■図書館の少年編 その2~過去~1
「人気者とピエロは似て非なるもの」
人気者の条件とは、面白いだけではダメで、「勉強ができる」「スポーツが上手」「格好がよい」「包容力がある」のいずれかとセットでなければ、その効力・輝きを発揮しない。
そこがわからずにおどけたり、ずっこけたりするだけで話題を振りまいているお調子者は、実は笑われているだけ。
そのことに気がつかなかった少年は、笑われる対象からいじめへと発展するのには、そう時間がかからなかった。
少年はこの町に小学校6年のときに引っ越してきた。
転勤族の家族が一時的に羽を下ろす、ちょっとした憩いの場。
そんなこともあってか、希薄な近所付き合い同様に、子供たちの関係も淡白だ。
いつ引っ越していなくなるかもわからないだけに、子供心に深入りすることがためらわれるのだろう。
小学校を卒業して、中学校の入学式。
若く青い少年少女たちが、新しい出会いに胸をときめかしている。
少年もまた、その中の一人だった。
少年は勉強ができなかった。
スポーツもダメ。
美術や図工もへたくそ。
成績表はいつも「1」か「2」の行進というありさま。
そんな恥ずかしい成績表だが、クラスメートに打ち解けたい思いと、また笑いになるかと思ってみんなに見せびらかしていた少年についたあだ名が「ワンツー」。
「1」か「2」しかない成績表を見たとある生徒がつけたものだ。
クラスのみんなに笑われ、当初親しみをこめていたかのように思われた接触は、いつしかずうずうしさが増していき、顎で使われだし、軽く小突かれたときに反抗せず、笑いに持っていったのがよくなかった。
その後は雪崩のごとく少年への暴力はエスカレートしていき、体のいいストレスのはけ口となり、気がつけばクラスメートの暴言と暴力を受け止めるサンドバッグとなっていた。
『なんで、こんな目にあわなくちゃいけないんだ?』
無邪気な小学生時代と違って、中学生になると、声が変わり、頭や体格にも差が出始め、性への目覚めのほか、大人への階段を一歩歩き出す大事な時期だ。
少年はそのことがわからずに、小学校の延長で中学校にものぞんでしまって、この有様。
ピエロはメイクしているので素顔はわからない。
それはあくまでも仮の姿なのだから。
よって素顔のときは、一般人の中に違和感なく紛れ込んでいる。
しかし、少年は違う。ノーメークでピエロなのだ。
仮と本来の姿の境はない。
「おい! ワンツー!」
クラスのボスである男の声が響く。
「は、はい!」
返事は2秒以内。
いつも声をかけられるたびに背筋に緊張と戦慄が走る。
小太りで体を短い足をバタつかせて走る姿はさながら豚だ。
そのとき、突然足をかけられてバランスを崩し、転倒する少年。
勢いあまって女の子の席に体ごとぶつかったとき、「汚ねぇんだよ豚ワンツー!」といわれ、女生徒から足蹴にされた。
そして、いっせいに笑いが起こった。
毎日がこんな感じ。
そして悲しいことに、悲劇が似合わない。
どんな悲惨な目にあっても神のイタズラなのか、すべてが笑いへと変えられてしまう。
頭をど突かれたのに、なぜかオナラが出る。
殴られて転倒、そのときになぜか耳から外れたメガネのツルが鼻の穴に入っているなど……。
オチがすべて漫画のように、滑稽。
ただ、そんな漫画のような世界も、現実に生きる少年にとっては楽ではない。
休憩時間は少年にとってまさに地獄だ。
教師がいなくなったのをいいことに、生徒たちは一斉に少年の体を使って笑いをとろうと襲ってくるのだ。
「ワンツー狩り」
と称された遊びで、逃げ惑う少年をからかいながら隅に追い込み、みんなで襲い掛かって裸に剥いてしまう。
はぎ取られた衣服は女子トイレに投げ込まれるため、全裸でとりに行かなければならない。
そんなこともあり、少年にとって苦痛な休憩時間は教室外へ退避することでどうにか難を免れていた。
ただし、屋上には行かない。
なぜなら、一度、飛び降り自殺を試みて、とんだ赤っ恥をかいた経験があるからだ。
昼休みのとき屋上から飛び降りようと試みたものの、足がすくんでそれどころではなくなり、鉄柵にしがみついたまま動けなくなったことがあった。
授業時間になっても帰ってこない少年を心配した担任と、それを面白がっているクラスの生徒たちが探し回り、ようやく見つけたときにはそんな惨めな状態。
「た、助けて~!」
悲痛な助けを求める声が物悲しくも笑いを誘った。
シリアスとは無縁なキャラクターは、どんなことでも笑いに転化してしまう。
しかも、恐怖で小便を漏らしてしまったので、午後の授業からは上は学生服だが下はジャージという不恰好。
そこでも大きな笑いが起きた。
自殺すらさまにならないのだ。
『自分は昔の文豪たちと同じなんだろう』
頭のよさや見た目、実績を差し置いて、ゆいいつ共通した「自殺」の一語だけを自己に投影して勝手に思い込、酔いしれた。
クラスのはみ出しものの吹き溜まりは、屋上や保健室、図書室に決まっている。
ただ屋上は先に述べた一件があるので除外。
次なる保険室だが、ここには明らかにサボりたい不良たちのたむろする場でもある。
一度肛門に体温計を刺されて温度を測られるイタズラをされたのを機に行くのをやめた。
それからというもの、少年の行き場所は図書室一択となった。
そこには少年と同様に、暗いオーラを放っている男女のみが集まっていた。
辛気臭い……他人事ではないのだが、少年は思った。
自身が撒き散らしている、そんな辛気臭さは棚に上げて。
当初、図書室にいても暇を持て余していた。
そもそも読書なんぞ興味なかったので、しかたなく、昆虫や動物の写真集、そして有名な画家の画集などを眺めていたのだが、中でも画集にはかなり気を引かれた。
絵の横に書かれている小難しい評論はまったく目を通さずに、絵だけをただただ眺めていた。
お気に入りの画家も数多くいたが、中でも中世の絵にはひどく興味を引かれた。
特に西欧の絵と日本画。
文化が違えども同じ時代に生きた人間なのに、なぜこうまでして物の見方が違うのか?
