第9-8話:気づかれない強制変身を抱えたまま戦場へ
「……っ! エクリプスの反応……街が、大変なことに……!」
突如として相談室内に鳴り響いたアラート(あるいは、ヒュノプスが麗子の焦燥感を煽るために仕掛けた偽りの信号)に、麗子の身体は条件反射で跳ね上がった。
深い催眠の霧は一時的に晴れたかのように見えたが、麗子の意識の連続性は決定的に断絶したままだった。彼女の脳内では、「怪人が現れたから、これから着替えに行かなければならない」という切迫した使命感と、「すでに全身をロイヤルブルーの強烈な着圧に締め上げられている」という肉体的な現実が、歪な形で同居していた。
彼女は気づいていない。自分が先ほど、氷野先生――ヒュノプスの指示に従い、自らの手でスーツを脱ぎ捨て、すでにセイントレディへと変身させられてしまっている事実に。
下着の上に丁寧に引き上げたパンストの滑らかなナイロン層、その上から全身を万力のように圧搾するレオタードの感触。下半身は以前の戦いの教訓をなぞるように完璧なレイヤーを保っている。しかし、胸元だけは決定的に崩れていた。ヒュノプスの巧妙な誘導により、麗子は『最後の理屈』であるニップレスを装着する手順を完全に忘却したまま、素肌の上に直接ロイヤルブルーの生地を纏ってしまったのだ。
「行かなきゃ……健一、待ってて。私は大丈夫だから……」
麗子はうつろな瞳のまま、鏡に映る自分の姿――ニップレスがなく、生地越しに二つの突起を鋭く浮き彫りにした恥ずべき「不完全な標本」としての自分――を直視することなく、相談室の窓を開けた。
足元を包むパンストの心地よい圧迫感。それがあるからこそ、彼女は自分が「正しく規律を守っている」と錯覚してしまった。だが、胸元を走るピリッとした過敏な熱は、彼女が自ら防壁を捨て去った「綻び」そのものだった。
後年の俺は、この夜の彼女の後ろ姿を思い出すたびに、胸が締め付けられる。麗子は自分の正義を信じ、健一を、街を守るために夜の闇へと飛び出していった。しかしその実、彼女を動かしていたのは自分自身の意志ではなく、氷野という名の悪魔が書き換えた「破滅へのプログラム」だったのだ。ニップレスなき胸を夜風に震わせながら、彼女は自ら、ネクサスの待つ処刑場へと急いだのである。
【後年注】
アラートが本物だったかどうかは、後年の俺にも切れない。切れるのは、彼女が相談室を出るとき、自分を未完成だとは思っていなかったという事実だけだ。
下は教訓どおりの層だった。パンストの圧が「正しい」と錯覚させた。欠けていたのは胸の理屈だけだった。鏡はそこにあった。彼女は鏡を見ないことで、標本にならずに済むと信じた。
「健一、待ってて」は、俺への連絡ではない。プログラムが借りた俺の名だ。夜風が青の面の二点を打つ後ろ姿を、俺は処刑場の前段としてしか記録できない。彼女は戦いに向かったのではない。書き換えられた使命が、窓を開けさせた。




