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■図書館の少年編 その2~過去~2


転校生がクラスにきたのだ。


転校生は少年の眼から見てもひ弱で、まさにイジメにあいそうなタイプ。

同類だからすぐに嗅ぎ取ったが、またクラスのハイエナたちの嗅覚も過敏に反応を示した。


新しいおもちゃがやってきた! と。


クラスのイジメ連中は、その日の放課後に早速転校生をイジメた。

案の定、転校生はやられっぱなしで、すぐに泣き出す始末。

そんなひ弱さが嗜虐心をさらに刺激し、イジメはだんだんエスカレートしていった。


それによって、かつてのオモチャであった少年へのイジメは幕を下ろすことになる。


「ワンツー、昇格! これからはパシリ要員に任命する!」


クラスのボスが少年にそう命じた。

とはいえ、いままでもパシリとしての役割も果たしていたので、あまり変わりはないのだが……。


しかし、クラス内カーストの底辺とはいえ、少年の立場からさらにその下ができたのは事実。


そのことにより、少年はイジメから解放された。

それどころか、今度は少年も加害者側になったのだ。


イジメは楽しかった。


少年にとってははじめての体験だったが、ストレスを思いのままにぶつけることができる爽快感が、麻薬のように少年を虜にした。


しかし、少年はイジメをすることで、嫌な気分になることもしばしばあった。


それは、転校生のイジメを通して「かつての自分」の姿を見ることができるから。


『僕はなんでこんなことをされてヘラヘラしていられたのか?』


『なぜ、ここまでひどいことをされて反撃しなかったのか?』


と。


転校生は相変わらずイジメられてはめそめそと泣くばかりで、いっこうに反抗する兆しは見えない。


それを見て、さらに苛立ち、腹が立った。


少年はかつてイジメられっ子だっただけに、どうすれば効果的に精神的な痛手を与えられるのかを知っていた。


「MはSをかねる」


SMは一見サディストがイニシアチブを握っているように見えるが、実は違う。

マゾは自身が空想する虐待をサディストに無言のサジェスチョンを与えて、振舞うように指令しているのだ。


Mの妄想なくして、Sは成り立たない。


これはなにも性的なことばかりではなく、イジメの構図にもそのまま当てはまることだ。

少年は、転校生に対して、自分が受けた以上の肉体的・精神的な攻撃を執拗なまでに繰り返した。

これまでやられたいろんなイジメ、そしてそれに加えて少年が「これだけはされたくない!」という屈辱の仕打ちの数々を。


イジメられていただけに、イジメに関する引き出しだけは多かった。


イジメと坂道を転がる石は似ている。

どちらもブレーキがきかない。

また、終わりがあるにせよ、どこまで転がり続ければよいのかわからないところも。

それでも転校生は恨めしい顔一つ見せず、ただただ泣き伏すだけだった。

そんな態度が、少年の怒りにさらなる火を灯すのだった。

◆■◆

「お前ら、本気で殴りあえ。お互いに手は抜くなよ。わかっているな?」


ある日のこと、クラスのボスが暇つぶしに提案したことだった。


少年VS転校生。


「最下位決定戦」


そう名づけられた見世物を放課後、学校近くの神社の境内で行われることとなったのだ。

少年はやる気満々だった。


これまではイジメという形でしか転校生の肉体や精神を傷つけることができなかったが、


「自らの手で徹底的に破壊してやりたい!」


いつしかそんな願望を持ちはじめただけに、この提案はなかば喜びを持って引き受けた。


「やってやるよ!」


元来のお調子者の本領を発揮して、少年はここぞとばかりにはりきった。


同属嫌悪とはよく言ったものだ。


転校生がイジメられるほどに、かつての自分の惨めさが蘇る。

それを見ていて、また自分が手を下していて、ほとほと情けなく、嫌な気持ちになっていた。


だから、イジメとは別の形で完膚なきまで叩きのめす。


それが、かつてイジメられていた自分自身への復讐であり、ケジメだとも思った。


『今の僕は、かつてのイジメられっ子じゃない!』


『僕は強い! もう、あんな惨めな自分には決してならない!』


イジメの側に回って、いくぶん気持ちが大きくなったこともある。


が、それ以上に、自分の映し鏡となっている転校生を粉々にしたい気持ちが強かった。


一言、目障りなのだ。


それにより、転校生がまたどっかの学校にでも転校してくれれば、という気持ちもあった。

そうなることで、またイジメのおはちが自分に回ってくるであろうことも、いかにバカな少年にでもわかっていた。


しかし、これまで散々イジメに加担しておきながら、まったく真逆なことになるが、心の片隅にこれ以上転校生をイジメたくない、この劣悪な環境から解放してあげたい、という気持ちもあった。

