二射目
魔獣に限らず、大きい事はそれだけで脅威だ。大きいから遅い、等と言うのは現実を見ない夢想家の戯言だ。
子供と大人の一歩の差、単純な力の差を考えれば、自ずと解ろうに。
しかも魔獣とは即ち、魔力をその身に宿しているのだから。
「ぜっ、ぜっ、ひゅっ」
気管から血の匂いが上がって来ていた。トートが森の外へ向けて射った緊急の矢笛に、ガーランドは気付いているだろうか。
ゴッ!!!
また、掠っただけで吹き飛ぶ威力の何かが、周囲の木々を圧し折りながら飛んで行った。斜め下を走っていたトートはバラバラと降ってくる木片を払う事すらせずに、左前方へと進路を変えてまたひた走る。
(しつっっっこいんだよ!俺ぁそんなに魅力的かァ?ああ゛!?)
単眼鬼は執拗にトートを追い続け、時折障害物を減らす為にか、岩だか木だか分からない物が投げられて唸る様な音を立てながら飛んで行く。放物線を描くならまだ良い。ほぼ直線に投げ付けられれば、進路上に居るだけであっという間に肉片だ。
トートは大きく左から回り込んで、何とか単眼鬼の側面が見える位置に、生きて辿り着いた。上手く見失ってくれたらしい。逃げ切るには近すぎるが、一矢を放つならば都合が良い距離だ。
矢をつがえ、弓を引き絞りながら風の精霊へと助力を願う。追い駆けっこの序盤で射った通常の牽制程度では、皮膚に突き立ちすらしなかった。
「森走るトートが奏上!風の、彼是の、加勢の――」
(畜生!この矢が幾らすると思ってンだ!)
己の不運を嘆きつつ、単眼鬼の左の膝裏へと狙いを定め、風の道を通す。
「――導け、道引け、満ち弾け……!シッ!」
極限まで張り詰めた弦が弓の反動を味方に矢を弾き出す。風の精霊によって射線が示すまま、抵抗を極限まで減らして矢は進む。
果たして、狙い通りに矢は突き立ち、魔石で出来た鏃が爆ぜる――。
ぱちゅっ
湿った音を立てて肉の一部が弾けはしたが、如何せん、あの巨体だ。筋や骨までは届かなかった上、こちらの大体の居場所がバレた。
(また走るのかよ!)
頭で文句は言いつつも、トートの身体は既に森の外へ向けて走っていた。単眼鬼の目は狙えない。魔力で守っているからこそ、あの大きな目には瞼なぞ無いのだ。大型種を倒すなら脚からというのはセオリーだ。
動けなくさえしてしまえば、後は数による暴力で命を削り取れば良い。本当は腕の片方でも使えない様にしたかったが、流石に贅沢が過ぎた。
他所事を考えた所為だろうか、単眼鬼が投げた物とトートの直ぐ横の木がぶつかり、双方弾ける様に砕けた。
「がっ!!」
衝撃で木に背を叩き付けられ、肺から空気が押し出されると共に、まともに吸えなくなる。
「ひゅっ、げふ!かっ、かふっ!」
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!)
四つん這いで暫く進み、やっとまともに息が吸えた頃には、かなり近くまで単眼鬼が迫っていた。周囲の木々が隠してくれているが、腕を横向きに一振りするだけで、飛来物により簡単に死ねる。
トートは自身の身体に大きな異常が見られないのを確認すると、じわじわと再び動き出す。最悪な事に回り込まれた形になり、森の出口は単眼鬼の向こう側になってしまった。このままでは味方に合流も出来ない。
倒木を跨ぐ際、腰の辺りからガチャリと音がして、ガーランドから渡された短剣の存在を思い出した。
(……このままじゃジリ貧だ。……だったら、賭けたらァ!)
