46.最強妖怪と異世界テクノロジーではどちらが強いんだろうね
「でんか、でんか、でんか、でんか、でんか……」
マコトが、いやエメルーソ殿下が、その場に崩れ落ちる。我を取り戻したアンドラさんが、俺を押しのけて殿下にすがりつく。殿下の名前を呼び続ける。自分で刺してしまった傷口を必死に手で押さえ、出血を止めようとしている。
俺は、ただ呆然としていた。そんなアンドラさんを前にして、何も言えない。何もできない。
俺は、マコトはこの程度じゃ死なないという確信があった。こいつのことはいい。
しかし、アンドラさんは……。何があったか知らないが、自分のせいで殿下が死にそうな目にあっているのだ。正気にもどったとき、アンドラさんはその事実を受け止めて、平気でいられるだろうか?
いったい何が……。
「ア、アンドラに何があったのか、だいたい推測はできる。が……、自分の直感を信じたくない」
ひたすら泣きじゃくるアンドラさんの頭を撫でながら、殿下が苦しげに口を開く。
ん? おまえ、アンドラさんに何があったのか、見当はついているのか? 『帝国』とやらが黒幕じゃないのか? ……て、おまえ、凄い脂汗じゃないか。顔色も真っ青だ。大丈夫なのか? おまえでも、やっぱり刺されれば痛いのか?
「あ、ああ。さすがアンドラだ。正確に俺の心臓をついてきた。しかも、……あの短剣。ただの剣ではない。どこから手に入れたものかしらんが、おそらく先史魔法文明が遺した魔導器だ。俺が普通の人間だったら、即死だっただろう……」
心臓? しかも、刺されたのは、アーシス達のテクノロジーで作られた剣だというのか?
こいつのことだから平気だろうとたかをくくっていたが、……よく見れば、確かに尋常じゃない量の出血だ。全身が痙攣しているし、こいつのこんな苦しげな表情は見たことがない。
「お、おい。本当に、大丈夫か! まさか、日本最強妖怪(自称)のおまえが、短剣で刺されたくらいで死なないよな?」
「し、……心配か? この、程度の、傷なら、たぶん、放っておいても数時間で完治するだろう、が、……そうだな、ユウキ兄が目覚めの口づけをしてくれれば、いますぐにでも……」
おまえ、……アンドラさんがすがりついているこの状況で、よくそんな事が言えるな。いや、こいつらしいと言えば、こいつらしいか。もしかしたら、アンドラさんを安心させるための軽口なのかもしれない。
ぐはっ
たったいま軽口をたたいていた殿下が、口から血を吐いた。至近距離から顔をのぞき込んでいた俺の身体も、殿下の血にまみれる。
「お、おい、おい、おい、死ぬな! いますぐ治癒してやるから、死なないでくれ!」
見下ろせば、息がかかる距離に奴の顔。瀕死の重傷を負った美男子が、その端正な顔の表情を盛大に歪めている。いや、苦しくて切なそうな表情の方が、色っぽさは増しているかもしれない。い、いや、いや、そんな事はどうでもいい。
殿下と、その身体にすがりつくアンドラさん。ふたりまとめて、俺は手をかざす。
「クシピー、治癒魔法を一発たの……」
『警告! 周囲の精霊に危険性の高いコードが転写されています』
しかし、治癒魔法を実行しようとしたまさにその時、クシピーが叫んだのだ。
なに?
とっさに空を見上げる。金色に光る妖しげな象形文字が、俺たちの真上でゆっくりと回転していやがる。
ああ、あれは、魔法陣と言う奴だ。描かれた文字までは理解できないが、クシピーが言うとおり危険でロクでも無い魔法に決まっている。たぶん、いつかの爆発魔法だ。
くそっ、殿下とアンドラさんがこんな状態の時に!
「もちろん防御だ、クシピー! 防御結界のコードを実行してくれい!!」
魔法陣の中心に、まがまがしい黒雲がもくもくと湧き上がる。雲の中で、線香花火のような火花がパチパチと飛び散り始める。それに気づいた周囲の人々が、悲鳴をあげながら逃げ惑う。
しまった! あまり認めたくない恥ずかしい話だが、マコトと一緒だった俺は、マコト以外の人間は目に入っていなかった。完全に二人の世界にはいりこんでいた。だからすっかり忘れていたが、ここは繁華街のど真ん中だった。周囲には大勢の人がいる。俺の周囲だけ防御しても意味がないんだ。
どうする。どうすればいい? たしか、アーシスは、現住生物には限定されたコードの権限しか与えていないと言っていたか。ならば、魔法に関しては俺の方が権限が強いんだよな。
「クシピー、ちょっとまて! あの爆発魔法の発動、じゃなくて、……爆発のコードの実行そのものを、キャンセルできないか?」
『アーシスの権限ならば可能です。しかし、危険なコードが転写された範囲が広すぎます。完全なキャンセルはできません』
おまえにもできないことがあるのか? どれくらいなら無効化できるんだ?
