事を聞いた座敷童は少しだけ首を傾げた。

(……なんだろ。前と少し違う。)

胸の奥に、小さな違和感が残る。

「どうした?」

「ううん!」

少女はすぐ笑顔を作る。

「今日はね!相談じゃないの!」

「ほう?」

「ラーメン食べに来た!」

店主は思わず吹き出した。

「それだけか。」

「それだけじゃないもん!」

少女は頬を膨らませる。

「ちゃんとお金も持ってきた!」

小さな巾着袋を取り出し、自慢げに机へ置く。

中からは数枚の硬貨が転がった。

店主はそれを見ると、優しく巾着を少女へ返す。

「いらねぇ。」

「えぇ?」

「恩人だから?」

「違う、常連だからだ。」

少女は嬉しそうに笑った。

「じゃあ、もっと来る!」

「ほどほどにな。」

店主は笑いながら鍋へ向かう。

「今日は何食べたい?」

「味噌!」

「即答か。」

「だって美味しいもん!」

「分かった。」

店主は味噌を丁寧に溶かしていく。豚肉を炒め、玉ねぎともやしを加える。

香ばしい香りが屋台いっぱいに広がる。最後にたっぷりのコーンとバターを乗せた。

「ほら。特製味噌ラーメン。」

「わぁぁ!」

座敷童は目を輝かせる。

「いただきます!」

勢いよく麺をすすり始める。

「おいしい!やっぱり世界一!」

「世界一は言い過ぎだ。」

「ほんとだもん!」

頬いっぱいにラーメンを頬張る姿に、店主は自然と笑みを浮かべる。

やがて少女は最後の一滴まで飲み干した。

「ごちそうさま!」

店主は空になった丼を受け取る。

「今日は相談じゃないって言ってたな。」

「うん。」

少女は笑顔で頷いた。

しかし、その笑顔はすぐ曇る。

「でもね……。」

店主は黙って続きを待つ。

「最近、お家が静かなの。」

「静か?」

「うん。」

「前は家族が笑ってた。毎日賑やかだった。でも最近は…お父さんとお母さんが喧嘩ばっかり。」

少女は俯く。

「わたしは座敷わらしだから…幸せを運ぶ妖怪なのに。全然役に立たない。毎日頑張ってるのにどうして笑ってくれないのかな。」

店主は静かにお茶を注ぎ、少女の前へ置いた。

「……飲め。」

少女は小さく頷く。

「ありがとう。」

温かいお茶を飲みながら、小さく息をついた。

店主は空になった丼を少女の前へ置く。

「じゃあ。見てみるか。」

少女は静かに頷いた。

「うん。」

黄金色のスープに、小さな波紋が広がる。

やがて映し出されたのは、少女が暮らす古い日本家屋だった。

しかし、その家には思いもよらない真実が隠されていた――。

黄金色のスープに、小さな波紋が静かに広がっていく。

座敷童は息を潜めながら、丼の中を覗き込んだ。

やがて水面に、一軒の古い日本家屋が映し出される。

そこは、今座敷童が暮らしている家だった。


━━夕暮れ。

仕事から帰ってきた父親が、玄関の扉を静かに開ける。

「ただいま。」

しかし返事はない。

少し遅れて母親が台所から顔を出す。

「……おかえり。」

二人とも笑ってはいる。

けれど、その笑顔はどこかぎこちなかった。

食卓には湯気の立つ料理が並んでいる。

それでも会話はほとんどない。

箸の音だけが部屋に響いていた。

座敷童は悲しそうに呟く。

「やっぱり……仲良くない。」

景色は少し進む。

夜遅く。父親は一人、居間で家計簿を開いていた。

何度も電卓を叩き、大きなため息をつく。

「今月も厳しいな……。」

その声は誰にも聞こえないくらい小さい。

一方、母親は寝室で古びたアルバムを開いていた。

若い頃の二人の写真、笑顔で旅行をしている写真、子どもが生まれた日の写真。

母親はその写真を優しく撫でながら、小さく呟く。

「最近……ちゃんと笑えてないね。」

景色はまた変わる。


休日。

父親は仕事へ向かい、母親は近所へ買い物に出掛ける。

家には誰もいない。

座敷童だけが、ぽつんと廊下へ座っていた。

「わたしがいるのに……どうして幸せにならないの……。」

そう呟いた時だった。玄関の外から声が聞こえた。

「こんにちは。」

隣に住むおばあさんだった。

母親が笑顔で応える。

「こんにちは。」

「最近、大丈夫?」

「ええ。」

「主人も頑張ってますから。」

母親は笑っていた。

しかし、おばあさんが帰ると、その笑顔はすぐ消えてしまう。

「……ごめんね。」

誰に向けた言葉なのか分からなかった。

景色はさらに流れていく。

数日後。

父親は残業帰り、コンビニで缶コーヒーを買う。

財布の中を見て苦笑した。

