41話 番外編① リンの料理修行
【今回の三文あらすじ】
「興味があるけど読む時間が取れない」「最新話だけ手っ取り早く追いたい」という需要を考え、あとがきに今回の主な出来事を三文に要約しました。
朝露に濡れた草花が朝の日差しを受けてキラキラと輝く森の中の開けた一角、不釣り合いな重厚な石組みの建造物が存在感を主張している。夜通しの素材集めを終えた屈強な戦士達が欠伸と伸びをしながら建物の出入口より現れ、入れ替わるように別のグループが依頼書片手に潜っていく。
かつては魔王軍の建てた基地で、今では近隣のミルス村の経済を支えるダンジョン、ラビス迷宮遺跡で幾度となく繰り返されてきた1日の始まりだ。
「ああ、やっぱり店で飲む朝のコーヒーは格別だな」
「ありがと。にしても、最近マギちゃんよく来るようになったわね」
ここは傷ついた冒険者達を受け入れる安全地帯の酒場。ここを利用する冒険者達は労働明けの身体を休める者達と朝の活力を補充する者達に別れていた。
その様子を横目に見ながらカウンター上の1杯のコーヒーを挟んで、和やかな朝のやりとりをかわすダンジョン運営を魔物側から支える者達。紫のフードに身を包んだ魔女のマギリアが出されたコーヒーを褒めると、対面する自称サキュバスのキャンディが表情を綻ばせながら礼を述べる。
「ふっ、ダン長のおかげで移動も一瞬だからな! まことに便利なことだ」
「……マギリアが7割牛乳のコーヒーなんかで目が覚めるなら、喜んで手伝うぞ」
マギリアは卓上に置かれた直方体の石塊を握りながら機嫌よさげに笑う。すると握りこまれた石から、彼女の一般カフェオレの比率をガン無視した飲み物を揶揄する返事が聞こえてくる。
この声の主は事故で召喚直後に死んだ魂がダンジョンに宿った存在で、一体化したせい―と周囲は推理している―かダンジョンの魔物や罠やアイテムを移動や使役する能力を得た。生前の名前も覚えていないので皆からはダンジョンの長を略してダン長と呼ばれている。
「おまたせー♪ ご注文のトーストと目玉焼きだよー」
「ご苦労だウェンティ、その辺に適当に置いてくれ」
酒場の店員であるサキュバスの姉妹の末妹・ウェンティが気の抜けた声で軽食のプレートを卓上に置く。彼女は仕事を控えた冒険者の注文を取りに、ボサボサの金髪を翻して行ってしまう。
「どういうことよマギちゃん? 朝は家で済ませて来たんじゃないの?」
「……」
「キャンディ、確かにマギリアはリンの作っていた朝食を食べていたぞ」
自分が他の客の応対をしている間のオーダーだったのか、出された食事に疑問を呈するキャンディ。威圧感のある大柄なキャンディの問いにマギリアは目を逸らしながら、黙ってフォークで目玉焼きの白身をつついている。沈黙のマギリアに代わって、表層であればダンジョンの様子をどこでも覗けるダン長が答える。
彼女が弟子にとった少年・リンが魔女の家での家事を担っており、彼の病気や寝坊などもなくいつも通り2人は朝食を完食していた。
「どうしたの? ご飯足りなかったの?」
「いや……その……」
心配するキャンディに対して口ごもるマギリア。ごまかしながら食事を終わらせようと問答からは逃れられないと察したか、彼女は観念したように静かにわけを話し始める。
「ダン長、キャンディ、リンのやつには黙っていてくれよ?」
「「うん」」
気恥ずかしそうにダン長とキャンディを交互に見るマギリアに、二人は素直に首肯する。
「実は最近……リンの飯にだんだん飽きてきてな」
「なんだ、そういうことだったのか」
「もう、心配させないでよ」
マギリアが勿体つけた悩みが単なる食事問題だったと知って、肩をすくめるダン長とキャンディ。2人に見えないところで、師弟関係に亀裂が入っていないか心配をしていたのだった。
「いや、リンの作る飯が不味いわけじゃないがな? やけに貧乏くさいというか、ワンパターンというか……調味料ケチるわ、普通食わんような野菜の皮まで料理に使うわ、三食どころか六食同じものが出るわで……」
