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59話 番外編 駆け出しのエリー

お久しぶりです、今回からは箸休めの幕間になります。

 何事も無い日の時の進みは早い。朝に目を覚ましたと思ったら時計が午後を回っているような日常は、ここラビス迷宮基地の居住者達においても例外ではない。冒険者の危機の報せも無く、迷宮内で宴会をするダンジョン工達も通常の仕事日だ。

 そんな午後の弛緩した空気を破ったのは、長い青髪が特徴的なサキュバス三人娘のひとり、アクアだった。冒険者のセーフハウスである酒場を兼ねた自宅の部屋に、手のひらサイズの石塊を持ち込んで彼女は口を開く。


「ダン長さん……騒がずにコレを見て欲しいの……」

「お、おう……」


 アクアは手に握る石塊に向けて、静かながら、歓喜と恐れが入れ混じった声色でささやく。間をおかずして、石に刻まれた顔から動揺気味の返答がくる。彼女が『ダン長』と呼ぶ石塊の正体は、100年前にこのダンジョンで命を落とした人間の魂だ。何かの間違いでダンジョンの核と融合してしまった彼は、表層のどこにでも姿を現し、罠や魔物を操ってダンジョンを操作する能力を得ている。

 ダン長は魔物達のプライバシーに配慮して、向こうから呼ばれない限り彼女達の自室に顔を出すことは無い。彼は悪代官屋敷騒動の時にアクアの趣味の片鱗を見たが、想像していた通りの内装だった。小ざっぱりとよく整頓されたいくつかの私物と面積を折半して、着飾った人形の為に用意された趣味の間があった。


「ん……何かが動いた?」


 ダン長が改めて部屋を見渡すと、部屋の隅で天窓と通気口の気流では生じ得ない、室内の動きに気が付いた。彼女がコレクションする人形達のうち、金髪の1体が入ってきたアクア達の方へ、僅かに顔と身体を向けて反応したのだ。


「うふふ、ダン長さんも気づいた? はるばる5年と半月……晴れて今朝、エリーが魔物になっちゃいました!」

「なにィ!?」


 ダン長の反応に気を良くしたアクアが、嬉々と人形の方に手をかざす。エリーと名付けられたその人形は、椅子から立ち上がって2人へ一礼する。


「お初にお目にかかりますダンジョンマスター。駆け出しクンのエリーと申します」

(駆け出しクン……アクアの持ってた人形が魔物化したってことか……)


 エリーは礼の後に、抑揚の少ない口調で改めて自己紹介を行う。ダン長はようやく事態を把握した。アクアはこれを見せに連れて来たのだ。

 物質の魔物化は、本来ダンジョンで生まれる魔物に魔素を配るはずの循環器の異常で発生する現象だ。そうして生まれた魔物はダン長の理外で動く数少ない種族であり、アスレチック大会の時のミミックと同じく、魔物探知にも引っかからない。


「アクア様、挨拶はこのような形式で問題ありませんか?」

「バッチリよエリー! 流石はうちの子ね!」


 エリーの問いに感極まったアクアが、まるで子を褒めるがごとく頭をワシワシと撫でながら叫ぶ。彼女の手中でダン長は親子めいたやりとりに巻き込まれていた。


(……待てよ、この手の魔物にしちゃ、エリーとはコミュニケーションが取れる?)

「アクア、エリーはまさか、今朝から昼まで大人しく部屋で待っていたのか?」


 一連の流れに違和感を覚えたダン長は、アクアの細長い腕に抱かれるエリーの様子に疑問を抱く。彼女は元は『駆け出しクン』と呼ばれる、ダンジョンのメンテの為に犠牲になる木偶人形だ。その手足の関節は球形をしているが、顔はアクアが丹念に彫り込んで埋めたガラスの目が瞬きをし、口は言葉に合わせて淀みなく開閉する。一見人間の少女と見分けのつかない姿は、ダン長が今までに見てきた魔物化した道具達とは一線を画す。

 アスレチック大会で現れたミミックは、ダン長の制止も聞かず壁に挟まるフリッカに襲い掛かった。継承の試練で魔物化させられたスパーダの宝剣は、持ち主を害さんと反旗を翻した。相次ぐ道具達のトラブルに悩まされたダン長は、エリーが部屋でただ大人しく待っていたという事実を、どうしても飲み込めなかった。


「そうね。動くのを見た時は驚いたのだけど、私に危害を加えないし、言うこともよく聞くのよ」

「当然です。私の役目はアクア様に危害を加えることではありません」


 例外的に好意的な魔物の挙動に不思議がるアクアに、エリーが淡々と付け加える。


「……だったらエリーの役目って何なんだ?」

「我々道具の魔物達は、元来の用途を果たし続ける本能に従いますが……人形の私が成すべきことは……いったい何でしょうか?」

「哲学ね」


 それが今朝から固まりっぱなしだった原因か、エリーは己が持つべき目的を持たないことに困惑する。道具の用途は宝箱であれば中身を守ること、武器の類であれば相手を傷つけることになる。

