Ep.79 私はヒロインなんだから(後半マリン視点)
男子寮の人気がない廊下。フライとの別れ際、キールは一枚の写真を彼に差し出した。キールがフライへの当て付けにフローラを狙う引き金となった、あの写真だ。
「これは今年の春の夜会の時か……いつの間に撮ったんだい?」
「僕が……いや、私が撮った訳じゃありません。これは、貴方への逆恨みに捕らわれた私を利用するためにある生徒から渡された写真です。これがあったから、私は愚かにも何の罪もないフローラ様にまで自らの闇を差し向けてしまった」
『本当に、申し訳ないことをしました』と項垂れるキールからそれを受け取り、フライはキールが言わんとしていることを悟る。それはつまり、キール以外にフローラに紛れもない敵意を向け彼女を害そうとしている人間が学院に居ると言うことだ。
「……なるほど、それは由々しき事態だね。僕たちも注意して彼女の周りに気を配るようにしよう。それで、肝心の君にこれを渡した生徒というのは誰なんだい?」
フライの問いかけに、不自然なまでに固く唇を引き結んだキールが申し訳なさそうな表情で首を振る。
「それは言えません。私はこれを受けとる際、相手の生徒とこの件について他言が出来ないよう術式が組まれた契約書に署名をしてしまいました。故に、どの生徒が貴殿方の敵なのかをお伝えすることは出来ないのです」
「なっ……!魔力を込めた契約書は現在王族以外の使用は禁忌となった古代魔法じゃないか!そんな馬鹿な……」
しかし、実際今これだけぼかした表現で話していても、契約違反で魔力を吸われているキールの顔色がどんどん悪くなっているのだから事実だと認めざるを得ないだろう、とフライは自分を納得させた。そんなフライの手に写真を握らせ何かを懇願したキールは、魔力切れでその場で倒れてしまったのだった。
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その一部始終を契約書の魔力リンクを通じて自室から監視していたマリンは、可憐な見た目に似合わない舌打ちを漏らして監視カメラがわりにフライとキールの姿を写し出していた鏡にナイフを投げつけて叩き割った。
「何よ、結局あの男もあの悪役皇女に絆されてんじゃない。やっぱ多少顔がよくてもモブはモブだったわね、役立たずなんだから!ちょっと!お茶おかわり!」
「かしこまりました。まぁご安心くださいお嬢様、このわたくしめが作りました契約の書状が有る限り、いざとなればあの少年はいくらでもこちらの捨て駒として使えるのですから」
何の感情も見せない声音で執事が告げたそら恐ろしい言葉に『まぁそれもそうね』と同意したマリンが傲慢な笑みを顔に浮かべる。
「第一、あのモブの婚約者の女を治せるのだって結局ヒロインの私だけなんだからいざとなればそれを餌に出来るし、あの悪役皇女がいくら上っ面の偽善で周りを絆したって別に運命には何も関係ないわ」
「左様でございますとも、お嬢様は何も心配せず、聖霊の巫女の祭りで水晶に封じ込められた“聖霊女王の指輪”の封印を解いてさえくだされば良いのです」
「言われなくたってそのつもりよ!そうすれば、攻略対象達も四つの大国もみーんな私のものだわ!」
その指輪に選ばれたときこそ、自分が完全なヒロインになるときだ。その素晴らしい時に、無力なあの悪役皇女が……フローラが、どんな顔をして自分を見るのかと思うと愉快で仕方がない。笑いまで溢れてくる。高笑いしながら、机に乗っていたフローラの写真に思い切りナイフを突き立てた。
悪役らしく、憎しみと嫉妬に溢れた目で自分を睨み付けるのか、友であるミリアを助けてくれと無様に這いつくばって懇願するのか、それとも殺さないでくれと必死にご機嫌とりをするのか……どれになっても、自分は笑顔であの女の言い分を聞いてやろう。そして、最後にその無力な手を踏みつけて笑ってやるのだ。
『悪役の分際で私の王子様に近づくからだ、ザマァみろ』と。
「あぁ、考えるだけでゾクゾクするわ!ただ、やっぱりちょっとそれにしても目障りが過ぎるのよね………。決めたわ、誰がこの世界の主役か知らしめるより先に」
『一度身の程ってやつを教えてやろう』と言うマリンの呟きに、お茶菓子を用意していた執事が訊ねる。
「おや、どうやってですか?」
「簡単よ、ゲームのシナリオで祭り直前にあの女が起こす事件を私にベタぼれのモブ達に起こさせて、罪だけあの女に被せてやるの」
「おや、悪い人ですねぇ。自分を好いてくれる殿方達を捨て駒にして、他国の皇女様を陥れるなんて」
「悪くなんかないわ、だってそれが“正しい運命”なんだから!今シナリオがん無視で好き放題生きてるフローラの方がバグなのよ。大体、私はこの世界の誰を踏み台にしたって許される立場に居るんだからなにも問題ないわ!」
マリンの傲慢すぎる言葉の背後で、窓から見える景色が雷鳴によって二つに裂けた。
~Ep.79 私はヒロインなんだから~
『モブも、悪役も、ヒーローも、すべては私の為のものなのよ!』
そのヒロインの傲慢さの先に待ち受ける物を、悪役皇女は知らぬまま、運命の歯車は回り出すのだった。




