第十五話「初バイト」
第十五話「初バイト」
土曜日。
まだ夕方前だというのに、
夜市には少しずつ人が集まり始めていた。
「お疲れー!」
渚が手を振る。
「お疲れ様」
小雪も軽く頭を下げた。
少し緊張している。
今日から。
福來炒飯での初バイトだった。
「よろしくお願いします」
屋台へ入ると、
大将が腕を組んで待っていた。
「よろしくな、小雪ちゃん」
少し照れくさそうに笑う。
「それじゃエプロン付けて、
まずはテーブルの準備からだ」
「はい」
小雪はすぐ返事をした。
テーブルを拭く。
箸を並べる。
レンゲを揃える。
調味料を補充する。
次に。
皿。
取り皿。
スープ碗。
紙ナプキン。
一つずつ確認する。
その姿を見ながら、
大将は少し驚いていた。
言われたことを、
一度で覚えていく。
厨房の隅には、
一枚の写真が飾られていた。
優しそうに笑う女性。
「大将、
女将さんの写真飾ったのね」
美鈴が声を掛ける。
「まあな」
大将は少し笑った。
「母ちゃんの顔が見えねぇと、
締まらなくていけねぇ」
「女将さんに見られてるみたいで、
こっちもヒヤヒヤするな」
海太が笑う。
「そうだろ」
大将も笑う。
「サボったらすぐ怒られそうだ」
小雪は写真を見る。
綺麗な人だった。
優しそうで。
でも。
どこか芯の強そうな顔をしている。
「この人が女将さん……」
小雪は小さく呟いた。
「よし」
大将はエプロンの紐を締め直した。
「開店だ」
数分後。
「大将ー!」
大きな声が響いた。
先日、
再開を楽しみにしていた常連客だった。
「サービス忘れんなよ!」
「おう、任せとけ」
大将は笑う。
「再開後のお客様第一号だ」
鍋を持ち上げる。
「大盛り、
トッピング全部サービスだ」
「さすが太っ腹!」
客が笑う。
そして。
小雪に気付いた。
「おや?」
「あれ、その子は?」
「おう、小雪ちゃん」
大将が声を掛ける。
「挨拶しな」
小雪は背筋を伸ばした。
「今日からお世話になります」
ぺこりと頭を下げる。
「冬城小雪です」
あまりにも丁寧だった。
客は少したじろぐ。
「あ、あぁどうも」
そして。
小雪と大将を見比べる。
「お孫さんかい?」
「なに言ってんだ」
大将が笑う。
「隣の渚ちゃんの友達だよ」
「そうかそうか」
客は嬉しそうに笑った。
「こんなべっぴんさんが来たら、
この店もますます繁盛だな!」
「そうこなくっちゃな!」
大将も上機嫌だった。
「よろしく頼むよ!」
少しずつ客が増えていく。
「炒飯一つ!」
「チャーシュー炒飯!」
「お会計!」
大将の声が響く。
「小雪ちゃん、
2番さんね!」
「はい!」
小雪は料理を運ぶ。
「チャーシュー炒飯お待たせしました」
「ありがとう」
「いえ」
ぺこり。
皿を下げる。
お茶を足す。
テーブルを拭く。
慣れないながらも、
一生懸命だった。
「小雪ちゃん、
テーブル片付けて」
「はい!」
「小雪ちゃん、
お会計」
「はい!」
「小雪ちゃん、
お茶補充して」
「はい!」
気付けば、走り回っていた。
「お姉ちゃん、
お冷ちょうだい」
「はい」
すぐにコップへ氷を入れる。
「ありがとうねぇ」
「いえ」
その様子を見ていた別の客が笑う。
「大将」
「なんだ」
「こんな真面目な子、
どこで見つけた?」
店内が笑う。
「見つけたんじゃねぇ」
大将が鍋を返しながら言う。
「ちゃんと面接したんだ」
「面接?」
常連客が吹き出した。
「この店にそんな大層なこと必要か!?」
「うるせぇよ」
また笑いが起きた。
その時。
年配の女性客が手招きする。
「お姉ちゃん」
「はい」
「高校生?」
「はい」
「可愛いわねぇ」
小雪は少し困る。
「そんなことないです」
「うちの孫の嫁にどう?」
店内が静かになる。
「おばちゃん」
大将が即座に突っ込む。
「まだ高校生だぞ」
一瞬の沈黙。
そして。
店中が笑った。
「そうだったねぇ!」
「気が早すぎるよ!」
渚まで笑っている。
気付けば。
初めて来たはずなのに。
小雪は自然と店の空気へ馴染み始めていた。
厨房からその様子を見ながら、
大将は小さく笑う。
「結構なことだ!」
ジュワァァァ……
鉄鍋から大きな音が上がる。
香ばしい匂いが夜市へ広がった。
福來炒飯には、
久しぶりに賑やかな笑い声が戻っていた。