「また今度にするか。」

本当は好きなお菓子も買いたかった。しかし棚へ戻した。

その頃、母親もスーパーで特売品ばかりを選んでいた。

「今日はこれで十分。」

そう言いながら、自分の好きな果物を買うのをやめる。

二人とも、お互いのために我慢していた。

それなのに――。

家へ帰ると、小さなことで口論になる。

「また無駄遣いしたの?」

「してない!」

「じゃあ何でお金が足りないの!」

「俺だって頑張ってる!」

怒鳴り合い。

沈黙。

そして、お互い別々の部屋へ入ってしまう。

座敷童は泣きそうな顔で見つめていた。

「わたし……何もできない……。」

その時だった。

玄関の隅に、小さな落書き帳が落ちている。

この家の幼い娘が描いた絵だった。

家族四人が手を繋ぎ、大きく笑っている。

その絵の下には、たどたどしい文字で書かれていた。

『またみんなでわらいたい』

その絵を最初に見つけたのは母親だった。母親はその場で立ち止まる。

「……。」

次に父親が帰宅し、同じ絵を見る。二人は言葉を失った。

その夜。

父親が静かに口を開く。

「ごめん。」

母親も涙ぐみながら答える。

「私も……ごめん。一人で抱え込んでた。」

「俺もだ。もっと話せばよかった。」

「うん。」

二人は久しぶりに向かい合って笑った。

派手ではない。

でも、確かに昔の笑顔だった。

それを見た座敷童は、大粒の涙を流しながら笑っていた━━


景色はそこでゆっくりと消えていく。

スープは静かに元の黄金色へ戻った。

座敷童は涙をぬぐいながら店主を見る。

「わたし……何もしてなかった。」

店主は首を横に振る。

「いや、してた。」

「え?」

「お前がいたからあの子は家族を描いた、幸せだった頃を覚えてた。だから、あの絵が生まれた。」

座敷童は目を丸くする。

「幸せってのはな。」

店主は湯呑みに温かいお茶を注ぎながら続ける。

「魔法みたいに降ってくるもんじゃねぇ毎日の小さな積み重ねだ。笑うこと、ありがとうって言うこと、ごめんって言えること、それを少しずつ積み重ねる。座敷わらしのお前はそのきっかけを作る存在なんだ。」

座敷童は静かに頷く。

「幸せを作るんじゃなくて……幸せに気付いてもらう。そういうことだ。」

店主は笑った。

座敷わらしも笑顔になる。

「帰ったら。もっと頑張る!」

「頑張りすぎるなよ。」

「え?」

「お前一人で家族を幸せにはできねぇ、家族が幸せになろうって思わなきゃ始まらない。」

座敷童は何度も頷いた。

「うん!見守る!」

「それで十分だ。」

しばらく沈黙が流れる。座敷わらしは、ふと店主の手元を見る。

丼を洗う手が、一瞬だけ淡く光った。その光は細かなひび割れのようにも見えた。

「……お兄ちゃん。」

店主は振り向く。

「ん?」

「今、手……。」

店主は慌てるように袖を引き、笑った。

「湯気でそう見えたんだろ。」

「でも……。」

「見間違いだ。」

いつもの笑顔。

だけど、どこか無理をしているように見えた。

座敷童は何も言えなくなる。胸の奥がざわつく。

第一話で初めて会った時、あの頃の店主は、もっと自然に笑っていた。

(……何か隠してる。)

そう思った瞬間だった。

店主は話を変えるように言った。

「そうだ今度来る時は、お前の家族が笑ってる話を聞かせてくれ。」

座敷童は笑顔を作る。

「うん!約束!」

「約束だ。」

店主は小指を差し出した。

座敷童も嬉しそうに小指を絡める。

「ゆびきりげんまん!」

二人は笑い合った。

その笑顔を見つめながら、店主は心の中で小さく呟く。

(……ごめんな。約束を守れるかは、分からねぇ。)

その言葉は誰にも届かなかった。

座敷わらしは何も知らないまま、大きく手を振って路地裏の向こうへ帰っていく。

「またね! お兄ちゃん!」

「ああ。またな。」

姿が見えなくなるまで見送ったあと、店主は静かに自分の手を見つめた。

袖の中には、先ほどよりも少しだけ広がった光のひびが刻まれている。

店主はそっと袖を下ろし、いつものように寸胴鍋の蓋を開けた。

立ち上る湯気は変わらず温かい。

その湯気を見つめながら、小さく笑う。

「……まだ、大丈夫だ。」

しかし、その笑顔の奥には、誰にも打ち明けられない疲れと覚悟が静かに隠されていた。

提灯は今夜も揺れ続ける。

まるで、近づきつつある大きな運命を知っているかのように。


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