episode44 色欲
---from 白井 side---
ふー。
煙草を燻らせる。
地上から持ってきた煙草もこれで終わりだ。
俺は地上から持ってきたレポートを読み返す。
俺は元々政府の人間だ。
政府は魔石研究の第一人者である赤石リサ教授とその所属する大学を重宝すると同じくらい疎ましく思っていた。
理由は明確。
新エネルギーに成りえる魔石。
これを扱えるのが赤石リサ教授とその所属する大学。さらに限定するなら赤石リサ教授のゼミのみだからだ。
フン、技術の独占というやつだな。
そうなると技術に伴う利益も赤石リサ教授とその所属する大学のみが得ることになる。
政府を運営しているのは政治家だ。そして政治家は支援者に弱い。支援者からそっぽをむかれると選挙におちて政治家を失業するからな。
支援者の企業が自社の利益のために独占状態をなんとかしてくれと政治家に頼むということは容易に想像できる。
だから新技術を想像してくれた赤石リサ教授に感謝するとともに、その技術を無意識であろうとも独占する赤石リサ教授を疎ましう思っていた。
独占の理由を調べたところ、まともな理由だった。
危険ということだ。
採掘場所は未知のモンスターの出現する危険な魔石の洞窟
魔石の活用方法もリサ教授の尽力で実用化はできたが安全性までは確保できていない。その中で小さなテストでの活用は必要だが商業化には早いと考えていたようだ。
別に他意はなく、安全第一思考で考えてくれていたというだけの話だ。
まともだろう?
だが世の中にはたくましい想像力を発揮して、ありもしない事実を捏造する奴らがいる。
そういう奴らは私利私欲のために、リサ教授たちが私利私欲で独占していると喚くというくだらないことは当たり前におきていた。
茶番だろう?
そんな状態のときにリサ教授が魔石の洞窟内で遭難するという事件が発生した。
この時、滑稽なことに、リサ教授がいなくなったから技術を独占できると勘違いした馬鹿がいたらしい。
よくよく考えてみろよ。
技術を持った人間が遭難したんだぜ。
そのまま技術が失われるだけだってのがわからねえってのはどうなんだろうな
呆れるばかりだ。
それで政府の動きが遅れたのは滑稽な話だ。
この点、研究所のある大学の動きの方が早かった。
レンジャー部隊―通称、レンジャーワン―を組織し、いち早く救助作戦を開始した。
この動きはリサ教授の盟友である黒滝教授の働きが大きいようだ。
あとで調べたが、この救助活動も当初、難航したらしい。
魔石の活用技術があり、モンスターに対抗するという理由で重火器の携帯を認められていても所詮は研究所の研究員レベルだ。
また、遭難ボランティア感覚で応募した人間も多数いたらしい。
魔石の洞窟内のモンスターに対応できず、犠牲者を増やしただけになったこともあったらしい。モンスターに対抗できる研究所の人材がリサ教授とともに遭難したことも痛手であったようだ。
レポートによればその状態を打破したのが山吹・アオイ・赤石の3人ということらしい。
山吹は研究中であった巨大な魔石からドラウプニルというモンスターに対抗できる装備を開発。さらに地底帝国から亡命してきた戦術家 アオイ姫が加わり、それにリサ教授の彼氏である赤石が参加し、ようやくモンスターや地底帝国と対抗できるようになり、捜索ができるようになったようだな。
フン、こうしてレポートを見返してみると赤石という男。
やはり異様だな。
捜索不能である苦境を変えた要因として山吹はわかる。ドラウプニルという装備を開発したことは大きい。それは実際に俺が使っているからこそわかる。
アオイも同様だ。
元々、帝国四天王をやるだけの能力はある。
状況を変えるには十分だろう。
だが、赤石はどうだ?
リサ教授の彼氏というだけでしかない。
レポートを改めて見る。
赤石の簡単な履歴がある。
履歴上どうみても普通の高校生だ。
何か格闘技をやっているような履歴もない。
だから異様だ。
山吹やアオイのように状況を変える根拠がレポートのどこにも存在しない。
だが・・・
実際には四天王と渡り合うだけの力をもってアオイ、山吹とそん色の無い活躍をしている。
赤石・・・アイツは何者だ?
アイツが何者かで今後の俺の動きが変わる。
変わる・・・
俺は煙草を燻らせる
フン、俺の動きか・・・。
俺は傍らで横になっているミスクロウを見る。
「・・・どうかしましたか?」
ミスクロウはベットから上半身だけ起き上がってこちらを見た。
「いや、何。いい女だと思ってな。見ていた。」
俺のセリフを聞いたミスクロウは眉を顰め
「・・・嘘ばっかり。地上の女性もそのように巧弁で誑かしたのですか?」
と軽く抗議をした。
「嘘じゃねぇ。帝国にきて右も左もわからない俺をフォローしてくれた。その献身に感謝している。」
「・・・デビルフィッシュ様のご命令ですから。」
彼女は素っ気なく答えた。
俺はそのしぐさに肩をすくめて答える。
それにしても・・・地上の女性か・・・
俺は苦笑する。
まあ、俺も女遊びをしなかったわけじゃない。
が、歓楽街の付き合い。金の付き合いだ。
本当の意味で情を交わした女はいない。
だた、いいな。と思う女はいた。
伊藤女史だ。
賢い。・・・いや違うなルール人間の多い役所仕事の人間にしておくには惜しいほど、考え方が柔軟だ。
行動力もあるし、リーダーシップもとれる。
そして、その行動原理が愉快だ。
臆病なくせに、物凄く臆病なくせに「心配だから」という心配を払拭するためならどんなアイデアも出す。行動力も発揮する。他者を動かす必要があるならリーダーシップを発揮する。
実に面白い女だ。
中々、いそうでいないタイプの女だ。
惚れている。
のかも知れない。
そんなので惚れるのか?
と思う輩もいるだろうが、そもそも恋だの愛だのなんてそんなものだろう。
人が他の異性に対して欲情する理由をあれこれひねくり回すことこそ無粋だ。
俺がこの件に深くかかわった理由は彼女の存在が大きい。
彼女が帝国への特使に選ばれたからだ。
この前後の政治家の動きがどう情報を集めてみても危険を孕んでいた。
当時の政治家はその支援者の利権のため、どうにかして魔石という新エネルギーになりうる商品をリサ教授の独占から、開放し流通させたがっていた。
その流通という視点から見ると安全性を盾にしているリサ教授は邪魔まではいかなくても、障害の一つだったのだろう。
政府がリサ教授の遭難に対して初動が遅く、積極的ではないのはその考えがあったのは否定できない。
レポートを見ても議論百出で結局なにも行動できていない。
結局、黒滝教授が先に有志によるレンジャー部隊を組織し、リサ教授救出に動いた。
人道的に見れば黒滝教授の行動は当然だが。
政治家やその支援者はそうは考えないらしい。
結局、黒滝教授とそのレンジャー部隊の手によってリサ教授が救出されたら利権がリサ教授や研究所に戻るだけだ。と考えたらしい。
実にくだらない。
ここで一つ転機が訪れた。
魔石の洞窟の行きつく先にある地底人の国家の内最大の地底帝国。
その四天王の一人。
へドリアという高官から和平交渉の提案があった。
政治家やその支援者など魔石の利権を得たい奴らはこの提案をこのように考えた。
魔石の利権についてイニチアシブを得る好機であると。
彼らは自己都合のよい以下のストーリーを考えた。
魔石は魔石の洞窟から産出される。
その魔石の洞窟の奥に住む地底人ならその産出方法から有効活用方法を知っているに違いない。
それなら地底帝国と交易して、魔石を輸入し、技術者を派遣してもらえれば、リサ教授の技術独占状態を回避し、魔石を流通させ、その過程で利益を得ることができるのではないかと。
そのための交渉役として選ばれたのが後藤。そして伊藤女史だ。
俺の目から見て、伊藤女史は危かった。
理由はいくつかある。
交渉しようとしている地底帝国とリサ教授を救出しようとしているレンジャー部隊と交戦していた。
地底帝国は我々のいる地上を征服しようとしている。
といった情報があったからだ。
政治家どもはだからこそ和平を結ぶのだ。と息巻いていたが。
俺は動いた。
そんな下らない利権のために伊藤女史が死地に向かうのが許せなかった。
青臭いが、淡い恋心的なものはあったのだと思う。
もっとも俺にできることは限られている。
交渉役に名乗り出て、万が一のことがあったときに伊藤女史を助けることができるように傍にいる程度だ。
交渉役に俺を追加させるのは問題ない。
コツは真正面から話をせず、コネクションを活用する。これに尽きる。
見事、交渉役として参加することに成功したが、
見事、俺の悪い予測は的中した。
帝国との交渉中、内乱に巻き込まれた。
危く、そのまま帝国にとどめ置かれ、捕虜になりかけた。
帝国では俺達を疑ったらしい。
俺達が交渉に赴いたタイミングで内乱が発生したからだ。
内覧の首謀者と通じている疑われても仕方ないと言えば仕方ない。
いずれにせよ。俺のやることは決まっていた。
伊藤女史を逃がす。それだけだ。
俺はそのために同行したのだから。
危うく帝国につかまりかけたが、なんとかレンジャーワンに託すことはできた。
俺にできるのはここまでだ。
あとは・・・ついでに後藤も助けるか。
と考えた。
はっきりいうが惚れた女を逃した時点で俺のやりたいことは無くなった。
だから、本当についでだ。
ところがだ。
後藤は先に捕まっていた。
俺の目的は惚れた女を窮地から救う事
それだけだ。だから見捨てればよかったのに、見捨てられなかった。
どうしようか思案している間に俺も捕まった。
間抜けだ。
後藤は俺に輪をかけて間抜けだった。
捕まった後、正論を吐いた。
正論は何の問題解決にもならない。
俺はコネクションを使おうと思った。
もちろん、帝国にコネクションなどはない。
が、なければ作ればいいだけの話だ。
俺は目星を既につけていた。
四天王デビルフィッシュだ。
デビルフィッシュに認められ、俺は彼の軍団の所属となった。
後藤は正論を吐いたために、捕虜よりもひどい実験体となった。
この時に出会ったのがミスクロウだ。
はじめ、ものすごく事務的な女かと思いきや、中々、親切を超えて献身的な女だった。
戦闘の素人だった俺に戦い方を教え
帝国の流儀に疎い俺に生活基盤を与え
地底の歴史に疎い俺に知識を伝えた。
それは惚れた女を救うという目的を達成し、
しかしながら、おそらくもう二度とその惚れた女には会えない。
そんな空虚な俺の中に染み渡るような献身だった。
「フン、一生懸命だな。惚れてしまうぜ。」
「・・・デビルフィッシュ様のご命令ですから。」
一度、そのように尋ねたことがある。
その返事は素っ気ないものだった。
ただし
その後にミスクロウが言った言葉に驚いた。
「・・・地上の女にもそのように言っているのですか?」
