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仮想の水 - Waterland of Inworld  作者: uota
第1章 誘い
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第1章 第38話 新しい朝 +

 消火作業は休むこともなく朝まで続いた。水を汲む人、バケツを運ぶ人、炊き出しをする人、みんながそれぞれにできることで消火作業を手伝った。それでも火の手を抑えることはできず、野営所周辺の森は一夜にして焼け野原になってしまった。ナツヨビが巣を作っていたのはこのあたりではなかっただろうか。島の特異な自然が跡形もなく一夜にして消えてしまった。


 朝日が顔をのぞかせる時間になってようやく火は収まり、ぽつぽつと小さな白煙が立ち上るだけになっていた。一面炭になってしまった野営所周辺で、何人かの人が焼け跡をひっくり返しながら、火がしっかり消えているか最後の確認している。


 半島の先に見えるスロウさんのボートからは、まだ放水が続いている。トクトクトクというポンプの小さな音が聞こえる。放水をぼんやりと見ていると、バケツを運んでいたノーキョさんが戻ってきた。


「いやあ、大変でした。もう、へとへとです」


「みんなの力で島が助かりましたね」こういうときはなにか前向きなことでも言わないと気持ちのおさまりもつかない。


「でも、半島のあの美しい木々は壊滅です。なんとか一部でも残したかったのに……。残念なことになってしまいました」ノーキョさんが自分の力不足だとでもいうように首をうなだれる。


「そんなことよりノーキョさん、少し休んだほうがいいです」ミリルさんが心配そうに声をかけた。


「ありがとう。でもこの惨状じゃあ……全焼ですね」


 ノーキョさんは、すっかり意気消沈してしまっている。


「ここは、火が消えただけでもよかったということにしませんか。こんなときだからこそ、みんなでゆっくり温泉にでも浸からないと」


「そうか、そうですよね……。でも、まだ交代で見張は立てないと」


「見張?」


「ええ、燻ってるところから火が上がるとも限らないということもあるんですけど、変な人を見たという話もあって」


「というと?」


「真っ黒なパーカー来た人が野営をしていたらしいんですけど。その人が焚き火をしたままで、ゴムボートに乗って海に出たというんですよ。それも荷物を全部まとめて。ちょっとおかしくないですか?」


「もしかして、その人が? そうだとしたら、ひどい話だ」


 この島にそんな人が来るなんて思いもしなかった。メーンランドの人の心はそこまで荒れてしまったのだろうか。


「その焚き火が急に広がったというんですよ。周辺に引火するようなものでも置いてあったのじゃないかと」


「それはなんとしても調べないと」


 これが悪意によるものなら許すわけにはいかない。でも、なんでそんなことをしなければいけないのかまったく理解できない。


 犯人探しの話をしていると、ミリルさんが「それよりも、森は元に戻りますか……」と心配そうに言った。


 それを聞いたノーキョさんが自分に言い聞かせるように言った。「だいじょうぶ、自然の力は偉大だからきっと奇跡が起きますよ。新しい芽が出て、また新しい命が育っていく。自然の持つ治癒力は人が思う以上にすごいから。ここは、それを信じないと」


 ノーキョさんが少し気を取り直したようだ。ミリルさんにも笑顔が戻った。


「少ししたら、いろんな草木の種を撒きましょう。私にまかせてください。この森の種子は全部集めてありますから、だいじょうぶ」


「おお、それはすばらしい。心強い話だ。そうだ、森をスケッチしたものがあるので、ぜひそれも参考に」


「オルターさん、コピちゃんなら一本一本の木の場所まで覚えているかもしれないですよ」


「そうか、コピも手伝ってくれるね。島一番の物知りさんだからね」


 コピが泣きはらした目のままで、いっしょうけんめい苗を植える仕草をしている。この子がいれば森は必ず蘇るに違いない。



 話している間に、スロウさんの海からの放水は止まっていた。


「ボートからの放水があってよかったですよ。あれがなければ火の手は治まらなかったかもしれない。スロウは、島の恩人だ」とノーキョさんが言った。


「ほんとだ。あとでたくさんお礼を言わないと」


 スロウさんは、普段はボートの上で暮らしている。半島の広場には小さな作業場を持っていて、ときどきそこで機械の組み立てをしている。昨日活躍したのもスロウさんが廃材を使って作った海水を吸い上げる機械だったそうだ。同じ自然の研究をするノーキョさんとは大の仲良しで、陸の先生ノーキョさんと海の先生スロウさんというところだろうか。二人がいれば森の再生する日も遠くないかもしれない。



 消火作業をしていた人も徐々に広場に戻って来た。それぞれに、よかった、よかったと声を掛け合い、お互いの無事を確認している。だれかが怪我をしたという話もないし、みんなで島を守れてほんとうによかった。

 食堂に、消火作業をした人の休憩用の席を用意しているところにスロウさんが戻ってきた。


「スロウ、お疲れ!」目ざといノーキョさんがねぎらいの声をかけると、みんなの目がスロウさんに向いた。


「みなさん、お疲れ様でした。一晩かかったね。でも、消えてよかったよ」と疲れも見せない元気な声が返って来た。それを聞いて、集まった人の間にあらためて安堵感が広がっり、誰からともなく拍手があがった。


「ポンプがあってよかったって話をしていたところですよ」ミリルさんが椅子をすすめながら言うと、スロウさんもうれしそうに「おいらの船が少しでも役に立ててよかった」と言った。


「ノーキョンも顔が真っ黒だな。ははは」


「あれ、そう?」ノーキョさんがおどけた表情をして見せると。広場が笑い声に包まれた。


「まだ、完成してないけど、このまま手掘りの温泉に行きましょうか?」ノーキョさんがみんなを誘った。


「そうです。それがいいです。温泉に行きましょう」ミリルさんが声を合わせた。


「まあ、2,3人入れるぐらいだけど、とってもいいお湯だよ」スロウさんも勧める。「もちろん、ネモネさんに了解もらってだけど」


「カバくんの初仕事ですね」とミリルさんが言うと、「そうなんですよ。カバくんピンクになって。間違いなくあれは名湯ですよ」とノーキョさんも自分のことのように自信満々に答えた。


「じゃあ、ちょっと支度してくるかな」と言うとスロウさんは船のほうに戻って行った。


「オルターさん、早く行きましょ」ミリルさんに急き立てられるように立たされた。


「じっじ、はやくはやく!」


「うんうん、早く試してみないとね」といいながらも混浴だったらどうしようと余計なことを心配する。裸の付き合いというのはちょっと違うように思うが。


 こちらの考えていることが顔に出たのか、「あ、オルターさん、水着で入ってくださいよ」と言われ、また周りから笑い声があがった。


 半島のほうを見るとナツヨビが上空を旋回していた。


「ナツヨビも大丈夫だったね」鳴き声の聞こえるほうを指差した。


「こどももいる」と、どこまでもよく見えるコピが言った。


「そうか、子供ももう巣立っていたのか。よかった、よかった」


 自然食の会の夜に見た空虫はどうなっただろうかとふと気になった。あれが幻だったとしても、いると信じてそのまま記憶に留めておきたかったが、この火事でそれもかなわないことになってしまっただろうか。

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