44.どきどき異世界デートなんだよね その3
アンドラさんが俺たちを凝視している。彼女があんなに一生懸命仕事しているのに、俺だけ、……いや俺はともかく、上司のマコトの奴がこんなにくつろいでいるのは申し訳ないよなぁ。
「なぁ、おまえ、ちょくちょくお忍びで街に出たりするのか? 暴れ○坊将軍みたいに」
「ああ。俺は世直しなんてする気はないがな。それでも、執務室に閉じこもっているのは息が詰まる」
「王家の三男坊殿下は女性関係が派手だと聞いたが、……おまえは女に会いに行くときも、今日みたいに護衛さん達をぞろぞろ引き連れていくのか?」
「そんな事を誰に聞いたのだ?」
一瞬マコトは目を剥くが、ちらりとアンドラさんに視線をむけて、苦々しく笑う。
「あいつしかいないか。……護衛なぞ、プライベートな時はまくに決まってるだろう。それでもアンドラだけは無理矢理ついてくるがな」
……こいつは、アンドラさんの気持ちとか考えたことあるのだろうか? いや、絶対に結ばれない仲ならば、特別あつかいするとかえって傷つけることになるのかもしれないしなぁ。アンドラさんのことをきちんと考えた上で、こーゆー態度なのかもしれない。いい加減そうにみえて、意外とまじめに考えていたりするのだろうか。
「なぁ、マコト。……いや、エメルーソ殿下」
「なんだ? 今さら、かしこまって」
「おまえ、神話の時代に八つの頭がそれぞれの個体に分裂して、今でもみんな意識がつながっているんだろ?」
「ああ、厳密には正確ではないが、まぁおおむねその通りだ」
「この世界のエメルーソと、あちらの世界のマコト。それ以外の連中はいま何をしているんだ?
「基本的に普通に暮らしているぞ。今の生物学的な身体は、男女は半々、年齢や職業はさまざまだ」
「ふーん。じゃあ、『他のおまえ』は、やっぱり異性と付き合っていたり、結婚していたりするのか?」
マコトが一瞬ことばに詰まる。これは、図星ということだな。
「ほほぉ。俺には『浮気したら、食べられちゃうかもよ』とか言ってたくせに、おまえは同時に何人もの相手とつきあったり、結婚したりしているわけだ……」
あ、こいつ、目をそらしやがった。俺の顔をみないまま、ぼそぼそと小さな声で言い訳を始めやがったぞ。
「まぁ、その、なんだ。みな身体は別々に転生を重ねてきたからな。それぞれの個体の年齢なりに、つきあっている相手もいないこともない。当然だが、……既婚で家族がいる『俺』もいる」
マコトは明らかに狼狽している。……これは面白い。
俺としては『別のこいつ』が誰かと付き合っていようと、気にしない。こいつは妖怪なんだから、そういうものだと納得するしかない。ヤキモチをやくだけ時間の無駄だ。だが、こいつをやり込めるチャンスなんて、めったにあるものではない。
「俺とこうしている今この瞬間も、別の身体では同時に他の誰かといちゃいちゃしていたりするんだよな、おまえは」
俺は、頬を膨らませ、ふてくされたふりをしてみる。
「そっ、それはちがうぞ、ユウキ兄は別だ。『俺たち』にとって、ユウキは特別な存在なのだ」
マコトは俺の両肩をガシッとつかみ、力づくで正面を向かせる。そして、口からアワを飛ばしながら、とんでもないことを大声で叫びやがる。
ととと突然、なにをいいだすんだ、こいつは。
たぶん俺の顔も赤くなっている。で、で、でも、せっかくのチャンスだ。もうすこしだけ虐めてみよう。
「特別って、……どういう意味だ?」
徐々に夜のとばりがおりる中、薄暗いベンチの上で護衛対象のふたりが見つめ合っている。お互いに、顔をあかくしていやがる。
アンドラは、思わず舌打ちをした自分に気づく。
今日のお出かけは、敵をおびき寄せるためのおとりだったはずだ。それがなんだ。目の前で、美男美女の初々しい嬉し恥ずかしラブラブデートを見せつけられる身にもなって欲しい。もう任務なんて投げ出して、さっさと帰ってしまおうか。
……だめだめ。気をしっかり持つのよ。だいたい、殿下が他の女といちゃいちゃしているところを見せつけられるなんて、いつものことじゃない。
二人を遠目でみながら、アンドラは大げさに頭をふる。両手で頬をたたいて気合いを入れる。
アクションがオーバーになるのは、自分の心の中に、いつもとは違うドロドロしたものが湧き上がるのを自覚しているからだ。自分では決して認めたくはないが、それは際限なく湧き上がるどす黒い想い。