 それならば、人によって用途が異なる人形はどうか。アクアが駆け出しクンの本来の用途から大きく逸脱した使い方をしていたことも、意思が芽生えたエリーの困惑を招いているようだ。


「それでアクア、俺だけを部屋に呼んだ理由って、やっぱりこの子絡みか?」

「……そう、エリーのことでお願いがあるの」


 ダン長は依然己を持ち続けるアクアに静かに問いかける。喜色満面だった彼女の表情も、真剣なものに豹変した。


「ダン長さんは、うちのダンジョンに人形を売ってる人形師さんのことは聞いたことある?」

「あ、ああ……イワシの爺さんが言ってたが、腕はいいけど自作の人形が壊れる様に興奮するキワモノだって」

「……説明する手間が省けたわね」


 ダン長はアクアの問いに、アスレチック大会の時に聞いたことを思い出して答える。その返答に安堵した彼女は、口を開いて細かい事情を語る。


「ダン長さんもわかってるかもしれないけど、お人形の趣味って凄くお金がかかるの……それでもこの子達には素体から良いものを使ってあげたいって思って人形師の人と契約を交わしたの。安く素体を譲ってもらう代わりに、万が一でも人形が魔物化したら引き渡すって」

「ってことは、エリーはその人形師に貰われてしまうってことか」


 循環器が誤って魔物以外に魔素を注入してしまうエラーは数日に1度のペースで起こる。酒場で働くフリッカのように残留思念に注がれるパターンを除いても、それはダンジョン内のあらゆる道具から平等に抽選される。多くの人形を納品すれば、それだけ選ばれる確率が高くなるが、それでも費やした月日が5年というのは驚異的な早さであった。


「あの人も私に気遣って『小生が生きてるうちは、到底ありえんでしょうが(笑)』と言ってたけど、現にエリーが生まれちゃった以上、知らせないわけにもいかなくてね」


 アクア曰く人形師は、彼女に相場より安く素体を渡す為の方便として、まず実現しようのない約束を交わした。しかし三人娘のしっかり者担当のアクアは、眼前の奇跡を隠す気は毛頭ないようだった。


「ははぁ? さてはエリーに情が移り、引き渡す相手がド変態ってこともあって、躊躇してるってところか」

「……そういうこと。エリーを渡したくないわけじゃないの。ただ、あの人が生きた人形を見て、どんな反応をするか心配でならないのよ」

「私は……私を作った人形師を知らないので、如何とも判断しかねます」


 ダン長に図星を突かれて、ため息を漏らすアクア。部屋に招く際の彼女の歓喜と恐れは、エリーの可愛さと大人しさへの喜びが半分、そんな彼女が特殊性癖を持つ相手の手に渡ることへの不安が半分だった。

 話の中心のはずのエリーも、是とも否ともとれない反応をする。元は人形で、加えて約束があるとはいえ、何も知らない彼女を変態に譲渡するのは、誰であろうと心情的に難しいだろう。


「それでダン長さん……もしダン長さんが宿ったこの石が壊れたとしても、別にダン長さんが死んじゃうわけじゃないわよね?」

「ああ、そうだが……」


 アクアが突拍子もない質問を投げかける。目の前で彼女と話しているダン長は、ダンジョンに干渉するためのひとつの端末に過ぎないことは、守護モンスターの面々には周知されているはずだった。それでも彼女の言葉は、万が一のことがないよう念押しをしているようだ。


「私が部屋にダン長さんだけを呼んだの、周りにこの頼みごとが知られて、もし断り辛くさせたらフェアじゃないと思って。嫌だったら遠慮なく断って」

「なんだなんだ勿体ぶって。アクアの頼みだったら、いくらでも力を貸すぞ」

(アクアって普段はきっちりしてて、あまり皆を困らせないからな。珍しく周りを頼る時くらいは応えたいもんだ)


 守護モンスターの仕事は時に冒険者の生命に関わる。ましてや今はキャニュオン領へ赴いたキルトとウェンティを欠いて、一人あたりの負担が増えている時期だ。アクアに悩みを抱いたまま仕事をされては、彼女にとってもマイナスになる。己の力で解決できる不安の種は、芽吹く前に取り除きたいとダン長は考えていた。


「ありがとうダン長さん! じゃあ、この子達の中の誰になってくれる?」

「んーと……ん?」


 礼を告げるアクアにダン長が顔を向けさせられたのは、エリーと違って物言わぬ人形達。状況を飲み込めないダン長は、つい生前のように石に刻まれた目をパチクリさせる。


「アクア、どういうことだ?」

「エリーを前にした人形師さんの対応を知る為に、ダン長さんにはうちの子になってもらうのよ!」

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