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先史魔法文明のたったひとりの生き残り、らしいよ  作者: koshi
第3章 先史文明の生き残りと異世界の妖怪と
45/71

45.マインドコントロールとか酷いはなしだよね


「ただの喧嘩……、か」


 殿下とユウキちゃんがいちゃいちゃしているベンチからほど近い、大通りのど真ん中。突如としてわき起こった喧噪の発生源にむかったアンドラが見たものは、地元のチンピラ同士によるただの喧嘩だった。


 まだ宵の口であるというのに大通りの真ん中に酔っぱらいが集まり、仲裁にはいったであろう者も含めての入り乱れての大乱闘になっている。しかし、今のところ凶器も魔法も使用される様子はないようだ。


 これは、アンドラの出る幕はない。治安警察に任せておけばいいだろう。彼女は踵を返し、殿下とユウキの側に戻ろうとする。もともと、この喧嘩の現場にアンドラがむかったのは、殿下の周囲に配備されていた護衛の中でたまたま彼女がもっとも近くにいたからだけが理由だ。


 しかし、振り向いたアンドラの目の前に、行く手を阻む者がいた。


「で、……んか? な、なぜ、ミヤノサに?」


 絶対にそこにいるはずのない人物を目の前にして、アンドラは硬直する。あまりのことに、身体も、思考すらも一瞬停止状態に陥る。


「久しぶりだな、アンドラ」


 正面にたつ男は、親しげに話しかけてきた。たしかに、アンドラはこの男をよく知っている。ある意味、家族以上に大事な人間であり、もっとも尊敬している人間のひとりだ。


 緊張するアンドラに対して、男は自然に微笑む。優しい笑顔。そして、アンドラの目の前に小さな玉をかざす。水晶のような、透明で小さな玉。


 これは?


「いつも弟のわがままを聞いてもらってすまないな。ついでといってはなんだが、……私のわがままも聞いてくれないか」


 アンドラの身体は動かない。無防備な視線が、透明な玉に吸い込まれたまま離すことができない。


 まさか、王家につたわる秘宝? 陛下の戴冠式の際、一度だけ見たことがある。先史時代に王家に授けられた、王権を保証する玉。先史魔法文明の人々になりかわり、民を支配できる力を与えてくれると聞いたが……。


「そうだ、王家の秘宝だ。とはいっても、先史文明人が去って以来、人類が代を重ねるごとにこの玉の効果も減少しているらしいがね。しかし、人類以上に忠実な奴隷として作られたオオカミ族にとっては、今でも効果絶大なはずだ」


 彼女は、彼女の意思とは関係なく、黙って頷くことしかできなかった。






「どうやら、本当にただの酔っ払いの喧嘩のようだな」


 近くにいる護衛のみなさまから情報を得たエメルーソ殿下が、わざとらしくため息をひとつつく。


「残念そうに聞こえるぞ」


「ああ、残念だ。悪の帝国のスパイに狙われる薄幸の美少女ヒロインを救う、かっこいい白馬の王子様をやってみたかったのだが」


 そんな軽口をたたきつつも、エメルーソは俺の手を握ったまま離してくれない。俺もこいつの手を離さない。


「『かっこいい王子様』はともかく、白馬はどこにいるんだよ。あと、一応確認しておくけど、『美少女ヒロイン』って俺のことじゃないよな?」


「『かっこいい』は認めてくれるのか。さすがユウキ兄、だてに美少女になったわけではないのだな。男を見る目はあるようだ」


 な、ななな何をいってるんだ、おまえ!


 とっさに奴の顔を見上げた俺。しかし、エメルーソ殿下の視線は前に向いていた。


「ご苦労、アンドラ。……どうした?」


 喧嘩さわぎを確認したアンドラさんが、殿下の元に近づいてきたのだ。


 ん? なんか様子が変だ。


 いつも凛として、さっそうと歩いているアンドラさんなのに、なぜか心なしふらついているように見える。視線が定まっていない。心ここにあらずという感じだ。まるで空を歩いているように、ふわふわしている?


 アンドラさんは、そのまま殿下と俺の前に立ちはだかる。ふたりの顔と、繋いだ手を、ゆっくり交互に見ている。


 なんだ?