献身的ではあるが、どこか、それはあくまでも仕事である。というスタンスであった彼女がそのように質問してきたこと自体に驚きと興味を持った。
それは彼女の言うデビルフイッシュから与えられた「仕事」には必要のない質問だったからだ。
その無関係な質問をした彼女に興味を持った。
「もし、そうだとしたら?」
だからだろう。
思ってもいないことを口にしてみた。
彼女がどう反応するか?興味があった。
「・・・一女性としての意見です。」
「うん?」
「・・・軽蔑します。」
このように言い放った彼女を俺は鮮烈に覚えている。
そうだな。
今どきの言葉で言うのなら「ギャップ萌え」とでもいうのかな。
俺はミスクロウに惚れた。
「・・・なにをニヤニヤしているのですか?」
思索の海に沈んでいた俺を、ベットにいるミスクロウが現実に戻す。
「フン、いやなに。昔を思い出していた。前にも「地上の女にそのようなことをいっているのか?」と聞かれたことがあった。その時のことを思い出していた。」
それを聞いたミスクロウは露骨に嫌な顔をした。
「フン。最近、表情豊かじゃないか。最初あったときは鉄皮面かと思ったぜ。」
「・・・なんてデリカシーのない。女性にそのようなことを面というものではありません。それを言うなら、あなたこそ。初めは無口な男だと思っていたのに、意外と饒舌なのですね。」
「フン。お前の前だけだ。」
「・・・なら、私の表情がかわるのも貴方の前限定です。」
ふ、お互いに苦笑しあう。
それがいけなかったのかミスクロウが苦悶の表情を出す。
彼女は前の戦いの怪我がひどく今だ病院のベットから抜け出せていない。
その怪我に響いたらしい。
ちなみに先ほどからベットからミスクロウが話しかけているが、それは病院のベットだ。
何もやましいことはしていない。
もっとも俺は彼女に欲情していることは認める。
「悪かった。」
「・・・いえ、私も。」
「いぜれにしろ早く怪我を直せ。」
「・・・ずいぶん心配してくれるのですね。」
「当たり前だ。帝国にきて右も左もわからぬ。俺に献身的にいろいろしてくれた。その恩を返すまで倒れられたら困る。それに・・・。」
「・・・それに?」
「俺はお前に惚れたらしい。」
「・・・なっ! つぅ。」
「あまり興奮するな。傷に触る。」
「・・・あなたが変なのことを言うから。」
「ん? 俺がお前に対して惚れたことか? それはミスクロウ。お前が悪い。あれだけ献身的にしてくれたら惚れもする。」
「・・・なっ。まるで私が悪いような。」
「フン。原因をつくったのはミスクロウだ。」
「なっ!」
「・・・それに俺は早く、恩を返したい。恩を返した後、お前にプロポーズするからな。」
「なっ!」
「フン、わからんか? 俺はお前に欲情してんだよ。俺の女にしたいってな。今はある意味、そのために帝国にいる。」
「・・・それは嘘。あなたは元同僚の後藤の救出のためにここにいる。違う?」
「フン。さすがだな。だが、どうだ? 後藤を見ただろう? あんな実験動物にされて救出する価値があると思うか?」
「・・・それはあなた方『地上』の価値観?」
「いや、俺の価値観だ。…正直、後藤を助けようと思ったことは認める。しかしそれは、目的を達したから、次にやることがなくなってとりあえず目的を作ってみたくらいのものだ。そうしないと、空っぽでな。」
「・・・ひどい男。元同僚の救出をついでなんて。・・・ちなみに達成した目的って聞いてもいい?」
「ああ、もう一人の同僚の救出だ。」
「・・・もう一人? 確か女性の外交官・・・。」
「ああ・・・正直に言おう。お前の前に惚れていた女だ。」
「・・・私はその女の穴埋め? 代替品?」
「フン、代替品? そんなわけはないだろう。誰も彼もはオンリーワンだ。比べること自体ナンセンスだ。」
「・・・詭弁ね。」
「フン。・・・一つ俺にとってに違うところがある。」
「・・・なに?」
「俺はあいつには欲情していない。お前にだけだ。」
「・・・サイテーね。」
そういうとミスクロウは立ち上がった。
「おい。無茶は・・・っ。」
「・・・あなたは今のままでは下衆でサイテーの男。」
「おいおい、そこまでいうか。」
「・・・でも、仲間を救ったならそうでもない。」
「ふむ?」
「・・・ここまで世話したついで。あなたを真人間にする。」
「どういうことだ。」
後藤さんとやら元同僚を助けに行きましょうか?」
「おい。」
ミスクロウはそういうと病院のベットから降り歩き始めた。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
ここは帝国のマッドサイエンティスト ホノカの研究所だ。
病院から抜け出たミスクロウとともに向かった先がここだった。
今はミスクロウが管理しているから出入りは容易である。
この研究所
研究もヤバいが。
政治的意味合いでもヤバイ。
研究の実験体が各国の高官なのだ。
要するに「歯向かうと実験体になるぞ。」という脅しを兼ねた研究所だ。
両極端なのが帝国らしいと言えばらしいのか。
例えば四天王。
彼らはその勇敢さ有能さゆえに帝王に好かれ、高位を得る。
その他は一部例外を除き実験体だ。
俺と後藤もそうだ。
あのクーデターによる帝都陥落の日。
俺と後藤は間抜けにも帝国に捕まった。
そして
俺はデビルフィッシュの部下に収まり、後藤は実験体として巨大なビーカーに収まっている。
ミスクロウがその元同僚。後藤を収まった巨大ビーカーを見ている。
「・・・彼を『地上』に戻しましょう。」
ミスクロウは言う。
「おい、デビルフィッシュに怒られないか。」
「・・・デビルフィッシュ様はそのような方ではありません。」
・・・。
確かにそうだ。
「あれは強者にしか興味がないからな。」
「・・・ええ、本当に。それに今では自分が自分を超えるために『神』になることしか興味がない。」
「フン。あれの言う『神』とやらがどんなのかは知らないが本気で『神』に成れると思ってるのか?」
「・・・成れると思っている。実物を見たから。」
「へえ。『神』見たって、それは凄いな。俺も見てみたいもんだ。」
ここでミスクロウが珍しそうなものを見るかのように俺を見る。
「・・・知らなかったの?」
「? 何が?」
「・・・あなたも既に『神』に出会ってる。」
「? どういうことだ。」
「・・・あなたの腕に装着されているドラウプニル。それは神から下賜されたモノ。」
「は? どういう意味だ。これは帝王様から頂いた・・・まさかっ!」
「・・・そう、帝王が『神』」
「それは確かか?」
「・・・その質問は『神』の定義にもよる。けどデビルフィッシュ様が目指されている『神』は少なくとも帝王様。」
「フン。」
俺は鼻で笑う。帝王は俺の見立てではそこまで強くない。今の半不死となっているデビルフィッシュよりも数段劣るはずだ。劣っているモノを目標にして何になるのか?
まあ、いい大分話がそれた。
「フン。いずれにせよ。デビルフィッシュ殿の介入はないか。」
「・・・そう、元々、ホノカ様の研究にも興味がない。だから管理も興味がないから私に任せる。」
そう言って、ミスクロウは手に持つ鍵をジャラジャラさせた。
「フン。デビルフィッシュは怒るどころか興味すら持たなそうだな。」
「・・・ええ。だからあなたが元同僚を「地上」に戻したところでどこからも文句はでない。」
「本来なら、同僚を逃がしてくれてありがとうというところなんだろうがな。・・・本気でこいつに関しては物の序でらしい。あまりそんな気持ちがわかないな。」
特にこいつは伊藤女史を逃がすために尽力したわけでも、自分が助かるために工夫したわけでもない。ただ、無意味な正論を並べて、このような運命になった。そう、俺にとっちゃ自業自得っでこうなったと思っているらしい。
「・・・それだと人でなし。私は人でなしから求婚されたことになる。」
「フン。なら好きにするといい。だが・・・。」
「・・・だが?」
「この状態の後藤を「地上」に戻しても・・・どうなんだろうな。」
目の前の後藤は人の形を保っている。
つまりホノカの合成獣の材料になっていないということだ。
なら、まだ生存していると考えていいだろう。
「・・・だからといって放置する?元同僚を。」
まあ、普通に考えるとそうだろうな。
後藤にも悲しむ家族や友人がいるだろう。
「フン。わかったよ。好きにするといい。」
俺はあまり考えず答えた。
「・・・ええ、彼を帰してあげましょう。あなたが少しでも人でなしから脱却するために。」
この時、ミスクロウは笑った。
ミスクロウは普段あまり表情を動かさない。
そのミスクロウが笑った姿をみて、まあ、この選択も悪くはないとこの時は感じた。
俺はこの時にミスクロウの言うがままに流されたのを後で後悔した。
---from 伊藤女史 side---
「OK・・・今のところ不確定要素はあるけれど順調ね。」
私は目の前のPCから手を放し、背もたれに体重をかけ、コーヒーを一口すする。
私は政府に所属する。
だから所属する組織のために仕事をしている。
それは社会人として当たり前のこと。
政府は魔石の洞窟の資源の市場流通を目的としている。
市場に流通した場合の経済効果は計り知れない。
それで国民が豊かになるなら、やるでしょ。
魔石の洞窟の資源
これはリサ教授がほぼ独占状態で研究していたころは各種エネルギーに直接変換できる魔石と地上には存在しないモンスターの皮といった素材の活用が試験・試用という段階で運用されていたわ。
まだ試験断簡なので魔石の活用で安全が確立されていないし、モンスターもアフリカの猛獣より危険ということで、その専門家であるリサ教授のみの限定された運用で、希少価値はあるけど、経済という視点では市場全体を底上げするには物足りない運用でした。
そこで私たちが魔石の洞窟の資産を市場に流通させるために出てきたのですが。
怖いのなんのって。
解ります。分かります。判ります。
リサ教授が安全性を訴えていたのがわかります。
私なんて、魔石の洞窟の底にある最大国家、地底帝国にいったらクーデターに巻き込まれ、危く死ぬところだったんですから!
あの時、白井さんが助けてくれなければどうなっていたかっ!
今でもぞっとします。
あ。白井さんに助けられたことを皆には言っていません。
だって、なぜか知らないですけど、白井さん、帝国の武将になって戦ってるじゃないですか!
あれが実はスパイ活動とかだったらいいのですが、表面的には裏切者扱いです。
とても、とても白井さんに助かられたなんて言える雰囲気じゃあありません。
私まで地底帝国の息がかかっているかのような変な疑いをかけられるに違いありません。
そんなことは真っ平ごめんです。
Ok、私。
君子危うきに近寄らずです。
私は怖いことが大嫌いなのです。
だ・と・い・う・の・に!
政府の人間はレンジャーワンを私に押し付けやがった!
