聖女の神学と、美しき皮肉屋の視線
お読みいただきありがとうございます!
今回はのんきに神殿での座学に挑むサビアたちです。
さらに数日後。神殿訪問の日が、またしてもやってきた。
今回こそは平和に、平穏に、ただ椅子に座っているだけの「座学」である。
神殿の広大な図書室。
高い窓から柔らかな光が差し込む特等席で、私とリリィは並んで古い羊皮紙の教科書を広げていた。
リリィは今日も今日とて、可憐なピンク色の髪を揺らしながら、熱心に神官の講義に耳を傾けている。真面目にノートをとる横顔は、本当にちんまりとしていて、ただそこにいるだけで周囲がパッと明るくなるほど可愛い。
だが、私たちの斜め向かいには、完璧に静謐な雰囲気を漂わせながら、熱心に本に目を落としている芸術品がいた。
「……」
ウルハラである。
有言実行とばかりに、彼は本当に「聖女の特別レッスン」の座学にまで堂々と参加してきていた。
まばゆい金色の長い髪を耳にかけ、宝石のような青い瞳で黙々と書物をめくる姿は、息をのむほど美しい。美少女の姿のまま、一寸の隙もない優雅な所作でページを繰る彼は、ただそこに座っているだけで奇跡のようだった。
しかし、その視線は、時折本から外れては私へと向けられる。じっと私を観察するその目は、相変わらず冷え冷えとしていた。
「ねえ、サビア様」
神官が次の資料を取りに席を外した隙に、リリィが私にひそひそ声で耳打ちしてきた。
「ウルハラ様って、なんであんなに偉そうなんですかね? 神殿の人たちもみんなペコペコしているし……。なにより、サビア様に対して態度が失礼すぎます! 私、ちょっと気に入らないです」
リリィはむう、と小さな唇を尖らせて、ウルハラを小さく睨みつけている。
リリィはまだ、ウルハラの正体がこの国の王太子だとは知らないのだ。
原作の『アイロン』では、ここでリリィがウルハラの大人びた気品にときめき、二人の恋が始まっていくはずだった。それなのに、今のリリィのウルハラへの好感度は地を這うどころかマイナスである。元のゲームとは大違いだ。原因は間違いなく、ウルハラが私に(警戒して)冷たく当たっているせいなのだが。
「まあまあ、リリィ。私は気にしていないわよ」
私が苦笑いして宥めていると、神官が分厚い歴史書を抱えて戻ってきた。コンコン、と机が叩かれ、講義が再開される。
「――では、本日の神学の本題に入りましょう。この世界における、代々の聖女たちと、悪しき魔女たちの戦いの歴史についてです」
神官は厳かな声で、古い挿絵が描かれたページを指し示した。
「光の魔力を持つ聖女が、新しく世界に生まれるように……その影として、闇を操る悪魔や魔女もまた、新しく世界に生まれ落ちるのです。両者の戦いは決して終わりません。光が強まれば、それを侵そうとする闇もまた、より深く、より強大になって現れる。これが世界の因果なのです」
神官の説明を聞きながら、私は背筋がチリチリとするのを感じていた。
新しく生まれ落ちる闇。つまり、私の腹の底にいる「悪魔の魔力」のことだ。バレたら一発で処刑台行きである。
(重いなあああ……どっちの立場でも重いなああああ……)
私が内心で冷や汗を流していると、斜め向かいから、ふっと冷ややかな声が上がった。
「光があるところに闇ができるなら。はじめから光がなければ、闇も生まれないのかもしれないな」
ウルハラだった。
本から目を離した彼は、どこか冷徹な、諦念を孕んだような瞳で神官を見つめ、それから私へと視線を移した。
「聖女という『光』が現れるから、それに見合う『災い』が引き寄せられる。もし光などという独りよがりの救済がなければ、世界はもっと穏やかだったのではないか?」
それは、王族として世界の理の残酷さを知る、彼なりの皮肉だったのだろう。
神官が言葉に詰まり、リリィが言い返そうと息を呑む。
けれど、私はその言葉を聞いて、純粋に「それはちょっと寂しいな」と思ってしまったのだ。
前世で、灰色の電車の中、スマホの画面に映る『アイロン』の美しい世界にどれだけ救われたか。今、目の前にいるリリィという、神様に愛された可愛い女の子が、どれほど世界を華やかにしてくれているか。
「それでも、光は必要でしょう」
「……何?」
ウルハラが、眉をひそめて私を見る。
私はしごく当たり前なことを口にした。
「だって光があって、世界が美しいから、私たちは生きているんですよ」
ウルハラは、目を見開いた。
そのままじっと、私のことを見つめ続けていたが、ふたたび本に目を落とした。
「つまらないことを言った。講義を続けてくれ」
神官に告げる。
リリィはとろけるような声で、「だからサビア様って大好き!」と言って、ずっと上機嫌だった。
もしもリリィが猫だったなら、ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえてきそうな様子である。
にゃんでだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
元の乙女ゲームのシナリオが、サビアの存在によって音を立てて崩壊していきます。
ウルハラのサビアへの疑惑は、別の感情へとシフトし始めているのかもしれません……。
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