 至近距離になり、やっと気づいた。アンドラさんの顔に表情がない。まるで感情が感じられない。


 これは、人形? いや、能面だ。表情が無いんじゃなくて、すべての感情がいりまじっているんだ。喜怒哀楽、憎しみや慈しみや、ありとあらゆる感情が同時に噴き出しているんだ。


 やばい。


 本能的に、背中に悪寒がはしった。なぜか理由はわからないが、頭の中で盛大に警報がなっている。


「アンドラ、どうしんたんだ? しっかりしろ」


 殿下が声をかける。握っていた俺の手を離し、アンドラさんの両肩をつかもうとする。しかし、手はふりほどかれる。触れられるのを全力で拒否される。


「私は、……あなたの命令は聞けません」


「なに?」


 殿下を無視して、アンドラさんは俺に一歩近づく。俺は、反射的に一歩下がる。しかし、身体能力でアンドラさんにかなうわけがない。左腕をがっしりとつかまれる。


「ユウキちゃん。私といっしょに来るのよ」


「あ、アンドラさん。どうしたのさ? やめてよ。腕が痛い、離して」


 俺の叫んだ瞬間、アンドラさんの全身が、まるで電撃がはしったかのように反応した。反射的に俺の腕から手をはなし、そのまま身体が硬直したのだ。


 動かない。アンドラさんの身体はピクリとも動かない。視線はあらぬ方向を向いたまま、全身が硬直している。まるで、相反するふたつの命令を与えられたロボットが、どうすべきなのか決められず機能停止したかのように。


「アンドラ、何があった、言ってみろ」


 再び殿下がアンドラさんの両肩をつかむ。そして、正面から顔を近づける。


「あ、あなたに、私の気持ちなんてわかるわけ……」


 突然、硬直したままのアンドラさんの瞳から、涙がこぼれ落ち始めた。ぽろぽろぽろぽろ、信じられないほどの量の涙が、アンドラさんの顔をつたって地面におちていく。


「私の仕事の、……邪魔をしないでください」


「おまえの仕事?」


 アンドラさんは、ゆっくりと懐に手をいれる。そして、護身用の短剣をとりだした。






 繁華街を照らす灯り。灯台。港内をはしる船の明かり。空の上で輝く月。そして、ドーナツ型の巨大人工衛星。このおかしな世界のすべての光を集めたかのように、短剣が妖しく輝く。


「やめろ、マコト!」


 俺はとっさに叫ぶ。エメルーソ殿下に向けて。


 この時、俺が殿下ではなくアンドラさんに対して『やめろ』と命令していれば、もしかしたら何事もなく事態はおわっていたのかもしれない。しかし、俺は殿下にむけて叫んでしまった。なぜなら、エメルーソ殿下は俺を守るため、懐から魔導式の拳銃を引き抜いていたのだ。そして、銃口をアンドラさんにむけていたのだ。


 それを見て、アンドラさんは目をつむる。すべてを悟り、安心したように。


 数秒後、そのままゆっくりと、前に倒れ込んでいく。両手で握った短剣は、前をむいたまま。俺ではなく、殿下に体重を預けるように。


 エメルーソ殿下は、アンドラさんを避けなかった。正面から受け止めた。俺に危険が及ばないとわかった時点で、拳銃は捨てている。全身でアンドラさんの身体を支えるように、短剣ごと抱きしめる。


 殿下の足元が、ゆっくりと赤く染まっていく。闇の中、真っ赤な血だまりが広がっていく。





「あ、あ、あああ、で、殿下、……私、どうして、ああ殿下、殿下、殿下、殿下、でんか、でんか……」


 アンドラさんが、膝をついて固まっている。オウムのように殿下の名を叫けびつづける。血まみれの短剣をもったまま、小刻みに震えている。


 それを、殿下が支えている。腹の傷を押さえながら、盛大に出血しながらも、そんなアンドラさんの肩を抱きかかえている。


 よ、よし。でかしたマコト、いやエメルーソ殿下。おまえはその程度じゃ死なないだろう。そのままアンドラさんを支えていろよ。


 アンドラさんに何があったかはわからない。だが、こまかい事は後だ。まずは、刃物を取り上げる。硬直しているアンドラさんの指を、小刀から一本一本引きはがす。


 ちょっと時間がかかったが、放心状態のアンドラさんを座らせる。落ち着くまでしばらくかかるかもしれないが、慌てることはない。


 殿下の息づかいがあらい。脂汗をかいている。さすがのおまえでも刺されれば痛いか。ちょっとだけ我慢しろ。いま治癒してやるから。


 しかし、俺は殿下を治癒することはできなかった。『敵』の襲撃はまだ終わっていなかったのだ。





2014.04.13 初出

2014.04.15 見苦しい部分を、ちょっとだけ修正しました



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