表向きの理由は
リサ教授の捜索隊であるレンジャー部隊 通称、レンジャーワンの実質的な責任者である黒滝教授が不慮の事故でリタイアしたため、その後任として、
裏向きの理由として
今まで、魔石の研究を独占していた研究所に政府の人間が入り込む好機のため
私がレンジャーワンの指揮者に任命されました。
ちょっと、待って。
私、地底帝国との交渉に失敗したんですよ。
命からがら逃げてきたんですよ
そういう人間は更迭して別な人任命しますよね。
そう言って食い下がったのですが
「政府の人間で、一番、魔石の洞窟や、レンジャーワン、地底の国々に接しており知見を有している。」という理由で私の抗議は脚下されました。
ちくせう。
絶対、危険だからという理由で誰もやらなかったから私に押し付けたに決まっています。
せめて、せめて
後藤さんや白井さんがいれば、私じゃなくてもよかったのですが、生憎、後藤さんはあの地底帝国のクーデターで行方不明。白井さんは帝国の武将になっちゃいました。
つ・ま・り。
私しか適任者はいません。
ちくせう。
何でこうなったのでしょう?
と・に・か・く
こうなったら、私の安全を様々な方面から確保しなければ!
地底からの直接的な危険も当然
利権を狙っていいように私を危険な場所に送ろうとする政治的な危険からもです。
私は必死でしたよ。
はい。
いくつかの幸運も重なり。
今では防衛しやすくなり帝都と地上だけ抑えていればよく。
レンジャーワンも転移のスクロールで自在に移動出来るようになり、これまた防衛がやりやすくなりました。
帝国との交易は失敗しましたが
魔法のスクロールを持つ青の国
地底の珍しい材木を持つ川の国
ゴーレム産業が盛況な石の国
魔石をの知識を有する地の国
これら地底の国々と交易を行うことで、政府の魔石の洞窟の資源を市場へという目的も達せそうです。
順調といってもいいところまできました。
そろそろ私じゃなくても後任に任せてもよいということになれば私的にはOKです。
一人に功績が集中すると、またリサ教授の時のように独占となりかねません。
おそらく、後任がそろそろ来るはずです。
きますよね?
そうなれば私は安全なところに部署移動できます。
幸運とやっかむ人もいますが放っておけばいいのです。
実際、幸運どころか死にかけました。捕虜になりかけました。
この、どこが幸運だというのですか? ねえ、幸運ってなに?
はっ。
いけません。
COOL、COOLにです。
平常心。OK? 私。
それに運というのは行動しなければ、そもそも幸運も不運もきませんし。
行動して、その中で幸運が来た時に、その好機を逃さす、意地でも手繰り寄せた人の下にしかきませんよ。はい。
そろそろ、この必死に幸運がきているかどうかを察知し、幸運がきた時を逃さず手繰り寄せるタスクも終わりにしたいです。かなり神経使いますから。
まったく。
「後藤さんか、白井さんがいたらこんなことにはならなかったのにーっ。」
私の口から愚痴が出ます。
何度も何度もそう願ったことでしょう。
自嘲の笑みがこぼれます。
そんなことはありえないというのが一番よくわかっている癖に、そんな愚痴がほぼ毎日出る私自身にです。
・・・・
・・・・
「ヨンダカ。」
私は不意の声に思わず口に含んだコーヒーを吹き出します。
「オイオイ。キタナイ。」
ちょっ、ちょっと待って。待ってね。
ここは黒滝教授が使用していた大学の一室。
黒滝教授がレンジャー部隊の臨時指令室に使っていた部屋で、今は私がレンジャーワンや魔石の洞窟、地底国家群との折衝に使っている部屋。
今は誰もいないはず。
OK。私は冷静。冷静よね。
で、あれば今の声は?
私はおそるおそる声のした方に振り替える。
私は目を見開く。
「後藤・・・さ・・ん?」
目の前には地底帝国のクーデターで消息不明になった後藤さんがいた。
いろいろ、頭のがグルグル回る。
「なぜ?」
やっと言葉に出た一言がこれだけだったのは自分ながら情けない。
「ナゼ? トハ?」
後藤さんは私の質問にちょっと困った顔で返した。
それは私の知っている後藤さんの仕草そのものだ。
だけど、ちょ、ちょっと。待って
深呼吸よ。私
落ち着け。私
COOLに COOLに
OK? 私。
なぜか、今、平穏を望む私の心が最大級のアラートを鳴らしてる。
本当なら生死不明の同僚が帰ってきたことを喜ぶシーンなのに。
ということは、今、後藤さんがここにいることは平穏とは真逆の危険ってことよね。
なぜ、危険か。冷静になって、冷静になって考えてる。
そう。
そうよ。
ありえないのよ。こんなこと。
そうでしょう?
まず、仮に後藤さんが生きていたとする。
そして何らかの方法で地上に戻ったとする?
ここでまず無理よね。
モンスターが徘徊する魔石の洞窟を一人で歩いて地上に戻る?
かなり可能性が低い。
そんなことが簡単に出来るんだったらリサ教授はもっと簡単に地上に帰還している。
仮に、何万分かの軌跡が起きて地上に戻れたとしても、そしたら魔石の洞窟入り口を守る警備員やゴーレムに見つかる。何よりも雷獣というかわいいモンスターを何匹も使役して地上から地底の各国まで警戒網や通信網を引いているメンドーサさんの網に察知される。
そして先にその警備員やメンドーサさんから私に報告が入り、会えるとしてもそれからのはず。
いきなり後藤さんが私に会うなんてことはできっこないのよ。
そして、最後にもうひとつ。
物凄くシンプルなこと
この部屋は鍵がかかっているのよ。
後藤さんどころか誰も入ってこれないのよ。
鍵がかかっているこの部屋に、鍵を開けずに入ってこれるって。。。
恐怖以外の何物でもない。
私はもう一度質問をする。
今度はさっきのような、よく考えがまとまらないで発した質問じゃないわ。
よーく考えた。質問。
「後藤さん。」
「ナンダ?」
「あなたは今、どんな状態?」
しばしの沈黙。
その後に後藤さんの癲笑としか表現ができない笑い。
「フハハハハハッハッハハハッハハッハハハハハハハハハ!」
私はそおっと後ずさる。
「ジョウタイ ヲ キクカ。」
私はそおっと後ずさる。
「ヤハリ カシコイ。」
「同じでしょう。受けた国家試験は同じです。」
やべっ。そおっと後ずさらずに思わず後藤さんに突っ込んじゃった。
あ、後藤さんが近づいてくる。
折角、とった距離の安全マージンがつぶされる。
「ドウリョウ ノ ヨシミ シツモンニコタエヨウ。」
「ありがと、それでどういう状態?」
私は後づさりながら聞く。
「マズハ カラダ ノ ジョウタイ マザッテイル。」
「混ざっている?・・・合成獣になったということ?」
私は過去のデータにあった咄嗟に合成獣のことを思い出す。
樹木と混ざったり、蛇や鳥、ライオンの獣人と混ざった
狂った研究結果の成れの果てのようなモンスター達だった。
後藤さんもそうなってしまったということなの?
それにしては報告にある他の合成獣のように混ざった感じはなく、人としての原型を止まっているけど??
「オレ ハ ゴースト トイウ モンスター ト マザッテイル。」
OK
ちょっと意味が解らない。
ゴーストってあのゴーストよね
幽霊。お化けのことよね。
お化けと混ざるってどういうこと??
「ツギ ハ セイシン ノ ジョウタイ コレ モ マザッタ。」
えーっと、精神が混ざったってどういうこと??
あ、後藤さんの意思だけじゃなくて、そのゴーストの意思もあって、その意思が混ざりあっているということ? 一種の二重人格みたいになっているということ??
「それって大丈夫なの?」
「・・・。」
「ちょっ ちょっとそこで黙らないでよ。怖いじゃないっ。」
「マザリアッタ イクツモ ノ セイシン ガ ウッタエル。」
「え?」
「ニクイ クルシイ イキテイルヒト ウラヤマシイ。」
「え?」
ちょっと嫌な予感がしてきてます。
ちょっと嫌な汗できてました。
私の中のアラートが目いっぱいなってます。
「ジブン ダケ ハ フコウヘイ ダカラ、オナジメ ニ アエ。」
「ちょ、ちょっと待って後藤さん。」
「イトウ。」
「はいっ!」
「オレ ニ クワレテ イッショ ニ ナレ。」
「そんなプロポーズはイヤすぎる!」
私は急いで緊急用に持っている魔法のスクロールを取り出す。
この緊急用スクロールを使うために距離を稼ぎたかったんだけど間に合うかな?
「ぎゃーっ。」
本当に後藤さんお化けと一体化してるわ。
半透明になって宙を浮いてる。
これだと壁も抜けちゃうよね。
鍵かけている扉意味ないよね。
うわっ。
そんな感じで迫られても困りますっ。
大きく、口裂け女のように口を開けた後藤さんの牙が私に迫る。
だめ。喰われる。
と思ったとき。
「gandir!」
耳なじみのあるマジックミサイルの詠唱とともに目の前に迫っていた後藤さんが吹き飛ばされました。
見ると、赤石クン、アオイ姫、山吹さんのお三方がいました。
転移のスクロールで駆けつけてくれたのでしょう。
間に合った!
私は安堵します。
力が抜けてへたり込んだのはご愛敬で許してください。
私の使った魔法のスクロールは「どんなに離れていても私の危機をレンジャーワンに伝える。」というものです。
このスクロールを使用したので私のSOSがレンジャーワンに届いたのでしょう。
来てくれました。
これでもう安心です。
え?
転移のスクロールの方が安全な場所に逃げれるんじゃないのと思われた方もいたと思います。
ええ、私も初めそれを考えましたよ。
実際に試してみましたよ。
ご存じでしょうか?
空間跳躍ってめちゃくちゃ痛いんです。
確かに物理的に無理してるので、負荷はかかるのでしょうけど、あれはないですって。
体が文字通り引き裂かれそうです。
え?
他の人はどうやってるのですって?
私が聞きたいです。
アオイ姫に伺ったところ、空間転移のダメージの克服法は人それぞれらしく、魔力や魔法で防御する人もいれば、種族による生まれつきの強靭な肉体や鍛錬の末に出来上がった肉体で耐えるパターンやドラウプニルのような魔法の道具で無効化するといった方法など様々な方法があるようです。
ちなみにレンジャーワンは頻繁に転移のスクロールで地上や地底の各国家を移動してますが、ドラウプニルを装着しているだけで、その痛みを軽減できるそうです。
うらやましすぎます。
いつかドラウプニルの量産化をしてみたいと思います。
いずれにせよ。それで私の緊急用の魔法のスクロールとしては不採用です。
あんな痛いもの二度と使いたくありません。
他にも緊急用として魔法のスクロールの検討した時、マジックミサイルのスクロールも候補にありました。
そして、実際に使ってみました。
あれはダメです。
反動が強くて、痛いのです。
なぜ、魔法のスクロールは使うと痛いものばかりなんでしょう?
これがゲームだと「MPが不足しています。」とか「LVが足りません。」とかになるんでしょうけど、実際はそんなことなくて、ただ、ひたすら激痛です。
そして狙いを定めることの難しいこと!
