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仮想の水 - Waterland of Inworld  作者: uota
第1章 誘い
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第1章 第39話 楽しいお湯

 スロウさんのボートに乗せてもらって小島のほうに渡ってきた。沖のほうから見る半島は普段見ている景色とまるでちがった眺めなる。


「海が全部温泉になったようでしょ? 海と温泉の境目がないんです」


「まったく、まったく」


「水がこの島のいいところだったなんてね。どうして今まで気がつかなかったんでしょうね」


「まったく、まったく」


「だんだん若返って来たみたいですよ」


「まったく、まったく」


「オルターさん! 皺がなくなってきましたよ」


「まったく、まったく……ん? どれどれ。ほんとに?」顔をさすってみるけど自分ではよくわからない。


「あはは、聞こえてました? すっかりくつろいでますね」


「あ、失礼、失礼。しかし、こういう四方を海に囲まれた温泉っていうのもいいものですなあ。これじゃあ、皺もなくなるってものですよ」


 スロウさんと二人でこちらを見て笑っている。今朝までの火事のことをすっかり忘れてしまいそうなほどにいいお湯だ。自分が腑抜けになっているのがわかる。


「男3人で温泉ってなんだろうね」スロウさんが言う。


「ミリルさんたちはまだ来ないかな」ノーキョさんが半島のほうを見ながらいうと、「まあ、それもない話かもしれないな」スロウさんが笑う。


 ミリルさんとコピは一度戻ってから来るというので、途中で分かれて男3人で先に来た。言われてみると、男だけだとどうもしっくりこない。これじゃ作業員が仕事のあとの汗を流しているようにしか見えないだろう。実際そうなのではあるけれど。


「あ、あれネモネさんじゃない?」景色を眺めていたスロウさんが言った。


 カバくんといっしょの小さなボートが近づいて来た。


「ネモネさん、いい温泉になっりましたよ。先に入ってました」ノーキョさんが言うと、「どうぞ、みなさんの温泉ですから遠慮なく」うれしそうな声が返ってきた。


「お湯の感じを聞きたくて、遠慮もなく来てしまいました」横でピンクのカバがあくびをした。


「ネモネさん、これはもう最高ですよ。肌がつるつるとかもあるんだけど、なんだかね入ってると陽気な気分になってきますよ」今の気持ちがそのまま言葉になって出た。


「ほんとに、火事のこともあまり気にならなくなりますよね。不思議だな」ノーキョさんが、上に広がる真っ青な空を見上げた。


 それを聞いてネモネさんが、「これたぶん、みんなが楽しくなれるお湯なんですね」と納得したように言った。


「なるほど、効用は楽しい気分になれますだ。それはいい」スロウさんが掬ったお湯がゆっくりこぼれる。


「あとはいつ皺が消えるかだけだな」と言うと、


「あはは、オルターさん、そこはじっくりと。ですよね、ネモネさん」とアグリさんが言うと、「そうですね」とネモネさんが微笑む。


ネモネさんの言う通りなら、この楽しい気分が若返りにつながるのかもと思う。笑顔いっぱいの時間が身体に悪い訳がない。


「本島のほうでいい水がなかなか見つからなくて、気分転換も兼ねてと思ってスロウさんにお願いしてここに来てみたら偶然見つかったんですよ」


「いやいや、ネモネさんとカバくんの力だよ。おいらたちじゃきっと一生かかってもみつけられなかった。探しもしなかっただろうしね」と言いながらスロウさんがお湯から上がった。


「よかったらネモネさんもどうぞ」と言うと、「あ、私は一番最初に試したので」と微笑む。さすがにむさ苦しい男3人といっしょというのはためらうだろう。


「ここに小さな小屋でもつくって、休憩できるようにしないと」ノーキョさんの頭には次の計画ができてるようだ。


「ところで昨日の火事は何が原因だったんですか?」ネモネさんが色を失ってしまった半島の森の方に目を向けた。


「なんだか不審な人を見たという話はあるんですけど、実際それが原因かどうかはわからないですね」ノーキョさんが簡単に状況を説明した。


「自然発火ということはないんですか?」


「私の知る限りはないと思いますよ。少なくともこれまで一度もなかったし、雨の降ったあとでそれほど乾燥もしてなかった」と答えた。


「そうなんですね。だとするとほんとうに残念な話ですね」


 それを聞いたノーキョさんが、「原因は原因として、1日でも早くもとのきれいな半島に戻さないと」と言った。


 それでももとの森に戻るまでは何十年もかかるだろうし、しばらくは草地のようなところになるのかもしれない。そう思うと失ったものは大きいと言わざるを得ない。


「あ……」双眼鏡で半島のほうを見ていたスロウさんが小さく声を上げた。


「ちょっと行ってくる」と言うなり洋服をつかんでいきなりボートに飛び乗った。


「スロー、どうした?」


「スロウさんが何か答えたようだったけれどエンジンの音にかき消されて聞こえなかった。


「あ、人だ」スロウさんの置いていった双眼鏡を覗いてノーキョさんが言った。


「人?」と聞くと「半島の火事のあとに人がいますね」


「後片付けの人ではなくて?」


「なにか探しているみたいですよ」


「あれ、パーカーだ!」とノーキョさんが叫んだ。


「え、それって昨日のですか?」


「あ、ボートに……乗った。ゴムボートだ……」


「スロウさんは追いつきそうですか?」と聞くと、「だめですね。スローのボートは遅いから」と悔しそうに言った。


 何をしていたのだろう。さすがの温泉にもこれを気にしなくするほどの効用はない。一瞬にしてひどい現実に戻されてしまった。


 どこかに犯人がいると思うと、まだしばらくは温泉に入っている場合じゃないのかもしれない。温泉も早々に切り上げてまた半島に戻ることにした。

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