第十二話「大将の炒飯」
第十二話「大将の炒飯」
翌朝。
海太は開店準備をしながら
スマホを耳へ当てた。
「もしもーし、大将?」
眠そうな声が返ってくる。
『……なんだよ朝から』
「あとで、
バイトの子連れて行くから」
海太は笑う。
「部屋掃除しとけよー」
『な、なに!?』
電話の向こうで、
急に声が大きくなった。
『ダ、ダメだ!
今日は用事が……!』
「嘘つけ」
海太は即答だった。
「それじゃ18:00頃行くから。
よろしくなー」
『お、おい海ちゃ――』
通話が切れる。
海太は満足そうに笑った。
一方その頃。
大将は散らかった部屋の真ん中で固まっていた。
「……参ったな」
床には酒缶。
コンビニ弁当。
脱ぎっぱなしの服。
数秒後。
「さて、やるか」
慌てて掃除を始める。
ゴミ袋。
掃除機。
窓を開ける。
布団を叩く。
今は荒れた生活をしているが。
本来の大将は、
かなり律儀で綺麗好きだった。
一通り掃除が終わったあと。
ふと鏡を見る。
伸びた髭。
疲れた顔。
「……床屋でも行くか」
小さく呟いた。
そして夕方。
「ただいまー!」
夜市へ、
渚の声が響く。
「こんにちは」
その後ろから、
小雪が少し緊張した様子で頭を下げた。
「小雪ちゃんいらっしゃい!」
「今日はよろしくお願いします」
美鈴が笑顔で迎える。
海太も嬉しそうに頷いた。
渚はすぐ小雪の肩を掴む。
「今はお店やってないけど、
ウチの隣の炒飯屋さん、
めちゃくちゃ美味しくて有名なの!」
「へぇ……」
「年明けにね」
美鈴が少しだけ声を落とす。
「奥さん亡くなって、
人手もいないから、
ずっと屋台閉めてたの」
小雪は少し驚いた顔をした。
海太が袋へ大鶏排を詰めながら言う。
「ここの大将には、
まだ頑張ってもらわなきゃ困るからな!」
そして。
「今日、
大将に紹介するから!」
「は、はい……」
小雪は少し緊張していた。
「よろしくお願いします」
海太は袋を持ち上げる。
「それじゃ、
行ってくるわ」
「お母さん行ってきまーす!」
「はいはい、
いってらっしゃい!」
夜市を抜ける。
少し歩いた先。
古いアパートの前で海太が止まった。
コンコン。
「大将いるかーい」
「おう、入れ」
昨日より、
ずっと元気な声だった。
海太は少し笑う。
「邪魔するよ」
「お邪魔しまーす!」
「失礼します」
部屋へ入った瞬間。
海太は思う。
綺麗に片付いてる。
やっぱり大将らしいや。
床屋も行ったな。
小ざっぱりしやがって。
渚が嬉しそうに笑う。
「大将、お久しぶりです!」
「おう」
大将は少し照れくさそうだった。
海太が小雪を見る。
「昨日話した、
渚の友達の小雪ちゃん」
小雪は慌てて頭を下げた。
「冬城小雪です」
「……まぁ、
座りなさい」
大将は少しぶっきらぼうに言う。
「お茶でも飲んで」
机には、
ちゃんと茶菓子まで用意されていた。
大将は咳払いをする。
「……さて、小雪ちゃん」
小雪が少し背筋を伸ばす。
「どうしてバイトしたいんだい?」
「お金を貯めたくて……」
「お金か」
大将は静かに聞き返した。
「そのお金、
何に使うのかな?」
小雪は少し迷う。
でも。
ちゃんと答えた。
「お盆に、
お母さんのお墓参りに行きたくて……」
渚がすぐ口を挟む。
「おじちゃんダメ?」
「ダメなんて言ってねぇだろ」
大将は苦笑する。
「少し、
小雪ちゃんのこと知らないと」
その時。
小雪がぽつりと言った。
「料理は好きです」
「……ん?」
「お父さんと二人暮らしなので、
毎日作ってます」
大将は少し目を細める。
性格は全然違う。
でも。
若い頃の母ちゃんに、
どこか似ている気がした。
しばらく沈黙。
やがて。
「……よし」
大将が小さく頷く。
「週末から屋台開けるぞ」
「本当に!?」
渚が立ち上がる。
「やったー!!
ありがとう大将!」
大将は少し笑った。
「それじゃ、
土曜日の15:00に店へ来るように」
「わかりました!」
小雪も頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
「……店の掃除しねぇとな」
すると。
海太が豪快に笑った。
「大将、心配すんなよ!」
海太は渚と小雪の肩を叩く。
「このあと、
二人にやらせるから!」
「えぇー!?」
渚が叫ぶ。
「聞いてなーい!」
小雪は少し固まっていた。
「……え」
「いいからいいから!」
海太は笑う。
「大将ありがとうな!あと、これ喰ってくれ。
それじゃ週末!」
「おう。悪いな。
気をつけてな」
その後。
店へ戻ると。
海太がバケツへ入った掃除道具を渚へ渡した。
「随分ホコリ溜まってたからなー」
そしてニヤリと笑う。
「隅々まで綺麗にしろよー!」
「はーい……」
「はい……」
それから数時間後。
「はぁーっ……
やっと終わったー……」
渚が床へ座り込む。
小雪も壁へ寄りかかる。
「ふぅ……」
その時。
「おじちゃん!?」
渚が顔を上げる。
いつの間にか、
大将が屋台へ立っていた。
「二人ともご苦労様」
大将は少し笑う。
「久々で腕がなまってねぇか、
確認しねぇとな」
鉄板へ火が入る。
ゴォォッ……
「炒飯作ろうと思ってよ」
渚の顔が一気に明るくなる。
「食べるー!!」
大将は少し嬉しそうだった。
「海ちゃん、美鈴も食うかい?」
「おう、いただくよ!」
「大将の炒飯久しぶりねぇ!」
鉄鍋が鳴る。
カンッ!カンッ!
慣れた手つき。
火柱。
鍋を振る音。
その姿は、
数ヶ月前まで夜市にいた“大将”そのものだった。
すると。
通りを歩いていた客が、
思わず足を止める。
「……あれ、大将!?待ってたよ!」
大将は少し照れくさそうに笑った。
「悪ぃな。
今日はまだ出来ねぇんだ」
鍋を振りながら言う。
「週末から開けるからよ。
またよろしく頼むわ」
「わかったよ!」
客も嬉しそうだった。
「土曜日まで楽しみにしとわ!
サービス頼むよ!」
「悪ぃね!」
口は悪い。
でも。
最後はちゃんと頭を下げる。
そんな話をしているうちに。
四人分の炒飯が完成した。
「ほら、お待ちどうさん」
「わぁーっ!」
渚が目を輝かせる。
「いただきまーす!」
全員でレンゲを入れる。
「うまっ!!」
「美味しい……!」
小雪も思わず声が漏れた。
大将は満足そうに笑う。
「そうだろ!」
胸を張る。
「俺の炒飯は世界一だからな!」
その顔は。
少しだけ、
昔の大将へ戻っていた。
心の中で、
そっと語りかける。
――なぁ、母ちゃん。
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