当たるもんじゃありません。
ユーフォ―キャッチャーの比ではありません。
マジックミサイルを移動しながら当てていくアオイ姫がいかに凄い狙撃手なのか理解させられました。
更に不採用の理由としては魔法のスクロールはすべて使い捨て、一回だけなのです。
つまり狙いを外したら、それでおしまいです。
こんな危険なものは不採用です。
それで最終的にBESTな選択として残ったのがレンジャーワンにSOSを伝える魔法のスクロールでした。
その選択は間違ってなかったようです。
助かりました。
ついでに言えば痛いのはダメです。
NO PAIN。
pain pain go awayです。
レンジャーワンの皆も後藤の姿を見て危険を感じたのでしょう。
すぐさま変身します。
アオイ姫がドラウプニルを起動させました。
同時に「An armor changes Wodan」の機械音が鳴り響きます。
アオイ姫の体が青い全身スーツに覆われました。マントのような青藍のパーカーとフレアスカート。鍔の広いとんがり帽子に杖を装着します。
「Completion! The magicians・blue」
機械音と共にアオイ姫は青を基調とした魔法使いに変身します。
山吹さんもドラウプニルを起動させます
「An armor changes Frey」の機械音が鳴り響きます。
山吹さんの体が超派手な黄色の全身スーツと軽鎧に覆われます。
フルマスクのようなヘルメットに頭部が全て隠され、その容姿はフル装備のモトクロス選手にも見えます。腰に大剣、背にはマントを装備されました。
「Completion! The Commander・yellow」
機械音と共に山吹も黄色を基調とした軽戦士に変身しました。
赤石クンもドラウプニルを起動させます
「An armor changes Tor」の機械音が鳴り響きます。
赤石クンの体が派手な真紅の西洋甲冑のようなものに覆われます。
腰回りは大きなスカート装甲。肩の倍はある巨大な肩当に、膝から下もフレア装甲。右腕には二回りも大きな円筒形の腕あて。左手には腕には炎をデザインしたようなシールドが装着されます。
「Completion! The Fighter ・RED」
機械音と共に赤石も真紅の重装戦士に変身しました。
「大丈夫ですか!」
山吹さんがすぐに駆け寄ってくれます。
この気遣いマジイケメンです。
「助かりました! けど、大丈夫じゃないです。何でしょうあれは?」
私は後藤さんを指さします。
「え! あれは後藤さん?」
山吹が驚いた声をあげます。
帝都で行方不明になったはずの後藤さんがいるのですから。
すぐさま駆け寄ろうとする山吹さん。
「待て。」
それをアオイ姫が間髪入れず止めます。
「何あれ、気色悪い。」
魔術師であるアオイ姫には後藤さんが別な何かに見えているようです。
私はアオイ姫の思考のヒントになればと先ほど、後藤さんとの会話の中身を整理し要約して伝えます。
「合成獣になったと言ってました。ゴーストと混ざったと。」
それを聞いたアオイ姫は露骨に嫌な声をあげます。赤石クンも合成獣のワードを聞いた途端、肩をピクリと動かしました。
「うわ。だからあんな気色悪いんだ。確かにいろんな魂が混ざっちゃってる。あれじゃあ後藤さん自身の意思も残っているかわからない。もう他の多数の魂の意識に塗りつぶされて消滅してるかも。」
「え? でも記憶はありましたよ。」
「記憶はあるだろうさ。でも意識・人格が残っているかどうかは別な問題。いずれにせよ・・・。」
私はその次の言葉を待ちます。
「ああ、なっちゃえば、悪霊の集合体と何ら変わらない。生前の恨みつらみだけが行動原理の正真正銘のモンスターだ。そんな事言ってなかった?」
「確かに言ってました、恨みつらみの後に俺だけこんな目に合うのはおかしいと、だから私も道ずれにしたいと。」
「残念だけど、悪霊の典型的な思考パターンだ。つまり目の前の後藤さんとやらは、もう悪霊になってしまったということ。被害が出る前にやるよレッド・イエロー。」
「うむ。」
「仕方ありません。」
赤石クンと山吹さんが前へ出ます。
目の前の後藤さん改め悪霊も戦闘態勢に・・・と思いきや
すぅ
と、壁を抜けて逃げていきました。
「逃がさない。悪霊は無自覚に生きている人間を引き込もうとする。失せもの探しは魔法使いの得意分野。逃げれると思わないでね。leið tíðindi!」
アオイ姫は魔法を唱えると、おそらく後藤さん改め悪霊を追ったのでしょう、部屋を出ていきました。赤石クン、山吹さんも同様です。
一人残された私には一つだけ疑問が残りました。
「なぜ、後藤さんは真っ先に私のところに出現したのかしら?」
---from 白井 side---
「どういうことだ。聞いていないぞ。」
俺は声を荒げる。
「・・・興奮しないで。落ち着いて。」
ミスクロウがやんわり俺をなだめる。
「落ち着いていられるか!伊藤女史が襲われたんだぞ。」
俺達はホノカの研究所で実験体にされていたであろう、後藤を巨大試験管から解放した。
ところがその後藤は、無言で幽霊にのように浮き上がり天井壁を透過してどんどん移動していった。
慌ててミスクロウは眷属のカラスを複数呼び寄せ、後藤の後を追わせた。カラスでは後藤をとらえるのは無理だが、眷属のため目の代わりとなって移動する後藤を目視しながら追跡することはできた。さながら、カメラ付きドローンだ。
そのカラスの目を通してみたのは後藤が伊藤女史のところへ向かい。問答の末襲い掛かったという光景だった。
「・・・やはり、そうなのね。」
俺の発言にミスクロウが冷めた声で答える。
気のせいか、若干、周囲の温度が下がった気がする。
「・・・口では私に欲情しているとか言って、結局、伊藤女史?でしたか・・・私はその女の代替品という訳ね。」
「こんな時に何を言っている。ミスクロウはミスクロウだ。誰の代わりでもない。」
「・・・なら、なぜそんなに興奮してるの?」
「当たり前だろう。元同僚が襲われているのだ。」
「・・・その襲っているのも元同僚よ。あなたの言っていること。矛盾している。」
俺はそのミスクロウの発言に眉を顰める。反発心が表に出る。
「矛盾? それはしていないだろう。襲っている側と襲われている側。襲われている側を心配することのどこが矛盾している。」
その俺を見て普段表情を表にしないミスクロウが少し困ったよな、あざ笑うかのような微妙な表情をする
「貴方が焦っているのは襲われているのが、あの女だからでしょ? 伊藤女史といいましたか・・・。」
何を言っている!
と返すつもりが言葉に出なかった。
図星だからだ。
俺は伊藤女史がこのように後藤に襲われている状態に焦っている。
なぜ、こうなった?
俺はただ、帝国に囚われた後藤を救出しただけだ。
ところが後藤は開放したとたん、夢遊病者のようにふらりと動き、空を浮遊し、あらゆる天井、壁を無いものかのように透過し、地上へむかった。
そして伊藤女史の居場所にむかい、彼女を襲った。
なぜなんだ? そしてあの、あらゆるものを透過する後藤の状態。あれはなんなんだ。
「後藤はどういう状態なのだ? あれはまるで幽霊か何かではないか?」
「・・・・おそらく、それが正解だと思われるわね。あの研究施設は合成獣を作り出すもの。後藤はおそらくゴースト系のモンスターと合成させられている。」
「そんなことが可能なのか?」
「・・・私にはわからない。ただ研究者はホノカ様。ホノカ様ならあるいは・・可能性はゼロとは言えない。」
「それが本当だとしてなぜ後藤は、伊藤女史のところへ真っ先に向かった。さらにその末に襲う? 理由が無い。」
「・・・あなたと同じく伊藤女史という女に欲情していたのかしら?」
「冗談はよせ。」
「・・・冗談ねぇ。ほらイッショニ ナレとか言ってるわよ。案外、真実化もよ。」
ミスクロウの眷属のカラスを通してみた後藤は伊藤女史に対して「「オレ ニ クワレテ イッショ ニ ナレ。」なんて言ってやがる。
これ以上、様子見はまずい。伊藤女史がやられる。
「いくぞ!」
俺は立ち上がる。
が
ミスクロウは動かない。
「おいっ!」
「・・・私はね。うれしかったの。」
「何?」
「・・・あなたのような強者からプロポーズされたのが、言葉は欲情したとかいうサイテーの言葉だったけど。」
「フン。その通りだ。サイテーの言葉と俺ながら思う。ただ、正直に自分の心情を伝えただけだ。それよりも意外だな。」
「・・・なにが?」
「ミスクロウは色恋沙汰には興味がないと思っていた。」
「・・・呆れた。色恋沙汰に興味がないと思っていた相手に、欲情しているだなんてサイテーの言葉を贈ったの?」
「フン。俺がそんな気の利いた言葉を言える奴だと思ったか。先ほども俺の嘘偽らざる本心を言っただけだ。」
「・・・確かにね。それで先ほどの答えだけど、あなた少し勘違いしているわ。」
「勘違いだと。」
「・・・あなた私を地上人と同じだと思っているでしょう?」
「? どういうことだ。質問の意図がわからん。」
「・・・私は獣人よ。」
「それがどうした? まさか獣人だから種族が違う恋はできないなんて、時代遅れの言葉でも言うつもりか?」
「・・・うーん。ちょっと意図は違うけど近いかもしれないわ。」
「何?」
「・・・獣人はね強さを求めるの。」
「ん?」
俺はその言葉に他の獣人。具体的にはデビルフィッシュやライオンマンを思い出す。
確かに「強さ」を求めているな。
ライオンマンは分りやすい。「強い者と戦うという願い」が行動原理だった。
デビルフィッシュは強さを求めるあまりなのか「神」に至らんとしている野心を持つ。あれも強さを求める一つの姿と言えるかもしれんな。
改めてミスクロウを見る。
常に一歩、引いており、とても・・・
「強さを求めているようにはみえん。」
「・・・ふっ、それは私が女の獣人ということなのよ。」
「よくわからん。わかるように言ってくれ。」
「・・・女の獣人には強さを求めるための選択肢が二つあるの。」
「二つ・・・。」
「・・・一つは自分自身が強くなる・・・これは他の獣人と同じね。もう一つは強い子を儲け育てる・・・。」
「・・・・。」
「・・・そういう意味では。あなたの求愛は嬉しかった。サイテーなと揶揄ったけど、別に不快ではないわ。あなたは「強い」。 強い人と一緒になれるのは獣人にとってよろこばしいことなの。」
「フン。ありがたい評価だが。デビルフィッシュといったもっと強い奴がいるのでは?」
「・・・もう、人辞めちゃってるよね。ああなる前だとよいのだけど・・・あれと番になるのはちょっと・・・。」
ああ、なんとなくわかる。
一応、普段は人の姿をしているが、ダメージを喰らいすぎたり、巨大な姿になると邪神としか言い難い嫌悪感を受ける姿になる。戦力としては頼もしいが一緒になるのは難しいだろう。
「・・・それにああなる前にもアプロ―チしてたわ。でも私には興味がないようだった。」
ふむ。そうか俺は勘違いしていたようだ。
ミスクロウは一歩引いて、献身的に行う女性だと思っていたが、どうも違ったらしい。あの献身は、ミスクロウなりの「番になりたい強者への」アプローチだったか。
「・・・でも・・・あなた、私に興味があるようなことを言って、結局、別な女のことろへいくのね。」
ミスクロウのその言葉にどう返答しようか迷っていると。
事態が変化した。
伊藤女史を襲う後藤の前にレンジャーワンが現れ、後藤を撃退。
後藤は幽体の体を利用して逃げた。
「先に後藤をどうにかしてからでいいか? 全部終わらせてからちゃんと話をしたい。」
「・・・そうね。・・・後藤さんは今、私の眷属のカラスが追っているからすぐに追える。」
「ありがたい。」
「・・・感謝する必要はない。後藤さんに関しては私にも責任がある。まさか後藤さんがあのような状態になっているとは私も思わなかった。あなたがデビルフィッシュ様のように人間性を失わないように・・・と思って提案したけど、こんなことになるなんて・・・私の判断ミスね。後藤を野放しにできないというのは私も同じく感じている。だから気にしなくていい。気にするのはむしろ判断ミスした私のほう。」
「いや、気にするだろう。俺のためを思って行動してくれたのならなおさらだ。」
ミスクロウはそこで話は終了とばかりに羽を広げ飛び上がった。
「どうするの?後藤がにげるわ。」
「ああ。」
俺は眼鏡のズレを片手で直した後ドラウプニルを起動する。
「An armor changes Lóðurr」の機械音が鳴り響く。
俺の体が白いのフルアーマーにに覆われる。
両手には幅広で身長の倍もあるバスタードソード
同時に出現した白澤にまたがる。
「Completion! The Knight ・WHITE」
機械音と共に俺は白い騎兵に変身する。
俺は跨る白澤に合図をし、飛ぶミスクロウの後ろを追った。
---from 後藤 side---
妬ましい。
羨ましい。
妬ましい。
羨ましい。
俺の頭の中に押し入ってくる。
確かに、確かに、俺が何でこんな目に合うんだ!
