九発目
時折単眼鬼が圧し折った木を飛ばしてくる以外、前線は静かなものだった。森から溢れた魔獣等は大半が骸を晒し、また、冒険者達に命を刈り取られるまいとして単眼鬼の居る方角を避けて森深くに引き返して行った。
「この光景じゃ剥ぎ取り屋や解体屋達は悔し涙を流すだろうさ。中層のも結構仕留めてるしよ」
「俺は筋肉鹿の角を荷物に入れたぜ」
「俺も牙狼の牙取ってある」
「私も大赤蜘蛛の毒袋取った〜」
冒険者達はこんな時でも抜け目ない。帰れる前提で、少しでも儲けようと工夫している。あの乱戦状態でそれを成すのだから、相応の実力の証明にもなるだろう。
「飛ばされて来る木が大分細くなってきたな」
「そりゃ、あれだけ森の浅い場所じゃあな」
「お、あれか?あの緑と灰の斑模様」
「あ〜……、思った以上にデケェな」
「本当に単眼鬼だ!」
「トドメを食らわせりゃ一躍有名人だぜ!」
「アホが!俺の獲物だっ」
「死にたく無い死にたく無い死にたく無い――」
「脚引き摺ってやがる。これなら勝てる!」
小型の肉食獣が大型の獲物を仕留めるには、倒すまで諦めない執念深さと数の暴力が有効ではある。そこに最低限の連携と弱点を突く狡猾さが有れば尚良い。
飛んで来る木が魔法使いによって撃ち落とされ、木屑がばらばらとあられの様に降ってくる。油断さえ無ければ大きな木片の直撃はしないだろう。
『先ずは遠距離の皆さん、右脚を狙って一斉に攻撃して下さい!……用意―――』
主に魔法使い達が遠距離攻撃をする為に魔力を凝固させて現象を起こす。森に近いこの場所では炎や雷は御法度だ。石の矢や氷の槍、魔力そのものを圧縮し攻撃に転じさせる者もいて、彼等の頭上はその人数以上の凶悪さが並び、今まさに牙を剥かんとしている。
メキメキッ、ドシン、ズジャッ、ズドッ、ズジャッ
遂に遮る木々も途切れ、単眼鬼が左足を引き摺りながら現れる。大きな目玉をぐりぐりと動かし、矮小な冒険者達が群れて並ぶ様を見てこの人に近い形の魔獣は何かを思ったのだろうか。
おオオぉオォォォォ――ンん!!!
『一斉に、……撃て!!』
合図を受けた全ての魔法が、嘆きにも聞こえる大声を上げ立ち止まった単眼鬼の、その右脚を目指して飛ぶ。
ズドドドッ、ドオンッ、バキッ!!
着弾に土埃が上がって単眼鬼の下半身が見えなくなり、結果を見るまではと誰もが息を飲んでいたが、その静寂と土煙を切り裂くように魔獣の死体が飛んで来た。
「おりゃあぁ!!」
直線上に居た冒険者が鎚でかち上げた事で直撃を防いだが、土煙が収まる前にまた一体の骸が飛んで来て、再び前線の冒険者に無力化された。
おオオぉオォおォォ――ンん!!!
薄れた土煙を押し退けながら、右脚の皮膚が傷付いた単眼鬼が前進して来た。相変わらず左脚を引き摺ってはいるものの、狙った右脚はその歩みを止めるほどの痛手を負わせる事が出来ていなかった。
「効いてねぇぞ!」
「やっぱり俺達の出番だろ!?」
「繰り返せ!」
『もう一度!……用意、撃て!!』
慌てた様な魔道具の拡声が響き、一度目よりずっと短い時間で二発目の魔法が放たれた。先程とは違い動く相手に狙いも必然甘くなり、同じ場所に当たるものは半数を超える程だろうか。
狙われた右脚は皮膚が破れ内側の肉を晒してはいるが骨迄は届かなかったのか、単眼鬼は苛立った様子で前進の速度をあげた。
見上げても尚大きい巨躯が轟音を上げて、地面をその重さで抉りながら迫って来る。足元の魔獣の死体は蹴られ踏み潰されその歩みを微塵も妨げない。
それを正面から見た者達の腰が引けても、誰もが仕方無いと言っただろう。自分達が苦労して倒した魔獣等が、死体になったとはいえ易々と地面の染みに変わるのだ。
「……っバケモンめが!」
「俺は横に回るわ」
「おまっ!逃げんのかよ!?」
「阿呆!正面からやり合えるか!?挽肉だぞ!」
「もうどっちにしろ間に合わねぇよ!」
間近な死を突き付けられた一部の冒険者達がざわめくが、腹の決まった者達は小揺るぎもせずに各々武器を構えた。
あっという間に目視でその足の爪が欠けているのすら見て取れる距離になり、単眼鬼が投げる為に魔獣を拾う動作を取ったその時――
ボゴンッ!!
単眼鬼の巨体を支えていた地面が役目を放棄し突如として大穴になった。流石にその足首を超える程度の深さに留まったが、それでも体勢を崩し空気を震わせる音を立てながら、単眼鬼が前方に向けて倒れていった。
「やったぁーっ!!」
「……っあいつか!」
聞こえてきた快哉がルルの声だと気付いたガーランドが、頭が下がってきたこれを好機として単眼鬼に向かって駆け出した。
人と大した違いのない作りをしているのならば、首は皮膚も薄く太い血管が通っている筈である。
「今だー!!突っ込めぇー!!」
「やってやるよ畜生ぉぉあ!!」
「さっきの『やったー』の声可愛くね?」
「血ぃィィ!!」
まるでお祭り騒ぎだが、これが愛すべき彼等の鬨の声なのだろう。




