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世界を創った神ですが、悩める客にラーメンを出していたら世界を救うことになりました。  作者: 霜月 羽流


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14/20

14杯目 平和の神様は争いを知らない


夜の路地裏に、涼しい風が吹き抜ける。

提灯の灯りが静かに揺れ、屋台からは醤油と鶏ガラの香ばしい匂いが漂っていた。

店主は寸胴鍋をかき混ぜながら、小さく鼻歌を歌っている。

「今日は暇だな。」

そう呟いた瞬間だった。

ドンッ!

「いったぁぁぁ!!」

屋台の柱に勢いよく頭をぶつける音が響いた。店主は思わず振り返る。

暖簾の向こうには、小さな少年が尻もちをついていた。

年は十歳くらい。真っ白な髪に、透き通るような青い瞳。

少し大きめの白い羽織を着ていて、頭には金色の輪のような光がぼんやり浮かんでいる。

「……。」

店主は少年を見て一言。

「痛そうだな。」

少年は頭を押さえながら涙目で頷く。

「うぅ……いたいです……。」

「まず立て。」

「はい……。」

少年は慌てて立ち上がるが、今度は椅子に足を引っ掛ける。

ガタン!

「わぁ!」

店主は咄嗟に腕を伸ばし、少年を支えた。

「危ねぇ。」

「す、すみません!」

「そんな慌てなくていい。」

少年は何度も頭を下げる。

「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」

店主は苦笑した。

「謝るのが仕事なのか?」

「ち、違います!」

少年は真っ赤になって首を振る。

「じゃあ座れ。」

「はい!」

少年は今度は慎重に椅子へ座った。

ぎこちない動きが、どこか小動物のようで微笑ましい。

店主はそんな様子を見ながら聞く。

「お前、人間じゃねぇな。」

少年は少し驚いたような顔をする。

「分かるんですか?」

「なんとなく。」

少年は少しだけ胸を張った。

「ぼく、神様です!」

店主は包丁を持つ手を止めることなく答えた。

「そうか。」

「……。」

少年は首を傾げた。

「驚かないんですか?」

「神様なんてたまに来る。」

「えぇぇ!?」

少年は大きく目を見開いた。

「そんなにいるんですか!?」

「まあな。」

「ここ、変わった客しか来ねぇし。」

少年は辺りをきょろきょろ見回した。

「すごい……ぼく、初めて屋台に来ました。」

「それは光栄だ。」

店主は鍋に麺を入れながら笑う。

「名前は?」

少年は姿勢を正した。

「平和の神です!」

「……そのまんまだな。」

「生まれたばかりなので!」

「なるほど。」

店主は納得したように頷く。

「まだ神様になって一年も経ってません!」

「新人か。」

「はい!」

少年は元気よく返事をした。

「今日は何しに来た?」

その質問に、少年の笑顔が少しだけ曇る。

「実は……ぼく、平和って何なのか分からないんです。」

店主は黙って続きを待つ。

「平和の神だから、みんなを平和にしなきゃいけない。でも、人間は喧嘩します、妖怪も争います、神様同士だって言い争います。ぼく、一生懸命止めるんです。でも誰も止まらない。」