と強く思う。
俺が何をやったというのだ。
ただ、地底帝国という未知の国と和平交渉に臨んだだけではないか。
それなのに戦火に遭遇し、捕虜になり、その挙句に合成獣というモンスターと人間を掛け合わせるキメラを研究しているマッドサイエンティストの実験台にされ。
ゴーストとかいうモンスターとのキメラにされた挙句、放置!
これだけでも気が狂いそうなのに、いや既に狂ったのかもしれないが、このゴーストというモンスターが厄介で周囲の怨霊などの霊を雑多に集めて肥大化しようとする。
そうするとどうなるか。
身をもって体験した。
力が沸き上がると同時に、雑多な意識が増える増える。多重人格状態だ。しかもどの意識も怨嗟と嫉妬と欲望の意識しかない。
一言で言えば負の意識だ。
その負の意識が大量に押し寄せてくるのだ。
そして、ここからが恐ろしさの本番だ。
俺の、俺の意識が、これら雑多な負の意識に飲まれて消えそうになる。
さながら満員電車のようにぎゅうぎゅうに詰め込まれて、挙句、押し出されるかのようだ。
恐ろしい。
自分が自分でなるなることがこれほど恐ろしいとは思わなかった。
この世に死よりも恐ろしいことがあるとは思わなかった。
今でもそうだ。
なけなしの理性が俺の「なんでこうなった! 俺はなにも悪いことしてないじゃないか。」という意見に対して「それを承知で未知の地底帝国への交渉役に応じたのではないのか。こうなる可能性も十分に考慮して。」と納得しようとするが、そのなけなしの理性を大多数の雑多な悪霊として俺の中に入ってきた意識が押し寄せて、塗りつぶそうとする。
曰く
「実験体にされるなんて聞いてない!」
「交渉で命が脅かされるなんてありえない!」
「未知のところと交渉するなんて無茶を指示する奴らが悪い!」
と集まった悪霊による他責のオンパレード。
それでもまだ俺の理性は頑張っていた。
そんなある日だ。
実験体のままビーカーという名の檻に入れられていた俺に変化が起こった。
その檻が解放されたのだ。
どういうことかと覚醒した目で周囲を確認すると白井の姿と帝国の女戦士の姿が見えた。
他には誰もいない。
とすると白井が俺を助けてくれたのだろう。
俺は感動した。
この状況から推察するに、白井もまた苦労して俺をこっそり逃がしてくれたらしい。
ここで俺の心身の変化に俺自体が戸惑う。
体が浮くのだ。
しかも、天井・床などの障害物を無視して透過するのだ。
本能的に悟った。
このまま、地上に帰れると。
そう思った俺は矢も楯もたまらず地上へ向かった。
向かう途中、「あれ? 白井に礼をいわなかったのでは?」と僅かな理性が働いたが、大量の雑多な霊という姿を取った意識の奔流に流され「地上に帰るんだ。」という欲求とも願いともとれることを満たすことが優先され、理性は押しやられた。
自分自身のその心理の変化に戸惑いつつ。
俺は増幅する欲求に押し出されるように地上へ向かった。
俺はゴーストと融合している。
霊魂のレベルで。
その本能に従い地上に向かい。
その本能に従って地上にある建物に入った。
なぜ、その建物に入ろうと俺の本能が俺を動かしたかは、入ってみて分かった。
その建物には伊藤女史がいた。
俺、伊藤女史、白井は政府から地底帝国の交渉を指示されたメンバーだ。
その内、俺は何度も言うが捕虜にされた。そして実験体にされた。
白井は詳しくは分らんが、まだ帝国にいた。囚われの身かもしれない。
では、伊藤女史は?
この時ほど、俺のゴーストと一体化したこの体を呪ったことは無い。
このゴーストと一体化した体。
徐々に理解したがいくつか特性を持つらしい。
浮遊するのもそうだ。
壁などを透過するのもそうだ。
周囲の怨霊・悪霊といった雑多な霊を集め一体となるのもそうだ。
そして、その最後の特性が厄介で便利すぎた。
いってみれば無数の目があるのと同じだ。
その無数の目で。
伊藤女史の周囲の書類。PCなどの情報を一度に確認することができた。
その情報から伊藤女史が・・・
伊藤女史が・・・魔石の洞窟の責任者。対地底国家の全権を握るという栄達をしていることが分かった。
俺が帝国に捕まって実験台にされている間。この女はぬくぬくと地上に戻り出世してやがった!
嫉妬。理不尽な。なぜこの女だけ・・・!
この時点で俺のわずかに残っていた理性が消えた。
ああ、知らなければ、理性が消えることもなかっただろうに、おれはシッテシマッタ。
俺は、俺の意識は俺と一体化してる多数の雑多な霊に飲まれた。
アノ、オンナ ダケ イイオモイ シヤガッテ!
ズルイ!
ネタマシイ!
ウラヤマシイ!
ナンデ オレダケ!
・・・・アノ オンナ ダケ ブジ ナノハ フコウヘイ ダ。
・・・・アノ オンナ モ オナジ メニ ナラナイ ト フコウヘイ ダ。
・・・アノ オンナ モ オレ ト イッショニナレ!
---from 白井 side---
「なんだあれは?」
ミスクロウの目の前に不快な巨大な奇妙な白い肉塊が浮かんでいた。
よく見ると白いマネキンのような人型が多数固まって巨大な肉塊を形成していた。
「・・・後藤さんの成れの果てね。悪霊に飲み込まれたのか・・・」
「ちぃ。」
俺は舌打ちをしつつ考える。
あのまま研究室のビーカーに入っていた方が後藤にとってよかったのだろうか?
しかし、あのままいつまでもビーカーの中にいたとして不幸なことには変わりない。
・・・。
・・・。
・・・。
あまり考えたくない結論だが、後藤はあの捕虜になった時に既に命運尽きていたということなのだろうな。
俺は思考をまとめるため煙草をくゆらせようとしてやめた。
今の俺はドラウプニルの鎧をまとっている。冑が邪魔で煙草をくわえる事ができない。
ドラウプニルの弱点だな。
それなら。
俺は後藤を見る。
すまんな後藤。
伊藤女史を襲う悪霊になっちまったお前を、そのまま放置はできねぇんだ。
俺は後藤に心の中で誤りつつ、後藤に剣を向ける。
それに対して後藤は、後藤だった白い不気味な肉塊は、白い、それこそ霊魂のようなものを複数飛ばしてきた。
『あれはエナジードレインの効果を持ちます。触れたら危険ですぞ。』
白澤が注意を告げる。
「フン! 触れなければよいということだろう。行くぞ白澤!」
俺は乗騎の白澤を促し突撃する。
当然、後藤が放った白い霊魂のようなものが襲ってくるが。
「フン! 斬魔剣!」
俺のドラウプニルに付属するバスタードソードは魔を斬る剣だ。
それこそ魔法からこのような攻撃までもな!
俺の一振りで後藤の放った白い霊魂のようなものが吹き飛ぶ。
フン、手ごたえの無い! 気分はゾンビ相手のアクションゲームだな。
そのまま突撃し、斬りつける。
ちぃ。相手が巨大すぎて一刀で倒せないかっ!
「白井っ!」
その様子を見ていたミスクロウが注意の声をかける。
『離脱します。』
ほぼ同時に俺を乗せた白澤が後藤から離れる。
なんだ?
と思った瞬間。
後藤だった、白い肉塊が膨れ上がる。
『さきほどの一撃で倒せなかったことで学習したようです。体が大きければ倒す手段がないと。それで周りの雑多な霊をどんどん取り込んでいます。』
フン! 確かに俺の一撃では倒せなかった。ミスクロウにいたってはそもそも霊体に対する攻撃手段がない。だがな。舐めるなよ。大きくなっただけで倒せない考えるのは早計過ぎる。
「いくぞ白澤!」
『明白了。巨大化并合体。』
白澤が応じるとともに巨大化する。
そして、俺を取り込み変形する。
その姿は異形の姿。
砲身のような巨大な寸胴の胴体に
砲身のような巨大な口
その砲身のような寸胴の胴体を2本の太い足で支え
照準にあたる部分に俺が乗っている
そんな姿である。
「放てっ! 饕餮砲!」
俺が命じると同時に砲身のような巨大な口から力の奔流が放たれる。
巨大化した後藤だった白い肉塊の悪霊はその一撃で消滅した。
---from 赤石 side---
「ぬう。」
我は刮目する。
悪霊と化した後藤を追う我らの目の前にいたのは白いマネキンのような人型が多数固まって巨大な肉塊。
「あれが後藤。大分、悪霊化が進んでいる。」
失せ物探しの魔法とやらを使っているのであろう。
アオイがあの気色悪い肉塊を後藤と断言する。
むう。我にはどうみても同じには見えぬのだが、専門家が言うにはそうなのであろう。
「どうします? 徐々に大きくなってます。」
山吹が冷静に状況を見て問う。
うむ。よくあのような気色悪いものをみて冷静になれるものだ。
我は感心した。
その時、背後にパトカーのサイレン音が聞こえ、俺らの後ろに急停止する音が聞こえる。
見るとパトカーから伊藤女史の姿が見えた。
状況を見るに権力をフル活用して警察をパトカー代わりにし前線にでてきたらしい。
ぬう、あの慎重に、慎重を重ねる伊藤女史が前線にでるなど珍しいものだ。
どうした?と問う我らの視線を受けて伊藤女史はちょっと難しい顔をして
「後藤がなぜ、私のところにきたのかを知りたくて・・・。」
とちょっと歯切れの悪い言い訳をした。
ぬう。
彼女がここにきたところで、危険が増えるだけなのであるが。
「あれと話しできると思う?」
アオイが顎をしゃくる。
その視線の目の前には白い巨大な肉塊がある。
「え、えーっと? 何あれ?」
「後藤の成れの果て。」
「いや、いや、いや、ちょっと変わりすぎでしょ。」
「私に言ってもしょうがない。」
「ま、まってね。落ち着け私。OK。落ち着いている?OK あれが本当に後藤さんなの?」
「私の魔法を疑っている?」
「い、いや、そうじゃなくて、さっきも言ったけどあまりにも変わりすぎてない。サイズとか。急に巨大化しすぎでしょ。」
「ちょっと待ってください!あれを見て!」
女性陣が言い合っているとき、山吹が焦った声を上げる。
ぬう。
我は驚く。
巨大化し白い肉塊のような怨霊と化した後藤に対し、いつの間にか現れたこれまた巨大な砲台のような白いモンスターが砲撃を加えていた。
そして・・・その一撃で白い肉塊のような怨霊は消滅した。
我は絶句する。
あのような巨大なモンスターが現れたとすれば事前に分かったはず。
それなのに忽然とその場に姿をあらわした。
なんと理不尽なことか!