しょぼくれたマギリアが覚悟して食事の悩みを打ち明ける。ダン長にとっても初耳の情報だった。というのも、各地の見回りをしたりダンジョンポイント補給のために探索状態をオフにしていたりで、四六時中魔女の家に顔を出しているわけではないからだ。
「だけどマギリア、それをリンに求めるのは……」
「わかってる、わかってるからこうやって隠れて発散してるのだろうが。掃除も洗濯も私以上に勤勉にこなすもんだから、なおのこと言いづらい……」
今では魔女の家で修行しているリンも、元は山中の過疎化した村に暮らす貧しい木こりだった。彼自身は粗末で変わり映えの無い食事を続けるのに抵抗は無いが、その食習慣で日々の料理を担っているゆえのすれ違いが起きていた。
「それにリンちゃんの修業を始めてからのマギちゃん、村に遊びに行く機会も減ったものね」
「あー、どちらかと言えば村の飯を食えなくなったのが重いかもしれん」
彼女が食事に不満を抱えた原因は、何もリンの食事のせいだけではなかった。守護モンスター達は仕事と平行して己の趣味を全うしているが、マギリアは魔術研究の他に休日に村で遊ぶ習慣があった。
その休日をリンの修業に充てるようになってから、必要な仕事以外で村へ赴く機会は半分以下に減っていた。それは彼女が、村の多様な食事を楽しむ機会が減ることと同義だった。
「で、ついに耐えかねて酒場で飯をねだりに来るよう俺に頼んだということか。いい加減、師匠と弟子の体裁なんか棄てて当番代わればどうだ?」
ダン長がマギリアが守る慣習に指摘を入れる。少なくとも彼女の周りでは師匠はとった弟子に家事全般を押し付けるのが当たり前のようだが、それで師匠が困らされては本末転倒だ。
「やだ、当番するくらいなら私はここに通う!」
「でもマギちゃん、そのままだとご飯をいつもの倍食べることになるでしょ……太るわよ?」
「ぐ……」
意地を張ったところにキャンディからツッコミを入れられ、フォークを咥えたまま固まるマギリア。魔物達には与えられる魔素によって個々の能力の成長限界は定まっているが、食事や筋トレなどで体型は変わっていくのだ。
「太るのも嫌じゃあ、リンに言うしかないだろう? 飯が単調でつまらんって」
ダン長は、師匠の権限を利用すれば弟子の作る食事の改善を求めることは簡単だと考えて提案する。従順で頑張り屋のリンなら、素直に受け入れて励むとの信頼もあった。
「うぅ……だけど私生活に踏み込んでリンに嫌われたら、耳かきや寝る前のマッサージもしてもらえなくなるかも……」
「弟子にどこまでさせてるのよ……」
(もうどっちが保護者かわからんな……)
マギリアには冒険者としての修行は厳しめにしている自覚があり、家事や私生活への評価は甘かった。悪代官屋敷騒動の時におつかいでリンに小遣いを渡し過ぎてたことから、既にその気は周囲に露呈していた。
それも本来の彼女は積極的に弟子を取るタイプではなかったことも、不器用な接し方の原因ともなっている。リンの境遇への同情もあったが、あくまでダン長をこの世に繋ぎ止める作戦という動機で弟子を取ることにしたのだ。
「さ、さて! 飯食ってカフェインも決めたし、運動がてら群生地の見回りでも言ってくるか! いいか、重ねて言うが絶対に飯の件はリンに伝えるなよ!」
分が悪いと見るや無理矢理トーストを口に詰め込み、早々に席を立って仕事に行ってしまったマギリア。彼女が捨て台詞を残して出て行った酒場は、朝の喧騒だけが残されていた。
「ってなわけでリン! マギリアのやつが、お前の飯が不味いって言ってたぞー!」
「……え?」
客足が途絶え朝の営業が終わってしばらくした頃、魔女の家に入ってくるなり座学に励んでいたリンに速攻で告げ口をする魔物がいた。見た目は白い髪に白い肌に白い服の少女で、スカートから伸びるはずの下半身に脚は無く、代わりに青白い火のようなエネルギーがユラユラと揺れている。新入りの守護モンスター、ゴーストのフリッカだ。