殿下は本気だ。いつもとは違う。そこまではよい。
そして、本気の殿下は、お相手としてユウキちゃんを選んだ。そう、あのユウキちゃんだ。
ユウキちゃんでよいのなら……、身分違いのユウキちゃんが許されるのならば……。
目を閉じる。空を見上げる。
……どうして、私ではだめなのか。幼い頃から殿下に対する想いを必死で押さえつけてきたのは、いったい何のためだったのか。
こんなことならば、ユウキちゃんが現れる前に自分の気持ちを殿下にぶつけていたら……。
だめだめ。だめだめ。だめだめだめだめだめ。
アンドラは必死に頭をふる。湧き上がる感情を力尽くでうち消す。今は任務中だ、しっかりしろ。
そしてひとつ深呼吸。どす黒いものを、呼気といっしょに外に出す。
大丈夫。
もういちど自分の両頬をたたく。私は大丈夫。涙も出ていない。邪念はすてて、護衛の任をまっとうするのだ。
いつのまにか、周囲は薄暗くなりつつある。湿度の高い空気を、夕焼けが赤く染め始める。通りはますます賑わっているが、ベンチの周りには街灯はない。ふと気づけば、まわりのベンチには、ベタベタいちゃついているカップルだらけだ。まぁ、俺たちもそんなカップルの一組になりさがっているわけだが。
「俺たちは、確かに普通の人間とは比較にならない力をもった化け物だ。だが、もともとはひとつの個体として生まれたのが、バラバラにされたのだ。全員の意識がすべてそろってやっと一人前、といっても間違いじゃない。……要するに、俺たちはひとりひとりでは半人前、いや『八分の一人前』でしかない未熟者なのだ。数千年も生きてきたのにな」
ふーーん。いつになく愁傷で、そのうえちょっと自虐的な物言いだな。
「だが、いつか話したかもしれないが、『マコト』が今の身体に転生するとき、原因不明のエラーが生じた。『マコト』だけ前世の記憶を失い、他の『俺たち』と接続が切れたのだ」
ああ、確かにそんなこと言っていたな。むこうの世界のマコトに聞いたような気がする。
「そんな事はこの世に生まれて初めてのことだった。もちろん他の『俺たち』は、消息不明になった個体のことを必死に捜した。自分自身の一部を失うことはつらいからな。それだけじゃない。もし前世の記憶の無い『俺』が、無節操に『力』を振り回せば、大変なことになると心配していたのだ」
そうかもな。おまえ等が前世のことを忘れて、本性まるだしで無節操に暴れたら、鬼○郎やえ○魔くんみたいな妖怪退治の専門家でも簡単には勝てないだろうなぁ。文字通りの神様じゃないと相手にならん。
「だから『マコト』がまともに成長し思春期になり、あらためて『俺たち』との精神接続が回復したとき、俺たちはおどろいた。そして喜んだのだ。……少々照れくさい言い回しになるが、ひとりの恋人が支えてくれたおかげで、マコトは自分の異常な力に押しつぶされること無く、まともに成長することができたのだ。それが、おまえだよ。ユウキ兄」
マコトが、いやエメルーソ殿下がまじめな顔をしている。本当に照れくさいのだろう。いい男の頬がちょっとだけあかい。こーゆーところを見れば、たしかにマコトと同じ人格だと実感できるな。そして、そんなマコトに正面から見つめられている俺は、いったいどんな顔をしているのか。
「その恩人とも言えるユウキの精神が、ろくでもない異世界人どものおかげでこんな世界に迷い込んできたのだ。俺は、俺たちはユウキを絶対に見捨てない。だから、安心して俺に身をまかせろ!」
そ、そうですか。
とっさに、どんな反応をすればいいのかわからない。
それは、……あ、あ、あ、ありがとう。
俺はそれだけ言うのが精一杯だ。俺だって、……照れくさいのだ。
きゃー
悲鳴がきこえたのは、その直後のことだ。それほど遠くない。
同時に、人々が慌ただしく動き始める。平和だった街が、喧噪につつまれる。
なんだ? 何がおこったんだ?
「今日はもう何もないと思ったが、そうもいかないようだな。……ユウキ兄、俺から離れるなよ」
はいはい。あれだけ言ってくれたのだ。これから何が起こるのかしらんが、しっかり守ってくれよ。
これからちょっとづつお話がうごきだすと思います。これからもよろしくお願いいたします。
2014.03.09 初出