自らの命の為にその命を懸ける。矛盾するようで成り立つその行為。幾つかの手段の内の一つだけ、確実に今なら持っている。
ガーランドは元聖騎士だと認めていた。ならば、この短剣の祝福はニワカでは無い筈。ガーランド自身がその効力を裏付ける。ギルドのランクも文字通り一級だ。
単眼鬼により投擲されている爆音が響くが、金属音が立たない様に焦れる自身を叱咤しながら短剣の柄を外す。材料はそこら中に有って困らない。程良い枝に予備の弓の弦を使って、柄の無い短剣を括り付ける。
特別製の矢も、握れる太さの枝に括った一本を残し、全部の鏃を外して小さな袋にじゃらりと入れ、その一本に付ける。バラバラと直ぐ真上から轟音と共に枝が降って来るのを腕で払う。
単眼鬼の傷付けられた膝裏には、精霊の名残がある。トートは自身の魔力の残り殆どを突っ込み、もう一度、風の精霊に助力を願う。
「森走る一族が一人、トートが奏上す」
風が、単眼鬼の居る方角からこちらへ吹く。血と泥と、磨り潰された植物の臭いを運んで来る。
「風の、彼是の、加勢の――」
願いには魔力が足りず、髪が代償として捧げられ、毛先からじわじわ消えていく。トートの視界の端に映る髪がかなり短くなり、見えなくなってきた。
(あぁあ〜……。ハゲになる前に止まってくれよ!)
「――導け、道引け、子父引け、東風吹け……」
向かうは西。短剣がガーランドへ引かれる。言葉を曲げた反動は有ったが、精霊に意味が通じたらしく、トートは髪を全て喪わずに済んだ。
(子等に祝福を授けるのはなァ、本来神父の仕事なんだよ……!)
狙うのは、見失ったトートを探す為に手当たり次第に物を投げ暴れる、単眼鬼の、脚の間。風の向きが一気に変わり、トートの背に渦巻く。
「俺を矢として、弾き出せ!!」
短剣を括った枝を自身の腕に括り付けたトートが、ドンッ!と音を立てて目標に向かい一直線に飛ぶ。
(――喰らいやがれぇァ!!)
単眼鬼の脚の間を飛び抜ける寸前、肉が爆ぜた膝裏に棒に括った特別製の矢を突き立てた。トートがその間を抜けた瞬間、小袋に入れた鏃達と共に、矢が爆ぜた。
どちゅんっ!
一撃目より重い音がして、単眼鬼がぐらりとバランスを崩したのを見届け、トートは嗤いながら吹っ飛んだ。
矢張り魔力がもっと欲しかったが、生きてるだけで上等だ。単眼鬼は機動力が落ち、トートは腕を折ったが脚は無事だ。距離もかなり稼げた。役目を果たした短剣だけはガーランドの元へ飛んで行った様だが、当たるようなヘマをする程の可愛気は無いだろう。
「……っ、痛ってぇなあオイ」
文句を垂れながらもトートは再び森の外へと走り出す。単眼鬼の立てる音は先程までより遠い。主力の弓と一緒に予備で背に掛けていた弓もへし折れたが、前線まで戻れば一張り位は有るだろう。走りながら手近な枝を適当に添え木にして縛り付け、トートは、後は後方に回って死なない程度に立ち回ろうと決意した。
(不思議とこれだけは無傷か……)
小熊亭の赤毛のコの顔が浮かんで、つい祭りの出店で買ってしまった髪飾り。箱に入れて貰ったは良いが、渡す勇気も出せずに持ち歩いていた。
(これは勇気を出せってェお告げかねえ……?)
討伐が終わって街へ帰れば、好いたあのコにまた会える。
「っし!!」
髪飾りの箱をまた仕舞い込み、折れた腕を庇いながらトートは走る速度を上げた。
両想いも片想いも!大・好・物!
原点はきっと、『りぼ◯』と『なか◯し』。
恋愛タグはどこから必要なのか?