彼女は元々はマギリアによって封印されていたが、その経緯があって彼女と馬が合わない。それもあって魔女の家ではなく研修を兼ねて酒場で働いていた。彼女が朝の三人のやり取りを盗み聞きしていても何ら不自然ではない。
「おぉぉぉい! なんで即バラしてるんだフリッカ!?」
魔女の家に出現し、リンの学習に付き合っていたダン長が驚愕の声を上げる。召喚された現代の人間達が多くの爪痕を残した影響で、この世界では日本語で書かれた本も少なくなく、その範囲に限ればダン長がリンに語学や博物学を教えることは容易だった。
「へへん、あいつが約束したのはダン長とキャンディだし? なーんかリンから嫌われることを気にしてずっと黙ってたらしいけどさぁ、あたしにゃ関係ねーし?」
クソガキ然と悪びれもせず腕を組んで笑うフリッカ。彼女からすればマギリアがリンと仲違いしても、無問題どころか好都合とすら思っている節もある。
「そっか……師匠、僕のご飯が嫌なら素直に言ってくれればよかったのに」
開いていた本を閉じてため息をつくリン。豊かな髪をツーサイドアップにまとめ、簡素な白のワンピースに身を包んで勉強していた。『このダンジョンで皆が用意してくれたから』という理由でマギリアのお古を着ている少年である。
リンはフリッカの告げ口にもショックを受けることもなく、ただ普通に言われたままを受け入れていた。彼は食事の酷評よりも、むしろ正直に自分の欠点を指摘してもらえなかったことに表情を少し曇らせる。
「なんだぁ? リン、お前はマギリアに怒ってねえのか!?」
「うん、そんなことより師匠にずっと我慢させていたってのが情けないよ……師匠が僕の料理残したことないからわかんなかったよ」
頬杖をついてふてくされるリンの反応に驚くフリッカ。彼にとっては我が師の悩みは自分の責任であった。
そもそもマギリアがリンに嫌われることを気にする性格でも無ければ、彼女は正直に食事面の不満をぶちまけていただろう。たとえ弟子相手でも供された食事を残すのは、相手への無礼という教えが彼女に染みついていたのだ。
「リンが無駄使いせずきちんと食材を管理できるのは偉いが、質をケチるのも場合によっちゃ考え物だぞ。冒険者というのは魔物を狩る為にバリバリ戦って、いっぱい汗をかくからな、粗末な食事は彼ら彼女らのモチベを下げることになる」
「な、なるほど……」
(ダンジョンへ来る前のリンは病床の母を世話してたらしいからな……濃い飯をガンガン食う人間が身近ではないんだろう)
時には数日に渡りダンジョンで狩りを続ける冒険者にとって、パーティ全体の自炊スキルは切り離せないものだ。食料を節約しなければ生き残れない状況にも直面するから、リンの節約術は大いに活きる。だがその一方で、いざ大きい仕事を控えた時に精のつかない料理を食べていては、できることもできないのも事実だ。
「節約する料理だけじゃなく、皆の舌を満足させられる料理を作れるようになろうな!」
「はいっ!」
リンがひとまず目指す軽戦士は冒険者パーティにおいて雑用をすることが多い。冒険中の食事の質が全体のパフォーマンスに直結するなら、リンの料理の幅の狭さは改善しなければならない問題だった。
「マギリアが言わない分、正直に突っ込んでくれるフリッカがいてむしろ助かった。リンが村の飯屋顔負けの飯を作れるようになれば、マギリアの悩みも同時に解決できるじゃないか」
「お、おぉ……?」
ダン長がゴンと机を叩き、フリッカを困惑させる。ダン長にとっても、己がこの世から完全に去るまでにはリンに一人前になってもらわなければ都合が悪いのだ。
「ってことはダン長?」
「ああ。これからリンを『料理上手の冒険者』に改造する!」
こうして、ラビス迷宮遺跡でリンの料理修行が始まった。
【番外編① リンの料理修行】
ある日の戦士の羽休め亭、マギリアが朝食を食べに来ていた。彼女はリンの作る食事が単調なことと、彼の修行に余暇の時間を取られてQOLの低下に悩んでいた。酒場で盗み聞きをしていたフリッカにそれを密告されたリンは、ダン長の提案で食事スキル向上のための修業を始める。




