第3章第6話:未解決のまま立つ(第3章 完結)
地方都市、Y市の夜明けはまだ遠い。
アジトの静寂の中で、麗子は姿見の前に立ち、再び「正義の皮膚」をその身に纏おうとしていた。
指先で慎重に手繰り寄せる、肌色の強化パンスト。その薄い膜が脚を包むたび、廃工場でブーツを脱がされ、剥き出しのつま先を弄ばれた時の透過刺激が、幻肢痛のように蘇る。
続いて、ロイヤルブルーのレオタード。第2章で「死んだ」生地は蘇生液によって弾力を取り戻しているが、麗子の心には、ゾルバの脂の臭いや、ゾディアックのねっとりとした指先の感触が、拭い去れない澱として沈殿していた。
「……っ、ん……あぁっ……」
腕を通し、レオタードが全身を万力のように締め上げた瞬間、麗子の喉から、情けない漏れ声が溢れた。
それは、昼間の教壇で見せる凛とした英語教師の声でも、戦場で正義を説くセイントレディの毅然とした響きでもない。
ゾディアックの「翻訳」という名の調律によって、理性を無残に剥ぎ取られ、絶頂の最中で無様に裏返ってしまった、卑俗で淫らな――自分自身ですら聴いたことのない「雌の嬌声」の残響だった。
(……やだ。着るだけで……私の身体が、あの声を求めて……っ!)
麗子の二つの突起は、レオタードの強固な着圧を「愛撫」として誤認し、鏡のような生地の表面に、鋭く、硬く突き立っている。特に右側の突起は、かつての絶頂を予習するように細かく痙攣し、彼女の敗北を視覚的に証明していた。
私は彼女の背後に立ち、その震える肩を静かに抱き寄せた。
「麗子……。あの時、君が上げた声も、その震えも……俺はすべて覚えている。それは君が汚れた証じゃない。君が、俺と共に地獄を歩き抜くための、真実の叫びだったんだ」
「健一……。でも、私の声は……もう、あんなに……汚れてしまったわ……」
麗子は、レオタードの裾ゴムを、自らの手で脚の付け根へと深く引き込んだ。
パチンッ。
鋭い音とともに、沈黙したままのブルークリスタルが恥丘を圧迫する。
かつては誇りだったこの「食い込み」の衝撃さえも、今の彼女にとっては、ゾディアックに調律された「消灯」の快感を呼び覚ますための、背徳のスイッチに過ぎない。
心は健一を求め、健一の温もりに救いを見出している。
だが、身体はゾディアックに刻まれた「条件」に忠実に反応し、正義の象徴である装備を快感の道具として受け入れてしまう。
この解決することのない、心と身体の凄絶な「ズレ」。
麗子はマスクを装着し、鏡の中の自分を見つめた。
そこに映るのは、かつてのような無垢な聖女ではない。
敵の愛撫に裏返った声を上げ、自分の装備に裏切られ、絶頂の廃人候補へと作り変えられながらも、それでも正義を捨てきれない、不完全で「濁った」ヒロインの姿だった。
「……行きましょう。私は、まだ……戦えるわ」
麗子の声は、再び凛とした響きを取り戻していた。
だがその裏側には、健一にしか聴かせることのない、ゾディアックの残滓に濡れた淫らな喘ぎの影が、消えない傷跡として刻み込まれている。
麗子は窓から夜の闇へと飛び出した。
ロイヤルブルーの聖衣は、風を切るたびに彼女の過敏な突起を擦り上げ、下腹部のクリスタルは沈黙したまま、彼女の不浄な熱を吸い込んでいく。
「心は健一、体はゾディアック」という逃げ場のない二重支配を抱えたまま。
セイントレディの孤独な、けれど「共犯者」を伴った新たな闘い――第4章の「変奏」という名の深淵が、今、その幕を開けようとしていた。
第3章 完結。