それは自己の解放でもあるのだ、と少年は勝手に思っていた。


籠の中の鳥を解放する。


少年は勝手な使命感に燃え、転校生をにらみつけた。

転校生はいつものようにビクビクとおびえた様子で、少年と目をあわせようともしない。


「おい! 早くやれ~!」


「お前はどっちに賭ける?」


取り巻きのクラスの連中が好き勝手なことをいってはやし立てている。


「よし、それじゃあ準備はいいか?」


レフリー役のクラスのボスが、二人に声をかけた。

うなずく二人。


「よし! ファイト!」


戦いの火蓋は切って落とされた。

取っ組み合い、素手で殴りあう二人。


「やれやれー!」


「そこだ! ケリを入れろ」


外野の声は耳に届くことなく、二人はくんずほぐれつの戦いを繰り広げている。


しかし、見た目には格闘とは縁遠い、みっともないじゃれあいに過ぎなかった。

二人とも真剣なのだが、傍目には子猫や子犬が戯れているだけにしかみえない。


弱い者同士がぶつかり合うのだから無理もないことだが、こんなことですら絵にならないのだ。


しかし、少年は戦いを通してあることに気がついた。


『あれ? おかしい? もしかして僕は、コイツに押されているのか?』


少年の攻撃が、転校生にあたらない。

繰り出すパンチをよけては転校生が少年にカウンターを決める。

少年の短い足は相手に届かず、ケリを透かした隙を見て反撃を食らう。


『こんなはずじゃ……』


足元を蹴られて転倒する少年に馬乗りになった転校生。

転校生から、顔面めがけてパンチが飛んできた。

瞬間、両手で顔をガードしようとする少年。


『間に合わない! 殴れれる!』


そう思った。

が、しかし、転校生のパンチは速度を緩め、なぜか顔面に届くことはなかった。


その隙を見て、少年は転校生を跳ね除けて、倒れたところを逆にマウントポジションを取り、無抵抗な転校生を殴り続けた。


鼻血、口の中が切れて噴出す血しぶき……。


少年は殴って、殴って、殴り続けた。


「ストーップ!」


クラスのボスが試合中止の合図を出した。


その声を聞いても少年は転校生を殴り続けるのを辞めなかった。

ただ、力がないので相手にはそれほどのダメージにはなっていないのだが。


「聞こえねぇのか、豚! やめろってんだろ!」


そう言うなりクラスのボスは、転校生を馬乗りになって殴り続けている少年を思いっきり蹴転がして、無理矢理試合の幕引きをした。


ごろんと大きく転がる少年。

少年に近づき、髪の毛を摑んで、無理に立たせるクラスのボス。

その手をとり、高々と上げて宣言した。


「勝者、ワンツー!」


すると外野からやんややんやの声が聞こえてきた。


「ワンツー! よくやったな!」


「くそぉ! 賭けに負けちまったよ!」


一部の少年たちは、転校生を取り巻いてケリを入れている。


「てめぇ! なに負けてんだよ! お前のせいで金すっちまったろうが!」


どうやら、賭けに負けた少年たちが、八つ当たりをしているらしい。


「……」


それを無言で見続ける少年。


『こいつ、僕に馬乗りになったとき、明らかに手を止めやがった』


最下位、最底辺……。


実はクラスで一番無力なのは、自分であったという現実が少年を襲った。


『クラスで一番弱いのは、実はこの僕!』


仲間と一緒にバカにしていた転校生以下なのが自分であるという事実が、少年の上に重くのしかかった。

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