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持参していたマスクとメガネと帽子を身につけ、私は行きつけの服屋に入る。大学では、それなりのコミュニケーションを取らないと人間関係の維持ができないため、ありのままの姿で登校するが、外で『なりたゆず』を丸出しにしていたら、知らない人にまで声をかけられる。
本当はわかってる。この世界には、私のことを知らない人の方が多いってこと。私を知っていて、尚且つ声をかけてくる人なんてほんの少数しかいないってこと。それでも私は、そうやって人と接する度、『なりたゆず』とは誰なのか、どれが本当の“成田ゆず”そのものであるのか、わからなくなっていくのが怖かった。
入店していつものように服を見ていると、全身鏡の前で二着のワンピースを交互に合わせている小柄な女性が目に入った。彼女は首を傾げながら、長い時間その鏡の前に立っていた。二着ともデザインに大した差は無いのに、そんなに悩むことかと思いながら見ていると、鏡越しに目が合ってしまい、彼女はくるっと振り向いた。いつもの条件反射で慌てて目を逸らすけど、彼女はワンピースを両手に持ったままずんずんとこちらに近づいてくる。まずい、バレたか?必死に知らないフリをしたのも虚しく、彼女は私に話しかけてきた。
「あのう、すいません」
「……はい」
「これとこれ、どっちがいいと思いますか?」
「…………え?」
「こっちは色が好きなんですけどちょっと短い気がして、こっちは動きやすそうだけどなんか地味かなーって。どう思います?」
初対面の人にどっちがいいか聞かれるなんてことは初めてで、純粋な視線を向けてくる女性に、動揺しながらも答える。
「えっと、何用かにもよるんじゃないですか?」
「あ、職場の同僚と出かける時用です」
「なら、ご自身が好きな色の服を着るのがいいんじゃないですかね。チュニックワンピースは今季の流行りだし、下にデニムを重ねたりすればカジュアルに着ることも出来ますし……」
そこまで言って、ハッとする。普段から流行をチェックしている癖で、頭の中の情報がスラスラと言葉に出てしまった。まずい、言いすぎたか? 少し焦って彼女の方をちらっと見ると、目を輝かせながら頷いていた。
「なるほど!そっか、デニムを履くといいのか。思いつきもしませんでした、ありがとうございます」
これ買ってきます、とピンクのチュニックワンピースを持った手を掲げ、女性は嬉しそうにレジに向かっていった。まるで嵐のような人だと思い、困惑と疲れが押し寄せると同時に、私は今までにないくらい心が満たされていた。