それにあの攻撃力。
あれはまるで我々のヴァン・アースのようではないか!
「・・・そんな後藤・・君。」
伊藤女史は驚いている。
伊藤女史も後藤は既に怨霊化し、倒さねば危険であるとは認識しているはずである。
それでも尚、ショックを受けているのは元同僚だったためか?
我にはわからぬ。
「レッド。イエロー。油断しないで。あれは帝国の白井。ミスクロウもいるみたい。」
ぬう。
あれが白井だと。
確かによく見ると白い砲台のような巨大モンスターの照準に当たる位置に、ドラウプニルの装備を身に着けた白井がいた。もっとも下半身は白い砲台のようなモンスターと一体化され、上半身のみであったが。
「ちょっ、ちょっとおーっ。どういうこと白井さんまで化け物になっちゃったの?」
伊藤女史が軽くパニックをおこしている。
後藤につづいて白井と立て続けに一緒に仕事した仲間が化け物になっていたら、確かに混乱するであろう。
「フン。化け物とはひどいな。傷ついたぜ。」
白井が俺達に気づいた。
うむ、まずいな。
あのヴァン・アースの一撃に匹敵する砲撃を今の我等に向けられたら防ぐすべがない。
我はひそかに焦る。
ヴァン・アース状態となり打ち合う?
否。
ヴァン・アース状態になるにはある程度の時間が必要である。
その時間を与えてはくれぬであろう。
シアルフやスキーズなどの眷属を呼び対抗する?
否。
同様にその時間は与えてくれぬであろう。
我の新たなタイプで対抗する?
否。
我の新たなタイプは接近戦専用である。
近づけず砲撃を受けるであろう。
我の遠距離攻撃であるレールガンで対抗する?
否。
あの出力を持つ砲撃には対抗できぬ。
ぬう。なんと理不尽なことか。
我には今の白井に対抗する手段がない。
このまま攻撃されたなら非常にまずい。
「フン。そこにいるのはレンジャーワンの面々か。ちょうどいい。目障りなお前らとの勝負の決着をここでつけよう。」
ぬう。やはりそうくるか。
あの砲撃で白井は勝てる。
勝負を決めるには十分な局面である。
「レンジャーワン。何を呆けている? そのままでこの俺と戦うつもりか?」
「どういうこと?」
アオイが聞く。
そうであろう。
どうみても、このまま白井が先ほどの砲撃を放つと我らの負けである。
つまり白井の勝ちである。
それを、わざわざ待っている白井の思考が読めぬ。
「フン! 正々堂々と勝たねば意味がない。俺は強くなるために帝国に行ったのだからな。それに、このまま戦えば後ろの伊藤女史が巻き添えをくうではないか。そうしたいのか? レンジャーワン。」
正々堂々戦いたいか。
うむ。漢である。
ならば、受けて立たん。
そう思い我が移動せんとした時、白井の前にミスクロウが降り立った。
---from 白井 side---
フン、やはり思っていた人から化け物と呼ばれるのは・・・
ショックだな。
俺は自分の心情を務めて冷静に分析した。
そうじゃないと精神が壊れてしまいそうだった。
後藤を倒し、少しノスタルジーに浸ろうと思ったとき、伊藤女史の声が聞こえた。
見ると、レンジャーワンや護衛であろう警察官と一緒に伊藤女史の姿があった。
本来なら無事を安堵するところなんだろうが、先ほどの伊藤女史の言葉でその気持ちが吹き飛んだ。
「ちょっ、ちょっとおーっ。どういうこと白井さんまで化け物になっちゃったの?」
この言葉にだ。
冷静に伊藤女史の視点から考えるとそうだろう。
俺の今の体は異形だ。
それに対して伊藤女史が軽くパニックをおこすのはわかる。
特に後藤があのようにモンスターと化した姿を見たならなおさらだ。
とはいえ、ショックではある。
はははっ。
もういいか。
伊藤女史の無事も確認できた。
後藤は救えなかったが、しかたあるまい。
やるだけはやった。
元々、伊藤女史を助けた後は抜け殻みたいなもんだ。
あとは・・・そうだな。
せっかく、レンジャーワンがいるんだ。
曲がりなりにも四天王、十人衆を蹴散らした強者だ。
奴らと強さを競うのも一興か。
そう思い、
「フン。そこにいるのはレンジャーワンの面々か。ちょうどいい。目障りなお前らとの勝負の決着をここでつけよう。」
と挑発した。
なぜか挑発に対して動かないレンジャーワンに苛立ち
「レンジャーワン。何を呆けている? そのままでこの俺と戦うつもりか?」
と更に挑発をする。
「どういうこと?」
レンジャーワンの実質的なリーダー格であるアオイが質問を投げかけてくる。
ん? どういうこと?とはどういうことだ?
俺は一瞬、質問の意味が解らず思案する。
アオイは今までの動向から推察するに物事を戦術的に判断する。
戦術的に判断して、俺の言動がおかしいということなんだろう。
ここまで考えて。
ああ、そうかと納得した。
俺は神獣白澤と一体化し巨大化している。
そして、その砲撃は先ほどの巨大な悪霊と化した後藤を一撃で葬り去ることができる。
つまり、このままレンジャーワンを砲撃したら、俺の勝ちなのだ。
勝ちだけを狙うなら、わざわざ、俺がレンジャーワンの戦闘準備を待っている意味はないわけだ。
だがな、お前らの近くには伊藤女史がいるんだぜ。
さっきの化け物と言われたのはショックだったが・・・
それでも、それでも伊藤女史を巻き込んで砲撃を加えようとは思わねぇ。
俺が決死の覚悟で、伊藤女史を逃がしたのが無駄になるからな。
だから、先ほどのアオイからの質問に対する俺の回答は決まっている。
「フン! 正々堂々と勝たねば意味がない。俺は強くなるために帝国に行ったのだからな。それに、このまま戦えば後ろの伊藤女史が巻き添えをくうではないか。そうしたいのか? レンジャーワン。」
この言葉に反応したのは意外なことにレンジャーワンでも伊藤女史でもなかった。
ミスクロウだった。
ミスクロウは手慣れた動きで、素早く俺の背後を取ると耳元に囁くように
「・・・やはり、私より彼女を選ぶのね。」
と低い声で俺に告げた。
違うと言いかけたが、言葉が出なかった。
ついさっき。
伊藤女史の化け物宣言を聞いて、「もういいか」と思ったときに、次の行動を考えるにあたって「ミスクロウ」のことが全くもって考えていなかったことに気づいたのだ。
フン。最低だな。俺は。
恋だの、愛だのは柄じゃないが、ミスクロウの献身を好ましく思った。それで多少悪ぶった揶揄の入ったプロポーズをしたが、この間際に彼女のことを失念するとは、どうやら俺のその時のプロポーズは、本当に彼女のことを尊敬し、好きになったというよりは、ただ、ただ献身的な女を俺のものにしたいという最低な欲望だったということに気づいちまった。
そして、それはミスクロウも同じく気づいたようだ。
それが先ほどの言葉。
そして、彼女はやはり人間とは違う。
戦いに価値を置く、獣人の思考を持っているようだ。
俺に近づき、先ほどの言葉を囁くと同時に、俺に攻撃を仕掛けていた。
そして、それはさすが四天王副官というだけあると感心する一撃だ。
俺のドラウプニルはフルアーマー型。
つまり鎧に阻まれて、なかなか一撃を与えることは至難のはずなのだ。
ミスクロウはその至難の技をやってのけた。
つまり、鎧の隙間を縫って、ミスクロウの槍は俺の体を見事に貫いていた。
俺に致命の一撃を与えたミスクロウに対して、俺は何の敵愾心も起きなかった。
そうだろう?
俺はミスクロウに対してサイテーなことをした自覚はあるからな。
その時に思ったのは ただ、ただ、一人の戦闘者としてフルアーマーに守られた俺の体に一撃を与えた戦闘技術への賞賛があるだけだ。
フン、まあ、いいか。
どうせ、伊藤女史を助けた後のことは全て余事だ。
このままミスクロウの手で散るのも悪くない。
それにこのまま帝国の手先になって地上を攻めるのは本意ではないしな。
いい潮時だ。
そう思い俺の人生の幕を引こうと思った。
その時だ
『ミスクロウは僕のお気に入りなんだ。彼女を悲しませる真似は困るなぁ。』
という天からとも地からとも、どこから発しているかわからない声が、この戦場全体に響いた。
この声の主を俺は知っている。
「帝王・・・。」
そう。帝王の声だ。
俺は慌てて周囲を見渡すが帝王の姿は見えない。
何らかの秘術で声だけを届かせているのか?
