第25話 覚醒
誰かの呼ぶ声が聞こえる。目を開くと見知らぬ家で横になっている自分に気づいた。見上げると何人かの人が心配そうな顔をしてこちらを覗き込んでいた。
「あ、目を開いた!」誰かが大きな声をあげた。まわりで、よかった、よかったという声がする。
「ここは……?」
「あんた、湖畔の道端に倒れていたんだよ」一人の男が言った。
出島で気を失ったのかもしれないと言うと、見つかったのはそこから少し離れた場所だったと説明してくれた。
「六角柱のおかげだよ。あそこに戻ってきたんだよ。あんた、運がよかった」
「あの、六角の石碑のところですか?」
「そうだとも、感謝しなきゃだめだ」
意識が朦朧としてみんなの言っていることの整理ができない。そもそも、ここはウォーターランドではないのか? そうであるとすると、あれは全部幻想だったということか。それにしては、記憶が鮮明に残っている。
日にちを聞くと意識をなくした日からもう3日も過ぎている。
「私は道端に?」
「そうさな、湖畔の桟橋のあたりだ。偶然、コノンが舟でジノ婆のところに行ったから見つかったようなもんだ。あんた本当に運がいいよ」みんながそうだそうだと言わんばかりにうなづいている。
「ユイローの茂るところに3日もいたんじゃ、普通ならお陀仏だ。とくにあそこのユイローの幻覚作用は強いと言われているからな」
「みなさん、ありがとうございました……」少し事情がわかってきて、コノンさんがだれだかわからないままにお礼を言った。
「誰か、コノンに伝えてやれ。心配しているだろうから」年長らしい人が言うと、どこかで「今日はリアヌシティのほうに出かけたよ」という声が聞こえた。体調が戻ったら会ってお礼を言わないといけない。その人が命の恩人ということのようだ。
こちらが思いのほか元気だったのに安心したのか、集まっていた人たちもそれぞれの家に戻って行った。意識がしっかりしてきたところで、残っていた人が用意してくれた雑炊をごちそうになった。少し落ち着くと出島のジノ婆さんのことが気になり出した。あのときいた人はジノ婆さんではなかったのか。
「ジノ婆さんはこのことをご存知なんでしょうか?」最後に残ってくれていた人に聞いて見た。
「どうなのかね。ジノ婆が知ってればこんなことにならなかっただろうし」
「そうですか……」なにか釈然としないところもあったけど、意識のなくなる前のことがはっきりしないのだからどうしようもない。あらためて出島を訪れないといけないと性懲りもなく思っしまった。
そのあとは、気になっていた六角柱という石碑のことを教えてもらった。
言い伝えでは遠くへ旅立つときや、誰かと生き別れになるようなことがあると、あの石が目印となってどこかで結びつけてくれるというような話だった。それは生死を超えたものと言われているらしい。墓石と違って本人が自分のためにつくるので、弔いのためではないという。この地へ戻れるようにという願いが込められた石碑というわけだ。
昔からリアヌシティは人と土地との結びつきが強いところで、土地信仰のひとつとして口伝えに残されてきた伝承のひとつだという。もともとヤイハブ一族がこの地に移り住んできた時も、もといた場所にたくさんの六角柱を残したと聞いているとのことだった。
ただ、最近ではそれを信じる人も少なくなって、オールドリアヌの歴史や伝承に傾倒する人が稀につくることがあるぐらいだという。この地を心の拠り所として、生きる上でのアンカーとして楔を打ち込むつもりで作る人がいるのかもしれない。
石碑はつくらないまでも、六角柱の小物はどこの家にでもあって、お守りとして肌身離さず持っている人は今でも多いという。現物を見せてもらうと、短くなった鉛筆のような形で、先の窪んだほうに鎖がついてロケットペンダントのようになっていた。
「ところで、あんたはここに知り合いはいるのかい?」
「旅行者みたいなものなので……知っている人というと、ホーラー・ヤイハブさん?」
「あはは、番人のホーラーか」
「番人なんですか?」
「自称、歴史文庫の番人だそうだ。ちょっと知恵が足りないが、あの子はあの子で一生懸命やってるんだがね」
「そうでしたか」
「よくなるまでもう少しかかるだろうから、それまではここにいるといい」
そこまで話して、ここが助けてくれたコノンさんのお祖母さんの家だということがわかった。このお婆さんも100歳は優に超しているのだろう。自分など子どもぐらいにしか思ってもらえていないのかもしれない。
身の回りのものの説明をし終えると、お祖父さんの仕事を手伝ってくると出て行ってしまった。
一人になると、マリーさんのことを思い出した。3日も戻ってないとなるとかなり心配をしているだろう。連絡を取ろうにも、その方法すら思いつかない。ここは1日でも早く体調を戻して自分で港に戻るしかないだろう。




