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仮想の水 - Waterland of Inworld  作者: uota
第1章 誘い
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第24話 雨の夕暮れ

 いつものように船長の船はなかなか島を離れない。天気も悪くなりそうだから、早く移動できるといいのだけれど。めったに雨の降らない島だけに今日の天気は心配だ。


「雨が来ないといいですね」とミリルさんが心配そうに言う。


「そうだね。海が荒れると航海も大変だろうね」


 風も心なしか強くなっているように感じる。


 今日は外に出るのも億劫なので、リブロールで船長の持ってきてくれた本でも読んでいることにしよう。


 ミリルさんは洗濯物を取り込んでくるといって家に戻った。新聞の積み出し準備で疲れただろうからゆっくり休むように言った。


 新しい本の何冊かに目を通したときに、雨が降り始めた。初夏に降る雨は大雨になることも多く、海辺の地形がかわるようなことさえある。海抜の低いこの島は、島の形さえ一定しない。天候の悪いときには住民も海辺にはあまり近づかないようにしている。



 雨が降りはじめてしばらくしたときに、一人の女性が尋ねてきた。はじめての人だったのでこちらから声をかけた。


「こんにちは」とても小さな声が返ってきた。


「島ははじめてですか?」


「一ヶ月ほど前に来ました」ちょっと不安そうな表情を見せながら言った。


 前回の定期船で来たのだろう。この島は下船確認もしていないから正確なことはわからない。


「今日はあいにくの天気になりましたね」


 この時期には珍しい雨に遭うというのも気の毒なことだ。


「こちらは本屋さんなんですね」と聞かれたので、「ええ、まあ、本屋というか、図書館のようなものかもしれないですが」と答えた。


「少し雨宿りさせていただいていいですか?」


「あ、どうぞ、どうぞ。遠慮なく」とテーブル席に案内した。


「ここは動物も大丈夫ですか?」遠慮がちに聞いてきた。


「ああ、人も動物もなにもかも大丈夫ですよ」


「よかった。」と言うとすぐに店の外に出て、見たことのない動物を連れて入ってきた。


「それは……」


「カバの子供です」


 返す言葉もなかった。どうしてカバなんだろう。このあたりでカバなんて見たこともない。船長もそんな話はしていなかった。


 テーブルの上に広げてあった船長の本を眺めていたと思ったら、「これ水の本ですね。私にも読ませてもらっていいですか?」と聞かれた。とても遠慮深い人のようだ。


「今日届いたばかりの本なんですけど、よかったらどうぞ。水にご興味が?」と言いながらも、実は横にいるカバが気になって仕方がない。


「ええ」と一言だけ言うと、椅子に腰掛けて、カバをつれたまま本に目を落とした。


 どこの人だかは知らないけれど、この島では余計な詮索はしないというのが決まりごとなので、お互いに話すこともなく雨だれの音を聞きながら静かに読書を楽しんだ。雨に濡れるのをいやがる人も多いけど、砂漠のような土地があることを考えると、雨の降ることにも感謝しないといけない。木々や草花は雨を喜んでいるに違いない。雨をしのぐ場所さえあれば、本でも読んでいればいいのだ。雨は人に休むことを教えてくれる。



 船長がこんなに水の本ばかりを持ってきたのには何か理由があるのだろう。ウォーターランドという名前を聞いたから、それならということで関係書籍を集めたのか。ここの水がいいという話もしていたから、自分でも調べてみたかったのだろう。


 その中の一冊に、南部地方のことを書いてある本があった。気候風土について書かれた本だった。目を通していると、思いがけずミドリ鮫の文字が目にとまった。雨のあとに土地の恵みが海に流れ込むときに、ミドリ鮫は捕食のために集まるのだと書いてある。そうか、緑色は海草ではなく苔や藻の色なのかもしれないと想像してみた。森の恵みが海とつながるという話もわかる気がする。そしてその海の水が蒸発して雨になって森の命を育む。自然の循環というわけだ。ミドリ鮫が森と海の間を取り持っているのかもしれない。でも、それと時間がゆるりと動くことが関係しているのかどうかはわからない。関係がないことなのかもしれない。本には当然そのことについては何も書かれていなかった。



「今日は雨もやみそうにもないから、よかったらここのソファーで休んでいてもらってもいいですよ」本を静かに読んでいる女性の様子をうかがってみた。


「ほんとうですか?」とすぐに返事があった。やはり宿に困って来たようだ。


「ここはみんなのうたた寝の場所でもありますから。よかったら掛けるものもあるので使ってください」とブランケットのある場所を伝えた。


「すいません」と頭を下げた。小さなカバは見かけとちがって、妙におとなしく足を投げ出して寝転がっている。カバのことを聞くのがはばかられるほど当たり前に寝ている。


 ミリルさんがいれば、うまく接客もしてくれるのだけど、こんな爺さんでは何の役にも立たない。とにかく女性のじゃまをしないようにしないと。気まずいようであれば灯台に戻ろうかとも思ったが、こちらを気にしている風でもない。


 リブロールの窓を雨の雫が幾筋も不規則に流れ落ちる。見ているとそれが音符のように見え、雨の奏でるメロディーが聞こえてくるようだ。雨の日の読書はなかなか楽しい。雨読とはよく言ったものだ。一文字、一文字が恵みの雨のように心に沁みていく。

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