ふと見るとミスクロウは慌てて平伏している。
『フフフ、それに必勝を逃すのは戦術的に良くないよね。アオイ。』
帝王は目の前の敵。アオイに話しかける。
その問いにアオイは答えない。
『さあ、折角の必勝の状況だ。いかそうよ。ねえ白井?』
帝王がそう言うと、俺の体に激痛が走った。
「がああああああっ。」
俺は思わず悲鳴をあげる。
そして俺は驚く。
俺の体が俺に意思に反して動いているのだ。
レンジャーワンに饕餮砲を放とうと俺の体が動く
「やめろ! その先には伊藤女史がっ!」
俺は抵抗するが、全くの無意味だった。
体は・・・いや俺の体を覆うグレイプニルの全身鎧が、俺の意思を無視して動く。
『フフフ、そんなことを言わないでおくれよ。ミスクロウが悲しむじゃないか。ミスクロウを悲しませる元凶ごと消し去った方が僕はいいと思うんだ。』
帝王がそう言うと同時に俺の体からレンジャーワン。そしてその先にいる伊藤女史めがけて饕餮砲が放たれた。
---from アオイ side---
「くっ! 『胡蝶の舞』!」
私は魔法を消滅させるスキル。
『胡蝶の舞』を発動させる。
このスキルは魔法を消滅させる蝶の形をした結界のようなものを大量に生み出す。
それこそその蝶の群れはカーテンのように一帯を覆い。疑似的な魔法に関するものを消滅させる空間を作る。
ある意味、最強の対魔法スキル。
・・・元々はカグヤのスキルということが気に入らんけど。
巨大化した白井が放った砲撃をこれで相殺させる。
原理原則で言えばいかに巨大な砲撃で高攻撃力であろうともあろうとも、それが魔力を原動力としている以上、消滅させることができる。
魔法を消滅させる蝶の大軍がカーテンのように空間を覆う。
その蝶の大軍のカーテンが白井の放った巨大な砲撃を覆う。
「え・・・嘘っ!」
その白井の放った砲撃は私の『胡蝶の舞』を突き破った。
その原因は単純だった。
単純に量だ。
『胡蝶の舞』は機能している。蝶が触れたところの魔力は消滅している。
しかし、今回の攻撃は巨大すぎた。
『胡蝶の舞』で対抗するには魔法を消滅させる機能を持つ蝶の数が絶対的に
足りない。
まさか、幾多の窮地をひっくり返してきた『胡蝶の舞』がここで敗れるなんてっ!
私の目の前に白い閃光が迫った!
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
気が付くと私は真っ白の空間にいた。
私は警戒する。
だってそうじゃん。
白井の砲撃を受けると思ったら、こんな空間にいる。
警戒しない方がおかしい。
それとも砲撃を受けて、天国にきたのだろうか?
それとも白井の砲撃の効果がこのようなものなのだろうか?
あたりを見回していると白い地面に1点の染みのようなものが現れた。
それこそ、埃レベルの気を付けなければ気づかないような染み。
その染みが徐々に広がった。
初め黒い染みかと思ったその色は暗い、昏い青。
その昏い青の染みが水たまりくらいに大きくなったと感じたとたん、それは盛り上がり青いフードを被った人型をとった。
その人型は空中で胡坐をかき、頬杖をついている。
私を見下すように。
私は警戒する。
今までの知識を探るがこのようなモンスターはない。
本当に未知のモンスターだ。
「あら、お姫様。そんなに警戒しなくてもよろしくてよ。」
背後から不意に声がする。
この声は・・・?
私は慌てて振り向く。
そこには私の副官 カグヤがいた。
私は驚く。
カグヤは私との戦闘で倒れた。
そのあと、ドラウプニルの権能でカグヤのスキル『胡蝶の舞』を取得した。
その時になぜかスキルと一緒にカグヤの人格(?)まで一緒に取得した。
会話もできていた。
ドラウプニルの権能の所為かとも思ったが、その後、他のモンスターからスキルを取得しても同様の現象はないので特殊事例だったと思う。
そのカグヤが目の前にいる。
「あら、あら、驚いているアンタも可愛いですが、時間がありませんわ。」
カグヤがそう言ってコロコロ笑う。」
「そりゃ、驚くわ! 倒したと思っていたアンタが目の前にいるんだもの。って・・・いろいろツッコミたいところはあるけど、まずは時間がないというのはどういうこと?」
「あらあら、さすが戦術姫ですわね。大事なところから確認していくのはさすがですわ。悔しいくらいに。」
「時間がないんでしょ。要点言いなさい。」
「そうですわね。簡単に言えばアンタは死の寸前ですわ。」
「どういうこと?」
私は目を細める。
「その質問には私が答えよう。」
青いフードをかぶった人型が答えた。
え? モンスターじゃなかったの?
しゃべれるの? アンタ?
「見たほうが早いだろう。」
そして青いフードの男は手をかざす。
何もないところに映像が現れた。
そこには白井が放った超巨大砲撃を目の前にして硬直している私の姿が映っていた。
これは・・・確実に数秒後に死ぬ。
自分自身の死の間際のシーンを見せられるって中々シュールだ。
「これが人生の終焉となるが。それでいいのかね?」
青いフードの男が試すように私に問う。
「いいわけないじゃない。」
考えるまでもない。
まだ、私は地上の美味しい食べ物を食べつくしちゃいない。
もう一度、カツ丼食べたいし。
「ちょっと、アンタ。欲望丸出しの顔してますわよ。まったく、これで一国のお姫様というのですから嘆かわしい。」
カグヤが茶々を入れてくる。
「うっさい。お姫様だと思うならアンタっていうな。」
カグヤの茶々はともかく。
「これ詰んでるよね。アンタのスキルも通用しなかったし。」
「うーん。なんか棘のある言い方ですわね。」
「いや、現実的な話。アンタの『胡蝶の舞』のスキルには助けられていた。もっと言えば私の戦術は『胡蝶の舞』がある前提で組み立てられていた。それが通用しないと私はお手上げというのがよく分かった。」
「ふーん。」
「何? その反応?」
「いえね。褒めてるのか貶しているのかわからない言葉ですこと。」
「どちらでもない。事実を述べてるだけ。」
「はい、はい。そういうところは戦術家よね。」
「ふむ。その戦術家の目から見てどうしたら戦況をひっくりかえせるかね?」
青いフードの男が私とカグヤの会話に割り込んできた。
「いや、無理でしょ。」
この盤面をひっくり返せるとしたらそれはもう神の業だ。
「ほう、なぜそう思う?」
「単純に手札が足りない。」
「そうか、では質問を変えよう。どんな手札なら戦況をひっくり返せるかね?」
私は考える。
スピードUPや転移などの移動系?
ダメだ。それだと私だけ生き残る。
私だけこの一瞬生き残ってもジリ貧だ。
死の先延ばしに過ぎない。
強化系?
これは博打だろう。
耐えれるかどうかのギャンブル。
同じ意味で攻撃強化も難しいだろう。
相殺できるかどうかのギャンブル
できたとしても反動が怖い。
相殺出来てその一瞬生き残っても反動で身動きが取れなくなったら死の先延ばしに過ぎない。
ここでふとカグヤを見る。
私が今までレンジャーワンとして戦えたのはこのドラウプニルの権能もそうだけど、カグヤのスキル『胡蝶の舞』の力が大きい。
だからこそ、青の国の魔法兵隊長時代、帝国四天王時代では到底できなかった帝国を相手に戦うことができている。
このスキルは一種のルールブレイカー。
戦術を重視する私にあっている。
何しろ魔法無しの戦闘を強要する。
私にあっている戦術はこれだろう。
となると私というキャラクターを加味して勝機を見出すなら、
「あの砲撃すらコントロールできる魔法の掌握ができたら・・・。」
この言葉が自然と出た。
「ほう、さすがは私が見込んだ者だ。では授けよう望みの権能を。」
青いフードの男くくくと笑ったあと、そう言って私に向かって指をさす。
「え、授けようってそんな簡単に・・・。」
「時間がない。不要な問答は無しだ。ドラウプニルを操作しタイプを選べ。」
タイプを?
私は言われた通りドラウプニルを操作する。
そこにタイプの選択画面が現れた。そこには私の今のタイプであろう■Magicianの他にもう一つのタイプが記載されていた。
■valkyrie
このタイプを選べってこと?
私は迷わず選ぶ。
疑うなんて無意味なことはしない。
今のままでは詰んでるのだから。何をしてもこれ以上、最悪になることはない。
それよりも打開できることがわずかでもあるならやるべき。
特に自分の死の運命がかかっているなら猶更。
私がそのクラスを選択した瞬間、この白い空間も目の前にいる青いフードの男も徐々に消失していきます。
「頼むぞ。私はそなたを見込んでその青いドラウプニルを下賜した。その私の選んだ使途が、あいつの使途に敗れるのは遺憾だからな。」
「一つだけ疑問に答えて。」
「いいだろう。だが時間はあまりないぞ。」
「アンタはこのドラウプニルをくれた『神』よね? そうじゃなきゃこの現象の説明がつかない。そのいわば全知全能の神様がなぜ、私達にドラウプニルを通して力を貸すなんて回りくどいことをしてるの? 成したいことがあるのなら自分が出たら早いじゃない。神様なんでしょう?」
「賢いな。いい質問だ。答えよう。全知全能だからだよ。」
「どういうこと?」
「守護者は知っているな?」
「当然。」
地底に住むもので知らない人はいない。
子供の童話にも出てくる。
「その守護者にやられると己の『願い』にとらわれるようになる。」
「仮説ではいろいろそのような話を聞いている。それは事実?」
「事実だ。私がよい例だ。私も守護者に食われ『願い』囚われている。」
「神が? ちょっと待って守護者ってそんなにすごいの?」
私の守護者のイメージとあわない。
確かに魔法は喰うし、接近戦をすると喰われる恐れがあるけど、遠距離の物理攻撃が使えたら倒せる相手だ。
とても万能の神を喰えるとは思えない。
「守護者は理に類するものだ。神といえど、いや神だからこそ理に縛られる。」
うーん。抽象的でよくわからないが神様にもルールがあって、そのルール通りにしなきゃいけないってこと??