そんなことをよく考えていた。
画家の絵ではないかもしれないが、当時の日本の権力者、例えば織田信長でも徳川家康でも、そこに書かれている絵は写実的ではない。
教科書にも載っている、あの有名な肖像画だ。
『なんでこんな絵になってしまったのか? 権力者を描くということは、ある意味命がけのはず。描かれた絵を見た権力者が「こんなのは俺じゃない!」と激昂したら、絵描きはたぶん生きてはいられないだろう。それをあんなに淡白に描いてしまって大丈夫だったのが不思議なんだよなぁ』
『血なまぐさい時代に生きた人間にもかかわらず、猛る姿を描かなかったのはなぜなんだろう? それに中世の西欧の絵は写実的なものが多いのに、日本の絵は明治ごろまで全部、鎌倉の昔から描かれている絵の延長なんだよな。う~ん』
絵を見て、アレコレ考えるのは楽しかったが、それらもすべて目を通してしまうと、再び退屈な時間が訪れた。
クラスにいたころは狩りのターゲットとして追われ逃げ惑う日々だったので、充実はしていないものの息つくひまもなかったが、いまは何もやることはない。
そんな退屈を紛らわすために、なんとなく少年は本を手に取り、読書を始めるようになったのだが、これには瞬く間にのめりこんだ。
作家の孤独や苦悩を知るにつけ、少年は自分の立ち位置とそれらを重ね合わせることで、自身を慰めた。
また、伝記物も好んで読んだ。過去の画家や作曲家たちの悲惨で認められない足掻き……。
ただ少年はバカだったから、その境地に至るまでの彼らの努力や才能については一切学ぶことはなかった。
表層的な悲惨さ、孤独さ、理解されなかったことだけをクローズアップし、自身の苦悶と同じだと都合よく解釈する。
そんなことで、実は自分が尊く、かけがえのない者であるというおかしな妄想が芽生え始めた。
『僕が勉強やスポーツができないのは、神様が与えた枷なのだろう。もし、僕がそれらを本気で取り組んだのなら、世界を驚愕させるような存在になるからなんだ。そう、歴史上の支配者たちのように! それを恐れた神様が、僕のことを嫉妬してそれらの能力を与えなかったんだ! きっとそうに違いない』
と本気で思っているのだから、すでに救いようがない。
バカにつける薬がないとは、まさにこのことだ。
読書量は増えた。
学校の図書室の書架はほぼ制覇、帰宅部の少年の課外授業はもっぱら市内にある図書館となった。
ただ、そんな読書も学校の成績に反映することはほとんどなかった。
多少の読解力が身についたのか、かろうじて国語の成績ではじめて「4」をとったくらいで、ほかはまるでダメ。
それもそのはず、少年の読む本というのが、小説を除けば「昆虫の生態」だとか、「世界のダム」とかいった類のものばかりなので、それも仕方がない。
実生活に役立たない雑学だけが無駄に積もっていった。
そんなこんなで、一年が経ち、二年へと進級することになったのだが、少年の期待していたクラス替えは行われず、いつもの面子とまた一年を一緒に生活しなければならないことが確定した。
そのときの少年の絶望たるや、なかなか表現するのが難しい。
そして、後輩を「さん付け」で呼ぶ季節がやってきた。
クラスメートの兄弟が入学してくるのだが、いじめっ子は自分たちの弟や妹を呼び捨てにすることを禁じたのだ。
ガキは図に乗る生き物である。
また、伝心も早い。
「おら! ワンツー!」
廊下ですれ違うたびに、年下の連中からもバカにされる。
『屈辱!』
プライドを傷つけられはしたが、それでも体を鍛えるとか格闘技を習うなどして、少しでもイジメっ子連中を見返すという気持ちが起きないのもまた、少年。
根っからの愚図で、おろかな少年は悔しさをバネにすることはせず、ただただ、ひたすら逃げ続けるだけだった。
しかし、そんな少年の身の上に大きな変化が訪れた。