『私の主任務はアーシスの生命維持機能の維持と日常業務のアシストです。精霊を直接制御可能な範囲は、それほど広くはありません。危険なコードが既に転写済みの精霊のうち、制御権を強制的に奪取可能なのは約九十パーセント程度になります』
「そそそれでいい、それでいいからやってくれ。当社比九割減なら十分だ!」
『……お勧めできません。通常より広い範囲の精霊を強制的に制御することにより、近傍の精霊によるアーシスの生命維持機能が一時的にほぼ停止します。それでもよろしいですか?』
「あああ、もう、まだるっこしい! 問答無用で拒否はしないってことは、苦しいだけで俺の命にかかわるほどではないんだろう? いいから、はやく! たのむ!!」
『了解。これから数分間、なるべく呼吸をせず、安静にしてください。……危険なコードの実行をキャンセルします』
上空で回転するまがまがしい金色の巨大な魔法陣。中心部には、いまにも爆発しそうな黒雲のかたまりが渦巻きはじめている。地上を逃げ惑う人々の様子を、大通り沿いの四階建ての建物の屋上から、数人の男が眺めている。
「殿下、あの爆発魔法が発動したら、ここも危険です」
「ん? 危険なんてあるまい? エメルーソの側に居るあの少女は先史魔法文明人に匹敵する力をもっている、攻撃魔法のキャンセルも可能にちがいないと、断言したのは君たち軍情報部だぞ?」
「万がいちのことがあります」
「万がいちだと? 決して一般市民には被害が及ばないと君達がいうから、私も作戦に協力したんだ。王家の秘宝まで持ち出してな。あの爆発魔法が『万がいち』発動して、王国の市民が犠牲になったら、君には責任をとってもらうぞ」
彼は、王族のひとりとして、現在の王国の有様をつねづね憂いていた。無能なくせに政争に明け暮れるばかりの政治家や、貧しい市民を犠牲にして肥え太るばかりの資本家達には、相応の報いが与えられてしかるべきだと思っていた。しかし、そのために、無辜の市民が犠牲になることを良しとまでは思わない。
黒めがねの怪しい男達が脂汗を流しながら恐縮するのを尻目に、男は手すりに両手をつき身を乗り出す。爆発魔法の脅威と対峙している弟の姿に、目をこらす。
男はみた。魔法陣の中心にいるひとりの少女から、光がわきあがる。
おお、あれか!
はじめは、小さな少女の身体をやっと覆う程度の、淡い光の繭だった。それが、徐々に明るさを増し、大きくなる。やがて、少女を中心として、周囲の空間そのものがまばゆいばかりに輝きはじめる。
すごい! 膨大な量の精霊が、彼女のために集まっている! 精霊が人間を守るなど、あり得ないはずではなかったか?
男は、目の前で繰り広げられる常識を越えた光景に、おもわず息をのむ。その目の前で、少女の光の繭はますます大きくなる。ついには、上空の魔法陣そのものを飲み込んでしまう。爆発魔法が発動したのは、まさにその瞬間だった。
ぽぽん!
ついに、魔法陣の中の黒雲が弾ける。爆発が発動する。発動、……したはずだった。しかし、その爆発は、巨大な魔法陣を目撃した人々が想像した威力から、ほど遠いものだった。
光の繭の範囲に取り込まれなかったほんの僅かな黒雲から発した火花は、周囲の暗闇をほんのわずかに照らすだけだ。かわいらしい音と共に小さな火花がいくつか飛び散ったものの、地上の人々には被害など起こりようがない。
「信じられない」
男は、ひとつ深いため息をつく。
王都で報告を聞いたときには、信じられなかった。たった今、この目でみてもなお、完全に信じられない自分がいる。だが、夢ではない。自分が目撃した光景は、たしかに現実だ。あの少女は、たしかに精霊魔法をキャンセルしたのだ。
「たしかに奇跡だが、しかし、……神話時代から王家に伝わる伝承通りだ」
そう、あれは、我々の祖先に、ヒト型の形と、知恵と、魔法文明を与えてくれた人々と同じ力。先史魔法文明の生き残りが、本当に実在したのだ。
「……あのエメルーソの奴が入れ込むわけだ」
彼女を手に入れた者は、精霊魔法の秘密を解くことができる。王国の魔法文明を劇的に発展させることができる。帝国を打ち破ることができる。
しかし、『あの』エメルーソでは、あの奇跡の力を王国のために使うことができない。
弟に恨みが有るわけではない。それどころか、自分よりも才能あふれる弟のことは、誇りに思っている。しかし、奴ではだめなのだ。
私達には時間がない。リミットまでに、なんとしてでもあの力を手に入れねばならない。あの少女は、私の手元におかねばならないのだ。王国のために。王にふさわしい者が王になるために。
「報告の通りなら、標的の少女は何度も奇跡を起こせるほどの体力がないそうだな。エメルーソもアンドラも心身ともに消耗している今、我々が彼女を保護してやらねばなるまい。また邪魔が入る前に、手はず通りにうまくやれよ!」
2014.04.27 初出