思案したいが青いフードの男、もとい神様やこの白い空間の消失が思っているよりも早い。
考えている暇はなさそうだ。
「話を戻す。そなたが言う全知全能の神が己の権能を己の『願い』『欲望』『本能』のままに使ったらどうなる?」
うわっ、それは傍迷惑な。
その『願い』がよいことならいいけど、例えば全人類の滅亡が『願い』だとしたら、手に負えない。
「そういうことだ。だからこそ『願い』に囚われた我々は封印の中にいる。封印の中にいれば『願い』に支配されぬ。のうカグヤ。」
「ええ、そうですわね。スキル『胡蝶の舞』に私自身を封印してますが、この状態であれば醜くく欲望のままに動くということは避けられそうですわね。」
ん? ちょっとまってそれは、つまり・・・
「そろそろ時間だ。そなたはこの私が選んだ使途だ。願わくばただ一人『願い』に囚われた愚かな白き翼の神にだけは負けるなよ。私の選んだ使途があの小僧に負けるのだけは私の矜持が許さん。」
青いフードの神はそう言ってくっくっくと笑いながら白い空間とともに消えた。
・・・・
・・・・
「An armor changes Wodan」の機械音が鳴り響きます。
「Completion! The valkyrie・Blue」
機械音と共に私は変身した。
いつもの魔法使いルックではない。
全身が鎧に覆われる。肩回りと手甲にファーがつき、青い腰布がはためく。
手にはロングソードがあった。
そして、特徴的なのは背中の翼。鎧と同じく金属でできた天使の羽を模した翼がついていた。
私は金属の翼を持つ戦乙女に変身した。
・・・・
・・・・
気が付くと白井が放った巨大な砲撃が目の前にあった。
あの白い部屋で見たビジョンと一緒。
私は焦らず一言唱える。
『マジックルーラー』
私の目の前にあった巨大な砲撃がとまる。
巨大な砲撃が球体となって目の前に存在していた。
その球体が目の前から消失。そして巨大化した白井が爆ぜた。
『そんな。こんな御業が使えるのは諸兄しかいない! 本当に諸兄は私と敵対するのかっぁあああ!なぜ? なぜだぁ!』
いつも飄々としていた帝王の生の感情を込めた声が聞こえた。
その後、何か帝王からの仕掛けがくるのではないか?と警戒したが、『マジックルーラー』で確認すると帝王の気配や魔力影響が消えていた。
去ったと判断していいだろう。
「くっ・・・。」
安心したとたん緊張が解け、私は片膝をつく。
まずい気絶しそうだ。
まったく、この青い神からもらったドラウプニルの新タイプ。
厄介なじゃじゃ馬だ。
この新タイプ。
変身した時に理解したが3つの権能がある。
先ほど使用した『マジックルーラー』もその一つ
周囲の魔力を意のままに操るというシンプルな権能
先ほどはこのスキルを使用して
白井の放った巨大な魔力の塊である砲撃を「停止」。
その停止させた巨大な魔法の砲撃を白井の巨体の中に「転移」させた。
結果は御覧の通り。
巨大化した白井の体内に転移した砲撃はそのまま暴発。
一撃で吹き飛ばした。
魔法や魔力の攻撃無効化でき。使い方次第では今回のように攻撃にも転化できるという意味ではカグヤのスキル『胡蝶の舞』の上位互換ような感覚で使えるが・・・デメリットが多すぎる。
効果範囲も思いの他、狭い。
感覚だけど100mも無いと思う。
敵の魔力を利用しようとすると、かなり引き付けなければならない感じ。
当然、引き付ければ、引き付けるほど危険度が増す。
あと、このスキル使用時には私自身。魔法が使えなくなるみたいだ。
マジックミサイルの魔法を使用しようとしたが撃てなかった。
このスキルはあくまでも周囲の魔力を操作することに特化したスキルらしい。
一番、きついデメリットはMP喰いのスキルってこと。
さっきも魔力枯渇で気絶しそうになった。
あのわずかな時間の発動でだ。
長い時間、連発してつかえるスキルじゃない。
私が魔力枯渇で頭痛と吐き気で苦しんでいる中、女の高笑いが聞こえた。
「? ミスクロウ?」
その高笑いしている女はミスクロウだった。
両手にあるものを持っていた。
それは白井の首だったものだった。
先ほどの一撃で白井は木っ端みじんになったようだ。
その首を持ち狂ったように笑っていた。
その姿は普段の冷静沈着なイメージとはかけ離れた美しいとも見える現実離れした狂気をないようしているようにも見えた。
「ミスクロウ?」
私は声をかける。
本来であればミスクロウは敵対勢力の一人だ。
問答無用で倒す敵。
でも、その妖しくも狂気をまとったような姿に問答無用でしかけるのは躊躇われた。
「フフフ。どうしてなのでしょうね?」
ミスクロウは虚空を見つめ誰ともなく質問をする。
「ミスクロウ?」
「私が尽くしたいと慕う殿方は、皆、私の手をすり抜け、届かぬところへ行ってしまいます。」
「・・・・。」
「デビルフィッシュ様は獣人を、死すらも超越し、神に至らんと亜神と化し、白井殿はこのような姿に。ねえ、何故だと思います?」
ミスクロウがグリンと首をこちらに向けた。
ちょっとしたホラーだ。
これ私に聞いてるの?
視線が私にむいている。
そうなの?
そうなんでしょうね。
この恋愛なんぞ、時空のかなたに放り投げてきた私に?
〇〇年間。まーったく色恋に無関係な世界で生きてきた私に。
なんか、そう思ったら無性に腹が立ってきた。
「知るか。私に聞くんじゃない。」
私はつっけんどんに返す。
「あらあら、白井殿をこのようにして、そのような返事ですか・・・。」
ミスクロウの笑顔が鬼女のように変わる。と同時に姿が消える。
「・・・お命頂戴。」
「!」
ミスクロウの声が頭上から聞こえた。
上を見るとミスクロウが得物である錫杖を槍に見立てて、上空から垂直落下で攻めてきた。
私をあの錫杖で頭上から貫く目算だろうとは予測がつくが、いかせん魔力枯渇の症状で動けない。
お前だって嫉妬に駆られて白井を攻撃しただろと悪態をつきたいところだけど、そんな暇もなさそうだ。
「ぬん!」
掛け声とともに私の体が持ち上げられた。
「レッド!」
私は思わず叫ぶ。
赤石はミスクロウの頭上からの攻撃から私を庇うために、私を抱え、そして左腕の円盾でミスクロウの攻撃を防いだ。
キイイイイイイイイン。
高い金属音が鳴り響く。
驚いた!
赤石の円盾が粉砕された。
あの円盾はドラウプニルの装備。
ドラウプニルの装備が破壊されたのをはじめてみた。
流石は四天王のお目付け役でもある四天王副官ということか。
当然と言えば当然だけと、ミスクロウの槍のような錫杖も無事じゃない。
何しろ今まで一度も壊れたことのないドラウプニルの装甲を破壊したのだ。
ひん曲がった。
もう武器としての使用は不可能だ。
体制を崩し、落下するミスクロウ。
「ぬおおおおおッ。」
そこに間髪入れず、赤石得意の捻転からの速射の片手付きが繰り出される。
「吐ーッ!」
『Mjollnir hamme』
機械音と同時にその片手付きから紫電が走り、ミスクロウを吹き飛ばした。
真の驚きはここからだった。
ドラウプニルの装甲を破壊したのもそうだけど、幾多の強敵を倒してきた赤石得意の捻転片手付きを受けて、ミスクロウは立ち上がってきた。
ありえない。
強力な装甲をまとっているわけでもない。どちらかと言えば戦場に立つには軽装。
そして、その華奢な体に、赤石の一撃必殺を耐えきれるはずがない。
しかしー。
現実に立ち上がってきた。
神すら成しえない奇跡と言えばいいのか。
明らかにミスクロウの実力を超えている。
何らかの超常の力が彼女に働いている。
「ぬう。なんと理不尽なことか。」
赤石も警戒する。
山吹もこちらにきて炎の神剣レーヴァティンを構える。
「フフフ。私の『願い』はまだ達成されていないのです。」
ミスクロウがゆらりとひん曲がった錫杖を構える。
ちょっとまずいかも。
今のミスクロウはどんな攻撃を与えても倒れない。
そしてミスクロウの一撃を受けると神の加護を受けたドラウプニルでも破壊される。
「理に類する者」か・・・
あの青いフードの神のセリフを思い出す。
人の身からすると全知全能に思える神ですら理に支配されるという。
今のミスクロウは理の力を使っているのだろうか?
じゃないと説明がつかない。
しゃーない。
このままではドラウプニルの装甲を持つ私達でも倒されてしまう可能性がある。
ぜーったいやりたくなかったけど
私は新タイプの2つ目の権能を発動する。
「スキル『ヴァルハラ』」
私の唱えたスキル名に身構えるミスクロウ。
しばらく、沈黙の時にが流れる。
「・・・ハッタリですか? ハッタリで時間を稼いでも稼いだ時間が有効でないと無意味です。」
ミスクロウがひん曲がった錫杖を槍にみたて突撃した。
その瞬間。
ミスクロウの首から剣が生えた。
「・・・え?」
ミスクロウの背後に夜のように黒い鎧を纏った人物がいる。
その人物がミスクロウの首を剣で貫いていた。
「・・・お前はカグヤ殿。なぜ?」
「ほほほ、お久しぶりですわね。ミスクロウ。」
「・・・なぜ? と聞いている。」
「あちらのお姫様の スキルの力ですわ。」
「・・・先程の」
「そう、あのスキル。忌々しいことに、本当に忌々しいことに、あのお姫様が倒した人物を現世に呼び出すスキルのようですわね。」
「・・・それで呼び出されたと?」
「ええ、折角、『理』の影響のない世界にいましたのに、無理やり呼出すなんて無粋ですわ。そうは思いませんこと?」
「・・・そう、そうかもね。『理』の影響のない世界にいるというのも賢い選択だったのかも。『願い』に委ねても結局、私の『願い』はかなわなかった。」
「ご存じですか?『願い』は人の数だけ無数にありますのよ。ですから『願い』同士がぶつかり合うことも当然ありますわ。」
「・・・そうなった場合どうなる?」
「あらあら、そんなこともわからないのですか?」
「・・・。」
「しかたありませんわね。お教えしますわ。より強い『願い』が望みを叶えるに決まってます。」
「・・・私の『願い』はカグヤ殿の『願い』に負けたということ?」
「ええ、私の『願い』はあの、アンポンタンで戦術姫と呼ばれて有頂天になっていて、格好つけているけど、美味しい地上の食べ物のことを頭の片隅のどこかで常に考えているあのお姫様を揶揄うことですわ。・・・・その『願い』の邪魔は何人たりともさせません。」
「・・・そうか。だからアオイ殿を攻撃しようとしたとき、カグヤ殿が現れ、私を攻撃した。アオイ殿が死ねば『願い』がかなえられなくなるから。」
「スキルの補助もありましたけどもね。ヴァルハラとかいうふざけたスキルの補助なのですが。まあ、このようなふざけたスキルがなければ、あの貧弱なお姫様は生きていけないでしょうから仕方ありませんわ。」
「・・・そうか。一つだけ言っていいか?」
「遺言ですか? あまり人様の遺言をお聞きする趣味は無いのですが。」
「・・・そう言わずに、カグヤ殿。あなたは少し素直になったらいい。私の『願い』すら打ち破るほど強い『願い』をかかえているなら。」
そう言ってミスクロウはぐらりと倒れた。
私は近づきカグヤに拳骨を落とす。
「何をするのですか?」
「久しぶりに現世に戻ってきたかと思いきや。ミスクロウへのあの態度はなくない? アンタの一撃で死に体だったよね。死人に鞭打つことなくない?」
「ほほほ。あれでも手加減してましたのよ。アンタ相手なら、もっと辛辣な言葉を投げかける自信がありますわ。」
「そんな自信いらない。」
「それよりもお姫様。これはないですわ。」
「なにがさ。」
「この鎧と剣ですわ。ドラウプニルの装甲に似せているのでしょうけど、安っぽいコスチュームじゃあるまいしデザインが最悪ですわ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。その鎧も私の所為だっていうの。」
「そうですわよ。アンタのスキル『ヴァルハラ』のせいですわ。もっとよいデザインをイメージしてくださいませんこと? 私の品位が下がりますわ。」
そこまでカグヤが言うとカグヤの姿が光の粒子になって消えかけていく
「チッ。時間切れですわね。次にこのスキルを使う時はもっと私にふさわしい姿でお願いしますわね。」
そう言ってカグヤは消えた。
大丈夫。安心しろ、アンタのことは二度と呼出さんから。
それにしても『願い』か。
そろそろちゃんと整理しないといけないかもね。
【次回予告】
ミスクロウ倒れる。この報に、最後の四天王 デビルフィッシュが怒る。
憤怒のデビルフィッシュ VS 赤石
勝つのは?
次週、episode45 憤怒
毎週 日曜日 9時30分 更新
☆よろしくお願いします
【お知らせ】
別な作品の紹介です。よろしければ見ていただけると嬉しいです
■剣と魔法の義経記 https://ncode.syosetu.com/n1604mi/