少年は拳を握る。

「ぼく、神様なのに。何もできなくて。」

その声は今にも泣き出しそうだった。店主は少しだけ目を細める。

「なるほどな、まずは飯だ。」

「え?」

「腹減ってるだろ。」

「……はい。」

少年のお腹が、ぐぅぅぅ、と鳴いた。

二人とも思わず笑ってしまう。

「正直でいい。」

「は、恥ずかしいです……。」

店主は笑いながら寸胴鍋へ向き直る。

「今日は塩ラーメンだ。」

「どうしてですか?」

「平和ってのは派手じゃねぇ。でも、なくちゃ困る。」

塩も同じだ。素材を引き立てる一番難しい味なんだ。」

少年はその言葉を不思議そうに聞いていた。

店主は丁寧に麺を茹でる。透き通る黄金色の塩スープ。

低温調理した鶏チャーシュー、穂先メンマ、三つ葉。最後に柚子をほんの少し。

湯気と共に、優しい香りが広がる。

「ほら、お待ち。」

少年は目を輝かせる。

「わぁ……!きれい。」

両手を合わせる。

「いただきます!」

そっとスープを一口飲む。

その瞬間。

少年の表情がぱっと明るくなった。

「……おいしい。なんだか、安心する味です。」

店主は少しだけ笑う。

「そういうラーメンだからな。」

少年は夢中になって麺をすすり、気付けば最後の一滴まで飲み干していた。

「ごちそうさまでした!」

店主は空になった丼を受け取る。

「さて、本題だ。」

空になった丼を少年の前へ静かに置く。

「お前が本当に望む平和を強く思い浮かべてみろ。」

少年は小さく頷いた。

黄金色のスープに、ゆっくりと波紋が広がっていく。

やがて、その水面に一つの未来が映り始めた――。

黄金色のスープに、小さな波紋が幾重にも広がっていく。

少年は息を呑みながら、その水面を見つめていた。

やがて、静かに一つの世界が映し出される。

━━青く澄んだ空。

風は穏やかに吹き、鳥たちは楽しそうにさえずっている。

街には笑顔があふれ、怒鳴り声も泣き声も聞こえない。

「すごい……。」

少年は目を輝かせた。

「これが、ぼくの望んだ世界……。」

人々は互いに頭を下げ、道を譲り合い、誰も争わない。

店同士で値段を競うこともなく、学校では喧嘩も起きない。

妖怪たちも人間と仲良く暮らし、神々も静かに空からその様子を見守っていた。

「平和だ……。」

少年は嬉しそうに笑った。

しかし、その景色を見ていた店主は何も言わない。

やがて景色は少しずつ変わっていく。


一人の少年が絵を描いていた。

画用紙いっぱいに、真っ赤な空を描いている。

すると教師が近づき、優しく笑った。

「赤い空じゃなくて、青い空を描こうね。」

少年は何も言わず、赤い絵を消した。

今度は別の少女。

「将来は冒険家になりたい!」

そう笑って話す。

しかし周りの大人たちは穏やかな笑顔で言う。

「危ないことはやめよう。」

「平和に暮らす方が幸せだよ。」

少女は少し考えたあと、小さく頷いた。

「……うん。」

夢を口にすることは二度となかった。

景色はまた変わる。


若い職人が新しい道具を作ろうとしている。

しかし周囲は首を横に振る。

「今まで通りでいい。」

「変える必要はない。」

「失敗したら争いの原因になる。」

職人は工具を置き、静かに店を閉めた。

また景色が変わる。

子どもたちが遊んでいる。

鬼ごっこをしているが、誰も本気で走らない。

転ばないように。

ぶつからないように。

勝ち負けで揉めないように。

「楽しい?」

一人の子どもが尋ねる。

みんな同じ笑顔で答える。

「楽しいよ。」

その笑顔は、どこか作り物のようだった。


景色はさらに時を進める。

街は変わらない。十年経っても、百年経っても…何も変わらない。

誰も挑戦しない、誰も夢を追わない、誰も怒らない、誰も泣かない。

そして――

誰も心から笑わない、世界は静かだった。

あまりにも静かすぎた。そこで景色はゆっくりと消えていった━━


スープは元の黄金色へ戻る。

少年は丼を見つめたまま動けなかった。

「どうして……争いはないのに。どうして、あんなに寂しかったんだろう。」

店主は湯呑みにお茶を注ぎ、少年の前へ置く。

「飲め。」

少年は両手で湯呑みを持ち、一口飲んだ。温かさが胸の奥まで染み込んでいく。

店主は静かに話し始めた。

「お前さ、平和って何だと思う?」

少年は俯いたまま答える。

「争いがないこと……。」

店主は首を横に振った。

「半分正解。」

「半分……?」

「争いは悪いことばかりじゃねぇ。」

少年は驚いたように顔を上げる。

「え?」

「考え方が違うから、人は話し合う。譲れないものがあるから、ぶつかる。夢があるから、挑戦する。その途中で喧嘩になることだってある。」

少年は真剣に耳を傾ける。店主は続けた。

「でもな、ぶつかったあとに相手を理解しようとする、仲直りしようとする。それが平和だ。」

少年はその言葉を何度も心の中で繰り返した。

「平和は……争いがないことじゃない……。」

店主は静かに頷く。

「争わないように黙る世界は、平和じゃねぇ。言いたいことを言って、泣いて、笑って、ぶつかって。それでもまた一緒に歩こうって思える。そんな世界の方が、ずっと平和だ。」

少年の瞳に涙が浮かぶ。

「ぼく……みんなを喧嘩させないようにって、そればかり考えてました。だから止めようとしても、誰も笑ってくれなかったのか……。」

店主は少し笑う。

「止めるだけじゃ足りねぇ。」

「じゃあ、ぼくは何をすればいいんですか?」

店主はしばらく考え、穏やかに答えた。

「話を聞いてやれ。」

「えっ?」

「どっちが正しいか決めるんじゃない。どうして怒ったのか、何が悲しかったのか、その理由を聞いてやれ。そうすれば、自分たちで答えを見つけられる。」

少年は目を丸くする。

「ぼくが答えを出すんじゃない……。」

「ああ。平和を作るのは神様じゃねぇそこに生きる人たちだ。神様は、その手伝いをするだけでいい。」

その言葉を聞いた瞬間、少年の目から涙がこぼれ落ちた。

「そうだったんだ……ぼく、一人で世界を平和にしようとしてた。」

店主は笑いながら頭をかく。

「一人で世界なんて背負うもんじゃねぇ。重すぎる。」

少年は涙を拭い、少し照れくさそうに笑った。

「店主さん、ありがとうございます。おかげで、神様になれそうです。」

店主は首を傾げる。

「今も神様だろ。」

「あっ。」

少年は思わず吹き出した。

「そうでした!」

二人は声を上げて笑った。

その笑い声は、路地裏の静かな夜に優しく響いていく。

少年は立ち上がり、深く一礼した。

「ぼく、もっとたくさんの人の話を聞いてみます。そして、喧嘩を止めるんじゃなくて仲直りできるように見守ります。」

店主は満足そうに頷いた。

「それでいい。」

少年は暖簾をくぐり、夜の路地裏へ歩き出す。

数歩進んだところで振り返り、大きく手を振った。

「また来ます!」

「ああ。」

「今度はラーメンだけ食いにな。」

「はい!」

少年は笑顔で走り去っていった。

その後ろ姿を見送りながら、店主は空を見上げる。

「生まれたばかりなのに。案外、いい神様になるかもな。」

その瞬間、夜空を一筋の流れ星が静かに横切った。

店主はその光を見つめ、小さく微笑む。

「……平和ってのは願うだけじゃなく、育てるもんなんだろうな。」

そう呟くと、店主は新しいスープを鍋へ注ぎ足した。

黄金色の湯気は夜空へ昇り、今夜もまた、誰かの迷いを優しく包み込んでいくのだった。


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